注意

この作品は特殊な設定によるパラレルで、言うまでもなく古キョンになります
以下の設定に目を通し、納得のいった方のみ先へお進みくださいませ


キョン……半陰陽で神社の巫女として崇められる立場にある。
       神的能力を一部保有
長門有希……キョンに仕える巫女。予知能力を持つ。宇宙人ではない
涼宮ハルヒ……不思議を求める極普通の少女。神的能力はなし
朝比奈みくる……ハルヒの幼馴染で姉代わり。未来人ではない
古泉一樹……謎の転校生。超能力者ではない










































陰陽和合――陰陽合イ和ス――

  第一話



世界に「コトワリ」と呼ばれるものがあるとするならばそれは、いくつもの矛盾も混乱も含みながら、整然としてあるのだろう。
整合から外れた例外さえも認めて。
例外とは、たとえば、男でありながら女である存在。
あるいは、神と呼ばれる存在。
そしてまた、その両方である存在。
混沌や矛盾さえ内包するからこそ端正なこの世界を、それが美しいと思うか否かは分からないけれど。


丹塗りの朱色と漆喰の白、木の色も美しいと言われる社が、俺の住む場所だ。
人の住居に向かないその造りもあって、俺には牢獄にしか思えないがな。
俺を閉じ込めるためにあるのだろう格子状になった窓の向こう、固く締められた注連縄を見つめながら、俺は邪魔っけな髪を背後へ流した。
俗世にはポニーテール萌えとかいうふざけた人種もいるらしいが、俺に言わせれば長い髪なんて鬱陶しいだけだ。
その重さも、手入れの煩雑さも、俺を縛るこの見えない鎖染みた、憎たらしいしがらみに似ていて、好きになれない。
嫌いなのは、この服装もだ。
白い単衣も、緋の袴も、女性らしさを強調するばかりで俺の男としての部分を認めてくれない。
周りの人間だってそうだ。
俺が男でもあり女でもあるからと、嫌になるほど崇めるくせに、俺が少しでも粗雑に振舞えばあからさまに眉を顰め、口には出さずに非難する。
俺のことをただの飾りか便利な道具程度にしか思ってないくせに、俺の持つ力故に口先だけで媚びへつらう。
俺の神聖さを守るためとか何とか言って、通学以外のために俺を境内から出しもしない連中は、俺がああしてハンストをしなければ、普通の公立高校に通うことなど絶対に許さなかっただろう。
だが、これまでと同じように、うちの神社の息のかかった女子校で学んでいては俺の男性的部分は押し込められるばかりだ。
このままじゃ頭か体、あるいはその両方がおかしくなっちまう、と俺が主張しても、神官のジジィ共はなかなか首を縦に振らなかった。
仕方なく、絶対に逃げないという約束の証しとして奥歯に発信機を埋め込むことを了解してやっと、俺は高校を選ぶ権利を勝ち得たわけだが、そうなるともう本当にここからは逃れられなくなるんだろう。
おそらく、俺が力と命のいずれかを失うまでは。
もう絶対にこの窮屈さから逃れられないというなら、少しくらいわがままを言ったっていいはずだ。
それで誰がなんと言おうと構うもんか。
高校三年間は、何があろうと男として過ごしてやる。
俺は、側に控えていた長門を呼び寄せて言った。
「長門、頼む」
「…本当に、いいの?」
長門の澄んだ瞳が、鏡台の鏡越しに俺の目を見つめる。
俺は笑みさえ浮かべながら頷いて、
「やってくれ」
大体、髪が長いままで男として通わせようとする、あのジジィ共がおかしいんだろ。
「……そう」
長門はほとんど表情というものを見せない。
それがどうしてなのか俺は知らないが、知る必要もないと思っている。
表情が変わらなくても、長門がどう思っているか、何を感じているか、俺にはなんとなく分かるからだ。
長門は緊張しながら小刀を手に取ると、檀紙と水引とで縛られた髪の束を反対の手で持った。
そうして、髪の束を頭から切り離す。
束縛の象徴がなくなった頭は至って軽く、気分もいい。
長門が丁寧に髪を箱に収めるのを見ながら、俺は頭を振った。
男と言い張るにはまだ長いが、とりあえずはこれでいいだろう。
あとでもっと短く切り揃えよう。
これまで押さえ込まれてきた男の部分をやっと解放してやれる喜びもさることながら、神官のクソジジィどもが慌てふためく様を想像するだけで笑えてくる。
長門はにやにやしている俺に、いつも通り、風のない湖面のような目を向けた後、短くなった俺の髪に触れた。
「……勿体無い」
またそのうち伸ばさざるを得ないんだ。
大体、これまでが長過ぎたんだ。
「…兄さん」
長門は俺のことを兄さんとかお姉さんとか好きに呼ぶ。
それも多分、自分の気分によってではなく、俺がその時どちらに近いかを分かって。
俺はこのこまやかな妹分に笑みを浮かべながら、
「なんだ?」
「何があっても、私は兄さんと一緒」
「ありがとう」
答えながらも首を傾げずにいられないのは、長門の性質ゆえだ。
そもそも長門が俺に仕えるような形で俺の側にいるのは、長門自身、特殊な力を持つからだ。
長門の力は、不鮮明ながらも未来を読めること。
その力のために、長門のことを気味悪がる奴も多いため、他の人間と接触する機会の少ない俺の世話役に長門は回されたわけだ。
それはそれで、俺にとっても長門にとってもいいことだったんだが、どうにも気分が悪いのは、そのことでどうやら長門が胸を痛めているように見えるからだ。
出来ることなら、長門を傷つけた輩を全て罰してやりたい。
しかし、神の化身だのなんだの言われる割に、俺にはそう大した力があるわけでもないため、それは叶えられない。
思うだけが精一杯だ。
「兄さん?」
黙って考え込んでいる俺の顔をのぞきこんできた長門に笑いかけ、俺は軽くなった頭に触れた。
切ったばかりの髪のチクチクとした感触も、俺には馴染みのないものだ。
ずっと伸ばすことを強要され続けてきた髪は今、骸のような姿をさらすだけである。
俺はそれへ目を向けながら、悪辣な笑みを浮かべた。
人は俺を神の生まれ変わりだと言うが、この笑みを見てもそう言い張れるんだろうか。
俺が、男でもあり女でもある、完璧と言っていいような半陰陽の身体を持って生まれたばかりか、難解なことこの上ない神歌を生まれつき正確に歌えることもあって、俺をそう崇める人間は少なからずいるらしい。
らしい、と不確かな形になってしまうのは、具体的な数字が俺には知らされていないためと、俺が参拝に来る人間を全て見るわけではないためだ。
俺に課せられた仕事は、一部の参拝客のために神を下ろし、その力を振るうことであり、一般人の前に姿を出せても、俺にはそちらへ目を向ける余裕はないしな。
俺はくっくっと喉を震わせながら窓の外を見た。
注連縄の向こうに広がる世界は、髪を切っただけでも違って見えた。
これから先、この世界は更にどんな風に変わってくれるんだろう。
願うことが許されるなら、それが俺にとっていい方に変わってくれるよう願いたい。

これまで一応戸籍上女として育ち、かつ女子校に通っていた俺が、いきなり男として普通の公立高校に通うなんてことを可能にしたのは、うちの神社の力であるらしい。
つくづく怪しいな。
本当に何やって稼いでやがるんだ。
俺がやらされている祭祀や祈祷だけでそこまでだとしたら、もう少し俺に自由を寄越せと怒鳴ってやりたくなるぞ。
勝ち得たほんの少しの自由によって、生まれて初めて身につけた男物の服は、思っていたよりも窮屈で、俺は早々に着崩した。
当然のこととして俺の隣りを歩いている長門は、それを咎めもせず黙っている。
しかし、思い返すだけでも笑えてくるのは、神官連中の慌てふためく様だ。
長門が切った髪を取っておかなければ更にパニックしたに違いない。
髪があるからこそかつらを作れるが、それがなければ俺は祭祀の場に立つことも出来なくなっただろうからな。
それはそれで面白いと俺は思ったのだが、長門が許さなかった。
その理由はというと、自分の立場や俺のことを慮ったわけでも、ましてやあのジジィ共に気を遣ってやったわけでもない。
単純に、俺の歌が好きだから、だそうだ。
歌、と言っても俺が普通に歌う歌は平均以下でしかない。
俺が非凡な才能らしきものを見せることが出来るのは、神歌に限ってのみだ。
だから、祭祀の場に立たなくなるのは嫌だと、長門にしては珍しく感情的なことを言ったので俺も折れたのだが、そうじゃなかったら焼き払う位してもよかったな。
忌々しいことに、その髪はあっと言う間にかつらに仕立て上げられ、すでに衣装箱に押し込められていたりするんだが。
まあなんにせよ、初めて男として世に出られるんだ。
つまらないことを考えるよりはこれからの出会いに期待を掛けようじゃないか。
……などと、微妙にペシミスティックな俺にしては、妙に浮かれたことを考えていたがために、涼宮ハルヒなんつう危険人物に、声を掛けてしまったんだろうなあ。
長門が同じクラスではなく隣りのクラスになっちまったことも痛かった。
俺はとにかく早く友人を作りたかっただけなんだが、実際、俺の何がハルヒに気にいられたんだろうな。
それともなんだろうか。
あいつが動物的な勘によって俺が半陰陽であることを嗅ぎつけたとでも言うんだろうか。
あるいは俺が、嫌なくらいに波乱に富んだ生き方から逃げられないというだけなのかね。
まあとにかく、ハルヒのとんでもない自己紹介のあった翌日、俺がハルヒになんて言ったかっつうと、簡単だ。
「ただの人間に興味がないってことは、ただの人間じゃなければ宇宙人や未来人じゃなくてもいいのか?」
ハルヒは俺の顔をとくとくと見た挙句、
「そうよ。あんた、自分がそうだって言うの?」
さて、どうだろうね。
普通と言えば普通だし、普通じゃないと言えば普通じゃない。
それを論じる前に、普通の定義を教えてもらいたいところだが。
「そんなくだらない論理学もどきに用はないの」
ぴしゃりと言い放ったハルヒだったが、どういうわけか俺の顔から視線を外そうとはしなかった。
なんだ?
「……あたし、あんたとどこかで会ったことがある?」
「ないと思うが、」
と言いつつも、俺は内心ハラハラしていた。
だってそうだろ。
もし、こいつがうちの神社に出入りしていたとして、祭祀の時に俺の顔を見ていたとしたら、入学早々俺の正体がばれることになる。
それは望ましくない。
だからたとえこいつが俺を知っているんだとしてもしらを切ってやろうと、俺は話を逸らした。
「ああ、もしかしたら前世とか別の世界で会ってるのかもな」
我ながら気違い染みた怪しい発言だ。
せっかく親しくなれるかも知れないと思った相手に敬遠されるのはいささか惜しい気もするが、追究されて正体がばれるよりはずっといい。
さらばハルヒ、とこしえに。
――と、俺は思ったのだが、ハルヒは意外にも食いつきやがった。
「あんたそういうの信じるの?」
まあ一応な。
「ふぅん。でも、どうせ小説を読んだとかそういうくらいなんでしょ」
小説は余り読ませてもらえないから知らないな。
「今時厳格な家ね。うちもまぁ、人のことは言えないけど」
とハルヒは腕を組み、
「大体今時門限が六時っていうのもないわよね。学校終ってすぐ出ても間に合わないわよ」
全くだ。
高校生活というものには部活動や帰り道での買い食いやなんかも含まれてしかるべきだと思うぞ。
「よね。家に帰ったら帰ったで、好きにやらせてくれないくせに、扶養家族の身でわがまま言うなとか言われて」
自由がないのは何より辛いよな。
大体、今わがままを言わずしていつ言えと言うんだろうか。
「もっと小さいうちに言えってことだったのかしらね。どっちにしろ、聞いちゃくれなかったけど」
そんな風にして、ふたりで不自由な身の上を愚痴りに愚痴った挙句、ハルヒはいい笑顔で言ったのだ。
「なんか、気があうわね」
不思議とな。
「この高校に来てよかったわ。これからよろしくね、キョン」
キョンってのはなんだよ。
「あだ名よ、あだ名。友達なら、そんな風に呼んだっていいでしょ。大体、あんたの名前ってあんたに似合わないくらい偉そうなんだもん」
あだ名、ね。
そんな間抜けな名前で喜ぶのもどうかと思うが、友達にあだ名で呼ばれるなんてこと自体が生まれて初めてな俺が、ついつい頷いちまったのは言うまでもないだろう。
かくして俺はハルヒに気に入られ、過干渉な保護者に対する不満をぶちまけあいながら、対抗策を共に画策する共同戦線を張る仲となったのだった。
こうした自由があるのも、神社の息がかかってないのであろう公立校だからこそ、だよな。
前の学校だと、誰も彼も俺が特別だって知ってたから、必要最低限しか話しかけてきたりもせず、本当に腫れ物でも触るように接してきていた。
それもあって、俺はハルヒといるのが楽しいのだろう。
とは言っても、四六時中ハルヒと一緒に行動したのかと言われると、そうでもない。
ハルヒは親の言うことに耳を貸さないことを決めて、ありとあらゆる部活動に仮入部をしたが、俺にそんなことが出来るはずもない。
ハルヒほど非凡な能力があるわけでもないし、そもそも部活動で人との接触を増やすのは、普通の体じゃない俺にとって勇気を要することだったからな。
それに、神官連中の手前、後でひっくり返してやるとしても、とりあえずは大人しくしておくことも重要だろう。
それに長門を付き合わせてしまうことに胸が痛まないでもなかったが、長門は本が読めればいいとのことで、時間を見つけてはせっせと図書室に通い、とりあえず満足していたようだった。
俺と違って、読む本に検閲がないのも効いているんだろうが、長門は本当に本が好きだ。
俺は活字を読むのなんて教科書だけでもう十分だと思うんだがな。
ハルヒは朝や休み時間に時間が出来ると俺に話しかけ、どこの部活がどうだったとか教えてくれた。
その中には俺が魅力を感じないでもないようなものもあったのだが、ハルヒが散々に扱き下ろすので、とうとうどこも入る気がなくなっちまった。
その腹いせ、という訳ではないのだが、ハルヒが全ての部活動にいちゃもんをつけ終えたその日、俺は聞いてみた訳だ。
入学してハルヒに出会って以来、既にかなりの時が経過し、軟禁されていたがためにたまらなくつまらなかったゴールデンウィークも終った、五月のある日のことだった。
「いつも文句ばかり言ってるが、それならお前はどんな部活動があればいいんだ?」
喜び勇んで入るんだ、と聞かなかったのは、ハルヒがありとあらゆる事象について文句を言うことについてもまた非凡な才能を示すことを知っていたためであり、それならどんな部活があろうともハルヒが喜び勇んではいるなんてことはありえないと思ったためだ。
ハルヒは頬杖を突きながら少し考え込み、
「あたしのこの退屈を晴らしてくれるような部活動があればいいのよ」
そんな抽象的な概念なら、この高校にだっていくつも当てはまる部活があっただろうよ。
そもそも部活動というものは退屈を晴らすためにあるのではないのだが、少なくともそれに熱中している間は退屈しないものだろう。
つまりお前は、自分を夢中にさせてくれるような部活動が欲しいと言いたいのか?
「そうよ。もっと面白くて、やりがいのあることがしたいの」
言いながらハルヒは机に頭を伏せた。
「公立高校なら、と思ってここに来たのに、全然つまらない。ここに来ての収穫なんて、あんたと会えたことくらいじゃない…」
どうせならそういうセリフは彼女にでも言ってもらいたいもんだな。
「あんたでもそんなこと思うの?」
そうじゃないとでも思ってたのか?
俺だってそこそこに健全な高校生だぞ。
「だって、あんたには有希っていう彼女がいるんじゃないの?」
長門は毎日昼休みになると俺の教室に来て、一緒に飯を食っていたため、ハルヒにも知られている。
俺は苦笑しつつ、
「長門は妹みたいなもんなんだよ。彼女じゃない」
「そういえば、有希もあんたのこと兄さんって呼んでたわね。一体どういう関係なの?」
「……幼馴染、かな」
そう呟くと、脳裏に蘇るのは、小さく縮こまって震えていた長門の姿だ。
出会ったばかりの頃の長門は本当に細くて痛々しかった。
ほとんど口も開かず、誰の姿も見ようとしないでいた。
今も口数は少ないし、表情もほとんどないが、それでも昔と比べればずっとマシだ。
俺は頭を振って悲しい思い出を追い払い、何気なくハルヒに言った。
「なんにせよ、文句があるなら自分で何とかしてみろよ。人のやることを批判するだけの批評家は嫌いだろ。今のままだとそれと同じだぞ」
後になって思えば、これが最大の失言だったのだ。
ハルヒはその後、これまでになくキラキラした目で、
「あたしの満足できる部活を自分でつくってやるわ!」
と授業中にもかかわらず宣言し、俺と、俺にひっついてきていた長門は強制的にそれに引きずり込まれることとなっちまった。
…すまん、長門。
だが、引きずり込まれたのは俺たちだけじゃなかった。
一学年上の先輩、朝比奈さんまで、ハルヒはつれてきたのだ。
なんでも、朝比奈さんはハルヒが小さい頃からお世話になっている人で、ハルヒの姉代わりのような人なんだそうだ。
朝比奈さんは入っていた書道部を辞めさせられた挙句、何の説明もないままつれてこられたと言うのに、そんなことには慣れてしまっているのか、すでに諦観しているようにも見えた。
その上、
「ハルヒちゃんがご迷惑をお掛けしてしまってすみません」
と低姿勢に謝っておられたが、謝るのはむしろ俺の方だろう。
何しろ、ハルヒに要らぬ提案をしちまったのは俺なんだからな。
しかし朝比奈さんは怒りもせずに天使のような笑顔で、
「いいんです。あたしも、キョンくんには会ってみたかったから」
「それは光栄ですが、一体どうしてです?」
「うふ」
と朝比奈さんは笑って、
「入学してから、ハルヒちゃん、ずっとキョンくんの話ばかりしてるから。あんなに楽しそうなハルヒちゃん、久し振りに見れたから、キョンくんってどんな人かと思ってたんです」
それより、と朝比奈さんは手を差し出し、
「これから、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、お願いします」
と俺はその手を握り返した。
すると朝比奈さんはちょっと不思議そうな顔をした。
何か妙なことをしちまったんだろうか、と内心青褪めた俺に、朝比奈さんは首を傾げつつ、
「キョンくんって、綺麗な手をしてるのね。白くて、指も細いし。まるで女の子みたい」
それは俺が水仕事も何もさせられないからです、などと答えられるはずもなく、俺は慌てて、
「そうですか? 朝比奈さんの手の方が綺麗だと思いますけど」
「ありがとう」
と朝比奈さんは微笑んだ。
何とか誤魔化せたらしい。
しかし、手や指なんかでまで不審がられるとは思わなかったな。
これから気をつけよう。
どう気をつけたらいいのか、想像も付かないが。
朝比奈さんは俺の隣りに立っていた長門にも、
「これからよろしくお願いします」
と手を差し出したが、長門はかすかに会釈をしただけで手を出さなかった。
俺は苦笑しながら、
「すみません、朝比奈さん。悪気はないんですけど……長門は少し対人恐怖症の気があるので…」
「いいえ、私の方こそごめんなさい。長門さんを困らせたかったんじゃないんです」
長門は頷き、
「…ごめんなさい」
「これから、仲良くさせてくださいね」
長門が一応頷くのを見て、俺はほっと息を吐いた。
しかしハルヒは一体どんな部活動をするつもりなんだろうな?
目的も分からないし顧問もいない。
必要な人数すら揃っていないのだ。
あるのはこの4人と、学校にも生徒会にも無断で分捕った、今年休部になったと言う文芸部の部室だけ。
これでは「研究会」として認められるどころか「同好会」として認められることも怪しいだろう。
いや、怪しいなどと中途半端な表現をするまでもない。
不可能だ。
この通り、全く先は見えないのだが、ハルヒはどうやらそれで余計に楽しそうにしているように見えた。
こいつも、敷かれたレールの上を無理矢理進まされることが嫌でたまらないらしいから、こうやって障害がある方が燃え上がるんだろうな。
やれやれ、と俺はため息を吐いた。

まさか、この部屋で運命の如き出会いをするなど、思いもせずに。