僕が死んだ日



「死ぬ時って、どんな気分だった?」
俺がそう聞いた相手は、先月、公式には病死し、実際には超能力の使い過ぎが原因で衰弱死した古泉の幽霊だった。
幽霊だから触ることも出来ないし、どうやら俺以外の人間には見えていないようなのだが、今現在、俺の恋人となっている。
生前よりよっぽど楽しげに、かつ自由気ままに振舞っている古泉との関係は一応良好である、と言っておこう。
……風呂を覗いてきたり、ところ構わずちょっかいを掛けてきたりするするのには、正直辟易してるんだがな。
そんな風に幽霊として、余生ならぬ死後を楽しんでいる古泉に、そんなことを聞いたのはただの好奇心のためだけではない。
その感覚を、少しでも知りたい、辛かったのならいくらかでも分かち合いたいと思ったからだ。
それを分かっているのか、古泉は小さく笑った。
悲しげに、あるいは切なげに。
「最初に思ったのは、死ぬんだってことでしたよ。このまま自分は死んでしまうんだと」
「分かるものなのか」
「ええ、分かりますね。体に力が入らなくて、頭もどんどんぼやけていくのに、絶望や悔しさ、無念さだけは酷く強くて」
何より、と古泉は俺の隣りに腰を下ろした。
独特のひやりとした空気を感じる。
「…あなたに、もう会えなくなると思うと、悲しくて、悔しくて、辛くて……堪りませんでした」
その気持ちはなんとなく分かった。
俺も、古泉が死んで、もう会えないと思った時、そんな気持ちになったからな。
「それから、どうしてあなたに思いを告げずにいたのかと、心底悔やみましたよ。一言だけでも告げておきたかった。世界より先に僕の一生が終ってしまうのであれば、口にしてしまってもよかっただろうにと、思いました」
それについては俺も現在進行形で思ってる。
何で黙ってたのかと理由を聞く必要こそないが、そうなっていれば違ったかも知れないと何度も思っているからな。
「そんな風に悔しさや悲しみでいっぱいなのに、目に見える世界はどうしようもなく綺麗だったんです」
古泉の言葉に、俺は驚いて古泉を見た。
古泉は、どこか誇らしげな笑みを浮かべて、
「とても、綺麗でしたよ。灰色の空が割れて、鮮やかな朝日の色に染まっていくんです。そんな世界を守ってこれてよかったと思いましたし、もう守れないことを辛く思ってしまうくらい、綺麗でした。この世界のためなら、死んでもいいと思ったくらいです。それだけならおそらく、僕は満足して逝けたでしょうね」
でも、と古泉は苦笑した。
「僕は思ってしまったんです。…もう一度あなたに会いたい、と」
その笑みに、言葉に、胸が締め付けられるように痛んだ。
「会いたくて、会いたくて、仕方なかったんです。逝く前に、一言だけでもいいから、あなたに思いを告げておきたかった。そう思ったら、ここに来ていたんですよ。あなたの側に」
「……悪かったな。せっかく昇天しようとしたのに邪魔しちまって」
「嬉しかったですよ。あなたが泣きながら行くなと言ってくださるなんて、思ってもみませんでしたから。嘘じゃないと、分かるでしょう?」
言いながら、古泉は俺にキスをする真似をした。
唇に、空気の冷たさを感じる。
「今は、あなたの側にいられて、それこそ天にも昇る心地です。あなたをおいて行くわけにはいきませんけれど」
「…ああ、そうしてくれ」
しかし、と俺は眉を寄せ、
「ひとりで逝くって、そんなに辛いのか」
と呟いた。
苦い表情の古泉を横目で見ながら、
「…俺は、よかったな」
「……どういう意味ですか?」
本気で分かっていないらしく、きょとんとした顔で聞いてくる古泉に、俺は思わず笑った。
「俺が逝く時は、ひとりじゃないんだろ?」
「――はい」
嬉しそうに頷いた古泉が、
「約束します。あなたが逝く時は、僕が必ずあなたの側にいて、あなたを守ります」
「そうしてくれ」
俺はそう言いながら、触れられないキスをした。