鬼畜臭いエロですよ
ご注意ください








































選んだ道の果て



平凡であることを選んだことで、手放してしまった世界を修復するかのように、俺はハルヒ以上に駆け回っていた。
駅前の喫茶店を主なアジトにしつつ、俺の家や長門の部屋など、団員の家を持ち回り制の如く利用しながら、新SOS団は落ち着きを見せはじめている。
それでも、未だに俺はかつてのSOS団を忘れられずにいた。
忘れられるはずがない。
そもそも俺にあんな選択を迫るようなことになった発端なのだから。
忘れなくてもいいのかもしれない。
ただ、今のSOS団にかつてのSOS団を重ねてしまうことだけは、自分でも許せないと思った。
こちらを選んだのは俺だ。
困惑する朝比奈さんと長門、それから俺の精神をも疑うような目を向ける古泉の三人を、ハルヒと共に説得して、新SOS団を設立したのも。
だから、懐かしんではいけない。
比較して、勝手に落胆してはいけない。
そう自分に言い聞かせても、どうしようもなくなるものがあった。
古泉の、視線だ。
ハルヒとあっという間に親しくなったからか、俺を恨むように見つめてくる冷たい色をした目が、俺の知る古泉とは余りにも違っていた。
あいつがどんな風に俺を見ていたかなんて、意識したことはなかったのに、失って初めて、あの柔らかな視線の重要性に気がついた俺は、馬鹿だとしか言いようがない。
あの作り笑いに意味があったなんて、思いもしなかったのに。
むしろ、いつだって本気の表情を見せない古泉にイラついていたはずなのに。
今、俺はあいつのあの胡散臭い笑顔が、本当に恋しくてたまらない。

今日の部室(仮)は古泉の部屋だった。
モデルルーム並に整えられ、維持管理されているらしいこの部屋に入るのも、もう何度目だろうな。
ハルヒは古泉の部屋で朝比奈さんの淹れたお茶を飲むと、朝比奈さんの新衣装を求めて長門と朝比奈さんを連れ、つまりは女だけで部屋を飛び出していった。
「先に帰ったら私刑よ!」
と俺に言って出て行くのはなんだ、嫌がらせか?
ただでさえ、古泉とは気まずい状態のままだってのに…。
ハルヒたちがいる時はまだ、古泉も表情を取繕う必要性を感じるのか、いくらか表情も穏やかなのだが、俺と二人になった途端、気だるそうな仏頂面に変わった。
ロクな会話もないままに時間つぶしとして、古泉の部屋にあったチェスを二人でやっているのだが、お互いに相手を見もしない。
ネットで対戦するのとどう違うんだと思うような状況だ。
重苦しい沈黙に、響く駒の音が痛かった。
古泉のチェスの腕は俺と同じくらいのようだった。
わざと俺に合わせているのでなければ。
あの古泉も、と考え掛けて頭から追い出す。
比べないと誓ったはずなのに、すぐに忘れてしまう。
吐きそうになったため息を飲み込んで、俺は盤上のナイトを見つめた。
その時、部屋の電話が鳴った。
「ちょっと失礼」
と古泉が立ち上がり、電話機の置いてある廊下へと向かうのを惰性で見つめながら、俺は小さくため息を吐いた。
息苦しいどころか胸が苦しくさえある。
緊張のせいか心拍数も跳ね上がってる気がする。
ハルヒ、さっさと戻って来い。
そうじゃなかったらもう帰らせてくれ。
俺はもう、古泉と二人だけという状況に耐えられん。
気を紛らわせようと視線を巡らせると、勉強机とセットになった椅子の背に掛けられた、光陽園の制服が目に入った。
古泉が着ていた、黒い学ラン。
本当なら古泉も、俺と同じブレザーを着ていたはずなのに……って、だから比べるな、自分!
選んでおいて後悔ばかりというのは他のことでも同じかもしれない。
だが、このことに関しては、俺が馬鹿だとしか言いようがない。
古泉という存在の大きさを見くびっていた。
自分の精神的な強さを過信していた。
俺の中で、あの古泉がそんなに重要なものだとは思ってもみなかったから、俺はこちらを選んでしまった。
なんでこんなにもあの古泉のことを考えてばかりいるのかは自分でも分からない。
この感覚は、懐いてきていた飼い犬がいきなり背を向けた気持ちに似ているのかもしれないし違うのかもしれない。
俺は犬なんて飼ったことがないからな。
比べないと言ったし、懐かしがらないとも言った。
でも、すまん。
今だけ、今だけでいいから、あいつに会いたいと思わせてくれ。
そう思うのを許してくれ。
視界の端が滲むのを感じて、俺は目を覆った。
古泉が戻ってくるまでには、落ち着いていなければならない。
足音が近づいてくる。
俺はぎゅ、と痛いほどに目を拭うと、元のように座りなおした。
さも次の手を考えているとでも言うように、市松模様の盤上を見つめる。
ドアが開いて、古泉が入ってきたが、俺はあえて見ないようにしながら、
「ハルヒか?」
と尋ねた。
古泉は頷いて、
「少し遅くなるとのことです」
わざわざそう言ってくるってことは、帰るなということなんだろうな。
やれやれ、とため息を吐くと、古泉がじっと俺を見つめているのに気がついた。
座っている場所も、さっきまで座っていたテーブルの向こうではなく、俺のすぐ隣りだ。
「……どうかしたか?」
聞いても、返事もしない。
ただ、品定めでもするような視線が嫌で、俺は目を背けた。
古泉に、こんな目で見られるのは初めてだった。
帰りたい。
どこへなのかも分からず、ただそう思った。
その時だ。
「――そんなに、もうひとりの僕が恋しいんですか?」
今年の米の作柄はどうでしょうね、とでも聞くかのような平坦な調子で古泉が聞いた。
驚いて古泉を見ると、無表情に俺を見つめていた。
長門が微笑んだりするようになった分、こいつが無表情キャラでも目指すんだろうか。
いや待て、誤魔化すな。
ちゃんと考えろ。
せっかくこいつの方から話題を振ってきたんだ。
歩み寄るチャンスじゃないか。
しかし、どう答えたものかな。
恋しいと、正直に答えていいんだろうか。
なんとなく、誤解を招く気がするな。
俺は困惑を隠しもせず、短く答えた。
「懐かしくはあるな」
「それだけですか?」
俺は頷いた。
だが、それは古泉にとって納得の行く答えではなかったらしい。
古泉は問い詰めるつもりだろうに、ずいっと顔を近づけられると、妙にほっとした。
いくらか本気の話をする時なんかに、あいつはいつもこうやって顔を近づけて来ていたっけ。
古泉は至近距離で俺に問う。
「その僕と、あなたは、一体どういう関係だったんです?」
「関係?」
なんでそんなことを聞いてくるんだ、と思いながら俺は答えた。
「同じSOS団の仲間で、友人だ」
「……本当に、それだけだったんですか?」
他に何がある。
「あなたが僕を見る目が、それだけにしては不自然に思えるんですよ」
不自然?
俺がどんな目で見てたっていうんだ。
「僕に落胆し、傷つくような目をしていましたよ」
……それは、そうかもしれないな。
すまん。
「あなたにとって、もうひとりの僕はなんだったんです?」
さっきと同じ質問じゃないのか?
「違います。あなたが僕をどう思っていたのか、知りたいんですよ」
だから、仲間だと思ってたって言ってんだろ。
胡散臭い奴だったし、時々は顔を見るだけで殴りたくなったりもしてたけどな。
俺はそこそこ気に入ってたよ。
「…自覚がなかったんだな。だからこそこちらを選んだんだろうけど」
独り言のように古泉は呟き、俺は古泉が常体で言葉を口にしたことに驚いた。
「自覚って、なんのことだ」
「あなた、僕のことが好きでしょう」
さらりと言った古泉に、俺は言葉を失った。
それどころか、思考さえ停止したのではなかろうか。
呆然とするしかない俺に、古泉は更に言う。
「正確に言うなら僕ではなく、もうひとりの僕が好きなんでしょうね」
声や表情に微妙に滲むのは、苛立ちや嫌悪だ。
しかし、嫌悪を露わにしたいのはむしろこっちだ。
なんでいきなりそんなことを言われなきゃならんのだ。
人を勝手にホモ扱いするな。
自意識過剰もいい加減にしろ。
頭の中で言葉は渦巻くのに、口には出来なかった。
驚きすぎたのか、体がいうことを聞かない。
ぽかんとしたまま身動ぎ一つしない俺に、古泉は嘲るような表情を浮かべた。
「面白くないんですよ。あなたは僕を見ようとしない。少しだけのぞき見ては、勝手に比較して、落胆して、ひとりで傷ついて。それを見た僕がどう思うかも知らないで。…ああ、それとも計算だったんですか?」
「なっ…!?」
計算も何も、俺はそんなことをしているような意識はなかった。
だからと言って何もかも許されるとは思わないが、そこまで言われる筋合いはないだろう。
――そう言ってやろうとした口を、塞がれた。
触れるだけならまだしも、口の中を犯されるようなキスに、俺は完全に思考を止めた。
自分のおかれている状況が理解出来ない。
どうしてこんなことになっているんだ。
古泉は何がしたいんだ。
驚きの余り抵抗も出来ない俺の口腔を犯して、古泉は唇を解放した。
入り込んでくる空気を求めて喘ぐまで、自分が息苦しく感じていることにさえ気がつかなかった。
「古泉っ…どういうつもりだ……」
「さあ、どういうつもりでしょうね」
ふざけるな、自分がやったことだろ。
「正確には、やっていること、ですね」
行為は終っていないと宣言するように、古泉は俺を床へ押し倒した。
「やめろ! 冗談じゃない!」
「勿論です。冗談なんかじゃありません」
そういうことを言ってるんじゃない。
「うるさいですね。しかも、出てくる言葉は嘘や誤魔化しばかりですか。それならいっそ、喋らないでいてもらいたいですね」
嘘や誤魔化しばかりなのはお前の方だろ、と言いかけて止めた。
嘘や冗談で誤魔化してばかりいたのは、この古泉じゃない。
悲しいくらい笑顔しか見せなかった、あの古泉だ。
「…本当に、気に食わない」
はっきりと苛立ちを見せながら古泉が俺の口へ押し込んだのは俺が持って来ていたタオルだった。
いつのまに取り出したんだと思うより前に、舌根を押されたことによって吐き気がこみ上げてくる。
気持ち悪い。
舌で押し出すことも出来ないくらい強引に深く突っ込まれたそれのせいで息さえ苦しい。
取り出そうとした手を押さえつけられ、両手とも頭の上で束ねられる。
叫ぼうとしても、タオルで塞がれた口から出てくるのは意味のない音だ。
「いい格好ですね」
酷薄な笑みで、古泉が言った。
言いながら俺のネクタイを引き抜き、束ねた手を痛いほどに強く縛る。
「大人しくしていた方がいいですよ。あなたが少々暴れたところで僕はやめませんし、あなたが怪我をしても僕は構いませんから」
そりゃあ構わないだろうよ。
怪我するのは俺であってお前じゃないからな。
言葉にならないものの、タオルの下からそう怒鳴り、唯一自由になる足をばたつかせると、古泉は困ったように笑って見せた。
その表情はやめろ。
あいつと似た顔をするな。
「服を破かれたくはないでしょう? びりびりになった服でお帰りになりたいんでしたら、僕は構いませんけど」
とちらつかせるのは、どこから取り出したのか、普通の細いカッターナイフだった。
それでも十分凶器になり得るだろうし、服なんざ簡単に切り裂けるに違いない。
思わず身を竦ませた俺に、古泉はクックッと年老いた鳥か何かのような笑い声を漏らした。
「そうやってじっとしていてくだされば、乱暴はしませんよ」
この一連の行為のどこが乱暴じゃないんだ。
俺の抗議も空しく、古泉は俺のシャツを肌蹴た。
古泉の大きな手が、俺の腹を撫で、胸に、喉に、触れる。
ぞわりとした嫌悪感に鳥肌が立った。
そんなことには構いもしないで、古泉の指は俺の肌の上を滑り、胸部にふたつしかない突起物の一つに触れた。
男には不要なものなんだったら、さっさと退化してなくなればいいのに、なんでこんなもんが残ってるんだ。
下手に目標物を与えるから、この馬鹿みたいに触ってみる奴が出てくるんだろ。
それを観察するような冷徹な目で見つめながら、古泉が指の腹で捏ねる。
そんなことしたって無駄だからやめて、今すぐ俺を解放しろ。
タオルの下で唸る俺を、古泉は一瞥もしない。
今のところ観察対象はそれだけであるかのように振るまい、それを痛いほどに摘んだ。
「っ…!」
思わず痛みに声を上げかけた俺に、古泉は目を向け、悪辣な笑みを浮かべた。
「痛いのがお好きですか?」
んなわけあるか。
ぶんぶんと首を振って意思表明をする俺に、古泉は声を上げて笑った。
「でも、触ってない方の乳首も勃ち上がってきましたよ?」
それはこの部屋が寒いからだろ。
「まあしかし、ここばかり触ったところで、あなたは楽しくないでしょうね。僕は十分楽しいですが」
変態野郎。
「とりあえず今は、あなたも楽しめるところを触ってあげますよ」
言いながら、古泉の手が俺の腹の上を滑り、ベルトを越え、股間に触れた。
やめろ、ともがく俺に、古泉は笑顔と共にカッターナイフを見せつける。
それだけで動きを封じられる俺も情けないが、そうと分かっていて突きつける古泉もあくどい。
制服の薄いズボン越しに、感触を確かめるようにやわやわと揉み込まれる。
「そんなに怖いですか?」
との古泉の発言は、俺の息子が縮こまっているがためなんだろうが、俺にどう答えろって言うんだ。
タオルがはめ込まれてなかったとしても、答えられるわけがないだろう。
「頷くか首を振るくらいしたっていいんじゃありませんか? ねえ、そんなに僕が怖いですか?」
俺は考え込んだ。
こんなことをされて恐怖を感じないと言えば嘘になる。
だが、古泉が怖いかと言われたら、微妙なのだ。
こんなにされて、まだ、俺はこいつを心底憎めないでいる。
その理由? ……知るもんか。
何かわけがあるんじゃないかとか、俺が何かしたのかとか、こんな状況にもかかわらず考えてしまう。
答えられずにじっと考え込む俺に痺れを切らしたのか、古泉がそこを乱暴に握りこんだ。
痛みが走る。
「あなたに聞いた僕が馬鹿でした。あなたに質問するくらいなら、この体に聞いた方がずっといい」
とんでもないことを言って、古泉はそこを刺激し始めた。
探るような動きじゃない。
そこを煽り、昂ぶらせる動きだ。
やめろ…っ。
声は言葉にならない。
…古泉、助けてくれ…っ。
そう呟いたのも、ただの音にしかならなかったはずだ。
だが、古泉は動きを止め、ゆるゆると俺を見ると、憎らしげな表情で言った。
「あなたはまだ、僕ではないもうひとりの僕を求めるんですね」
うるさいっ、お前なんか、お前なんか古泉じゃない。
あいつなら、こんなことはしない。
俺にとって古泉はあいつだけだ。
喚こうにも言葉にならないそれを、しかし古泉はいくらか理解したらしい。
ぐっと唇を噛んだかと思うと、俺の頬を平手で打った。
「あなたは僕の方を選んだんでしょう。それなのにどうしてまだそんな風に執着を見せるんです」
俺が選んだのはこっちの世界であってお前じゃない。
「そう、選んだのはあなたなんだ。もうひとりの僕がどうだったかは僕には分からないし、知る必要もない。あなたにそれだけ想われていながら、動けなかったような腰抜けとは違うんです」
想われてってなんだ。
勘違いもいい加減にしろ。
俺はお前みたいなホモ野郎とは断じて違う。
もちろん、あの古泉もな。
「ああもう……うるさいですよ」
鬱陶しそうに言って、古泉はカッターの刃を繰り出した。
カチカチと嫌な音が響く。
それだけで動けなくなった俺に、古泉はにたりと笑い掛ける。
「怯えて震えているあなたは可愛いですよ。邪魔なタオルがなかったら、キスしてあげたいくらいです」
そのタオルを突っ込んで放置してるのはどこのどいつだ。
…と、唸ることも出来ない。
古泉は中断していた作業に戻り、ふたたび小さくなってしまっていた俺の股間を刺激し始めた。
恐怖を感じていて、逃げたくて仕方がないと本気で思っているのに、若い男の体というものは外的刺激に弱いらしい。
「ほら、大きくなって来ましたよ」
と古泉に嫌味ったらしく言われるまでもなく、それが分かった。
ズボンがキツイ。
早くこの狭い場所から解放してくれと喘いでいるようだ。
ズボン越しにさえ古泉は的確に俺の弱い所を刺激して、思わず身をよじる俺を嘲笑う。
「湿ってきましたね。帰ってからあなたがこのズボンを自分で慌てて始末するかと思うと、笑いがこみ上げてきますよ」
誰のせいでこうなってると思ってんだろうな、この変態は。
縛られた指はもう感覚がない。
壊死する可能性なんざ1ミリも考えに入れてないんだろうな。
古泉が俺のベルトに手を掛け、引き抜く。
そうして前を寛げるどころか、下着まで脱がされ、俺は古泉の前に無防備な姿をさらす破目になった。
きついズボンから解放されて一瞬ほっとした自分が憎い。
「上はいくらか乱れてはいるものの、一応服を着ているのに、下は裸だなんて、全裸より卑猥ですね。それもこんな風に、」
と古泉は露わになったそれへ爪を立てた。
「っ…」
痛みに顔を歪めた俺に、古泉は見せつけるように笑った。
「ここを勃てて。――嬉しいですか? 性格は違っても、少なくとも外見だけは想い人と同じ人間に触られて」
だからそれがまず勘違いだと言ってるんだ。
俺はあの古泉に友人としてではない好意なんて抱いていなかった。
あくまでも、友人として気に入ってただけだ。
「文句があるみたいですね。でも多分、僕の推測は間違っていませんよ。知り合って精々一月ですけど、その間ずっと、あなたは僕を誘っていた。じっと見つめて、あるいは会話の端々に見せる弱さや何かでね。あれが計算じゃないとしたら、あなたは天性の男好きですね。そんなものに半年以上もさらされて、しかも手を出さなかったとは、もうひとりの僕はよっぽどのヘタレだったようだ」
古泉を貶めるな。
「違うとでも? 自分の感情にさえ気がつかないあなたが、他人の感情をうかがい知れたとは思えませんが」
それとも、と古泉は卑しく唇を歪めた。
その手は相変わらず動き続けている。
俺が思わず呻こうが関係なく。
「もうひとりの僕は、そんなにも涼宮さんが怖かったのでしょうか」
言われて初めて、俺はハルヒのことを思い出した。
そうだ、ここにはハルヒが、それに朝比奈さんと長門も、戻ってくるんだ。
こんなところ、見られたらどうなるんだ。
ハルヒの名前だけでざっと青褪めた俺に、古泉はふふっと楽しげに笑った。
「あなたも涼宮さんが怖いんですね。でも、安心してください。今の涼宮さんはあなたの知る涼宮さんとは違って、少々変わったところがあるものの、妙な能力など持たない、極普通の少女ですよ。そう言われたら、彼女は怒るのでしょうけどね」
そういう問題じゃない。
力があろうがなかろうが、こんなところ、見られたくない。
「……やっぱり、あなたはもうひとりの僕が好きだったんですよ」
わけの分からないことを自信満々に口にするな。
「その証拠に、あなたは涼宮さんや朝比奈さん、長門さんには、前の彼女らと比べて落胆することもなく接しているでしょう?」
それは、ハルヒと朝比奈さんがほとんど変わってないからだ。
長門については、あれが長門の望む長門の姿なんだろうと思ったから、それをそれとして受け入れているだけだ。
お前が違い過ぎるんだよ。
「あなたは僕だけを、異質な物として拒絶した。拒絶される側がどう思うかも知らないでね。だから僕は、」
と古泉は俺の膝を割り開いた。
何をされるか予想のついた俺が必死に閉じようとするのさえ構わず、そこを大きく広げると、自分の体を割り込ませる。
そんなことをしながらも、笑みも、語り口も変わらず落ち着いていた。
「あなたが想っているもうひとりの僕には出来なかった、そして今の僕にしか出来ないことを、やってやろうと思ったんですよ」
そう言って、古泉は俺の漏らした汁でぬるぬるになった指で、俺自身でも触りたくないような場所に触れた。
滑りを利用して、くい、と指を押し入れられる。
「あっ!?」
口にタオルさえ入れられてなかったら、ひっと悲鳴を上げていただろうに、そのせいで更に間の抜けた声が口から漏れた。
自分の中を探るように触れられる奇妙な感覚は、異物感としか言いようがない。
ぬめりのせいか痛みがないことが、俺にとっていいことなのか悪いことなのかも分からない。
そこを広げるようにぐにぐにと指を動かされ、肌が粟立った。
やめてくれ、と哀願することも出来ない状況に、涙が勝手にこぼれ落ちていく。
こいつに涙なんか見せたくないのに。
「泣くほど善くも痛くもないでしょうに、どうして泣くんです?」
心底不思議そうに言いやがった。
こいつに、俺のこの心情を分かれと言っても無駄なんだろうな。
何一つ言えない状況だし、そもそも俺もうまく説明出来ん。
ただひたすら、苦しくて情けなくて悲しかった。
案の定、古泉は理解できなかったらしく、しばらく首を傾げていたが、
「どうせなら、善がりながら啼いてほしいですね」
と助平親父のようなことを言って動きを再開した。
気色悪いだけの行為でどうやって善がれと言うんだ。
というかそもそも俺はケツで善がったりしねぇ。
そりゃあ、俺も若い男だから、経験豊富な美人のお姉さんとよろしくいたせるとなったらうっかり善がるかもしれないが、流石にケツはないだろケツは。
俺のそんな考えを読んだわけではないだろうが、古泉はふっと笑い、
「あなたのその嫌悪感丸出しの顔が快感に歪むのが楽しみですね」
だからそんなことはありえな……いっ!?
「ぅあっ!?」
この状況になって初めて、俺は口に突っ込まれたタオルに感謝した。
これがなかったら、古泉を喜ばせるだけの情けない声を上げていたに違いないからな。
それより問題は、俺にそんな声を上げさせた原因だ。
全身を貫く、電流のようなそれは、認めたくないが間違いなく快感で、それも俺が味わったことのないほど強いものだった。
これ以上声を上げるのが嫌で、俺は含まされたタオルを噛み締めた。
なんだ、これは。
なんでこんな、頭がおかしくなりそうなんだ。
「どうしてここがいいか、分からないって顔してますね。博識なあなたならご存知かと思っていましたが」
笑いを含んだ声で古泉が言った。
「ここには前立腺というものがあるんですよ。ここですね」
「ぅうっ…!」
「ここを刺激されると、男は勃つものなんだそうですよ。たとえ八十過ぎたご老体でもね」
何だその伝聞形は。
聞きかじっただけの知識を人に試しやがったのか、こいつは。
しかもその通りの反応を示してしまう自分に腹が立つ。
誰か俺に銃をくれ。
口に咥えてぶっ放したら、脳髄を壁一面にぶちまけられるようなデカイ口径の奴を頼む。
必死にそんなことを考えるのは、襲い来る快感をやり過ごすためだ。
そうでもないと頭がおかしくなりそうだった。
古泉はそれでもまだ足りないと判断したのだろうか。
二本に増やした指で俺の中を好き勝手に掻き回した挙句、そこに舌を這わせやがった。
ぬとりとした感触は指とは明らかに違った動きをして、俺に堕ちろとそそのかすかのようだった。
堕ちてたまるかと思う。
だが同時に俺は、こいつがいよいよ分からなくなっていた。
こうして俺を貶めるのは、俺が嫌いだからだと思ったのに、だとしたらこんな行為に及ぶのはおかしい。
誰が嫌いな野郎のケツなんか舐めたがるんだよ。
だが、だとしたらなんでこんなことをするんだ。
分からない。
理由を知りたい。
俺が悶々と悩んでいる間に、古泉は準備を終えたと判断したらしい。
自分の興奮に昂ぶったグロテスクな代物を俺に見せつけると、わざわざ宣言しやがった。
「今からこれをあなたの中に入れます。嬉しいでしょう?」
俺は必死に首を振った。
それが聞き届けられるとは思わなかったが、そうせずにはいられなかった。
だって、無理だろ。
あんなもん入るかよ。
絶対裂ける。
不可能だ。
「無理かどうかは、試してみれば分かるでしょう」
うっそりと笑って、古泉はそれを押し当てた。
そこだけ体温が上がっているかのように熱い。
引き裂かれる痛みを想像して、俺は恐怖に身を固くし、目を閉じた。
「……っぁ」
ぐっと押し入ってきたそれは、確かに痛みを感じさせた。
だが、予想していたほどではない。
むしろそれは、痛みを伴ってと表現するべきかもしれないと思うくらいの、快感をもたらした。
「体の力を、もう少し抜いてください…っ、きつ過ぎます」
余裕を失った声で古泉が言うが、俺には自分の体のどこに力が入っていて、どこが力を失っているのかすら分からなかった。
ただ、自分がおかしくなりそうで、怖かった。
俺の状態を見て協力要請を諦めたのか、古泉は俺の体を押さえたまま、浅く抜き差しを繰り返し、徐々に腰を進める。
「ぁ、う、…っ、んん、ぐ…っ」
くぐもった呻き声でしかないものが、嫌に艶を帯びて聞こえた。
これはもう俺の声ではなく、俺の口でもないに違いない。
そしてこの体も、もう俺のものではなくなっているんだろう。
「全部…入りましたね……」
そう言った直後、古泉の表情が驚きに歪んだ。
きつく縛られたままの俺の手が、腕で出来た輪の中に古泉の頭を通すように動き、古泉の首へと回されたからだ。
動かなくなったそれへの不満を示すように、俺の腰が揺れる。
それだけで、目の前が白く明滅した。
古泉の喉仏が上下するのが、やけにゆっくりして見えた。
それが見えなくなったと思うと、耳元で、
「……あなたが好きです」
と声がした。
好きって……お前は好きな相手でもレイプ行為に及べるのかとか、どれだけドSの鬼畜野郎なんだとか、言ってやりたいことは山ほどあった。
だが、縋るような目で見つめられて、
「あなたは……どうです? まだ、分かりませんか?」
と聞かれて、そう言えるだろうか。
俺の口にはまだタオルが突っ込まれたままだし、そうでなくても言えなかっただろう。
好きだと言われて、古泉がこんな行為に走った理由を理解して、ほっとしてしまったのはつまり、……そういうことなんだろう。
だから俺は、小さく頷いた。
次の瞬間、強く抱きしめられた。
「愛してます」
それならこのタオルを除けてくれ、いい加減息苦しいんだ。
そう言ってやろうと唸ると、古泉もそれに気がついたらしく、
「すみません」
とちっとも悪いと思っていない笑顔でいいながら、それをどけた。
新鮮な空気に、胸がすっとする。
「古泉」
「はい?」
にへらっとした締りのない笑顔を浮かべているこいつは、本当にさっきまでの鬼畜変態エロ魔王と同一人物なのかね。
「……多分、俺はもうどこか壊れておかしくなってるんだと思う」
「そうなんですか?」
そうじゃなかったら自分の言動が全くもって理解出来ないからな。
俺の体ももう、俺のものじゃないんだ。
だから、
「くれてやる」
と俺から古泉へキスした。
「ありがたく頂戴します」
嬉しそうに笑った古泉は、拘束されたままの俺の手首を解放しようとしたのだが、俺はそれよりもこの疼きを何とかしてほしかった。
「もういいから、早く、動け…っ」
羞恥に震えながら俺が言うと、古泉はにやっと笑った。
胡散臭いと言うよりもむしろ悪役めいた笑いだ。
「喜んで」
そう言って動き出した古泉はしかし、先ほどまでの無体な仕打ちの数々を詫びるように、ひたすら優しく、労わるような動きを見せた。
さっきまでとの違いは多分、余裕なんだろうな。
古泉にすがりついてAV女優顔負けの恥ずかしい声を上げながら、そう思った。

目の前が真っ白に弾けて、意識が途切れた。
気がつくと、どろどろに汚れていたはずの体もさっぱりと清められたのか、不快感が消えていた。
とりあえず、体の節々の痛みと手首に残ったネクタイの痕、それから腰の鈍痛が残っていなかったら、全部夢かと思うくらいには。
古泉はわざわざ俺を着替えさせてくれたらしい。
俺のものではない、つまりは古泉のものなんだろうTシャツと下着を着せられていた。
「古泉…?」
体を起こし、名前を呼ぶ。
見回した室内に古泉の姿はない。
どっと押し寄せてくる不安に耐えかねて、俺は部屋を飛び出した。
物音がする方へ行くと、古泉が洗濯をしていた。
よかった、と思いながら、
「目が覚めましたか?」
と言ってきた古泉に抱きつく。
「お前まで…っ、いなくなったのかと、思うだろうが…!」
半べそをかきながら言った俺を笑うでなく、優しく俺を抱きしめた。
「僕はいなくなりませんよ。また同じことがあったとしても、あなたはちゃんと僕を選んでくれるでしょう? もうひとりの僕ではなく、今の僕を」
……そのことなんだがな、古泉。
「はい?」
やっぱり俺は、もう一人のお前に恋愛感情なんて抱いていなかったと思うぞ。
「どうでしょうね。あなたはどうやら人の感情にだけでなく、自分の感情にさえ鈍いようですし」
それでも、今ある感情との区別くらいはつく。
俺は、あの古泉に恋愛感情なんて抱いてなかったんだ。
お前に友人としての、仲間としての連帯意識を抱けなかったのと同じようにな。
だから、
「俺が好きになったのは、今のお前だ」
「――困った人ですね」
なんだそのとんちんかんな返答は。
「そんなことを言われて、我慢できると思うんですか? 今日はもう帰れないと思ってください」
お前は何を言い出すんだ何を。
「それに、あなたの制服もタオルも、今洗濯中です。僕の服をお貸ししても構いませんが、そうするに至った経緯を説明するのは難しいのではありませんか?」
ぐっと詰まった俺は、思い浮かんだことを聞いてみた。
「それより、ハルヒたちはどうしたんだ。俺が気絶してる間に来て帰ったのか?」
「もうとっくにお帰りになりましたよ。うちには寄らずにね」
「……はっ?」
「電話が掛かってきたでしょう? あの時、涼宮さんはあなたにもう帰ってもいいと伝えてほしいと仰ったんですよ」
……つまりは何か、お前は平然と嘘を吐いたわけか。
よくそれで俺のことを嘘や誤魔化しばかりだとか何とか言えたもんだな。
「すみません。でも、あの時ああ言ってあなたを引きとめていなかったら今こうしてはいなかったでしょう?」
結果オーライで許されると思うなよ、とりあえず、歯を食いしばれ。
「一発殴られるくらいは覚悟してましたから、どうぞご自由に」
と口を閉じ、目を閉じた古泉を俺はまじまじと見た。
俺はなんでこんな奴に惚れたんだろうな。
それともこれも恋愛感情とは違うんだろうか。
分からない。
だが、それでも、古泉とあんなことをしてしまったことや、こんな関係になってしまったことを悔やむ気持ちが湧いて来ない以上、これが恋愛感情なんだと思うことにしよう。
無理矢理自分の中でかたをつけて、俺は古泉に、触れるだけのキスをした。
そのせいでふたたび床に押し倒されると、少し考えれば分かることを予想だにしないで。