「禁ジラレタ遊ビ」と対になっております
内容は古キョン的にはより甘く、ハルヒにはより酷い感じになっておりますので、
十分ご注意くださいませ
「付き合いはじめてもう二ヶ月になるのに、あんたって手も触れてこないのね」 拗ねたように言ったハルヒに、俺は苦笑した。 「まだ二ヶ月だろ」 「もう二ヶ月よ。あたしの方から言わなきゃ手も繋がないなんて、あんたって本当にどうなってんの?」 貞操観念が発達してると言ってくれ。 「ばか」 と毒づきながらもハルヒは笑っていた。 「それで? 二ヶ月だとなんなんだ?」 「この鈍ちん」 言いながらハルヒは足を止め、俺を睨み上げた。 「あんたって、直接言わなきゃのらりくらりと逃げるだけだから、あたしの方から言ってあげるけど、こんなことを女の側から言われるのを恥ずかしいと思いなさいよ」 何を言い出すつもりだよ。 「キスして」 俺は驚きに目を見開いたが、ハルヒは静かに目を閉じた。 その姿がいつかの閉鎖空間を思い出させ、閉鎖空間という言葉が古泉を連想させた。 ……やるしかないんだろうな。 俺は気付かれないように小さく息を吐き、ハルヒの肩に手を置いた。 そうして、触れるだけのキスをする。 体を離すと、ハルヒは嬉しそうに笑った。 しかしそれをすぐ不機嫌な顔の下に隠し、 「キスくらい、したって怒らないのに」 「嘘吐け」 十中八九殴るだろ。 「いきなりじゃなかったら別にそんなことしないわよ」 そう言いながら再び歩きだすハルヒに、ツキリと胸が痛んだ。 ハルヒと……何より、古泉に対する罪悪感で。 ハルヒと駅前で分かれ、一度は実家の方へ足を向けた俺だったが、すぐに方向転換をし、少し離れた位置にあるマンションに入った。 セキュリティも防音もしっかりとした高級マンションだ。 普通なら俺が住むような場所ではないのだが、これもまた色々な事情があってのことなのだ。 なお、ここに借りてある部屋のことをハルヒは知らない。 ハルヒは俺がまだ実家に住んでいると思っているし、実際実家にも俺の部屋は以前と変わらず存在する。 ただ、こちらで過ごす時間の方が格段に長くなってはいるが。 「ただいま」 と言いながら網膜での照合によって開くドアを開けると、 「お帰りなさい」 と迎えられた。 にやけた笑みを浮かべた古泉はドアが閉まるのを待ちもせずに俺を抱きしめ、キスしてきた。 「いきなりなんだ」 「お帰りなさいのキスくらい、してもいいでしょう?」 言いながら、古泉は俺を放さない。 痛いくらいに抱きしめてくるのは、こいつなりに不安を感じているからなんだろう。 そんなところに愛しさを感じて、俺は自分から古泉へキスをした。 自分から舌を求めるように差し入れて、深く口付ける。 それだけで頭がぼうっとしてくるくらい、気持ちいい。 抱き合ったまま、よろよろとソファまで行って、どさりと腰を下ろす。 キスだか前戯だか分からなくなったそれを中断して、 「古泉、コーヒー」 と言うと、 「かしこまりました」 と言いながら古泉がいそいそとキッチンへ向かう。 全くもって甲斐甲斐しいことだが、俺がここに来ると大抵待っているこいつは、自分の部屋に帰らないのだろうか。 「僕の帰るべき場所はここでしょう? 違いますか?」 コーヒーを俺に渡しながら、古泉はそう笑顔で言った。 「僕はあなたの所有物なんですから」 頼むからそういうことを嬉しそうに言うな。 やっぱりマゾヒストなんだろ。 「酷いですね。もしも僕がマゾヒストだったとしてあなたはどうするんです? 僕のことを鎖で繋いだりするんですか?」 悪いが俺はいたってノーマルな性癖でな。 そんな変態性欲に興味はない。 「ノーマルだなんてよく言いますね。僕に貫かれて嬉しそうに声を上げるのに…」 「だからそういうことをわざわざ言うなと言ってるだろうが」 それに、同性愛はもはや変態性欲には分類されないんじゃないのか? 「それは文化によりますよ。日本ではまだ変態性欲と見なされると思います」 そうかい。 どちらにせよ、俺はお前とこうして付き合ってることの他はいたってノーマルだと言いたかっただけだ。 頼むから俺の知らない間に鎖だのバイブだの怪しげなものを持ち込むなよ。 「そんなことしませんよ」 どうだかな、と俺はため息を吐いた。 この会話で分かるかと思うが、俺と古泉はここで半同棲生活をしている。 それぞれ家もあり、時々はそっちに戻るのだが、もはやホームベースはこちらである。 掃除は古泉に任せ、俺は炊事と洗濯を担当し、といたって穏やかに暮らせているのには、訳があった。 俺は、機関と契約を結んだのだ。 苦い思いと共に蘇るのは、この部屋に初めて来た時のことだった。 突然古泉と連絡が取れなくなり、その身を案じていた時に、機関から連絡が入った。 古泉のことで話があると。 今思えば、機関はあの時既に、俺が持っていた古泉への恋愛感情に気付いていたんだろうな。 俺の家にやってきた森さんは、俺を車に乗せて適当に車を走らせながら言った。 「機関に所属する超能力者の能力は永遠に続くものではありません」 「どういうことです?」 何を言い出すのかと戸惑う俺に森さんは静かに言った。 「あの能力は能力者の生体エネルギーとでもいうものを変換して、神人を攻撃するエネルギーに変えていると考えられています。そのため、能力者の生体エネルギーが著しく低下すれば、力を用いることは出来なくなります。それでも無理をすれば能力者はその命を失うことになるのです」 「じゃあ、古泉は…」 一瞬目の前が真っ暗になったように感じた俺に、森さんは首を振った。 「まだ生きてはいます。しかし、これ以上閉鎖空間へ赴けば、どうなるかは目に見えています。そこで、」 と森さんは俺を見据えた。 「取引を、しませんか?」 「……俺と、ですか?」 森さんは首肯し、 「あなたが神の機嫌を損ねないようにし、あるいは機嫌をよくするようにしてくだされば、機関の出動回数は格段に減少します。そうであれば、優秀な能力者であっても、ひとり欠けるくらい問題はなくなります」 この人は何を言いたいんだ。 眉を寄せた俺に、森さんは端的に答えた。 「古泉を任務から解放するだけでもいいですし、あなたに差し上げても構いません。別途あなたには金銭的な援助も行いましょう。神たる涼宮ハルヒの望みを叶えようと、尽力してくださいませんか?」 俺は考え込んだ。 古泉がただの友人であったなら、迷うことなく一蹴したかもしれない。 あいつを取引材料にするなと怒り、ハルヒを焚きつけてでも古泉を取り戻しにいったかもしれない。 しかし俺は古泉が好きだった。 機関やハルヒから離れたところにあるあいつの表情を見てみたいと、一体何度思っただろう。 古泉を独占したいと、一体何度願っただろう。 そして一応それに相当する状況を作ってくれるというのだ。 俺は迷い、そして、 「…具体的に、俺にどうしろって言うんです?」 森さんは有難くも、あえて無表情を保ってくれたまま、 「涼宮ハルヒと交際をしてください」 「あいつから断るかもしれませんよ」 「それはそれで構いません。彼女の前で、あるいは彼女の目に付くようなところで、彼女に好意を抱いているように振舞ってくだされば、それだけでも十分でしょう。たとえ彼女があなたへの感情を変化させたところで、あなたへの支援を止めることはないと約束します」 俺は頷き、契約を結んだ。 連れていかれた先が、この部屋だった。 その時はまだ必要最低限の家財道具もなく、ただソファとテーブル、テレビ、パソコン、ベッドがお義理のように置かれていた。 「必要なものがありましたら、これで買い揃えてください」 と森さんがくれたのはクレジットカードだった。 俺はありがたくそれを頂戴し、帰ると言う森さんを玄関で見送った。 ドアが閉まると、俺は慌てて寝室に駆け込んだ。 寝かされた古泉の顔はいくらか顔色が悪いものの、穏やかに眠っていた。 それにほっとする。 すぐに起こしてしまいたい、と思いながらも、森さんの話を思い出すとそれも出来なかった。 眠っているのなら、邪魔したくない。 俺は古泉のそばに森さんから渡されたここの説明やなんかの紙束を持って来ると、古泉が目を覚ますまでそこで待つことにした。 古泉の呼吸音を聞いているだけで、くすぐったいような、満たされるような気持ちになった。 古泉を好きで好きで堪らなくなる。 全部の書類に目を通しても、古泉はまだ眠っていた。 目を覚ます気配はない。 俺はしばらくその綺麗な寝顔を見つめていたが、つい、身を乗り出し、その唇に口付けた。 乾いた唇の感触に、胸が騒いだ。 恥ずかしくて、顔に血が集まってくる。 思わず飛び退くと、古泉が身動ぎした。 「う…ん……」 「古泉?」 声を掛けると、ゆっくりと古泉の目が開いた。 「…ここは……? どうしてあなたが僕といるんです…?」 「ここは機関のマンションだ。俺がここにいる理由については説明するが、その前にちょっと聞かせてくれ」 「はい?」 「体の具合はどうだ? もう随分悪いのか?」 俺が問うと、古泉は驚いたように目を見開いた。 「……誰が話したんです?」 その声は不安に震えていた。 「森さんから聞いた。…後一回でも閉鎖空間に行くと、危ないんだろ」 「…ええ……」 「……俺が、」 俺は古泉の手を握り締めながら言った。 「行くなと言っても、お前は行っちまうのか?」 「…えっ……?」 「俺は、お前に死んでもらいたくない。生きていて欲しいと思う。お前が……好きだから」 古泉は凍りついたように動かなくなった。 俺は苦笑し、 「悪い。男に好きだなんて言われたって、気持ち悪いだけだよな。忘れてくれ」 と古泉の手を放した。 「ただ、もう閉鎖空間に行く必要はないんだ。機関がそう約束した。だから……頼むから、生きていてくれ。頼む」 そう頭を下げると、放したはずの手を優しく包むように握られた。 「本当に…?」 「ああ、本当だ。だから、行かないでくれ」 「いえ、そちらではなくて、」 「うん?」 「…本当に、あなたが、僕を…?」 その声には、喜色が滲んでいた。 期待して、いいんだろうか。 恐る恐る顔を上げると、古泉が微笑んでいた。 そのまま手を引っ張られ、抱きしめられる。 「ずっと、あなたが好きでした。あなたが僕を好きだなんて、夢のようです。それとも、これは夢なんですか?」 「夢なんかじゃない。現実だ」 古泉らしからぬ素直な笑みに、俺もつい笑みを返しながらそう言うと、いきなりキスされた。 さっきと変わらないはずなのに、温かみを感じ、それ以上に意思を感じさせる唇だった。 「こいず、み…」 「愛してます」 「……俺も、愛してる」 答えると、さっきまで古泉が寝ていたベッドに押し倒された。 結局古泉に、俺と機関の結んだ契約について話を聞いてもらうために、俺は翌日まで待たなければならなかった。 話を聞いた古泉は怒っていたし、俺に謝ってもいたが、今はもう納得している。 だからこそ、こうして暮らしていられるんだと思う。 「もう二ヶ月経つのに…」 言いながら俺は古泉の胸の傷へ指を這わせた。 古泉はくすぐったそうに笑いながら、 「傷の治りも少し遅くなってますからね。でも、最近は随分早くなってきましたよ。あなたと一緒に過ごして、養生出来るからですね」 「…ごめんな。全然、気付かずにいて」 「仕方ありませんよ。あの頃の僕らはただの友人だったんですから」 それでも、気付いたってよかったと思う。 古泉は段々と弱っていたんだからな。 顔色も悪くなっていたし、疲れやすくもなっていた。 だから、気がつこうと思えばいくらでも兆候はあったはずだ。 それなのに俺は自分の思いだけで手一杯で、気付けなかった。 それが悔しい。 「気にしないでください」 俺が考えていたことを見抜いたのか、古泉はやさしくそう言って俺の髪を撫でた。 「今こうしていられることが、僕は何より嬉しいんですから」 と苦い笑いを浮かべ、 「僕の方こそ、あなたに負わせてしまった負担を思うと、心苦しくて堪らないんです。だから、過ぎてしまったことまで悔やまないでください」 「古泉……」 「僕からあなたに出来ることはそう多くはありませんけど、あなたのためならなんだってしますから、何でも言ってくださいね。あなたのために何かすることで、僕も少しは楽になれますから」 「じゃあ、」 と俺は古泉の胸に頭を寄せ、 「俺が側にいて欲しい時、側にいてくれ。それだけでも、俺は嬉しいから」 ――でも、それ以上のわがままが許されるなら、いつまでも側にいて欲しい。 「あなたが許してくれる限り、いつまでも、あなたの側にいます」 古泉は、口に出来なかった願いまで聞き届けてくれた。 俺は知っている。 閉鎖空間が発生するたび、未だに古泉が苦しそうな顔をすることを。 それをやめてくれと言うことは出来ないだろう。 俺に出来るのは、極力閉鎖空間が発生しないように、ハルヒの機嫌を取ることだけだ。 そうすることで、ハルヒも古泉も同時に裏切っていると知りながら。 古泉を手に入れた代償が、俺の罪悪感程度でいいのであれば、俺はいくらでもそれに耐えるだろう。 |