暴力及び流血表現を含みます
今更かもしれませんが苦手な方はご注意ください
彼の姿が見えなくなるまで待って、僕は門を閉じた。 上を見上げれば太陽もあり、空もある。 それでもその空は彼のいる空とは繋がってなどいない。 絶望にも似た寂寥感にため息を吐いた僕の傍らで、有希が呟いた。 「主」 「どうかしましたか?」 「私は彼から様々なことを教わった。それによって私は経験によってしか知りえない暗黙知を数多く得た。それでも、分からないことがある。この感覚は、何?」 有希の目から、透明な雫が零れ落ちた。 驚いて言葉もない僕に、彼女は続ける。 「ボディに損傷はない。それなのに、胸に大きく穴が空いたように感じられる。彼がいなくなっただけでここまで異常を来たしてしまうのは、何故」 僕は彼がしたように彼女を抱きしめた。 思えば彼女を抱きしめたことなどあっただろうか。 きっとない。 彼が来るまで、彼女は僕の実験体で、精々助手でしかなかった。 僕の意識を変えたのも彼なら、彼女にこれほどまでに感情を持たせたのも彼で間違いないのだろう。 「その感情は、寂しいというんですよ」 「寂しい…」 「そう。彼がいなくなって、あなたも寂しいんですね」 どこか人形らしい仕草で、彼女は頷いた。 その目から涙がぽろぽろとこぼれていく。 生まれて初めて流すそれに戸惑う彼女を、僕は出来るだけ優しく抱きしめて、その髪を撫でた。 彼のようには出来ず、ぎこちないものとなってしまったけれど、それでも彼女は次第に落ち着きを取り戻した。 「主が、」 小さくしゃくり上げて、彼女は言った。 「泣かない、のは、何故」 「…何故でしょうね」 涙を忘れてしまったわけではない。 寂しくないわけでもない。 未だに、姉のことを思い出して涙を流す夜もある。 今泣かないのは多分、彼が約束を守ってくれると信じているからだ。 彼がああ言った以上、彼は間違いなく、また僕を訪ねてくれる。 彼の持つ感情は、僕の抱くそれとは違っているのだろうけれど、僕の思い上がりでない限り、彼は僕を好ましく思ってくれている。 たとえそれが友人としてであっても、僕にとってそれは身に余る幸せだ。 だから、涙を流す必要などない。 むしろ幸せでたまらないのだ。 それを言ったところで有希には理解出来ないだろう。 だから僕は、 「僕にも分かりません」 と誤魔化して、有希が泣き止むまでの短い間、胸を貸した。 またふたりきりの生活に戻るだけだというのに、それが恐ろしく味気ないもののように思えた。 それは有希も同じなのだろう。 ほんの数日前までくるくると忙しく動き回ることを楽しんでいたはずの彼女が、以前のように虚ろな目をして館の中を歩いていると、まるで幽鬼のようだ。 僕は苦笑しつつ、その日の夕食をとる段になって、彼女に言った。 「そんなに彼が心配なのでしたら、鏡をお貸しします」 鏡と言ってもただの鏡ではない。 魔力の込められたそれは、遠くの出来事をもありありと映し出す魔法の鏡だ。 「ただし、彼にも隠したいことや見られたくないことはあると思いますから、そういうことをきちんと考えてくださいね」 そう言いながら僕は鏡を呼び寄せ、有希の手に渡した。 有希はこくんと頷き、 「主……ありがとう」 「いいえ。僕も、有希にはもう少し元気になって欲しいですから」 そう微笑みかけると、ほんの少し、彼女の雰囲気が和らいだような気がした。 彼女はまだ人というには程遠い、生き人形だ。 それでも、彼女がいてくれてよかったと、心の底からそう思った。 それほどに、彼のいなくなった館は寂しく、悲しい場所に変わってしまっていたから。 彼がいてくれるだけで、表の現実の世界のように明るく輝いて思えたというのに。 僕は何より面白く感じていたはずの研究にさえ手をつけられず、彼と過ごしたサロンでぼんやりと過ごしていた。 日の光が注ぐサンルームの揺り椅子を彼は気に入っていた。 小さく軋む音を楽しむように目を細め、そこから見える庭をよく眺めていた。 しばしばそこでそのまま眠ってしまう彼を起こしたり、部屋まで運んだりすることさえ楽しかった。 初めて会った時と変わらぬ愛しさを彼に感じた。 だからこそ僕は、彼がここを出て行くと言っても反対しなかったのだ。 このまま彼をここに留め置いてしまえば、いつか我慢出来なくなると思った。 卑劣な手段で彼を傷つけてしまうと思った。 彼を愛しているからこそ、彼を守るため、手放した。 ――それなのに、それは起こってしまった。 僕が眠れないまま揺り椅子を動かしていると、突然乱暴に扉が開き、有希が飛び込んできた。 「何かあったんですか?」 驚いて立ち上がりながらそう聞くと、彼女はいつになく青褪めた顔をして言った。 「彼が、危険…!」 搾り出すような声で。 彼が誰かなど聞くまでもない。 僕は彼女の手から鏡を受け取ると、そこに彼の姿を映し出した。 そこには縛り上げられた彼の姿が映っていた。 「なっ…!」 思わず声を上げたほど、酷い有様だった。 体のあちこちが暗い紫に染まり、あるいは赤く腫れ上がっているのは打たれた痕だろう。 赤い血が粗いロープを赤く染め、滴り落ちていく。 吸血鬼と成り果てた僕にとって、血は甘露のはずだった。 それなのに、その光景にはひたすらに嫌悪しか覚えない。 どうしてこんなになるまで僕を呼んでくれなかったのだろう。 どうしてこんなになってもなお、僕を呼んでくれないのだろう。 呆然と見つめる鏡の中、彼は縛られたまま歩かされ、牢を出た。 村人の向ける憎しみにに滲んだ視線の中、彼は気丈にも胸を張っていた。 意識はしっかりしているらしい。 痛みを感じるんだろう、時折顔を顰める姿が、見ていられないほどの痛みを僕に与えた。 どうしていいのか分からないのか、立ち尽くしていた有希に、僕は命じた。 「彼を助けに行きます。準備をしてください」 「分かった」 彼女が薬を取りに駆け出すのを目の端に捉えながら僕も部屋を出る。 視線は鏡に注いだままだ。 鏡に映るのは映像だけで、音声までは届かない。 彼は広場の中央に据えられた木の杭に縛り付けられた。 その状態のまま何かを問われ、それにはっきりと答える。 その彼に向かって、石が投げつけられた。 いくつもいくつも、雨の如くつぶてが降り注ぐ。 彼は身動ぎもせずそれを受けていたが、ひとつが頭に当たり、そのまま俯いた。 それでもなお、石は投げられ続ける。 「…もう、やめてください…!」 祈るように、唸るように、僕は呟いた。 聞こえやしないとわかっているのに、そうせずにはいられなかった。 「彼が何をしたって言うんです。僕が彼の治療をしたことがいけないというなら、僕を責めればいい。どうして彼がこんな目に…!」 「古泉」 ほとんど叫ぶようになっていた僕の耳に、彼の声が届いた。 僕の名を呼ぶ、声。 今になってやっと、彼は僕を呼んだ。 それも、助けを呼ぼうとしてではなく、 「…ごめんな、古泉。約束、守れそうにない」 ……僕に、謝るためだけに。 「ぅ、あ、あ、あああああ――…っ!」 僕は、吼えた。 そうでもせずにはいられなかった。 館を飛び出し、門を開く。 場所は村の上だ。 細かな座標になど拘ってはいられない。 ただ、彼の元に。 狼に姿を変えて、開いた門から飛び出し、村に下り立つ。 一瞬体にぴりっとした刺激が走ったのは吸血鬼避けのまじないの効果だろうが、今の僕には全くの無意味だった。 突然現れた僕にどよめく村人へ、僕は唸り声を上げた。 そのまま牙を剥き、襲いかかろうとした僕に、 「やめろ、古泉…!」 彼が声を上げて止めた。 振り返ると、どこにそんな気力が残っていたのかと思わせるような強い瞳が見えた。 「やめてくれ、俺はお前が人を殺そうとするところなんて、見たくない…」 そう言って彼が咳き込んだ。 赤い血が華のように散る。 「…分かり、ました」 感情の赴くまま暴れだしそうになる自分を必死に制しながら、僕は答えた。 「気絶させるくらいは、許してくださいね」 「…ああ、許す」 彼が頷いたのを確認して、僕は再び人間へと唸り声を上げた。 クルースニクは、と目を走らせると、ひとり、いた。 応戦することも忘れているのか、呆然とこちらを見る男は、僕との力量差をちゃんと分かっているらしい。 本当なら体を八つに裂いてやっても飽き足らないくらい憎らしいが、彼に叱られたくはない。 僕はダンッと大きな音を立ててその前に着地すると、人の姿に戻って言った。 「彼の身は私が預かる。殺されたくなければ大人しくしていろ」 高圧的にそう言って、僕は彼の側に戻った。 同時に、彼の傍らに着地したのは有希だ。 門から飛び降りてきたらしい。 焦りをその表情にかすかに滲ませながら彼に駆け寄り、その縄を断ち切る。 杭に縛り付けるロープが切れた時、彼の体が傾いで、地面に倒れた。 血の気のない顔。 力ない腕。 有希が彼の体を支え起こすのを手伝いながら僕は彼の息を確かめようとして、絶望した。 「…主?」 「……遅かった…」 体はまだ温かいのに、彼はもう、息をしていなかった。 「主なら、助けられるのではないの?」 有希の期待に満ちた目から僕は顔を背けた。 人を生き返らせる術が、ないわけではない。 だがそれをすれば彼はどんなにか僕を憎むか分からない。 あるいは、彼が彼でなくなってしまうかもしれない。 それは彼を失うよりももっとずっと悲しいことで。 僕は、躊躇った。 「主…」 有希の声に首を振った。 次の瞬間、カタンと乾いた音がした。 驚いて目を向けると、有希がガラス玉の目をして地面に倒れていた。 「有希!?」 慌てて掴んだその腕は冷たい石膏だった。 その体は先ほどまでとはまるで違い、むき出しの関節があきらかに人形のそれに戻っていた。 魂にも似た、有希に宿っていた魔力が全て消えてなくなったわけではない。 ただ彼女は絶望し、自ら機能を止めてしまったのだ。 「あなたまで、僕を置いていってしまうんですか…」 唇が歪んだ。 泣いているのか笑っているのか分からないまま、僕は有希の腕を掴んだまま、彼の体を抱きしめた。 「すみません。こんなにも弱い僕を、許してくれとは言いません。僕を憎んでも構いません。あなたのためならこの命も魔力も、惜しくはありません。だから、どうか、」 ――生き返ってください。 僕はふたりの体を抱えて空へ飛び上がると門をくぐった。 向かうのは、研究室だ。 必要なものは全てそこにある。 方法も、頭に入っている。 有希のぐったりとした体を部屋の隅の椅子に座らせて、彼の体を大きな台の上に寝かせる。 かつてあった忌まわしい事件の記憶に封をして、僕はそれを実行した。 許されるはずのない、反魂の術を。 冥府への道を辿り、彼の魂を探す。 暗い中をさ迷う僕の姿は、本物の亡者や幽鬼だって逃げ出すほどの酷い有様だったに違いない。 僕の道行きを妨げるものはなく、その代わりというわけでもないだろうが、導くものもなかった。 あるいはそれは、その道を辿るのが初めてではないからかもしれなかった。 過去に三回、僕はこの道をさ迷った。 一度目は、彼に助けられたあの時。 酷い怪我で虚ろになる意識の中、ここを歩いた。 その時は無事戻れたため、その代償のように大きな魔力を得た。 二度目は、ある人に反魂の術を施した時。 いくつにも分けられ、行き方も分からなくなった魂を求めて、限界までさ迷い歩いた。 ここに時間はない。 あるのは果てしない空間だけだ。 僕の体感時間で何十年も、何百年も、僕はさ迷い歩いた。 あの時はその人が死んで随分経っていたからそんなことになってしまったが、今回はすぐだ。 うまく行けば彼の魂をそのまま捕まえられるかもしれない。 そう思えば、足も進んだ。 三度目にここに来たのは、つい先日、彼のために胸を裂いたあの時だ。 そしてこれで四回目。 もはやここで迷うことなどない、と言いたいところだが、冥府と冥府に続くこの道は常に変化して一定に留まることがない。 一度道を踏み外せばもう一度道に戻るだけでも一苦労だろう。 それでも、魂を探すためには必要だ。 ひとまずは冥府までの一本道を駆け足に辿った。 彼なら迷いもせず躊躇いもせず、素直に直進しているだろうと思ったのだ。 それくらい、彼の死に顔は穏やかだった。 残された僕たちの気も知らないで。 「見つけた…!」 彼の姿を見つけて、僕は思わず声を上げた。 それでも彼は振り向かない。 僕は彼に駆け寄り、 「待ってください!」 と叫んだ。 彼の目が虚ろなまま僕を見つめる。 このまま彼が僕を僕として認識してくれなければ終りだ。 諦めるしかなくなる。 僕は祈るような気持ちで彼の目を見つめ返した。 そうして、 「…古泉?」 その言葉と共に、その目に光が戻った。 よかった。 これで少しは希望が見えた。 「お前、こんなところで何やってんだよ! まさか、お前まで死んだんじゃあ…」 「違います。あなたを迎えにきたんです」 「迎えに、って…」 唖然とする彼を逃さないように、しっかりとその肩を掴んで僕は言う。 「今、あなたに死なれては困るんです。どうか、戻ってきてください」 「そんなこと、出来るわけないだろ」 困惑しながら、彼は言った。 「それより、お前こそ早く戻れよ。このままじゃお前まで死んじまうぞ」 「構いません」 僕がはっきりとそう言うと、彼は本当に驚いたようだった。 「構いませんってお前、何言ってんだよ! こんなことで死んでどうするんだ。長門はどうなる」 「有希はあなたが亡くなったショックから機能を停止させました。あなたが戻らない限り、ただの人形でしょう」 「…そんな……長門が…」 「あなたも有希もいない世界に生きている意味なんてないんです。だから、あなたが戻ってきてくださらないのなら、僕はあなたと共に冥府の門をくぐります」 怒りとも嫌悪とも知れぬものに、彼がくしゃりと顔を歪めた。 彼にそんな顔をさせてしまうと分かっていたのに、僕はそう言わずにはいられなかった。 それは間違いなく真実であり、僕の望みでもあったから。 「お願いします。僕と一緒に戻ってください」 「……だめだ…」 絞り出すような声で、彼は言った。 「どうしてです」 僕が問うと、彼は苦しげに答えた。 「多分お前が思っている以上に、俺はお前のことを気に入ってるんだよ。だから、お前にそんな風に禁忌を犯して欲しくなんかなかった。人を生き返らせるなんて、許されないことだ」 「分かってます。それでも僕は、あなたを失いたくないんです」 「古泉……」 どうすりゃいいんだ、と唸った彼を僕は思い切り抱きしめた。 痩せた細い身体。 そのくせしなやかな四肢。 その魂に傷がないことを示すように、彼はむき出しにされた魂さえ綺麗で美しかった。 その魂を、僕は穢そうとしている。 罪悪感に胸が痛む。 だが、それで彼を失わずに済むのなら安いものだとも思った。 「古泉…っ」 放せ、ともがく身体をきつく抱きしめて、僕は言った。 「あなたを、愛しているんです。十年前、初めてあなたに会い、助けられたあの時から、ずっと……あなただけを、愛しているんです」 「なっ…!?」 「だから、たとえあなたに嫌われてもいい、あなたに、生きていて欲しいんです」 そのことがよりいっそうあなたを苦しめることになるのでしょうけれど。 それでも、生きていて欲しい。 たとえ二度とその目が僕を映してくれないとしても。 「…ば、かやろ…!」 何故か彼の声が涙に滲んでいた。 驚いて体を離し、その顔をのぞきこむと耳まで赤くなった彼が、泣きながら僕を睨み上げていた。 「俺のことを、好きだって言うなら、俺の気持ちも分かれよ…!」 「え」 それはどういう… 「俺は、」 真っ赤になった顔で、彼は怒ったように言った。 「お前が、好きだから、お前に禁忌なんて犯して欲しくないんだ…っ!」 今は僕も魂だけの状態で、つまり心臓なんてあるわけじゃないのだけれど、それでも、心臓が止まるかと思った。 あるいはこれも全て僕の見ている夢なのかと。 それにしては彼の言葉も、怒ったような言い方もあまりにリアルで、 「本当……ですか…」 信じられない思いでそう問うと、彼が乱暴に頷いた。 そうしておいて、 「分かったんなら帰れ! 長門はお前がなんとかしろよ。生みの親だろ!」 と背を向ける彼を、僕は慌てて抱きしめ直す。 「なおさら、離せませんね」 「なんでだよ…!」 「僕は確かに愚か者ですが、この状況で愛する人を見捨てるほど薄情者ではないつもりですよ」 彼の顔は見えないが、耳が真っ赤になったのが分かった。 「は、恥ずかしい奴…!」 毒づく声すら愛おしくて、僕は思わず笑みを漏らした。 「お願いします。僕と共に、戻りましょう。有希もあなたを待っています」 「だから、俺は…っ」 言い募ろうとする彼の言葉を制して、僕は言う。 「先ほどは言いかねましたが、正直なところを申し上げますと、生き返ることによって生じるリスクはむしろあなたの方が大きいんです」 「…なんだって?」 「あなたはもう死んでしまいましたから、生き返ったところで精気を作り出すことがほとんど出来なくなってしまうんです。いくらかは可能でしょうが、それでは動き回ることも出来なくなってしまいます。つまり、これまでのように振舞うためには誰かに精気をもらわなければならなくなる、ということです」 「それじゃあまるで…」 ――吸血鬼じゃないか。 そう呟いた彼の言葉が痛かった。 それでもその痛みは、ここで話さずに強引に連れ帰った時よりもずっとマシだっただろう。 「ですから、あなたがどうしてもと仰るのでしたら、…もう、無理は言いません。ただ、一緒に冥府の門をくぐることは許してください」 本心からそう告げると、彼は僕を振り向き、キッと睨みつけた。 「この、ばかっ!」 「すみません」 「どうしてそういう大事なことを黙っておこうとしたんだよ。それじゃあ騙まし討ちだろうが」 「すみません」 もう平謝りするしかない。 だが彼はふっと柔らかく微笑み、 「それで? お前の方が背負い込むリスクってのは何なんだ?」 「え、僕の…ですか?」 「そうだ。隠さずに全部ちゃんと話せよ」 僕が負うリスクはそう多くはない。 ここに来ていること自体がかなりのリスクでもあるし、反魂の術を施すにあたって使用した諸々の材料や道具が、そもそもかなり危険な箇所から手に入れたものであり、それを手に入れた時点でリスクは支払ったようなものなのだ。 それに、今回は無事にほとんどもとのままの彼の魂を見つけられたが、そうでなければいくつもに分かれて散った魂を集めることとなり、結果として彼でないものを持ち帰る破目になったのかもしれないのだ。 だから、今後彼を生き返らせたとして僕が支払うリスクは簡単だ。 彼を生かすための精気を与えること。 それくらいである。 そんなことを僕が言うと、彼は疑り深い目で、 「本当だろうな?」 と言いながら僕の目を覗きこんだ。 「本当です。これ以上嘘は吐かないと決めましたから」 「そりゃ、いい心がけだ」 そう彼は明るく笑い、 「よし、古泉、」 と僕の手を握り、 「帰るぞ」 僕はつられるように笑みを浮かべ、 「はい」 短く答えて、彼と共に来た道を逆に辿った。 |