俺と古泉との関係は、公的には同じ学校の同じ学年の生徒で、公的かどうか微妙ではあるが、一応同じ同好会もどきで活動中のメンバーということになるのだろう。 私的に考えるならただの友人――だったはずなのだが、気がつくと恋人同士ということになっている。 古泉に告白されて、俺がそれにうかうかと頷いてしまった結果なのだが、どうして俺はあの時頷いたんだろうな。 古泉は信用できるかと聞かれたら、答えは半分イエスで半分ノーだ。 俺の目が狂ったのでなければという前提がつくものの、古泉自身は十分信用に値すると思う。 だが、古泉のバックボーンについてはなんとも言えない。 こっそり世界を守ってるだけにしては金遣いが派手に見えるし、古泉の転校に関しても、どうもキナ臭い。 だから俺は古泉のせいでハルヒが変な方向へ突っ走らないように見ていようと思っていたはずなんだが、それがどうしてこうなってるんだか。 「何を考えているんですか?」 古泉がさっきまでやっていた詰めチェスの問題集を閉じながら、軽く小首を傾げつつ、そう声を掛けてきた。 もう帰る時間か。 長門が本を閉じたのにも気がつかなかった。 「ぼんやりして、あなたらしくないですよ?」 あなたらしくないも何も、俺は本来そういう奴なんだがな。 誰かさんが引っ張りまわしてくれるおかげで俺までバイタリティの塊か何かのように思われているのはどうしたことだ。 古泉は俺の言葉には何の返事も寄越さず、もったいぶった様子で肩を竦めてみせた。 それがいかにも演技のようで鼻につく。 「考え事の対象が僕なら、僕としても嬉しいんですけどね」 俺の考えを見抜いたように放たれた古泉の言葉に、一瞬息が詰まる。 しかし古泉はあの鼻にかかった笑いを漏らして、 「冗談です」 とお決まりの言葉を口にした。 なんでもそうやって誤魔化すところが、信用ならんと思わせる要因のひとつになっていることに、こいつは気がついているんだろうか。 あるいは、分かっていてやっているんだろうか。 古泉は時々俺に対して、自分や機関を信頼してはならないというような発言をする。 それが自分に出来る精一杯の忠告か何かであるかのように。 信頼してはいけないなら、信頼していいようにしてもらいたいと思うのは俺の我がままなんだろうか。 「それで、本当は何を考えていたんです?」 ずいっと顔を近づけて、古泉が尋ねてくるのに、俺は思わず顔を顰めた。 「離れろ、鬱陶しい」 「つれないですね」 だから囁くな。 気色悪い。 そんな言葉を投げつけても、古泉は笑顔を崩さない。 その顔は、たとえ一生かかっても好きになれんだろうな。 傷ついたことを隠す、いじめられた子供のような顔。 傷つけた俺を責めもしない、しかしだからこそ子供じみた姿。 それが余計に俺の罪悪感を募らせる。 ああ、もしかするとお前の告白を受け入れたのは、お前がそんな顔をしていたからかもしれないな。 断られるのは分かっている。 それでも言いたかったから。 だから、断ってくれと言わんばかりのあの顔。 だからこそ俺は、自分がお前のことをどう思っているかも分からないのに頷いたのかもしれない。 これ以上、お前を傷つけたくなくて。 贖罪の想いにも似た奇妙な感覚。 俺がそんなものを抱いていると知ったら、お前はまたあの顔をするんだろうな。 ――逆に、俺が本当にお前のことを好きだとしたら? そんなことを俺が言っても、この普段は比較的楽天的なくせに変なところでネガティブな野郎は、信じないんだろうか。 それとも狂喜乱舞するんだろうか。 そう思い、俺は考える。 古泉のことを好きなのかどうか。 好きか嫌いかの二択なら、確実に好きなんだろう。 だが、具体的にどこが好きなのか分からない。 逆に、嫌いなところならいくらでも上げられる。 肩を竦めるのも、首を傾げるのも、わざとらしいウィンクも、鼻にかかる笑いも、演技じみた仕草の全てが嫌いだ。 嘘や、誤解を与えるような表現で真実を誤魔化そうとするのも。 多分、俺は作り物めいた「古泉一樹」の姿が嫌いなんだろう。 ……だとすると、なんで俺は古泉の、顔を近づけてきたり、耳元に口を寄せたりと、やたらに接触過剰なところも、好きじゃないんだ? あれは演技じゃないだろう。 推測だが、ほとんど素に近い状態の古泉だと思う。 それなら、嫌いなのはおかしいんじゃないか? 矛盾する。 どんな完璧な論理であっても矛盾をはらまないものはないというような言葉もあるし、そもそも人間の思考なんだから矛盾があって当然なのかもしれないが、なんだか気持ちが悪い。 そんな気持ちの悪さを抱えたまま下校するのも癪だ。 「帰らないんですか?」 すでに立ち上がっていた古泉の言葉に呼応するように俺は立ち上がり、古泉の腕を乱暴に掴んだ。 「帰る」 「珍しいですね。あなたから触れてくるなんて」 気色悪い言い回しをするんじゃない。 着替えをするという朝比奈さんに挨拶をし、古泉と二人歩きだす。 長門はもうとっくに帰っていたらしい。 俺は辺りに人がいないのを確かめて、言った。 「古泉、ちょっと」 「はい?」 「こっち寄れ」 古泉は首を傾げながら俺の方へ、肩が当たるんじゃないかというくらい近づいた。 普段ならやりすぎだと言うところなんだが、今日は試してみたいことがあるから丁度いい。 その距離を保ったまま、俺は古泉の方へ顔を向けた。 古泉もこっちを向いているから、当然、普通の男子高校生ならありえないくらい距離が近い。 「どうかしましたか?」 「ちょっと試してみたいだけだ」 「何をです?」 「ちょっと黙ってろ」 今俺は、古泉を思いきり突き飛ばしてやりたくなっている。 だが理由はなんだ? 自分から近寄れと言ったのに、どうしてそう思うんだ? 俺の方に何か変化は……? 「まだですか?」 微妙に居心地悪そうに古泉が言ったところで俺は飛び退った。 顔が真っ赤になってる気がする。 妙に顔が熱い。 「大丈夫ですか? 顔が赤いですよ?」 心配そうに言っているのは分かるが、古泉の顔を直視することも出来ない。 「なんでもない!」 答える声が上擦ってるのが分かる。 落ち着け、気付かれるな。 「なんでもないなんて様子じゃありません。調子でも悪いんですか?」 調子が悪いと言えばそうだと言えるだろうよ。 なんでこんなことになってるのか、自分でも分からないんだからな。 「病院へお連れしましょうか?」 「いや、いい」 「でも、絶対におかしいですよ。病院へつれて行きます」 そう言って古泉は携帯を取り出す。 「やめろって」 それを手で押さえながら俺は嘆く。 ああもう、なんでこいつはこういう時ばっかりこう強情なんだ。 言うしかないのか? 言うしかないんだろう。 でも、どう言えばいいんだ。 お前に近寄られると動悸息切れが激しくなるから近寄られたくないなんて、そんな、好きだって告白するような真似、俺には出来ん。 俺は、本当のお前が見たいなんて思うくらいお前のことが好きだなんて、そんな恥ずかしいことを言えるような奴じゃないんだよ! |