エロです































それはプライドにも似て



その日は金曜で、団活もなかったので、俺は国木田と谷口とくだらない話をしながら坂を下り、駅前に来た。
金曜ということもあってか、ぶらついている人間の数も多い。
「たまにはなんか食って帰るか?」
谷口がそんなことを言うのに、俺が頷こうとした時、俺はそれを見つけてしまった。
人の流れの中、周りとは明らかに違う空気を放つ人間の姿があった。
「お、涼宮じゃねえか」
谷口が言う。
「へぇ、彼女が噂の涼宮さんか」
国木田が物珍しそうに声を上げる。
だが俺は、それ以上にその隣りに立っている人間を穴が空くほど見つめていた。
穏やかな笑みを浮かべながらハルヒの荷物を持ってやっているそいつは、どう見ても古泉だった。
その時の感情を、俺はどう表現すればいいんだろうか。
体中をどす黒いものが埋め尽くしているような、不快な感覚。
耳も唇も頬も、古泉の触れたどこもかしこもが、軋むように痛んだ。
「悪い」
口から飛び出したのは掠れた声だった。
「急用を思い出したから、先に帰る」
「え? おい、キョン?」
「じゃあな」
谷口に向かって等閑に手を振り、俺は背を向けた。
追いかけてくる気配がないことを確かめながら、古泉の部屋に向かう道へ足を進める。
心臓が痛い。
涙腺から涙が溢れそうになるのを必死に押し留めるのは、人前だからじゃない。
嫉妬の余り涙を流すなどというみっともないことをしたくないだけだ。
そんな、女みたいなこと、したくない。
女みたいなこと、と女性の権利主張団体からクレームを付けられそうなことを口にはしたものの、俺は別に、男尊女卑をするつもりはない。
むしろ、男の方が女より劣ったものだとすら思う。
だが、――だからこそ、嫌だった。
勝手に上がりこんだ古泉の部屋の、古泉のベッドに倒れこみ、俺は頭を抱えた。
俺は、どうしたって女にはなれない。
女じゃないと出来ないことは、俺には絶対に出来ないことだ。
だから、古泉が俺よりハルヒを選んだって、不思議じゃない。
むしろ当然だろう。
古泉はハルヒと一緒にいたんだし、もしかすると付き合っていたのかもしれない。
「でも…言ったじゃねえか……」
口をついて出た言葉は、酷く震えていた。
「愛してるって、言った、くせに…!」
それなのにやっぱり、女の方が、ハルヒの方がいいのか。
俺のことを、古泉なしではいられなくなるくらいにしておいて、そうなったら突き放すのか。
そうだ。
――俺はもう、古泉なしじゃいられないのに。
俺はどうしたらいいんだ。
大人しく諦めるなんてことは出来ない。
みっともなくてもいい。
たとえハルヒと両天秤に掛けられても、古泉が時々だけでも側にいさせてくれるなら、俺はそれでいい。
男妾と罵られても、いい。
俺はただ、古泉といたい。
泣いて縋ればいいのか?
それとも、態度で示せばいいのか?
誰か、教えてくれ。
泣きそうになったところで、
「ただいま帰りました。……いらしてるんでしょう? どこですか?」
と古泉の声がした。
それだけで、体がびくりと震えた。
「ああ、ここにいらしたんですね」
顔を見なくても、古泉がいつも通りの表情をしていると分かった。
そのことが、嫌で堪らなかった。
俺が何も知らないと思って、と歯軋りしたくなった。
「古泉」
ベッドの上から呼ぶと、
「はい?」
答えながら、古泉が近づいてきた。
十分に距離が縮まったところで、俺は古泉を引き寄せ、ベッドに押し倒した。
そのままキスをする。
噛みつくように、苛立ちを込めたキスを。
「どうしたんです?」
不思議そうに呟く古泉の余裕が癪で、
「うるさい」
とだけ吐き捨てた。
傍観体勢に入ったらしく、抵抗もしないかわりに積極的に動くこともしない古泉にムカつきながら、服を脱がせる。
ズボンの前を寛げたところで、そこがろくに反応してないことに気付き、余計に腹が立った。
「俺の方から仕掛けてんのに、なんでこんななんだ」
思わず呟くと、
「すみません。状況がよく飲み込めていないもので、僕も戸惑ってるんですよ」
「……それだけか?」
「ええ」
しれっと言う古泉の目を覗き込んでも、嘘か本当か、俺には分からない。
悔しくて、腹立たしくて、軽く歯を立てるくらい乱暴に、古泉のそれを口にくわえると、古泉の体が一瞬震えた。
「本当に、どうなさったんです?」
訝るように紡がれる言葉が胸に痛い。
俺は答えず、ただそれを昂ぶらせたくて、舌を這わせた。
気がつけば、同じ男のものを口にすることを躊躇わなくなっている。
それどころか、これだけで自分が興奮してくることに気付いて、さっきとは別な意味で泣きそうになる。
俺をこんなにしたのは、古泉なのに。
自分が怒っているのか泣いているのか、それとも笑っているのかすら分からなくなる。
服を脱ぐのももどかしくて、下だけ脱ぎ捨てた。
古泉のいやらしい匂いのする先走りを絡めた自分の指を、その刺激にすっかり慣れちまった場所に押し当てると、呆気ないほど簡単に、指先が飲み込まれた。
それとも、飲み込んだと表現すべきか?
自分が驚くほど受身になれる人間だと痛感しちまってるんだから、今更そんなことはどうでもいい。
指に伝わる中の想像以上に柔らかくて熱くて淫らがましい感触に驚くのも俺なら、そんな少しの刺激じゃ足りないともどかしさを感じるのも俺だ。
古泉の指の動きを思い出しながら中を掻き回すと、
「ん…っ、は…」
吐息とは少し違った声が漏れた。
でも、足りない。
こんな刺激じゃ足りない。
声を堪えきれなくなるくらい、強い刺激が欲しい。
ごくりと生唾を飲み込む古泉の喉の動きに欲情する。
その手が俺の腿に触れ、煽っているのか焦らしているのか分からないような動きで登ってくるだけで、期待に震えた。
「あなたでも、こんな風になったりするんですね」
古泉の声も熱を帯びており、その声だけで下肢が震えるのを感じた。
「あなたは、自分から求めたりしない人だと思ってたのですが」
俺だって、そう思ってた。
いや、以前は確実にそうだった。
その俺を変えたのは、間違いなく古泉だ。
ぐちゃぐちゃと湿り気を帯びた音を立てるそこから指を引き抜き、ついた膝の位置をずらす。
「ちゃんと解しておかないと、痛いだけですよ?」
「…そんな忠告は要らん。黙ってろ」
そう言いながら、俺は古泉の唇を封じた。
唇も舌も歯も、俺の体はどこも古泉を求めてるのに、どうしてこいつはこんなに落ち着きを保ったままなんだ。
舌に噛み付いてやって、唇を離す。
そうして、おそらくまだ解したりないだろう場所に、古泉のものを押し当てた。
それだけでおかしくなりそうなほど熱いのに、まだその熱が上がりきっていないように感じられるのは、俺の気のせいだろうか。
首をもたげてくる疑念を追い払いたくて、俺は腰を沈めた。
裂けるような痛みを感じても、それ以上に古泉を感じたかった。
一息に腰を沈めると、痛みと衝撃で、そのまま両手をつく。
「だ、大丈夫ですか?」
慌てる古泉に頷き返す。
少し待てば痛みは落ち着く。
それ以上に、貪欲な体が勝手に快楽を拾い上げ始めるに決まってる。
だから俺は膝に力を込めて、腰を緩く上げた。
「…っ、あ」
ずきりと響く痛みの中に、ぞくぞくするような快感を見出し、喉が震えた。
一度見つけたら、後は止められるはずもなく、狂ったように腰を振る俺に、古泉はまだ困惑を滲ませながらも、与えられる快感に顔を顰めて言った。
「何か、あったんですか?」
「んな、こと…っ、どうでも、いいから…あ…」
「どうでもよくありませんよ。何かあったんでしょう? 教えて、くださいませんか?」
何でまだこいつはこんな風に余裕なんだ。
俺はもう、ろくに考えることも出来やしないのに。
「いい、から…っ」
古泉にキスをする。
触れるだけの、キスを。
零れてくる涙は、過ぎる快感のせいだと思ってくれ。
頼むから。
「…女より、イイって、…っく、言えよぉ…!」
情けない涙声に、古泉が目を見開くのが、歪んだ視界の中にも見えた。
上体を起こした古泉が、俺の体を抱きしめる。
「…もしかして、今日僕が涼宮さんと一緒にいたところをご覧になったんですか?」
しゃくり上げながら小さく頷くと、古泉が苦笑した。
「一緒に買い物をしただけですよ。ほら、先日の集まりの際に、今度皆でどこかへ出かけようという話をしたでしょう? その準備として、ガイドブックを見たり、準備物を考えたりしていたんですよ。僕がご一緒したのは、同じ学校のよしみというだけです」
「じゃ、あ…」
口に出来ない続きは、古泉が言ってくれた。
「僕が心変わりをすると、本気で思ったんですか? それは少し酷いですよ。僕はいつだって、あなたのことばかり考えているのに」
「…だっ、て……」
「あなたを女性の代用品として扱うなんてことを、僕がすると思うんですか? 僕は、あなただから好きなんですよ? あなたの性別なんて、関係ありません。あなただから、手に入れたくて無茶もしたのに、そんなことを思われるなんて、思ってもみませんでしたよ」
「…っ、ごめん…」
――俺が信じられないのか、と。
古泉に、俺は何度言っただろう。
言い方を変え、状況を変えながらも、俺は何度もそう言った。
いつまで経っても、古泉が俺も、俺の気持ちも、信じてくれないから。
だが、信じていないのは俺も同じだったらしい。
だから、古泉も疑い続けるのかも知れない。
泣きながら謝り、謝りながら抱きしめた。
涙を、古泉の舌が舐めとっていく。
「嫉妬してくださったんですよね」
嬉しそうに笑った古泉に、顔が真っ赤に染まる。
「うっ…、い、いや、それは…その……」
反射的に言い訳しそうになる口を、一瞬触れるだけのキスで制止される。
「嬉しいですよ。あなたが本当に僕のことを好きでいてくれるんだと、実感出来ましたから。――いきなり押し倒された時は、何事かと思いましたけど」
頼むからそれ以上言うな!
のた打ち回りたくなる俺にトドメをさすように、古泉は甘ったるい言葉を俺の耳に吹き込んだ。