温いいちゃいちゃです

















逢引



俺は自分より上座に座った上官をじっと見つめた。
その目に熱を込めないようにするまでもなく、俺がどんなに熱っぽく見つめたところで、余人にはそうと知れないのが、こういう時だけはありがたい。
それでも少しは気をつけて、そういう目にならないようにしながら、口を開き、冷たく声を響かせる。
「では、どうあっても殿下をこのまま前線までお連れする、と。しかも、慰問や視察のためでなく、戦うために」
「…それが殿下の希望であり、陛下のご命令も下されましたから」
「ご命令」
嘲笑を含んだ声で呟くと、流石に左右がざわめいたが、黙殺する。
「殿下が陛下にねだった結果でしょう」
「……参謀長、」
「どうしてお止めしなかったんです? それこそ、あなたの役割では? なんのために、殿下の側近としてあちこちついて回ってるんです? 殿下にお追従をするだけがあなたの仕事ですか?」
矢継ぎ早にそう口にすると、流石に上官は不快そうに眉を寄せたが、声の調子までは変えない。
「殿下はあのように意思の堅い方ですから」
「それでも、あなたなら止められたのではありませんか?」
「…あなたこそ」
皮肉っぽく言われ、俺は冷笑した。
そうして、話を本筋に戻す。
「戦果は期待しないでいただきたい、と言いたいところですが、それでは殿下がご不満でしょうね。殿下の安全を確保しつつ、ご満足いただける成果をあげるには、幕僚の方々はもとより、全ての人間に無理をしていただくことになりますよ」
嫌なら今のうちに止めやがれ、と思うが、殿下の行動に口出し出来る人間など元から俺たち二人しかいないのだから誰も何も言わない。
大人しく諦めてくれて、逆恨みしないだけありがたい。
俺はこれで会議は終了だと宣言するようにデータのファイルを閉じ、端末をしまいつつ、
「司令、この後お時間はよろしいでしょうか。いくつか質問とお願いがありまして」
お願い、とあえて柔らかい響きの言葉を選びつつ、硬質に響かせると、周りの人間は俺が無茶な要求をするか、あるいはちくちくと嫌味を言うとでも思ってくれるらしい。
そんな場面に居合わせたくはないと、邪魔する人間がいなくなるのが非常にありがたい。
「……構いません」
「少々長くなると思いますが」
「…ええ」
うんざりだとばかりにため息まじりで頷いた司令が立ち上がり、俺はその後に続いて退室した。
ドアが閉まる間際に、室内から漏れたため息ともなんとも言い難い物音に薄く苦笑しながら、俺はまだ表情を硬くしたまま、司令について歩く。
「僕の部屋でいいですか?」
「どこでも構いません」
「では、僕の部屋で」
頷き返して、その後は互いに無言のまま廊下を歩いた。
俺たちが歩いているという情報でも出回ってるというのか、他の誰とも行き会わないのがおかしい。
ともあれ、首尾よく部屋に滑り込んだ後も、真面目な顔をして話をする。
艦隊の増強規模や補給、全体の予算関係の話を一通りして、それでもやはり誰も寄り付かないのを確認して、俺は上着を椅子に向かって脱ぎ捨てた。
「真面目な話は終了ですか?」
茶化すように聞いてくる古泉の声も柔らかい。
「もう十分だろ。仕事はこれでおしまいだ」
そう言ってゆっくりと歩み寄り、古泉の肩に手をつくと、優しく腰を抱かれ、引き寄せられた。
当然拒むことはなく、抱き寄せられるまま古泉の膝に座れば、じんわりと伝わる体温さえ愛しく思えた。
「つか、ハルヒはどうにかならんのか? いい加減結婚でもして大人しくしてくれりゃいいのに……」
「皇女殿下ともなると、結婚も一つの政略になりますからね…」
「んなもん、あいつ自身が気に入れば問題なしだろ」
吐き捨てるように言えば、古泉は苦笑を深めて、
「下手な人間が近づかないように気をつけていると、殿下のお気に召すタイプはいなくなってしまうんですよね」
「つまりはお前が過保護なせいか」
「申し訳ありません」
と苦笑混じりに謝る古泉に、俺がそれ以上えらそうなことを言えるわけもない。
「…ま、お前の役どころはそれだから仕方ないか。だからこそ、陛下にも気に入られてるんだろ?」
「どうでしょうね」
困ったような顔をしながら、古泉は俺の背中に腕を滑らせ、きつく抱き締める。
「…お疲れさん?」
「……ええ…疲れました」
そう言って頭をすり寄せてくるのがなんだか可愛くて、あれだけ人前で気を張っているこいつが俺にだけはこうして甘えてくれるのが嬉しい。
「疲れたなら、邪魔にならないほうがいいか?」
「……冗談でもそんなことは言わないでください」
拗ねた子供のように呟いて、腕に力を加える。
「せっかくあなたと二人になれたのに……」
「…せめて同じ艦に乗れたらいいのにな」
「それは……」
言葉を濁す古泉に、俺はわざとらしく拗ねた顔を作り、
「なんだよ。お前は俺と一緒の艦で過ごしたいとは思ってくれないのか?」
「そんなことありませんよ」
そう言って、俺の肩に頭を寄せた古泉は、小さく切ない声で、
「…僕だって……あなたと一緒にいたいに決まってます」
「でも出来ないってか?」
「基本的に、そういうものですからね…。僕が殿下の下でひとつの艦を預かり、参謀長であるあなたにもひとつの艦を任せるという決まりです」
「んなもん、変えちまえばいいのに。…一緒の艦の方が何かあって通信が遮断された時に安全だぞ?」
「それも分かりますけど……って、まさかとは思いますけど、実践しないでくださいよ?」
慌ててそうとめる古泉に、
「しねえよばか」
と返しながら、内心で舌を打った。
止められなきゃ、すぐにでもやってやったのに。
「つか、お前、本当のところを話せよ。言い訳なんて聞かされても面白くないぞ」
じとっと睨んでやれば、古泉は困った顔をして小さくため息を吐き、ようやく本音を吐き出した。
「…正直、あなたと一緒の艦に乗るなんて、考えただけで心が弾みますよ。だから、いけないんです。……今のように別の艦でないと、自制出来なくなってしまいますから」
そんな風に言われて悪い気はしない。
「本当にお前は、俺のことが好き過ぎるよな」
「ええ、何よりも愛してますから」
恥ずかしげもなく言って、古泉は俺に口付ける。
「ん……もっと…」
囁いて、自ら唇を開き、舌を伸ばして求めれば、古泉も嬉しそうに応じてくれる。
甘い唾液を舐め取って、くちゅりという音さえも楽しんで、戯れる。
その合間に、古泉は弁明でもするように囁く。
「あなたとのことを公けにしない理由も同じです。…人に知られでもしたら、僕は……我慢出来なくなってしまう…」
「我慢…ねえ……」
そんなもんしなくても、と思う俺は単純なんだろうか。
「あなただって、困ると思いますよ」
自嘲するように古泉は唇を歪め、
「…仕事で、あるいは友人だからとあなたに近づく人間にすら、嫉妬しかねませんから。それこそ、殿下にだって」
「はあ?」
ハルヒに嫉妬ってなんだそりゃ。
驚く俺に、古泉は偽悪的な笑みを見せ、
「してしまうと思いますよ? 今だって、殿下には知られている分、危ないんですからね」
「つってもな…」
俺とあいつのどこに嫉妬する要素があるんだ。
「しますよ。……殿下のことを名前で呼んだり出来るのはあなただけですし、殿下だって、あなたに心を許してますから」
「後者はお前にも長門にも朝比奈さんにもそうだろ」
言いながら、古泉の耳元をくすぐり、鼻の頭を擦り合わせる。
「前者については、なんとなく古泉って呼ぶのが定着してただけなんだが、名前で呼んでほしいのか?」
「……どうでしょう」
と古泉は煮え切らない返事を寄越した。
「あなたに名前で呼んでいただきたいような、でも、そうされるのが恐ろしいような気がしますね」
「ふぅん…」
そう言われるとやってやりたくなる程度には俺も意地が悪いらしい。
それとも、余裕があるってことだろうか。
古泉の首に腕を絡めて、体をぴたりとくっつけて、
「……一樹」
と小さく囁いた。
その途端、びくんと体を震わせた古泉は顔を真っ赤に染めて俺を見つめてた。
「…なんだよその反応」
思わず声すら笑いを含んだ。
こんなのは珍しいことなんだが、それほどまでに古泉の反応が面白かったんだと分かってもらいたい。
「しょ、しょうがないでしょう? こんな、いきなり……」
「これくらいするって予想出来そうなもんだけどな」
「予想した以上の威力でしたよ」
「みたいだな?」
そう言って腰を揺らせば、体の下で熱が震えた。
「ちょ…っ……」
「人払いしたのはこのため、だろ? …焦らさないで早く……な…?」
低く囁けば、古泉は余計に顔を赤くして、
「…あなたには絶対に勝てません」
と今更なことを呟いた。
その腕が伸びてくる前に、自分で邪魔な服を脱ぎ捨て、素肌をあらわにする。
「綺麗なもんだろ? 痕も何も残ってなくて。……それだけ長い間、俺を放っておいたんだから、ちゃんと愛してくれるべきだよな?」
「…あなたのそういうところも、好きですよ」
困ったように笑って、そのくせ、目の中には動物みたいなぎらついた光を灯して、古泉は俺の肩に口付ける。
ちゅっと音を立てて吸われると、赤い印が久々に宿る。
「ん…っ……ぁ…一樹…じれったい……から…早く……」
「痕をつけてほしいんじゃなかったんですか?」
「それ以上に欲しいんだって…分かれよ……」
恨みがましく見つめれば、古泉は柔らかく微笑する。
「僕も相当だと思ってましたけど、あなたも随分と余裕がないみたいですね?」
「余裕なんて、あるわけないだろ…。……お前と離れてて、これでも結構寂しい思いをしてるんだからな」
休暇のたびに会いに来てはいても、人目を忍んでこっそりとだし、休暇が重なるとも限らないのであれば、忙しいスケジュールの隙間にちょっと会うくらいのことしか出来なかったりする。
「今日はこのまま泊まっていっていいんだろ?」
「ええ、ゆっくりしていってください」
「ん……、でも、今はとにかく……な?」
忍び笑いを漏らした古泉が、期待に打ち震える俺の胸の突起に手を伸ばした時だった。
けたたましく端末が音を立てやがったのは。
「んなぁ!?」
思わず竦みあがった俺に、古泉も慌てて端末へと手を伸ばす。
「電源切っとけよ、ばか!」
完全に不貞腐れて罵るものの、古泉も困った顔で、
「電源を切るわけにもいかないでしょう? でも、通常の通信は切ってありましたよ。これは緊急用です」
「緊急だと?」
戦時下じゃあるまいし、そんなもん必要ないだろ。
なのに何を生真面目に、と呆れていると、じっと端末の文字を見つめていた古泉が深いため息を吐いた。
「……まさか」
「まさかと言えるほど予想外でもないのが辛いところですね」
と古泉は苦く笑い、
「殿下があなたをお呼びですよ」
「……絶対嫌がらせだろ、それ」
「どうでしょうねえ…」
否定しないということは肯定に決まってる。
「全く、あのお姫様と来たら……」
嘆息しながらもおれは古泉の膝から下りようとはせず、
「…俺は疲れて寝てるとか言ってもだめか?」
「だめだということくらい分かってるでしょう? メールで呼び出しだっただけでも気を遣ってくださってますよ。もっとも、このまま無視するのであれば、次には音声通話が、最終的にはご自身で乗り込んで来られるでしょうね」
「流石に衝撃的なシーンを見せるわけにもいかんだろうから、行くしかないか」
毒づき、嘆きつつもようやく古泉の膝から下り、服を身に付ける。
「くそ、ハルヒのやつ……」
「殿下もあなたに会いたがっていたのをうっかり失念していました」
苦笑している古泉だが、残念には思ってくれているらしい。
俺は唇にちょんと触れるだけのキスをして、
「今度はもっと急げよ?」
と笑ってやった。