切り離されたモノ



辺りは恐ろしく暗く、孤独さを強調しているようにしか思えなかった。
ぼんやりと見えるのは、今よりは長く、しかし入学当初と比べると短い髪をしたハルヒの姿だ。
あいつにしては珍しく、半泣きの情けない顔をしている。
何があったんだ、と聞いてやりたかったが、何故か声が出ず、体も動かなかった。
あいつは俺に気がつかないかのように、大きな声で叫んだ。
「こんなもの要らない!」
涙声染みた言葉が、やけに胸に痛く感じられた。

目を覚ました俺は、なんとなく胸の辺りに痛みを感じた。
と言っても、現実に痛みを感じたのではないのだろう。
内容もすっかり忘れてしまった夢でなにやら胸を締め付けられるような思いなどと表現されるようなものを感じたらしい。
感受性に乏しく、割と冷めている俺にしては珍しいことだと思いながら、鳴り出した時計を止めた。
素直に目が覚めたことのほかは、いつもと変わらない。
何の変哲もない日常のはずだった。
登校した俺が教室に入ると、ハルヒがぼんやりと座っていた。
表情やなんかはいつも通りなんだが、妙に機嫌が悪いように見えた。
「おはよう」
俺が言うと、ハルヒはいたって普通に、
「おはよ」
と言ったが、その声にもどこか覇気がないように思えた俺は、率直に聞いてみた。
「機嫌が悪いように見えるが、何かあったのか?」
「別に、何も」
何もないと言う顔には見えないがな。
「うるさいわね。あんたに言ったってしょうがないでしょ」
俺で力になれるなら、なんだってしてやるさ。
出来ることならな。
「……あんたに出来ることなんて大したことないんだから、格好つけたって無駄よ」
そう言い放っておいて、ハルヒは窓の外へ目を向けた。
「…嫌な夢を見たの。それだけよ」
ハルヒはそれっきり黙りこんでいたが、それでもいくらか気分が晴れたようで、俺はなんとなくほっとしながらハルヒから視線を外した。
その俺を、変な物を見るように谷口と国木田が見ていた。
俺は立ち上がり、ハルヒから離れながら言う。
「何か言いたいことでもあるのか?」
谷口は妙な顔をしながら、
「お前、なんで涼宮の機嫌なんか分かるんだ?」
長門や古泉と比べたら、あいつの機嫌なんか分かりやすいものだろう。
どうしてそこまで変な目で見られなければならんのだ。
「確かに、いつもの涼宮さんなら分かりやすいかもね。でも、今日はどう見てもいつも通りだったよ」
国木田まで、何を言い出すんだ?
「涼宮さんが不機嫌そうには見えなかったって言ってるんだよ。毎日会ってるにしても、よく分かるよね。凄い洞察力だ」
褒められているように聞こえないぞ。
しかし、不機嫌そうに見えなかったって?
「ああ」
谷口が鈍いからじゃないのか?
「多分、違うと思うよ」
「お前がおかしいんだよ、キョン」
人を変人みたいに言うな。
「SOS団に入ってる時点で、お前も立派な変人だ」
情けないと思われるかもしれないが、谷口のその発言に反論は出来なかった。
一応自覚はあったからな。


気がつくと俺は、喧騒に包まれていた。
ここはどこだ?
首をめぐらせることも出来ない。
問い掛けることも。
目に見えるのは誰かの背中。
随分と大きく見えるが、大男なんだろうか。
カンと乾いた音が響いた。
聞き覚えのある音。
これは何の音だ?
その音源の方へ目を向けてもいいだろうに、やっぱり体は動かなかった。
わあっと上がる歓声の中、何故か感じたのは、恐ろしいほどの空しさだった。
空虚さゆえの絶望。
自分が卑小なものに思え、無力感に喘ぐ。
そんな、感情だった。
目が覚める間際、俺は思い出した。
あの乾いた音は、バットでボールを打った時の音だと。

目を覚ました俺は、何かがおかしいとベッドの上で唸った。
今見ていたはずの、同時に既に薄れ始めている夢は、本当に俺のものなのだろうか。
俺が見る夢にしては何か妙で、違和感があった。
虫の報せとでも言うのか、ざわざわとした感覚が俺の背筋を伝う。
それを振り払うように頭を振り、ベッドへ横たわる。
まだ夜も明けていない。
もう一度眠って、目を覚ます頃にはもう少しマシになっているだろう。
…と、そう思ったのだが、ダメだった。
再び目を覚ました俺の中から不快感は消えず、そのためか妙にイライラしていた。
こんな時ばかりは妹が起こしに来る前に目が覚めてよかったと思う。
いや、眠りが浅かったから不快感が消えなかったのだとするなら、そう思うのはおかしいか。
何にせよ俺は、妹があの起き抜けの体へダメージを残していくフライングボディプレスで起こされずに済んだことに安堵しながら、ベッドから起き出した。
家を出て、チャリで走る。
空は青く、風も爽やかだと言うのに、気分は晴れないままだ。
ああ、イライラする、くさくさする、むしゃくしゃする。
こんな日にあの坂を上るかと思うと、引き返してやりたくなるが、それが出来ない程度には、俺は高校へ通わせてもらっていることに感謝していて、尚且つ義務感を持っているらしい。
真面目な性格ってのもこういう時には邪魔だな。
教室に行くと、今日も大人しくハルヒが席についていた。
大人しく、と言うにはやや疲れた様子がある。
あるいは、ささくれ立ったような、と表現すべきかもしれないが。
俺は挨拶も抜きでハルヒへ近づくと、
「大丈夫か?」
と言いながらハルヒの腰へ手をやり、さすってやった。
「手だけ当ててくれてればいいわ……」
「分かった」
そのままじっとすること約五分。
その間、会話は一切なしで、俺は谷口、国木田他クラスメイトからの好奇の目にさらされることとなった。
「もういいわ。ありがと」
珍しく素直に言ったハルヒは、さっきまでよりはずっといい笑顔を浮かべていた。
「役に立てて何よりだ」
俺の言葉は嘘でも過剰表現でも何でもない。
ハルヒが辛いと思うことがあるならどうにかしてやらなければならないという、妙な義務感さえ抱いている気がする。
何だろうな、これは。
「びっくりしたよ」
とは国木田の言だ。
「お前ら、やっぱり付き合ってんだろ。どうやってあの涼宮をモノにしたんだ?」
と品のないことを言う馬鹿の名前は言うまでもない。
「付き合ってなんかねえよ」
「なら、なんだってあんなことしてたんだよ」
あんなこととはなんだ。
人を変質者みたいに言うな。
「普通なら変質者扱いされるんじゃないかな。いきなり女の子の体に触るなんて。涼宮さんが騒がなかったからよかったけど、そうじゃなかったら、今頃職員室か生徒指導室にでも呼び出されてたんじゃないかな」
まあ、言われてみればそうかもな。
だが、腰が痛くてへこんでる奴がいたらあの程度のことはしてやるんじゃないか?
「…なんで涼宮を見ただけで、腰が痛くてへこんでる、なんて思うんだよ」
……全く持ってその通りだ。
どうして俺はあいつが調子が悪いとか、どこが痛いとか分かってるんだ。
痛みの原因まで分かっている。
分かっていて、恥ずかしいともなんとも思わない俺がいる。
ここまで来てやっと、俺はこれが異常な事態だと気がついたのだった。
その日の放課後、部室へ行くと言うハルヒに、
「調子が悪いなら帰った方がいいぞ。長門たちには俺から伝えておくから」
「……あんた、変よ」
ハルヒにまで言われてしまった。
俺が変だとしたらその原因はおそらくお前だと思うのだが。
「どうしてよ」
不満そうに唇を尖らせたハルヒだったが、
「……変だけど、でも、助かるわ。皆によろしくね」
ハルヒにしては珍しく、余計な事を言いもせずに大人しく帰っていった。
それを家まで送ってやりたいという妙な衝動に駆られながらも、向かうのは部室だ。
部室へ早く行かなければ、とこれは本当に俺が思っていることなんだろうか。
こんこん、とドアをノックすると、中から朝比奈さんの声が帰ってきた。
「はぁい、どうぞ」
失礼します、と中に入った俺は、いつにも増して麗しい朝比奈さんの姿に思わず笑みを浮かべる。
抱きしめたいと思うほどの愛らしさだ。
室内には既に長門も古泉もいた。
ま、いつも通りということだろう。
「ハルヒは体調不良で帰らせたんで、今日は来ませんよ」
お茶の準備をする朝比奈さんへ言うと、朝比奈さんは微笑んで、
「分かりました」
それから少しして、俺の前へ湯のみが置かれる。
いつものように味わいながら頂戴しようと思っていたはずなのだが、気がつくと一息に飲み干していた。
……熱くなかったんだろうか。
朝比奈さんは驚いたように目を丸くして、
「涼宮さんみたいですね」
と可愛らしく笑ったが、その言葉は俺の不安を煽った。
俺はひとりで碁石をいじっていた古泉へ問う。
「なあ、ハルヒの性格は昔からああだったのか?」
「ああ、とは?」
軽く小首を傾げて見せた古泉に、言う。
「強気で我侭で傍若無人な、あの性格のことだ」
「そうですね…。我々が知る限りではその通りですが、我々が彼女の観察を始める以前はいくらか違っていたようですよ?」
つまりどういうことだ。
「彼女の性格がああなったのは、彼女が中学校へ上がった頃です。それまでは、頭がよく、運動神経抜群という他は、いたって普通の少女だったようですね。少なくとも表面上は」
ちなみに、と古泉は付け足す。
「彼女が中学校へ上がった頃というのは即ち、彼女が異能に目覚めた頃でもあります」
だと思った。
さっきから、俺が感じている予感は嫌な方へと驀進し続けている。
もうひとつ、これは朝比奈さんか長門に問いたいことがあったのだが、それを口にする勇気を俺は持ち合わせていなかった。


何も見えない暗闇は、目をきつく閉じた時の感覚に似ていた。
似ていた、というよりもむしろ、そのものなんだろう。
またもや、体は自由にならない。
目の辺りを涙らしい液体が伝う感覚がある。
どうなってるんだ、と俺が思った時、
「…もっと、強くなりたい」
いつもと違った感じに聞こえるハルヒの声がした。
涙声に似ているのだが、どこか苛立ちが感じられる声をしていた。
「弱さなんていらない」
吐き捨てるように言われ、何故かずきりと胸が痛んだ。
わけも分からなく、苦しい。
「常識も良心も、邪魔なだけよ!」
その言葉がトドメだったかのように、視界が開けた。
外の闇によって鏡に変わった窓ガラスに映っているのは俺の姿ではなく、ハルヒのそれだった。

妹に叩き起こされて目を覚ました俺は、妹が部屋を出ていってもベッドから動けなかった。
自分が何か悟った。
信じていたものが足元から崩れ落ちて行くようなこの恐怖感は、三年前に古泉が感じたと言っていたパニックと似ているのかもしれない。
あの時は信じてやらなくて悪かったと言ってもいいような気分だ。
食欲もなく、学校へ行く気力もない。
ないはずなのだが、俺の足は気がつくとしっかりと坂を上っていた。
いつも通りの教室。
ハルヒなら退屈だとでも言いそうなほど、変化がないその場所さえ、今の俺には違って見えた。
谷口辺りに声を掛ける気力もなく、机に突っ伏していると、ハルヒが後ろの席に腰掛けた。
「朝から鬱陶しいわよ」
振り向いて見たハルヒの表情は至って明るい。
それなら、今俺が感じている感情は間違いなく俺のものなのだろう。
「ほっといてくれ」
「偉そうね」
憤然として言いながらも、それ以上ハルヒは何も言わなかった。
むっとしたようなハルヒの表情を見つめる俺の胸の内に湧き上がるのは、どうしようもないような愛しさだ。
分かった。
何があっても、俺はハルヒを憎めない。
見捨てることなんて以ての外だ。
そう、思い知った。
消される時にさえ笑っていた、朝倉の気持ちが分かったような気がした。
それでもまだ信じられない気持ちが残っていた俺は、放課後の部室で朝比奈さんに聞いてみた。
「本当に、今から三年前以前にはいけないんですか?」
朝比奈さんは突然そんなことを聞いた俺に驚きの表情を見せ、
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いや、それが間違っているかも知れないと思っただけです」
「…少なくとも、あたしはそう聞いてますけど、でも、あたしはまだ下っ端だから……」
そう俯いた朝比奈さんに俺は、
「すみません、朝比奈さんを困らせるつもりはなかったんですが…」
言いながら、朝比奈さんじゃダメか、と思った。
仕方なく、長門に聞くことにする。
最初から長門に聞かなかったのは、長門に聞く方が疑いようがなく、俺はそれを受け入れるしかなくなるからだ。
そうなるとそれは迷いを打ち消すための行為になり、救いを求める俺の気持ちに反することになる。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「長門」
らしくもなく、声が震えた。
「三年前より前、四年前でも、十年前でもいい。……ハルヒが妙な力に目覚める以前、俺は、俺として、存在していたか?」
長門は本から顔を上げ、じっと俺を見つめた。
その目が迷うように揺らいだ。
俺は長門がどんなリアクションをしても見逃さないよう、じっとその目を見つめ返す。
長門は俺を見つめたまま、静かに、それでもはっきりと、――首を横に振った。
ああ、やっぱりそうなのか。
こみ上げ来るのは笑いだ。
無駄な足掻きと知っていながら、それを繰り返した自分への、嗤い。
「どういうことです?」
焦りを帯びた古泉の声に顔を上げた俺は、いつも通りの表情を作りながら言った。
「話は後だ。ハルヒが来る」
「え?」
古泉が戸惑いの声を上げた途端、ドアが開いた。
「皆来てるのね」
そう言って室内を見回したハルヒは、驚きの表情で自分を見ている朝比奈さんと古泉に訝しむような目を向け、
「どうかしたの?」
と首を傾げた。
二人はそれぞれに誤魔化しながら、「いつも通りの姿」を演じる。
ハルヒは団長席に陣取るとパソコンの電源を入れたが、俺はハルヒに近づくと、
「まだ調子悪いんだろ。無理しないで帰った方がいいんじゃないか?」
「もう大丈夫よ」
嘘吐け。
今のところ団長が直々に出てきてやらなきゃならんようなこともないんだ。
必要な時のために英気を養って来い。
「何? あたしがいると悪いって言うの?」
違う。
心配なだけだ。
「……あたしより、あんたの方が帰って寝た方がいいんじゃないの?」
寝て治るならそうしただろうよ。
だが俺がそう言うまでもなく、ハルヒはつけたばかりのパソコンの電源を落とした。
「あんたがそこまで言うってことは、あたしの顔色も大分悪いみたいね」
帰る、とハルヒはざくざくと足音を響かせながら帰っていった。
腰が痛いならもう少し腰を労わった歩き方をしてもいいと思うんだが。
「説明してください」
古泉が厳しい表情で俺を見て言った。
「どうして涼宮さんが来ると分かったんです」
「どうしてと言われても……」
俺はいつだったか、古泉に連れられて閉鎖空間に入った時のことを思い出しながら言った。
「言葉では説明出来ないな。この感覚は」
「僕をからかっているんですか?」
そういうわけではないんだが。
「あなたが三年前より以前には存在しなかったとはどういうことです」
聞かなくても分かっているんじゃないのか?
お前だって、似たようなことを言っていたじゃないか。
だが、ここでお前を焦らしても仕方ないな。
「三年前、俺は俺として、この世界に誕生したんだ。それまでは、俺は俺じゃなかった。俺は、」
俺ははっきりと言った。
「涼宮ハルヒの一部だった」
古泉は目を見開き、言葉を失った。
居心地の悪い沈黙の中、俺は椅子に腰を下ろす。
「そう、ハルヒだったんだ」
自分に納得させるように俺は繰り返した。
何度も、どうして自分がこうも貧乏くじを引かされ、わけの分からん出来事に巻き込まれるのか不思議に思ったものだが、俺がハルヒなら仕方ない。
あいつがやったことについて責任を持ってフォローするのが俺の役目であり、存在意義だからな。
三年前、ハルヒは自分の中にある自分の嫌な部分――良心や常識、弱さといったものを捨てた。
抹消するのではなく、破棄したんだ。
破棄されたものはハルヒによって同い年の男――つまりは俺になった。
どうしてそうしたのかは、その時にはハルヒとは違う、別個の存在になっていた俺には分からない。
だから、これは推測なんだが、保険だったのではないだろうか。
自分の中の不要な物をなくすことで、問題が発生するかもしれない。
その時、失った物を再構成するよりも、どこかに保管しておいた物を取り戻す方がより確実だろう。
つまりは保険だ。
あるいは、朝倉のようなバックアップだと言い変えてもいいかもしれない。
「待ってください。そうなると、あなたのご家族はどうなるんです」
「三年前よりも前には、あの家に俺はいなかった。それだけのことだ」
「それだけって……」
「お前たちが考える世界観とどう違うんだ? 世界が三年前に始まったと考えるのと大差ないだろう。ただ、三年前に始まったのは世界じゃなく、俺という存在だっただけだ」
弱さを捨てたことで、ハルヒの性格は変わった。
今のように。
ただ、それによってあいつの中に蓄積するストレスは増え、閉鎖空間や神人が発生するほどになった。
それではいけないとあいつも思ったのかもな。
だから、自分から俺に会うために、この高校を選んだ。
今になって俺がそんなことを思い出したのは、あいつが一度捨てた物を必要としているからなんだろう。
あいつに同調するのは、それだけあいつとの精神的な距離が近づいていると言うことだ。
だから、他人が気がつかないようなあいつの変化に気がつくし、あいつが今どこで何をしているのか分かる。
あいつの感情や思考さえいくらか伝わってくるから、あいつに似た動作をしてしまったりしてしまうんだろう。
ついでに付け足しておくと、朝比奈さんにあんなことを聞いたのは、俺に俺がハルヒの一部であったことを報せないために、三年前よりも以前には行けないと偽っているのかと思ったからだ。
「キョンくんは、どうなっちゃうんですか…?」
怯えるように震えながら、朝比奈さんが言った。
俺の心配をしてくれるなんて、本当に優しい人だと思う。
「このまま存在し続けるかもしれません。いつか、ハルヒの一部としての存在へと還るのかもしれません。それは俺が決めることではなく、ハルヒが決めることなので俺には分かりませんが」
たとえ俺として存在出来なくなるとしても、俺はハルヒを恨まないのだろう。
存在が消えていく時、朝倉が微笑んでいたように、満足と共に消えるに違いない。
「そんな…」
朝比奈さんの顔が泣きそうに歪む。
古泉まで、諦めの悪い呟きをもらす。
「冗談でしょう…?」
悪いが、冗談でも悪ふざけでもどっきりでもない。
事実だ。
「どうして笑っていられるんです」
お前こそいつも笑っているくせに、何をか言わんやだな。
「僕が笑っているのはそれが僕に必要とされる役目だからでもあるからです。でもあなたはそんな人ではないでしょう」
かもな。
だが、俺はお前みたいに笑顔で演じているわけじゃないぞ。
これでいいと、納得しているんだ。
いつか消える日が来ても、俺は満足して消えていける。
それだけのものを、ハルヒやお前らや、この世界がくれたんだ。
それに、さっきも言ったが、俺が消えると決まっているわけじゃないんだぞ?
「そう」
頷いたのは長門だった。
分かってくれるのはお前だけか。
俺はそう思ったのだが、長門はきっぱりと言った。
心なしか、声に感情さえ潜ませて。
「何があっても、彼を消させない」
「……っておい!?」
驚いた俺を他所に、古泉が頷く。
「そうですね。長門さんの言う通りです。消えるのが嫌ならば守ればいい」
朝比奈さんも妙に気張った表情で、
「あたしも頑張ります!」
言葉を失った俺の前で、三人は視線を交わしあう。
スクラムを組まないのが不思議なくらいだ。
演説するのは発案者の長門ではなく、古泉だ。
「今までSOS団が存続して来れたのはひとえに彼の存在あってこそです。彼がいて、我々をまとめていてくれなければ、我々はどうなるでしょう。想像力を働かせるまでもありません。彼の存在を今までのように存続させることは、ひいてはこのSOS団を存続させることです。これは我々の元来の目的に反することではないはずです。持てる力の限りを尽くして、SOS団始まって以来と言っても過言ではない、この危機を乗り越えようではありませんか」
おいおい、キャラ崩壊してるぞお前。
そんな熱い奴じゃないはずだろ。
「あなたのためです。キャラ崩壊なんて気にしてられませんよ」
ああ、そうかよ。
鼻息が荒いぞ。
長門も、なんか、顔が赤くなってないか?
「あなたと涼宮ハルヒの間にある共有性の解析を行う。場合によっては連結の解除を試みたい。許可を」
許可って、お前……。
「私も、あなたを守りたい。……だめ?」
そこでその「だめ?」は反則だろう。
俺はため息を吐きながら言った。
「好きにしろ」
「認可されたものと解釈。感謝する」
…そうかい。
脱力感の余り、ぐったりと椅子の背に倒れこんだ俺に、朝比奈さんが頬を紅潮させて言った。
「いつも何の役にも立てないあたしですけど、でも、頑張ります。あたしの上司も、キョンくんがいなくなったら困るはずですから、きっと許してくれるはずです」
……そうですか。
「なんか、もう、何て言うか……」
俺は思わずクッと笑い、呟いた。

「俺、愛されてるなぁ…」