エロです


























触れたい



「幽霊の特権を駆使して、あなたが見られたくないと思っているところまで見てしまうかもしれませんよ?」
と言った古泉の言葉は嘘じゃなかった。
何しろ幽霊と言うのも便利なもので、壁や床は少し意識するだけですり抜けられるので着替えや風呂は覗かれ放題。
他の人間には見られないのをいいことに、人前で耳元に妙な言葉を囁いてくるのもしょっちゅう。
長門には感知されているような節があるのだが、長門が何も言ってこないので、長門の前でも平然と絡んでくる始末だ。
「お前、生きてる時より好き勝手に振舞ってないか?」
俺がそう聞いてみると、
「そうですね。もう、何の遠慮も必要ないかと思うと身も心も軽くなった気分ですよ」
身も心も何も、お前にはすでに身はないだろう。
というか、足が床から浮いてるぞ。
「すみません、つい」
言いながら、古泉は床に足をつけた。
それを見ながら俺は首を捻り、
「しかし、無機物には触れるってのはどういう原理なんだろうな」
「さぁ。訓練次第であなたにも触れるようになるのかもしれませんね。もっとも、無機物さえ動かせない現状では、なかなか難しいことかもしれませんが、頑張りますよ」
「勝手に頑張ってくれ」
とまあ、そんな感じに俺と古泉のおかしな共同生活はそれなりに順調なものとなっていたわけだ。
調子に乗った、あるいはタガの外れた古泉は俺が思っていた以上にタチが悪かったということを除いて、概ね問題もなく。
……風呂で視姦された時は本気でシャミセンをけしかけてやろうかと思ったがな。
シャミセン、と言えば、どうやらシャミセンには古泉が見えているらしく、俺の部屋に来ては古泉を見ていることがある。
古泉の方も面白がっているのか、ちょっかいを出そうとして手を伸ばしては避けられている。
どうも、動物は幽霊が見えるというのもあながち嘘ではなかったらしい。
閑話休題。
とにかく俺が言いたいのは、古泉は思ったよりも問題のある男であり、それでも突き放せないくらいには俺もあいつを好きだという現実があったということだ。
だからこれは、よかったこととして分類すべきなのかそれとも最低最悪の事実として認定してやるべきなのか分からない出来事のひとつになる。


その日はテスト前で、いくら向上心のない俺でも多少は机に向かおうなどと妙な了見を起こしていたのだが、そういう日に限って構ってほしがるのが古泉だった。
お前はどこの猫だ、と聞きたくなるが無駄だろうな。
「勉強なんてしなくてもいいじゃないですか。僕がいくらでも手を貸しますよ?」
そんなことを言ってきた古泉に、思わず渋面を見せ、
「俺はそういうことはやりたくないんだよ。授業で眠っていたところをいきなり当てられた時くらいなら助かったと思うかも知れんが、テストでやったら当分口もきかんぞ」
「真面目なんですね」
「頭が固いとでも何とでも好きに言え」
「そんなことは言いませんよ。…あなたのそういうところが好きです」
そう言った古泉が手を伸ばし、俺の体を抱きしめる真似をした。
感じるのは冷たい空気の感触だけだ。
目の前にいるのに触れられない悲しさにくしゃりと顔を歪めながら、
「…こんなに近くにいるのに触ることも出来ないのが一番嫌だな」
と呟くと、
「僕もです」
と返された。
「せめて、もっと早くあなたに思いを告げられていたらと、何度も思いましたよ。一度くらい、あなたを思い切り抱きしめておきたかった。許されるならキスも、その先も全部、しておきたかったくらいです」
その言葉に顔が赤くなる。
「あなたも、そう思ってくれますか?」
そういうことをわざわざ聞くんじゃない、と頭では思った。
思ったのだが、首が勝手に前後に揺れた。
「それだけでも、嬉しいです」
「…もっと早く、気付いてたら違ったのかな……」
「どうでしょうね。…もし、あなたが僕に思いを告げてくれていたとしても、僕はきっとあなたの手を取ることは出来なかったと思います。あなたに自分の思いを告げられなかったように」
それなら、こうしていられるだけマシだと思うことにしようか。
「そうですね。…あなたに思いを告げていたら、そのまま逝けたでしょうから」
不幸中の幸い、と言っちまっていいんだろうか。
不幸の中で幸せ探しをするほど不幸に慣れた覚えもないんだが。
「…もし叶うなら、どうしたいと思います?」
「……お前に触れたい」
出来れば、体温を感じたい。
ちゃんと側にいるんだと感じたい。
「……愛してます」
呟かれた古泉の言葉が胸に痛かった。
その夜のことだ。
そんな話をしたからか、俺はある意味分かりやすい夢を見た。
教室を出て、廊下を歩き、部室棟に入る。
その間、人には会わず、俺は誰もいない廊下に立ち、部室のドアをノックした。
「どうぞ」
と返ってくるのは、ここしばらくで妙に耳に馴染んでしまった男の声だ。
「よう」
何でもないように声を掛けながら、胸がざわついたのは、これが夢だと理解していたからだろう。
「古泉」
「はい? 何でしょうか」
寄越される笑みは胡散臭い笑みであり、俺の部屋でふよふよ浮いていやがる古泉が浮かべるものとは微妙に形が違うことにさえ気づかされた。
それでも、それは間違いなく古泉で、俺は思わず、
「……お前が好きだ」
と口走っていた。
古泉が目を見開く、と思うと、いきなり立ち上がった古泉が俺を引き寄せキスしてきた。
「ちょっ…」
と待て、と声を上げようとして開いた口に、舌が入り込んでくる。
待て待て待て、本気で待ってくれ。
どうして知りもしないものを夢で見れたりするんだ。
こんなディープキスなんぞ、俺は知らんぞ。
「じゃあ、僕が初めてなんですね」
へらりと笑った顔を見ればすぐ分かる。
「お前、古泉だな…」
「今更ですね。僕以外の誰に見えたって言うんです?」
そういう意味じゃない。
お前は俺の夢の登場人物じゃない古泉だろう。
「幽霊ってのは人の夢の中に干渉したりすることも出来たのか?」
むくれながらそう聞くと、
「出来たみたいですね。僕の感覚としては、あなたの寝顔を見つめていたら、不意に引きずり込まれたようなものですが」
「俺がお前の夢を見たのが悪いって言うのか?」
「悪いなんて言いませんよ。むしろ、感謝したいですね。だって、ほら」
と古泉は俺を抱きしめた。
痛いくらい強く、制服越しにでもその体温を感じられるほどに。
それだけのことが酷く嬉しくて、泣きそうになった。
「やっと、触れられるんですよ?」
「…そうだな……」
俺からも抱きしめ返すと、
「夢って凄いですね」
と言われた。
「強く抱きしめられる痛みも、あなたの体温も、ずっと感じられなかったのに、夢と言うだけでこんなにもはっきりと分かるなんて」
「幽霊は感覚がないのか?」
「全くないわけではありませんが、かなり薄いものです。暖かいのかどうかも分からないくらい。……それだけに、嬉しいです」
「…俺も、嬉しい」
「じゃあ、いいですよね」
「え」
問い返す間もなく、床に押し倒される。
背中が痛くなかったのは、夢だからか。
「ちょっ、ま、待て、古泉!」
「待てません。あなただって、望んでくれたのでしょう? 抱きしめて、キスをして、その先も全部」
「いや、それは言葉のあやと言うか…」
「聞けません」
断言しやがった。
その上、古泉はまたもや俺の唇を塞ぎ、今度こそ遠慮の欠片もなく口腔を犯す。
息が苦しくなるほど、強引に。
「は…っ」
やっと解放され、息を吐いた俺の服を古泉が脱がしていく。
「待て…って」
「どうしてです?」
「お前、がっつき過ぎだろ。頼むから落ち着け」
「無理ですね」
さらりと言った古泉が、露わになった胸へ手を這わせた。
「やっとあなたとひとつになれるんですから」
「だから待てって!」
俺は覚悟が出来てねぇ!
「大丈夫ですよ。間違いなく、気持ちよくしてあげます」
そう笑った唇が、乳首に触れる。
「なんだよ、そんなところ触ったって女じゃないんだから感じないだろ」
「男だって感じますよ。むず痒くなりません?」
「そりゃ、多少はくすぐったいが…」
「それが少しずつ強くなって、気持ちよくなるんですよ」
その言葉が本当だと言うかのように、古泉に執拗なまでに弄くられるそこが痺れ始めた。
それを見透かしたように、古泉が小さく笑った。
「嘘じゃなかったでしょう?」
「…っ、うるさい! 大体、何でお前はそんなことを知ってるんだよ」
「それは勿論、あなたのために勉強したからですよ。だから、信じてください」
そう言った古泉が、軽く歯を立てると、
「っん」
堪えきれない声が漏れた。
それが恥ずかしいってのに、
「もっと聞かせてください」
「な、んで…」
ああくそ、声が震える。
「聞きたいからです。あなたの、感じてる声を聞かせてください。いいでしょう? ここには僕とあなた以外、誰もいないんですから」
そう言いながら、古泉は俺の下肢へ手を伸ばした。
「っ、あ、やめろって…!」
「気持ちいいんでしょう? もっと、感じてください」
「ひ、んんぅ…っ」
遠慮のない手の動きに、体が震える。
「や、だ…っ、古泉、怖い…」
おかしいほど激しい快感は恐怖でしかない。
生理的なものでない涙をぼろぼろ零しながら縋りつく俺に、
「大丈夫ですよ。これが夢だから、感じる快感が強くなっているだけです」
「ふぁ…?」
「快感というのも所詮は、与えられた刺激を元に脳内で分泌される物質の作用によるものなのですが、夢を見ている状態だとその分泌物が覚醒している時よりも多量に分泌されるのだそうです。強すぎるのはそのせいですから、怖がらないでください」
「んなこと、言ったって…」
そんなことで恐怖心がおさまるものか、と思ったのだが、古泉にそう言われ、優しくキスされると少しばかり落ち着く辺り、俺も分かりやすい。
古泉は楽しげに微笑み、
「素直なあなたが好きですよ」
と俺の頬へキスした。
その手がつっと腿を滑り、あらぬ場所に触れた。
「ちょ、ちょっと待て古泉!」
「待てないと何度言えば分かってくれるんでしょうね? 大丈夫ですよ。痛くありません。ちゃんと指もあなたの先走りで濡らしてありますし、あなただって濡れてるんじゃありませんか?」
「男が濡れるか…っ!」
俺がそう言った瞬間、指がつぷりと押し込まれた。
「濡れますよ。だってこれは、夢ですからね」
「…は……?」
「ほら、聞こえませんか? くちゅくちゅと恥ずかしい音を立てて、もっと奥までほしいって言ってるみたいですよ?」
「なっ…」
否定しようとしたのに、古泉が指を動かし、くちゃりと滑った音が響いた。
「この辺り、ですかね?」
「な、にがだ…」
「前立腺ですよ」
「っ…」
「ああ、ご存知でしたか? それなら話は早いですね。――ここ、ですか?」
そう言いながら古泉の指がある一点を擦り上げた。
「んあっ…!」
電気でも流されたような感覚が走り、一瞬意識が飛びそうになった。
「あ、や、嫌だ…っ、古泉、そこはだめだ…!」
「聞けませんね。気持ちよさそうじゃないですか」
「はんっ、ん、ああぁ…っ!」
思わず脚を閉じようとするが、脚の間に古泉が体を割り込ませているため、それも叶わない。
「どうせ締め付けるなら中で締め付けてもらいたいですね」
と言って、古泉はズボンの前を寛げた。
「もう、入れていいでしょう?」
「や、嫌だ…っ、て、――う、あぁ……っ!」
有無を言わさず押し入れたそれが、感じる部位を擦り上げ、ただでさえ昂ぶらされていたものが白濁を吐き出す。
「ところてんですね」
「う、れしそうに、言うな…っ」
「嬉しいですから。あなたがこんなにも感じてくれることも、あなたと繋がっていることも」
「……あ…」
その言葉で、やっと意識出来た。
「お前、と、…繋がって……」
「ええ、そうですよ。…触ってみますか?」
古泉の手が俺の手を掴み、引き寄せる。
「ね、ちゃんと入っているでしょう?」
「…本当、だな……」
涙が零れたのは、それが嬉しかったせいだ。
「古泉…」
「はい?」
「…お前が、幽霊で……こうやって、夢の中でしか、触れられなくても、……お前のことが、好きだからな…」
そう抱きしめると、古泉は頷いて、
「僕も、あなたを愛してますよ」
だから、と古泉はその笑みをどこか残酷なものに変え、
「夢から覚めるまでの間くらい、愛し合いましょう?」
「いっ!? ひあぁっ…!」
乱暴に抽挿され、喉が引き攣った。
頭の中でフラッシュを焚いているかのように、繰り返し繰り返し目の前が白く染まる。
「いい…っ、ああ…!」
「僕も、いいですよ。これが夢だからでも、僕が死んでいるからでもなく、あなただから」
「ん、俺も…っ」
涙で歪む視界の中に、古泉のどこか余裕を失った顔を見つけ、引き寄せた。
唇を重ね、舌を絡ませ、唾液を貪る。
「古泉…っ、愛して、る…!」
背中に回した腕に力を込めると、
「愛してます」
と囁かれ、大きく腰を使われた。
「ひぃあ…! ん、ぁあっ、イく…っ」
「イってください。僕も…もう…」
その言葉が嘘でない証拠のように、古泉は乱暴なくらいに俺の体を貫く。
頭の中まで真っ白に染まり、意識を失う寸前――あるいは覚醒する寸前――、体の中に熱いものが注ぎ込まれたのを感じ、俺は小さく笑った。

目を覚ますと、ズボンの中が最低最悪の状況だった。
下着の中で済まなかっただけに、居た堪れなさは倍増だ。
この年になって夢精とか…!
頭を抱えてのた打ち回る俺に、ふよふよと遠慮の欠片もなく空中に浮かんでいた古泉は、にっこり笑って言った。
「楽しかったですね。いつかは現実でも、あなたに触れたいものです」
それには同意してやろう。
だが、現実であろうと夢であろうと、今度お前に触れられる時は遠慮なく殴り飛ばしてやるから、覚悟しておけ!