注意書き

この作品は当サイトの主要シリーズのキョンを入れ替えたものです
よって、ある程度読んでないと分からないと思われます
気にしないという人はそのままどーぞ
分からないのは嫌という人は、以下の作品あたりまででも
読んでおくとよいかと思います

・古キョン 「ありえないとしか言えない」
・ガチホモ 「日常」
・友人関係 「逢瀬」
・ふたなり 「ステレオタイプも悪くない」

あくまでも目安なのでそれより手前までしか読んでなくても、
なんとなく傾向が分かれば大丈夫かと思います

いいかげんですみません































世界が重なった日



かったるい土曜日の午前中を、俺がいつものようにだらだらと過ごしていると、携帯が鳴った。
古泉か。
「もしもし」
『おはようございます。今日、お暇ですか?』
「暇だが、外に出かけるつもりはないぞ」
今日は家の中で存分に怠惰な時間を過ごすつもりだからな。
『では、僕がお邪魔しても構いませんか?』
今更何を言ってんだ、こいつは。
いつも勝手にうちに上がりこんで妹と遊んでるくせに。
言っておくが、妹はお前みたいな奴の所に嫁にやったりはしないぞ。
たとえ本人が熱望しようともな。
『え?』
どうした?
『いえ。僕…そんなに妹さんと仲良くしてましたっけ?』
してるだろ。
違うって言えるのか?
『それは、確かにいくらか仲良くしておくに越したことはないと思ってはいましたが……あなたがそんなことを言うほどでしたか?』
もういい。
これ以上話したところで平行線を辿るだけだろ。
それならうちに来てからでも遅くない。
電話代も勿体無いからとっとと切れ。
『では、すぐにお伺いしますね』
どこか嬉しげな声に苦笑を浮かべかけた俺だったが、ふと違和感を感じて首を傾げた。
何か違う気がする。
古泉はいつも強引そうに見えてその実、俺に遠慮してる節がある。
俺の迷惑にならないよう、俺の負担にならないよう、甘えたくなるのを必死に我慢している感じだ。
そういう態度が可愛いんだが、今の電話は少し違っていた。
強引とまではいかないものの、図々しさが透けて見えた。
古泉が開き直るような出来事でもあったんだろうか、と思いながら俺はベッドから体を起こし、それなりの服装に着替えた。
そうこうしているうちに玄関でベルが鳴った。
古泉だろうな。
ちなみに今日、家にいるのは俺だけだ。
俺はあくびをしながら玄関のドアを開け、そして、勢いよく閉めた。
鍵をしっかりと掛け、考える。
誰だよ、今の。
いや、顔だけなら古泉だった。
多分、身体もそうだろう。
けど、違う。
あれは俺の知ってる古泉じゃない。
ハルヒか!?
またハルヒが何かやったのか!?
あいつは俺の日常を掻き乱すだけじゃ飽き足らず、この非日常の中で俺が見つけた数少ない癒しさえも奪おうというのか。
俺の可愛い古泉を返せ!
「すみません」
ドアの向こうから声がした。
「開けていただけませんか?」
「お前は何だ」
自然、硬い口調になりながら、俺は言った。
「古泉はどうした」
「僕も古泉一樹には間違いないはずなのですが……僕の方こそ、彼をどうしたのか聞きたい気分ですね。あなたに聞いたところで仕方がないんでしょうけれど」
こういう時はどうするべきか、なんて、考えるまでもない。
困った時の長門頼みだ。
俺は部屋に戻って携帯を掴んでくると、玄関を出た。
俺の心情的には偽物としか言いようがない古泉の胡散臭い笑顔にうんざりする。
両方とも古泉と呼んでいたんじゃどっちのことか分からんな。
便宜的にこの偽古泉(仮)を古泉と呼び、可愛い方の古泉を一樹と呼ぶことにしよう。
「長門のところに行くぞ」
と言うと、
「それがいいでしょうね」
と応じられた。
くそ、発言や仕草の端々まで苛立つな。
むかむかしながら訪ねた長門のマンションで俺を驚かせたのは、古泉が難なく暗証番号を入力し、マンションに入ったことだった。
「お前、長門と親しいのか?」
エレベーターに乗り込みながら俺が聞くと、そいつは意外そうに眉を上げ、
「ええ、そうですが……あなたの知る僕は違うんですか?」
「長門にしろ誰にしろ、あいつが俺以外の奴と親しくしてる姿なんざ見かけたこともないな」
それはそれで問題があるわけだが。
「なるほど」
くすっと笑いながらそいつは言い、
「仲がよろしいんですね」
「同じ顔で言うな」
吐き捨てた俺に、そいつはただ笑っただけだった。
なんかキモイ。
そしてこのキモイは決して褒め言葉ではない。
長門の部屋に着くと、ドアホンを鳴らすより早く、長門がドアを開けた。
驚くからやめてくれ。
長門は俺と古泉を見比べた後、古泉に向かって言った。
「お父さんも、気がついた?」
――すまん、頼むからちょっと待ってくれ。
何がどうなってるんだか分からないことが多すぎる。
なんで長門が古泉を父親呼ばわりするんだ。
「母親の夫は通常父親と呼ばれる」
どういう返事なんだ。
「……説明するから、中に」
分かった。
玄関先で既にぐったりしかかっている俺をソファに座らせ、長門はお茶を淹れに行った。
俺の向かいには何故か古泉が座っている。
にやにやと面白がるような表情には殺意さえ芽生えてきそうだ。
いっそ一発殴らせろ。
一樹のはにかんだような笑みを返せ。
「見れば見るほど違って見えますね」
と古泉が言った。
「凝視するまでもなく、お前は俺の知ってる古泉とは違う」
「そうでしょうね。あなたも、僕の知るあなたとは違うようだ」
「お前と長門の関係は一体何なんだ?」
「家族というのが一番近いでしょうか」
家族だと?
「元々は長門さんが、僕の知るあなたに懐いていたんですよ。それで僕が、お母さんと呼んではどうかと提案しまして」
ちょっと待て。
「なんでしょうか」
お前と長門の知る俺が「お母さん」でお前が「お父さん」ってことは、何か。
俺とお前が夫婦扱いだとでも言うのか。
「その通りですが、何か問題でもありましたか?」
大アリだろ!!
何なんだこの世界は。
俺が少数派であるらしいことからして俺の方がこっちの世界に迷い込んだんだと思うんだが、なんで俺がホモになってんだよ。
古泉に関しては特に疑問はない。
一樹だって危なく思える時があるからな。
それにしたって、ホモでしかも長門公認とか、ありえないだろ!
「涼宮さんも認めてくださってますよ」
マジか!!
「ええ。……先ほどエレベーターでした話から、あなたの知る僕とあなたもそうなのかと思ったんですが、違ったんですか?」
俺とあいつの間にあるのはあくまでも友情とかそう言ったものであって、恋愛感情ではない。
断定してやる。
あいつは図体のでかい弟みたいなもんだ。
「面白いですね。少し選択肢が変わっていたら、僕と彼の関係もそうだったのでしょうか。あまり羨ましいとも思いませんが」
変態は黙ってろ、と睨みながら俺はキッチンから戻ってきた長門に聞いた。
「一体どうなってるのか教えてくれ。俺のいた世界が変わったのか? それとも、俺がこちらの世界に移動させられたのか?」
「後者」
と答えながら長門は俺の前にお茶を置いた。
古泉の前にもお茶を置くと、極自然に古泉の隣りに腰を下ろす。
「この世界に平行して存在するいくつかの世界にいるあなたが位相をずらすように移動させられた。よって、この世界はあなたの知る世界ではない」
「またハルヒのせいなんだろうな」
「そう」
と頷きながら長門は言う。
「涼宮ハルヒは平行世界について扱ったSF小説を読んだ。そして、平行世界の存在に興味を持った。実際に誰かが入れ替わったらどうなるのかと」
それを俺で実践するってのはなんでなんだろうな。
「入れ替わったあなたの平行存在は、あなたを含めて4人。位相のズレを直すことは簡単ではないが不可能でもない。私は、お母さんを取り戻したい。協力して」
元の世界に戻してくれるってんなら、俺の方から頼みたい。
「準備に時間がかかる。ブレをなくすため、平行存在が同じ場所にいることが望ましい。だから、修正の実行は今夜にする。それまで、我慢して」
分かったよ。
だが、俺は帰らせてもらうぞ。
これ以上一樹じゃない古泉の顔なんざ見たくない。
そう考えて、ふと気がついた。
あいつのところにも、俺じゃない俺が行ってるんだろうな。
一体どういう奴が行ったんだろうか。
古泉の違い方からして、どうも毒気の強そうな俺もいそうな気がする。
そんなのが行ってないといいんだが…。

彼がうちを訪ねてくると電話があったのは少し前だ。
昨日、何も言われなかったので、てっきり今日は一日家で過ごすのだろうと思っていたから、予想が外れて嬉しい。
彼の機嫌がよかったら、料理を教えてもらおう。
そんなことを考えながらソファに座ってテレビを観ていると、玄関のドアが開く音がした。
鍵は掛けてあったはずだが、彼には合鍵を渡してあるし、開けられても不思議じゃない。
ただ、僕が家にいると分かっていてそれをするのは彼らしくない気がして、首を傾げた。
「邪魔するぞ」
と声がしてリビングのドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
僕がそう言って振り向いた瞬間、唇に暖かいものが触れた。
目の前に何かがあるのは分かっても、それが何なのかは距離が近すぎて分からない。
呆然とする僕の唇を割って、ぬめるものが入ってくる。
これ、キスなんですか、キスされてんですか、僕。
しかも今来たのが彼ってことはキスして来てるのも彼なんですよね。
なんでこんなことになるんですか。
というか、もう、息が苦しい。
口の中に触れられて、くすぐられて、舌を吸われて、頭がぼうっとしてくる。
気持ちいいのか何なのかも分からないくらいくらくらした。
「んっ……ぁ…」
口の隙間から声が漏れ、僕はくたくたと座りこんだ。
彼は濡れて赤味を増した唇を、更に赤い舌でぺろりと舐めながら、
「…お前、本当に古泉か?」
「それは、こっちのセリフですっ!」
「真っ赤になって、可愛いな」
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないでしょう」
十中八九涼宮さんが何かしたせいなんでしょうし、それなら長門さんが対処してくれる気もしますが、連絡をとらないと。
「わざわざ連絡しなくてもいい気はするけどな」
と言いながら、彼は僕の隣りに腰を下ろした。
やけに近いんですけど。
「気にするな」
にぃっと笑った彼は、やっぱり僕の知る彼とは違っていて、無性に泣きたくなった。
更に泣きたくなることに、長門さん曰く、この状態を正常化するためには今晩までかかるというのだ。
もっと早くというのは難しいらしい。
「夜までね…」
面白がるように呟きながら、彼が距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと、何をするつもりなんですか」
「何って、心配しなくても痛いことはしないし、浮気したっつって俺の古泉が泣くようなこともする気はないけど」
「お、俺の!?」
なんでそんな所有格がついてるんだよ。
わけが分からない。
いや、分かりたくもない!
「お前、ノン気だよな。そういうところが違うってのも面白いし、そうやって怖がってるのも意外性があっていいけど、俺はやっぱりあのちょっと調子こいてる古泉が好きだな」
「それなら伸し掛かってこないでくださいぃー!!!」
本気で身の危険を感じる。
顔や姿が彼と同じじゃなかったら、突き飛ばせるのに。
「可愛いな。お前、年は?」
「じゅ、十六ですけど…っ」
「へぇ、そういうところも違うのか。俺の古泉は十四だぞ」
十四歳相手に何やってるんですかあなたは!
「何って……ナニ?」
お願いしますからその顔でそんな下卑た笑いとセリフはやめてください。
「あんまり騒がしくすると、」
と彼は僕の耳元で囁いた。
「――犯すぞ」
………別の世界の僕に聞きたい。
なんでこんな人と付き合ってるんですか!?

朝になって彼からメールが入った。
駅前で待ち合わせて会おうと。
いきなり会いたいと言われることは多いが、人目を忍ぶ関係のため、そうやって人のいる場所で待ち合わせるというのは珍しいパターンだ。
大体、彼は一般とは懸け離れたところで積極的な人だから、会うとなると必ず僕の部屋やなんかで、それも夕方とか夜にということが多い。
それも嬉しいのだけれど、やっぱり普通の恋愛っぽいデートやなんかに憧れてしまうのは、僕がまだ経験不足だからなんだろうか。
そんなことを考えながら駅前で突っ立っていると、ぽんと背中を叩かれた。
「待たせたな」
「いえ、………え?」
振り返った僕の目の前にいたのは、淡い色をしたキャミソールに短めのスカートを着た女性だった。
どこかで見たような顔を、誰のものなのか思い出せないのは、うっすらととはいえされている化粧のせいなんだろうか。
彼女はぽかんとした顔で僕を見つめた後、
「ええと……古泉、だよな?」
「そ、そうですが…」
あまり距離を縮めて欲しくない。
女性にどう接すればいいのか、僕は本気で分からないし、正直、女性は苦手だ。
「……またハルヒか」
彼女はため息を吐き、
「ちょっと、長門に電話するぞ」
と断って携帯を取り出した。
ここに至ってやっと、僕は彼女が「彼」であることに気がついたのだった。
一体どうなっているんだろうと思いながら、僕は彼女を見つめた。
手足のパーツも顔立ちも、彼と変わらない。
それなのに彼女は、彼女としか呼びようがないほど、女性らしい。
電話で長門さんと話している間の仕草も、まとっている空気さえ。
戸惑う僕に、彼女は長門さんがしてくれたという説明をした。
「というわけで、俺の方がどうやら異質らしいな」
と笑った彼女に、困っている様子はない。
面白がってる。
絶対面白がってる。
この表情には嫌というほど見覚えがあった。
彼と同じ表情だ。
どうやら、平行存在というのも嘘ではないらしい。
「ついでだから、デートしようか」
にっと笑って言った彼女に僕はぶんぶんと首を振る。
「か、勘弁してください」
「なんでだよ」
「その、僕は女性が苦手なんです…」
「俺は半分だけだぞ」
「は、半分?」
「半陰陽って言って分かるよな?」
分かるけれど、そんな存在が実在するとは思ってもみなかった。
困惑する僕に彼女は懇切丁寧に説明してくれた挙句、
「つまり、俺は半分は男なんだから、平気だろ」
「そういう問題じゃありません!」
と僕が訴えても気にせず、僕の腕に白い手を絡めた。
「気にするな。というか、お前、面白いな。真っ赤になってる」
言いながら彼女は僕の頬をツンと突いた。
冷や汗が出る。
「ややや、やめてください…!」
「俺の古泉もこれくらい可愛げがあったらなー」
笑顔で愚痴らないでください。
というか、胸、胸が腕に当たってるんですけど。
「俺のささやかな胸なんか気にするなよ。お前も朝比奈さんに縋りつかれたことくらい、あるんだろ?」
それは映画の撮影で涼宮さんの前だったから耐えられただけなんです。
お願いしますから放してください。
「じゃあ、今日一日付き合え」
僕が泣く泣く承知したのは言うまでもない。
手を繋ぐだけで許してもらい、歩きだしながら彼女は笑って、
「こうやってデートしたなんて言ったら、きっと怒るんだろうな、あいつ。結構嫉妬深いから。お前の方の俺はどうなんだ?」
「多分、あなたと同じくらい状況を楽しんでると思いますよ」
行った先の僕を襲うくらいやりかねない。
そして僕がそれを責めたところで、「どうせどっちもお前だろ」とか言うんだろう。
ため息が出る。
「まあ、どうせ巻き込まれるなら楽しんだ方が得だからな。しかし、」
と彼女は空を仰ぎ、
「俺の代わりに行ったのって、どんな俺なんだろうな。ちょっと気になるかも」
なんて楽天的なことを言った。

待ち合わせ場所の駅前でそいつの姿を見つけ、声を掛けようとしてやめた。
振り返ったそいつの顔は、俺の知る古泉と同じ顔だったが、違っていたからだ。
そいつも、それが分かったらしい。
顔を見合わせて、ため息を吐いた。
「またハルヒか?」
「おそらくはそうでしょう」
やれやれ、今度はまたどんなことをやらかしてくれたんだろうな。
「俺が長門に電話したのでいいか?」
「ええ、お任せします」
それじゃあ、と俺は携帯を取り出し、長門に電話を掛ける。
長門はまるで何度も言ったセリフを繰り返すかのようにこの奇妙な状況について説明した後、
『あなたの娘から伝言』
と口にした。
俺は少し意外に思いつつも、思わず目を細めながら、
「なんだ?」
『必ず戻してみせるから安心して。と』
「言われなくても分かってる、お前を信じてる、って、伝えてくれるか?」
『分かった』
そう言った長門の声に、どこか羨望が混ざっているように感じたのは、俺の気のせいだろうか。
「長門さんと仲がよろしいんですね」
とこっちの古泉が俺に聞いてきたのは、二人して喫茶店の椅子に腰を下ろし、運ばれてきたコーヒーに口をつけた時だった。
「まあ、長門は娘みたいなものだからな」
「それは、羨ましいですね」
「こっちでは違うのか?」
「こちらの長門さんはこちらのあなたに好意を抱いているようで、僕は邪魔もの扱いされてしまうものですから」
あの長門が、微妙に違うとはいえ俺に好意を抱いているとか考えられないな。
「こちらのあなたが女性であり男性であるということも、大きな要因の一つなのでしょうけれどね」
ああ、そんなことをさっき長門が説明してくれたな。
半陰陽だったか?
こっちじゃ俺も不思議人間の仲間入りか。
「彼は、自分は少し標準と違うだけで、いたって普通の人間だと言っていますよ」
それなら悪かったな。
他意はなかったんだが、気を悪くしたんなら謝ろう。
すまん。
「いえ、構いませんよ」
で、お前が苛立ってるのはどうしてだ?
せっかくのデートが台無しになって嫌なのか?
「それもありますが……あなたのその余裕が羨ましいんですよ」
お前の方がよっぽど余裕綽々に見えるが。
「見た目だけです。いつだって僕は、彼に翻弄されて、あの笑顔に誤魔化されるんですから」
へぇ、俺の方の古泉は、随分開き直ってるけどな。
「是非ともコツをお伺いしたいですね」
「コツって言うんじゃないけど、必要なのは信頼だろ」
俺が言うと、古泉は薄っすらと浮かべていた笑みを引っ込め、まじまじと俺を見た。
「信頼、ですか」
「それから覚悟だな。この先ずっと一緒にいるって言う覚悟だ。そうしたら、一々小さなことに目くじらなんて立ててられなくなる」
「なるほど。しかし、あなたはどうしてそこまで達観できたんです?」
「それは…」
と俺は苦笑しながら自分の腹を撫でた。
「…子供がいるから、かな」
「長門さんのことですか?」
「長門もそうだけど、そうじゃなくて、つまりだな、」
と俺はいくらかの時間を割いて、半陰陽でもなければ女でもない自分が妊娠しているということを伝えた。
それに関して、ハルヒにカミングアウトしたことを告げると、古泉はいよいよ驚きの表情を見せた。
「まったくもって羨ましい限りですね」
「隣りの芝生は青いって言うだろ」
「僕は自分の状況にかなり満足しているつもりでしたが、そんなお話をうかがうと、やはり羨ましく思わずにはいられませんよ。涼宮さん公認で、長門さんと言う強い味方がいて、しかも子供まで授かっているなんて」
子供なら、お前も作れるんじゃないのか?
「それが許される状況になるまで、何年かかるか分かりませんけどね」
何年かかろうがいいじゃないか。
それが望めるだけでも。
俺が言う筋合いじゃないとは思うが、そうやってあちこち目を奪われたりしてるから、覚悟は決まらないし、よって余裕も生まれないんだぞ。
信頼して欲しいなら、まず自分が信頼されるだけの人間になれよ。
「……その通りですね」
苦笑した古泉は、なんとなく、俺の古泉と似ていた。
結局夕方までかなりの間をこっちの古泉と過ごした。
それなりに会話も弾んで、面白かったからな。
家に帰ってからはいつも通り過ごし、少し早めに就寝した。
文化祭の時の、怪しげなマントを身につけた長門が、大きな鍋の中に世界を放り込み、ぐしゃぐしゃとかき混ぜるような夢を見た。
目を覚ました俺は、携帯に手を伸ばし、ベッドから這い出ることもなく長門に電話を掛けた。
すぐにコール音が切れる。
聞こえてきた声は、
『お母さん』
ほっとしたような、長門の声だ。
「ただいま。世話を掛けたな」
『構わない』
「…ありがとう」
『いい。……それより、無事でよかった』
「他の奴等にも、問題はないんだな?」
『ない』
「それが何よりだ」
俺はこんなことでもなければ会うことがなかっただろう古泉と、その他にも色々なバリエーションと共に存在するらしい、見知らぬ奴等へと思いを馳せた。







おまけ



元の世界に戻ったんだろうか、と訝しみながら俺は古泉に電話を掛けた。
少し間があって、コール音が途切れる。
『…はい』
今すぐマンションの屋上から地上へダイブ、とでも言わんばかりの憔悴しきった声を聞くなり、俺は脊髄反射に等しいような勢いで言った。
「今すぐ行く。家で大人しく待ってろ」
返事も聞かずに電話を切り、慌てて着替えて家を飛び出す。
朝食をとっている暇もない。
それにしても、よっぽど妙な奴がきちまったんだろうな。
本当に古泉は運がない。
そして俺の祈りは空しいものだったらしい。
古泉のマンションまでチャリを飛ばし、乱暴にチャリ置き場に突っ込んだ後は、エレベーターを待つのももどかしくて階段を駆け上がった。
鍵を開けて部屋に飛び込むと、古泉の姿が見当たらなかった。
こういう時はあそこだな。
寝室のドアを開けると、昼間だと言うのにカーテンを閉めきって、薄暗くなった室内に、布団の塊があった。
そっとめくってやると、古泉のくしゃくしゃになった泣き顔があった。
「お、にい、さん…っ」
抱きついてくる古泉を思いきり抱きしめてやる。
これでこそ、俺の可愛い古泉だ。
俺はよしよしと頭を撫でてやりながら、
「もう大丈夫だからな」
泣きたいだけ泣け。
というかお前、何されたんだ。
「い、言えませ…っ!」
口にも出来ないようなことをされたのか。
一体どんな奴がきたんだ。
いや、どんな奴だろうが構わん。
俺の古泉になんてことしやがったんだ。
トラウマになったらどうしてくれる。
もしも可能なんだったら、出るところに出て慰謝料ふんだくるぞ。





昨日彼女に振り回されたことで僕はかなり疲れていた。
彼じゃないが、惰眠を貪ってやろうと決めて、携帯のアラームも切ったまま眠っていると、玄関で音がした。
彼が来たんだろうか。
長門さんのやることに不備があるとは思えないから、多分そうなんだろう。
起き上がろうかどうしようかと悩んでいる間に、彼が寝室に飛び込んできた。
「ただいま、古泉」
お帰りなさい、と言うより早く、口付けられる。
人前での彼とは違う、情熱的で甘いキスだ。
酷く甘く感じられる唾液をたっぷりと注ぎ込まれ、寝起きで喉が乾いていた僕はそれで喉を潤した。
呼吸が苦しくなるほど長い間口付けていたからか、体を離した彼は満足そうに笑っていた。
「うん、これでこそ古泉だな」
「……やっぱり、僕じゃない僕を襲ったんですね」
予想はしてたけど、ショックだ。
「ソファに座ってたところにいきなりキスしたから気がつかなかったんだよ。キスしてやっと気がついた」
「したのはキスだけですか?」
僕が問うと、彼はにたりと笑った。
その顔、涼宮さんの前ではしないでくださいね。
「色々と教えてやったけど?」
「何をです」
「いや、それがだな、」
と彼が語ったところによると、彼の行った先の僕たちは恋人同士ではなく、友人だったというのだ。
それも、かなり僕が彼に依存した形の、恋人同士寸前のような。
「恋愛感情じゃないのか、って聞いたら赤い顔して『違います』って言ってたけど、あれは微妙だな。で、いざという時のために、あっちの俺が怪我をしないでいいように、やり方を教えてやってきた」
けろっとした顔で言う彼に、僕は目眩を感じずにはいられない。
「実地でですか」
「まさか。お前がいるのに」
という彼の言葉は意外だった。
同じ僕だから、と主張して襲うくらいしかねないと思っていたのに。
「俺だって、それくらいの節度はあるって。それに、そこまでやったらあいつ泣きそうだったし」
……断言してもいい。
絶対、一度は泣かせた。
「生々しい話をしてやるだけで顔を赤くしたり青くしたりしてるのが可愛かったな。お前と違って俺と同い年らしいけど、お前よりずっと子供っぽかった」
「そうですか。しかし、面白くありませんね」
いくら本質的には同じ僕とはいえ、明らかに僕とは違う人間のことを目の前で嬉々として語られて、面白いはずがない。
「あなたの恋人は僕だけ、でしょう?」
言いながらキスをして、彼をベッドに押し倒すと、彼はにっと笑った。
もしかして、押し倒されるのも計画の内ですか?
「さて、どうだろうな」
と言って、彼は僕の首へ腕を絡め、艶かしく潤んだ目で僕を見つめてみせたのだった。





「ただいま」
と俺が言うと古泉は苦笑混じりに、
「おかえりなさい」
と応じた。
向こうで何をしていたのかとか聞かれると思っていたから、この反応は少し意外だ。
「聞かなくていいのか? 何してたのかとか」
「あなたが話したいのでしたらお聞きしますよ」
…もしかして、怒ってるんだろうか。
どうしよう、静か過ぎて分からん。
そして、こういう時の常として、思考ってやつは暴走を始めるもんだから、俺は思わず古泉に抱きついて、
「ごめん。頼むから、俺のこと……嫌いにならないで……」
半泣きになりながら言うと、古泉は目を見開いて、
「なんでそうなるんですか?」
「いや、だって、怒ってるんだろ?」
「違いますよ」
「いつものお前だったらしつこくしつこく聞くだろ。なのに、それをしないってことは、俺に興味がなくなったってことなんじゃ…」
「違いますって。全く、可愛い人ですね」
とキスされた。
本当に、怒ってないのか?
「昨日、こちらに現れたあなたに言われたんですよ。信頼されたいなら、将来まで一緒にいたいなら、小さなことで目くじらを立てずに、大きく構えているように、ね。それを実践してみただけなんですが、慣れないことはするものじゃありませんね」
俺は一瞬唖然としたが、すぐに唇を尖らせた。
「その俺と随分意気投合したらしいな」
「まあ、本質的には同じあなたですからね」
「ふぅん…」
「そう嫉妬なさらなくても、人の物に手出しする趣味はありませんし、それ以上に、あなたのような目の離せない人がいるんです。他に目移りなんてしませんよ」
「本当か?」
「ええ、本当です」
そう言って古泉は俺の耳元へ唇を寄せ、
「愛してますよ。今の、この、あなただけを」
と囁いた。