死にネタ……と思わせておいて微妙に何かが間違った代物です
死にネタはだめって方こそ読んでください
むしろ、死にネタは美しいよね!って人の方がやめとくべきかも……

…色物好きでごめんなさい










逝かないで



日曜日だと言うのに制服を着た。
それなのに、向かう先は学校じゃない。
駅前でハルヒたちと待ち合わせる。
俺が行った時には既に、ハルヒも長門も朝比奈さんもいたが、古泉だけはいなかった。
いるはずがない。
俺が最後でも、ハルヒは何も文句を言わなかった。
ただ、
「行くわよ」
一言、そう言った。
それで精一杯だとでも言うように。
そのまま歩いて向かうのは、古泉の部屋だ。
これまで一度も足を踏み入れたことがなかったそこは、普通ではありえないほどに混み合っていた。
2DKの部屋のドアと言うドアは全て開かれ、空調はフル稼働している。
それでも息苦しさがあるのは、仕方のないことなんだろう。
客には俺たちのほかにも、北高の制服を着た奴や、一体どこでどういう繋がりがあったんだと聞きたくなるような年配の男性、それから以前にも何度か顔を合わせたことのある、新川さん、多丸さん兄弟、森さんの姿もあった。
この場を取り仕切っているのは、多丸さんたちと同年代に見える男性と女性で、周りとの会話ややりとりから、古泉の両親なんだと思った。
あるいは、それを演じているだけなのかもしれないが。
部屋の一番奥に据えられた、花や食べ物で飾られた祭壇の中央に、古泉の笑顔が見えた。
見慣れた――見慣れ過ぎた、笑顔。
決められた手順通りに手を合わせ、寝かされた古泉の唇を、水を含ませた綿で湿す。
返ってくる固い感触が、妙に非現実的だった。
一通り終っても、俺たちは帰る気になれなかった。
古泉といられるのも、今日が最後なのだ。
明日には実家に連れて帰られ、そこで葬儀が行われるらしい。
古泉の実家は遠方だそうで、そこまで行くのは難しい。
だから、本当に今日が最後だ。
部屋の隅に固まって座った俺たちの表情はそれぞれ違っていた。
ハルヒは目じりに涙を滲ませているし、朝比奈さんは――おそらくこうなることを前もって知っていたからだろう――苦しそうに眉を寄せていた。
長門はいつも通りの無表情だったが、その瞳にどこか揺らぎが感じられた。
「どうして…」
と涙声で呟いたのはハルヒだった。
「あたしたちにも、教えてくれなかったのかしら…。病気のこと……」
「心配掛けたくなかったんだろ。それか、妙に気を使って欲しくなかったとか。…不治の病だったっていう話だからな」
「あんたは…っ」
ハルヒが俺を睨みつけた。
「どうしてそんなに冷静でいられるのよ! 古泉くんとはあんたが一番仲良くしてたんでしょ!?」
声を荒げるな、ご迷惑だぞ。
「うるさいっ、バカキョン!」
ハルヒの目から涙が零れる。
「あんた、知ってたの? 古泉くんの病気のこと…」
「いや」
と答えたのは嘘じゃない。
古泉が病気だったというのは全くの事実無根だからだ。
本当は、閉鎖空間で力を使い過ぎたがために衰弱したことが原因なのだと、昨日の夜、俺に今日のことを知らせてくれるついでに森さんが教えてくれた。
超能力者は皆自分の命を削って戦っていたと、俺はその時初めて知ったのだ。
「じゃあ、なんであんたは平気な顔でいられるのよ…!」
そう顔を伏せたハルヒに、
「…平気に見えるか?」
と聞くと、思った以上に冷えた声が出た。
ハルヒは驚いたように顔を上げ、それからまた目線を伏せた。
「……ごめん…。突然すぎて、あたしも戸惑ってるみたい……」
「それは俺もだ」
正直、実感が湧かん。

古泉が、死んだなんて。


家に帰っても、ひたすらに胸の内は空虚だった。
何も感じない。
何も思わない。
周囲と断絶したような感覚に囚われていた。
ただ、信じられない思いばかりがあった。
古泉が死ぬなんて。
一昨日まで確かに顔を合わせて話をしていたのに。
疲れた顔をしているとは思った。
それでも、それだけだと思ったんだ。
「しゃきっとしろよ。世界を守んなきゃならねえんだろ」
などと軽口を叩いた口が憎い。
古泉は、既にかなりの無理をしていたのに、気付けなかった。
俺は、大馬鹿だ。
古泉がいなくなっただけでこんな風になるくらい、古泉が大事だったのに、気付かなかった。
もっと早く気付いていれば、何かが変わったかもしれないのに、どうしてこういう時に限って未来人はなんの干渉もしてくれなかったんだ。
夕食を食べる気にもなれず、ベッドで寝そべっていた。
古泉がいなくなってもこれまでと変わらずに動き続ける世界。
古泉の死を確かに悲しんでいるのに、古泉を生き返らせてはくれないハルヒ。
何もかもが俺からは酷く遠いものに思えた。
涙さえ零さない自分の体さえもが、心とは乖離している。
悲しいし、苦しいのに、それが実感を伴わない。
自分で自分が分からない。
こんなにも、古泉に会いたいのに。
そう思った瞬間だった。
「…こんばんは」
反射的に身を起こすと、ベッドの横に古泉が突っ立っていた。
「な…っ!?」
「驚かせてすみません」
と苦笑するのは間違いなく古泉だ。
見間違いでも幻覚でもないと思う。
「何で…お前……死んだってのは嘘だったのか…!?」
「いえ、嘘じゃありませんよ」
は?
「何故なら、僕は既に死んでますし、体だってありませんから」
ほら、と古泉が俺に向かって手を伸ばす。
それが俺の頬に触れる、と思ったがそれは何の感触も残さず、ただ少しひんやりとしただけだった。
愕然とする俺に古泉は小さく微笑み、
「最後に、どうしてもあなたに会っておきたかったんです」
「最後って……」
俺の言葉には答えず、古泉は俺の目を覗き込むようにして言った。
驚くほど真剣な表情で。
「ずっと――ずっと、あなたが好きでした」
その言葉に、心臓が止まるかと思った。
同時に、さっきまでどうしたって出なかったはずの涙が零れだす。
「過去形で…っ、言うなよ…!」
しゃくり上げながらそう言うと、
「すみません」
と謝られた。
「涙を拭いて差し上げたいのですが、それも出来ないんです。僕はもう…あなたとは一緒にいられないんです」
「ぃ、やだ…」
古泉に向かって手を伸ばしても、触れることは出来ない。
思い切り抱きしめたいのに、それさえ。
手に感じるのは冷たい空気の感触だけだ。
「行くな…古泉……っ、お前が…お前が、好きなんだ…」
それくらい、予想していて当然だっただろうに、古泉は酷く驚いたようだった。
「……本当ですか?」
「お前が、死んで……やっと分かった…。俺はお前のことが、好きで…、お前と過ごすのが好きだったんだ……」
「嬉しいです。……もう、これで未練はありません」
「待っ…」
目の前で古泉の存在が薄くなる。
「嫌だ、行くな、古泉…! 側にいろよ…」
「だめですよ。このままここにいたらどうなるのか、僕にも分かりません。あなたに迷惑は掛けられない」
「迷惑なんかじゃない…! お前がいなくなる方が、よっぽど迷惑だ!」
飯は食えなくなるし、考えることも感じることもなくなって、このまま俺までどうにかなると思ったんだぞ。
それなのにお前は、そうなると分かってて俺を置いていけるのか?
「……困りましたね」
そう言った古泉が、自嘲するように笑う。
「正直に言うと、あなたの側にいて、平気でいられる自信がないんですよ。幽霊の特権を駆使して、あなたが見られたくないと思っているところまで見てしまうかもしれませんよ?」
「何だよそれ…」
「僕はね、」
古泉は俺の耳に唇を寄せるようにして囁いた。
「性欲を伴うような形で、あなたが好きなんですよ」
ぞくっとした。
背筋が寒くなるとか、そういう意味ではなく、その声に感じた。
「……いい」
「…はい?」
「いいって言ってんだよ。幽霊の特権を使おうがなんだろうが、好きにしろよ。俺も……お前なら、いいと思うから…」
古泉はぽかんとした顔で俺を見て、それから小さく笑った。
「顔、真っ赤ですよ」
「あ、当たり前だろ…!」
これだけ恥ずかしいことを言ったんだ。
それなのにいなくなるって言ったら許さんぞ。
「そうですね。あなたに怒られたくはありませんし……」
そう言った古泉の顔が近づき、反射的に目を閉じる。
唇に、冷たさ。
「あなたが許してくださる限り、あなたの側にいます。側に、…いさせてください」
「ああ」
抱きしめる真似しか出来ない腕を、古泉の体に回し、俺はもう一粒だけ涙をこぼした。