朝、まだ時刻が二桁にならない内に彼が僕の部屋にやってきたと思ったら、物凄く不機嫌な顔をしていた。 悔しがっているような、悲しんでいるような、嫉妬しているような、苦しんでいるような、そのどれも違うような複雑な顔だ。 「どうしたんですか?」 朝食を終えたところだった僕はそう尋ねながら彼をソファに誘導し、淹れたばかりのコーヒーを差し出した。 彼はそれを、 「…熱い」 と文句を言いながらも一口飲み、そっと息を吐いた。 「どうしたんです?」 もう一度尋ねる僕に、彼はきゅっと眉を寄せ、不満を表した。 聞かない方がいいのだろうか、と迷っていると、 「……今日はな、イベントなんだ」 「…ああ」 と僕が納得したのは、イベントがあるということを知っていたからじゃない。 イベントがあるからこそ、彼の機嫌が悪くなる、ということを理解していたから、ああと呟けただけだ。 「東京ですか? それとも大阪?」 「大阪なら今頃俺は電車の中だ!」 ですよね。 「東京なんだ…。しかも、俺の今ハマってるジャンルのプチオンリーがあって……」 彼が言う言葉の意味はあまり理解出来ないのだけれど、彼がとても残念がっていることはよく分かったので、隣りに座った彼の頭を軽く撫でてみる。 いつもだったらそうはならないだろうに、今日はやはり寂しいか何かしら後ろ向きの思考に囚われているのか、僕にもたれかかってくる。 「…悔しくなったから、本からもパソコンからも離れてやろうと思ってこっちに来た。ツイッターも今日は終日離脱だ。明日までログインするもんか」 拗ねた調子で言う彼は本当に可愛くて、僕はそっと彼の肩を抱き、 「それで、僕のところへ?」 「ああ。…他のことを考えないようにするためには、お前といるのが一番だろ?」 その言葉に何かしらの含みを感じ、 「え」 と戸惑いの声を上げた時には、彼は僕の肩を押しており、あっという間に僕はソファに転がされ、腹の上に彼が跨った状態に持ち込まれていた。 こうされるのも初めてではないけれど、相変わらずの早業だ。 少し呆れながら、 「そういうことをしに来たんですか」 「嫌か?」 「嫌なわけありませんよ」 くすくす笑いながら僕は彼を抱き寄せる。 彼はほっとしたように僕を見つめて、自ら唇を寄せてきた。 「ん……」 気持ちよさそうな声を上げながら薄く唇を開き、舌を伸ばしてくる。 「…ぁ……ふ…っ、ん…」 かすかに上がる声も艶めいていて堪らない。 舌を絡めて、彼の口内を荒し、唾液の一滴も残さず舐め尽くすような気持ちで彼の唇を吸う。 歯の裏や上あごを舌先でくすぐられるのが弱いらしく、そうすると彼の腰が揺れ、体が震える。 「ふっ……ん、はぁ……」 息苦しくなってきて、ようやく唇を離すと、透明な糸が二つの唇の間を繋いでいた。 彼の口の端から垂れる唾液の糸をちゅっと吸うと、彼はもどかしいとばかりに体を揺すり、 「もっと、気持ちよくして?」 なんて上目遣いにねだってくる。 「…そういうのも、本から仕入れてくるんですか?」 半分呆れながら、残り半分では暴走しそうな熱に自ら冷水を浴びせるためにそう呟くと、彼はニヤリと笑って、 「本とかサイトとかだな」 「全く……」 「しょうがないだろ。他に参考になるものがないんだから。それに、結構いいぞ?」 「何がです」 「BL。あれこれ変化に飛んだプレイや責めがなかなか参考になる」 例えば、と言いながら彼は僕の胸に手を滑らせ、的確に乳首を探し当てたかと思うと、 「ここの責め方だけでも色々あったりするな。つまんだり、押したり、つぶしたり、引っ張ったり、撫でたり、なぞったり、息を吹きかけたり、舐めたり、吸ったり、噛んだり、引っ掻いたり、弾いたり、クリップで挟んだり、ローター当てて震動を与えたり」 「……よく、すぐにそれだけ出てきますね」 「読んでるからな」 恥かしがるどころかむしろ得意げに言った彼は、 「今度貸してやろうか。責め方がねちっこい書き方する人の作品とか」 「ねちっこいのがお好きですか?」 「んー……」 と彼はちょっと考えて、 「ねちっこいとか丁寧なのだと、読んでてぞくぞくしてくるのがいいな。ものによっては、読んでると熱くなるぞ」 と悪戯っぽく微笑んで言う。 「ただ、自分がされるのなら、気分によるな。ねちっこくしてほしい時もあるし、焦らすのはいいから早く、みたいなのも」 「はあ…」 「読むのが好きだからって、されるのまで好きとは限らないだろ。SM雑誌を読むからって、実際されたいとかしたいとまで思う人間が全部とは限らない。エロいものを読んでるからってそいつが淫奔な性質だとも限らない。それに、更に細かな手順の好みなんかだと、日によって、気分によって違うと思わないか?」 「そうですね」 「たとえば俺は、読むのなら鬼畜物なんか結構好きだが、だからと言って鬼畜に責められたいとは思わん。痛そうだし苦しそうだし辛そうだからな。かといって、鬼畜になれるとも思えん。俺は好きな奴に酷いことをする奴の気持ちは到底理解出来ん」 「それは僕もですよ」 好きな人は大事にしたい。 したい、なんて思わなくてもそうしてしまうだろう。 「でもそういうのを読んで楽しい時もあるし、読みたくないって時もある。ほのぼのしたのじゃ歯痒いって時もあれば、精神的な繋がり、みたいな話が堪らないって時もな。でも、自分でじゃ、そんなきれいなもんじゃ足りないと思うんだ」 扇情的に微笑んでそんなことを言った彼は、悪戯でもするように僕の頬に口付ける。 「あと、手順の話でいうと、着衣とかな。読むなら着衣のまま、脱ぐ暇も惜しくて、みたいなやつとか堪らんのだが、実際するなら服を着たままじゃもどかしいだろ? かといって、割とありがちな、素肌を重ね合わせたいからなんていう多分に乙女チックな理由でもない。いや、それも読むなら大好物なんだが」 「では、なんででしょうか?」 面白がって尋ねると、彼は当然のような顔をして、 「服を着たままじゃ動き辛いし、汚れるとかしわになるとか考えると集中出来んだろうが。それに汗をかいた時に気持ち悪い」 「それはありますね」 と言いつつ、僕はつい夢中になって服を脱ぎ忘れたりするタチなんだけれど。 「まあそれは、実際ヤってる最中は、お前が服を着てても脱いでても気にならなくなるからいい。それくらいお前が俺に夢中ってのも悪くないしな」 なんて意地悪く笑っておいて、彼はまだ熱弁をふるう。 「が、コスプレで全部脱いじまうのはいただけないな。脱いでもロールプレイ的なものを持続出来るならまだいいんだが、そうじゃないなら特に。脱ぐと共にいつものように戻って、そっちの方がいい、なんて感じになるならそれはそれで少しは許せるんだが。コスプレは着てるからこそだろ。よって、コスプレなら着衣プレイを推奨する」 などと並べ立て、あれこれ語る彼は本当に楽しそうで、見ているこちらまで楽しくなってくる。 彼の発言の内容が具体的に想像出来なくても。 「コスプレ、したいですか?」 「だから、読むのが好きだからってしたいとは限らんという話をしてるんだろうが。俺は嫌だぞ。コスプレなんて実際にしたら痛くてお寒いもの、絶対にしない!」 と言い張られた。 「残念です。…少し見てみたかったんですけどね」 僕がそう言うと、彼は難しく眉を寄せて、 「お前が言うならやってやらなくもないが、その場合、お前がドンビキするほどなりきってやるぞ?」 「それは楽しそうですね」 軽く笑った僕に、彼はにっと唇を歪め、 「じゃあ、今度衣装を検討しておけよ。キャラクター物を選ぶ場合には、参考資料として元になった作品を用意しろ」 なんて言った。 分かりましたよ、と頷いて、話はこれで終わりかと思ったら、 「…まあ、こういうのはBLそのものにも言えるんだが」 と彼は苦笑した。 それ、というのは読むのが好きだからそうされるのが好きとは限らない、ということだろう。 「BLが好きでも実際に目の前にするとホモフォビアになっちまう人もいるだろうし、二次元だからいいんだって人もいるだろ。腐男子が皆ホモだなんてのは勿論嘘だし、都市伝説だ。大抵はむしろいわゆる草食男子とかじゃないのか? BLなんてファンタジーだって分かってるから読めるんじゃないかと思うぞ。実際自分が、ってなったら尻まくって、と言うか、尻を隠して逃げるに決まってる。そうじゃないなら、ホモだけどBLを読めるってこととかな」 「…あなたはどちらだったんです?」 前々から疑問に思っていたことを、僕はようやく口にした。 彼がBLが好きで、腐男子である、というのは付き合いはじめて早々に明かされた話で知ってはいる。 でも、そうなったきっかけや、僕と付き合い始める前からそういうのが好きだったのか、ということについては知らないままだ。 どうしても知りたいわけではないけれど、少しばかり気になる、と思い続けていた。 問われた彼はあっさりと、 「俺は、ホモだけど読めるって口だろうな」 と答えた。 「そうなんですか?」 「お前を好きである以上、ホモってことだろ。俺は、たまたま好きになったのが男だっただけだ、なんて使い古されて手垢にまみれた言い訳なんて使わんぞ」 そう彼は言ったけれど、それが使い古された言い訳なのかどうかは僕にはよく分からなかった。 「そういう言い訳が定番なんですか?」 「……ちょっと古いかもな。最近のを読んでると、なんか男を好きになるっていう葛藤やなんかが抜け落ちてるんじゃないかみたいなのが多いからあれだが」 「随分昔から、お好きだったんですね」 と言ってみた僕に、彼は首を傾げ、 「そんなことないぞ。それこそ、お前と付き合い始める何ヶ月か前にハマったくらいだからな」 「ええ?」 そんなに浅かったのか、と驚く僕に、彼は感慨深く、 「懐かしいなー…」 なんて呟いている。 その声の調子も、目の細め方も、なんだかとても愛しげで、 「……本当にお好きなんですね」 と言った僕に、彼はなんだか不思議な顔をした。 くしゃりと顔を歪めて、でも、泣きそうにも見えないし、傷ついたようにも見えない。 ただ、なんだか咎められているような感じがした。 「当然だろ」 と彼は言った。 「BLがなかったら、俺はお前と付き合ってもないし、こうやってお前の上に乗っかったりもしてない」 とまで。 「え…?」 驚く僕に、彼は少し考え、 「あのな、」 と話し始めた。 「読んでないお前にはよく分からんだろうが、BLってのは最近の呼称なんだ。昔はやおいだとかJUNEだとか耽美だとか色々あったんだと。で、そういうのは案外しっかりしてるというか、割とリアルだったりするんだよ。男を好きになったと思ってもそれを認めるまで恐ろしく悩んだり、あるいは認められないまま友情として誤魔化したり。ようやく認めて、なんとか告白したと思っても相手に逃げられたりとか、そういう過去があって告白出来ないままになるとかいうパターンもあるし、付き合いはじめても周りの圧迫に負けたりして別れるなんてのもある。お互いに傷つけあうようなのも。だが、」 と彼は力を込め、 「BLってのは明るいんだ」 「……はあ」 「さっきも言ったが、同性を好きになったということに対する葛藤が少ない。実際に皆リベラルというか、そういうものに対する偏見や抵抗が薄くなっているのか、それとも創作物なんだからと割り切ってるのかは知らないが、好きになったんだからしょうがないみたいな開き直りめいたものさえある。その上で、告白すれば大抵うまく行って、相手も自分が気になってたとか、あるいはガチホモだったなんて展開になったりする。エロだって、リアリティからは割と遠くて、そんな風にするのは無理だろって笑いたくなったりもするが、それだって読むだけなら悪くない。何より、BLってのは同性愛に関して肯定的なんだ。やおいだとかなんとか言ってた頃のだと、割と否定的というか、主人公やなんかが自らそれを否定することが多いし、周囲からの圧迫やなんかの構図だって、同性を愛するってのはこれだけ大変なんだという脅迫にすら見えるくらいだ。そういうのが、BLには少ない。あっても、あっさりしすぎじゃないかってくらいあっさりしてる。…それだけ、夢見がちってことかも知れないけどな」 でも、と彼は小さく笑って、 「そういう作品がいっぱいあったから、俺は救われた」 「…そこまで、ですか?」 驚けば、彼は大真面目に頷き、 「明るく肯定されて、同性相手でも異性相手でも、恋愛をするのはそれなりに大変だし、告白するのは勇気がいるし、振られりゃつらいってのは同じだって言われたら、勇気だって出るだろ。少なくとも、男を好きになっちまったのが悪い、なんて思ったりはしないですんだな。と言うか俺は、BLを読まなかったら、自分がお前を好きだなんてことも気付かなかったと思うぞ。それくらい、同性愛ってのは遠くて、よく分からないものだったからな。恋愛そのものだって、よく分かってなかった。が、色々読んでると、俺はお前のことが好きなんじゃないかと思えてきて、そう思うと、どうしようもなくなったから、自覚出来た。告白する勇気ももらえた。後、そういうのを読みまくった後でお前の言動とか考えると、フラグが立ってるとしか思えなかったし」 「え」 「お前も俺を好きなんじゃないか、なんて楽天的に思えたってことだ」 にこっと彼は笑い、 「実際どうだったんだ?」 なんて悪戯っぽく聞いてくる。 「どうって……」 「俺がお前を好きだって言った時、結構迷った挙句に、『今からあなたをそういう対象として考えてみます』って言ったのは本音だったのか?」 「……本音ですよ」 と僕は苦笑した。 「でも、もしかするとあの時既にあなたを好きだったのかも知れません。ただ、自覚していなかったというだけで」 「じゃあ今は?」 なんて聞いてくる彼の目は細められている。 「言わなくても分かるでしょう?」 そう返しながら、僕は彼を抱き締めた。 「愛してますよ」 「ん」 「あなたが告白してくださるきっかけになったんだとしたなら、BLにも感謝しなくてはいけませんね」 「全くだな」 そう笑っておいて、彼はぽつりと、 「…困ったな」 と呟いた。 「どうしました?」 「いや、」 と彼は苦笑して、 「たまにあるんだ。こう、エロにいこうとしてたはずだってのに、話してるうちに別の方向でいい雰囲気になっちまって、エロにいかない、いけない、みたいなのがな。それはそれでいいし、そういうパターンで好きな話も多いんだが、今そうなっちまうのは惜しいな、と」 「……杞憂ですね」 我ながら人の悪い笑みを浮かべて、僕は彼の腰を引き寄せ、自分の昂ぶりを押し当てる。 薄い部屋着越しのそれは彼にもちゃんと伝わっただろう。 彼の頬にさっと朱が差し、 「あ……」 と嬉しそうな声が漏れる。 「今日は他のことを考えられなくなるほどしたいんでしたよね」 言いながら体を反転させ、彼と上下を入れ替えると、彼はどこかうっとりとした瞳で、 「…ん、してくれ」 とねだった。 「喜んで」 囁きながら彼に口付けて、シャツのボタンに手を掛ける。 Tシャツのようにすっぽり被るタイプではなく、ボタンのついたものを選んだのは、前を開けばいいからなんだろう。 そういうことをしたくてうちにやってくる時、彼は大抵こういう服を選ぶ。 脱がせやすい服、あるいは、脱がなくても邪魔にならない服だ。 「今日はどうします? 着たまましますか?」 シャツをすっかり開き、露わになった胸を撫でながらそう尋ねると、彼は体をひくつかせながら、 「ど、っちでも、いい…っ……」 と艶かしい声で告げた。 「余裕がないんですか?」 くすくす笑いながらそう言う僕に、彼は可愛らしく頷いた。 「んっ…ない、から、早く、いっぱいして…」 ねだる台詞も愛しくて、僕は彼の首筋にちゅっと吸い付いた。 痕は残らない程度に加減して、でも、彼の肌を味わいたくて。 「は…っ、あ、ん……」 「乳首も、いっぱいしましょうね。さっきあれだけ並べてくださったんですから、参考にしないと」 意地悪く囁けば、彼は僕を熱っぽく見つめる。 睨んでるつもりかもしれないけれど、誘っているようにしか見えない。 「どうされるのが好きか、教えてくださいね」 と言いながら、彼の小さな乳首をぺろりと舐めた。 「っ……」 かすかな声を立てて、彼がぴくりと体を揺らす。 濡れたそれが艶かしく光るのを見つめながら、そっと息を吹き掛けると、 「ひゃっ…」 と彼が甘い声を上げる。 「これだけで感じちゃうんですか?」 「う、あ、だって、ひやっとして……」 「ひやりとするのがいいなら、氷でも取ってきましょうか」 なんていじめると、彼は泣きそうな顔をして、そのくせ嫌がるのは、 「や、だ…っ、余計なのはいいから、早く…」 ということなのだ。 氷でされるということよりも、ここで中断して離れられるのが嫌だなんて、本当に可愛い。 僕はにやにやしながら、彼のそれに吸いつき、ちゅっと吸う。 ここなら少しくらい吸い上げすぎて後になっても、人に見られたりすることはないだろうと、きつく。 そうすると、先程よりもよほど鋭く、 「ひあぁっ…!」 と声を上げ、びくんと体を跳ねさせる彼を押さえつけるようにして、そこを舐め、軽く歯を立てる。 そこはすっかり硬くて、歯を立てるとカリッと音がしそうなほどになっている。 真っ赤に染まったそれを可哀相なほど弄んでおいて、反対側に移ると、 「あ……やだ…もっと……」 なんて泣きそうな声でねだられる。 そういうのも本や何かで覚えたのかなんて思うけれど、どちらかというとこれは素でやってくれてるんだろう。 そもそも、彼は乳首が随分弱くなっていて、しばらくいじっているとそれだけで堪らないらしい。 自分でする時もいじってるんじゃないかと疑いたくなるほど感じやすいので、そこをしばらく責められると、理性がほとんど働かなくなるのだ。 「こっちも、でしょう?」 「両方…!」 と赤い顔でねだる彼のリクエストに応えて、僕は彼の乳首を舐め、吸い上げながら、先ほどまでそうしていた方を指でいじめる。 ぐりぐりと押し潰し、胸の薄い肉の間に埋めるようにしたまま、円を描くように回してやると、 「んぁっ…! あっ、ぁん……」 と甘え声が彼の口から漏れてくる。 つまんで、引っ張って、くすぐって、弾いて、引っ掻いて、と彼が先ほど挙げたようなことをあれこれしておいて、そればかりじゃ面白くないなと思った僕は、少し考えてから、そこに爪を立てた。 「ひあっ!?」 予想してなかったんだろうか、彼は驚いたような声を上げた。 でもそれは痛みを感じているにしてはあまりに甘い声だ。 だから、と僕は遠慮なく爪を立て、ぐりぐりとそこをいじめる。 「ひっ…あ……うぅ…やぁっ……」 びくびくと体を震わせる彼は、苦しそうにシーツを掴み、脚を突っ張らせたりもじもじさせたりしている。 早くもっと別の場所を、とねだりたいようにも見えるのにそうしないのは、僕から見ても分かるほどにためらうのは、やっぱりここを責められるのが好きだからのようだ。 ねだられるまでここばかりしていようか、なんて意地の悪いことを考えていたのだけれど、それを見抜いたのか、彼は恨みがましく、というにはあまりにも艶っぽく僕を見つめてくる。 僕はそっと彼の唇にキスをして、 「下も脱ぎます?」 と問いかけた。 「ん、脱がせて…っ……」 嬌声めいた高い声でそうねだる彼は震えが来るほど蠱惑的で、そのくせ可愛らしい。 僕は生唾を飲み込みながら、彼のズボンのボタンを外して寛げ、そのままずるりと脚から引き抜いた。 露わになったのは、染みの出来た下着だ。 「そ、れも…脱がせろよ……!」 そう言って彼が身をよじるのは、恥かしいからじゃないだろう。 もどかしくて、早く脱がせてほしくて焦れているのだ。 「まだこのまま…」 と僕は指を滑らせ、柔らかな布越しに膨らみをなぞる。 「やっ……」 腰を揺らされても、誘い、ねだっているようにしか見えない。 彼の脚を開かせ、その間に陣取って、僕は彼の秘部をまじまじと見つめる。 見つめながら、視線にあわせて指で辿る。 硬い膨らみも、二つの丸みも、その下の更に敏感な部分も、慎ましやかな窄まりも、下着越しにだって分かってしまう。 それくらい、彼に触れているし、彼の体も反応してくれている。 今だってこうして僕が意地の悪いことをするのを許してくれる彼が愛しくて、いつものように感じることではあるのだけれど、やっぱり僕は彼が好きだと思った。 つつ、と滑らせた指を、会陰のあたりから窄まりまでの辺りでくるくると動かすと、 「やだ…っ、も、どかし…ぃ……」 と泣きそうな声で訴えられる。 「もどかしいのも好きでしょう?」 と意地悪を言いながら、でも、それだって嘘やただのあおり文句のつもりではない。 もどかしいと言いながら、彼の膨らみは更に硬さを増し、四肢もひくついているのだから、これだけでも随分感じているのだろう。 じわじわと染みが大きくなってくるのを見つめながら、僕はようやく下着のゴムに指をかけ、ゆっくりと引き抜いた。 そうすると、勢いよく飛び出してくる彼のものも、糸を引く下着のいやらしい眺めもじっくり見て取れる。 「や……あ……」 恥かしそうに言いながら、彼はもはや最高潮に興奮していて、顔どころか全身が赤く染まって見えるほどだ。 その中でも一番興奮しているものに手を触れさせると、 「あっ、う……、ほどほどに、しろよ…? じゃないと、出ちまう……」 「ええ…。ただ、この滑りを使って……ね?」 言いながら僕は彼のしとどに溢れる先走りをすくい取り、早く早くとひくつき、早く開きたいとばかりに震える蕾に塗りたくる。 濡れ光るそれは本当に艶かしくて堪らない。 軽くつつくだけで、吸い付くような感触を返すそこへと、つぷりと指を押し入れる。 少しは抵抗があるのだけれど、そこはすっかりその味を覚えてしまっているようで、すぐに指を飲み込んでしまった。 彼の中はとても熱く、柔らかい。 滑らかな感触がしっかり味わえるので、僕は指で触れるのも好きで、これがただの準備作業だとは思えないのだけれど、ここをいじり始める頃には彼はもうすっかり我慢の限界のようで、 「早く…っ、ぅ……指、じゃ、足りないから……」 なんて煽ってくる。 「仕方ありませんね」 今度は乳首はほどほどにして、こちらをねちっこくいじることにしよう、と心のメモ帳に書きとめながら、僕は彼の中を大胆な動きでほぐし始める。 「はっ…あん…っ、ん、うぅ……気持ちいい…」 うわ言のように呟いて、彼はシーツを握り締める。 「…早く……、お前のこと、抱き締めたい…」 と言われたのが、一番キたのはおかしいだろうか。 「僕もです」 こんなに近くにいて、肌が触れ合っているのに、ただ近くにいるだけでは、触れているだけでは足りないほどに彼が愛しいし、彼がほしい。 すぐにも達してしまいそうだから、とあえて彼の弱い場所は狙わず、一番きつい場所をほぐす作業に集中する。 指を増やして、開いて、抜き差しを繰り返して、その度に上がる彼の嬌声に、止めようもないほど興奮させられるのを感じながら。 随分急いだと思ったのに、それでもようやくという気持ちで、僕は彼の中から指を引き抜いた。 「入れます、よ…。生ですけど……構いませんよね」 取りに行く間も惜しいのは彼も一緒だろうと思ってそう問えば、当然のように頷かれた。 「生、で、して…っ、生がいい…!」 喘ぎ喘ぎ訴える彼に頷き返し、僕はいささか乱暴に彼の中に押し入った。 「ふあぁ……!」 痛みにかそれとも圧迫感にか、彼が声を上げ、苦痛に顔を歪める。 その腕は宙をさまよい、ようやくと言うように僕の背中にしがみついてくる。 痛いほどに抱き締められるのが嬉しくて、僕はもっと彼とくっつきたくて、一度少し腰を引いてから、ぐいっと最奥まで貫いた。 「いっ……!」 と彼が啼いたのは、痛んだからだろうか。 「すみません、大丈夫ですか?」 問いかけると、彼ははぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、 「いい…、平気だから……、動いて…」 と言う。 その艶かしい声にぞくりとした。 彼がそこまで僕を求めてくれるということに歓喜し、少し後ろめたいけれども、征服欲めいたものも感じた。 僕は彼をきつく抱いたまま、ゆっくりと腰を使った。 浅く、深く、突き上げるたびに彼は甘い声を上げる。 ぎゅうとしがみつき、絡み付いてくる彼に、 「どう、しましょうか」 と尋ねる。 「ひぁっ、な、にが……っ、あぁっ…」 「中に、出します? それとも…」 「外…っ!」 と彼は即答した。 「俺に、いっぱい、ふあぁっ、かけ、て…ぇ…!」 そんな風に言われて我慢していられるような余裕なんてまるでなかった。 僕は彼の中から引き抜くと、それを彼の今にも弾けそうな昂ぶりに擦りつけた。 「ぃあ…っ、あん、ひあぁ……!」 「くっ……う……」 ふたつの体の間で押し潰され、擦られたそれがほとんど同時に弾け、彼は腹の上どころか胸まで白濁で汚した。 それでも、出した分だけ少しは頭が冷静になる。 まだ整わない呼吸をなんとか落ち着けようと意識したのに、彼は混ざり合ったものを指で更にかき混ぜるようにして、汚れた指を唇に持って行き、 「…今日は、いっぱいしたい、な……」 なんて言葉をとろりとした目で呟いた。 ぴちゃりと音を立て、指を舐める。 その舌の動きさえ見せ付けて。 「……ああもう、」 僕は再び自分が硬さを取り戻すのを感じながら彼に伸し掛かる。 「明日腰が立たなくても知りませんからね」 「それはこっちの台詞だ」 悪戯に微笑む彼も愛しくて、僕たちはどろどろに溶け合うような一日を過ごすことになったのだった。 |