夕陽の赤と鴉の黒と



真っ赤な夕陽に照らされた赤い赤い街並は、百人いたらおそらく八十人ちょっとには不吉と思われそうな眺めだった。
残る二十人弱はどう思うか。
んなもん、俺の知ったことではないが、俺にしてみればなかなかいい眺めのように思えた。
いつもと違って新鮮と言うか、何かを思い出すような。
「赤いな」
思わず呟くと、隣りを歩いていた男は律儀にも相槌を寄越す。
「本当に」
そこから会話に発展するのかと思いきや、特にそういうわけでもない。
そしてこのちょっとした沈黙ってやつが、俺も、それから多分こいつも、嫌いではないのだ。
ぼんやりと街を眺めつつ坂を下る。
その足元も、赤く染まっていて、少しばかり不思議な気分だ。
顔を上げれば、真っ赤に染め抜かれた空に一点、黒い影が見えた。
通り過ぎていく鳥の影。
あれは、カラスだろうか。
それを目で追いながら、俺はまたぽつりと呟いた。
「…お前みたいだな」
「は?」
不思議そうな顔をして、古泉はこちらを見た。
「…赤い色からの連想ですか?」
と問われ、
「……いや、なんとなくだ」
それに、俺が見てたのはあのカラスだしな。
「ああ…」
俺の指先を追って、古泉は目を向けた。
もう遠くへ消えかけているそれを見つめながら、
「カラスという鳥は死肉をあさるという印象からか、古くから死の象徴とされてきましたね。あの黒い体も理由の一端なのでしょうが、カラスを見るだけで嫌な顔をされる人も多いと思いませんか」
「そうだな」
「魔女と言えばクロネコに並んでカラスとセットにされることも多いですし、ドクロとカラスと言う取り合わせは確かにしっくりくるように思います。少なくとも、果物の山と一緒に並ぶよりは、積み重なる死体の山に群がる方がお似合いでしょう。彼らだって死肉をあさるものばかりではないはずなんですけどね。現代日本で死肉ばかりあさって暮らすというのは難しいでしょうから」
と古泉は苦笑し、
「身近に存在する鳥という意味では、鳩も同じだと思いますが、彼らに対して人はそんなに強いイメージを持ちはしないでしょう? 平和の象徴、というのは欧米の考え方だからか、日本ではあまり定着していませんし、鳩の害に悩まされている人でもなければ、鳩を見て顔をしかめるということもないでしょう。スズメやツバメといった鳥でもご同様。季節感を感じる人はあっても、そこから何か別のものを想起するということは稀です。そうして考えてみると、カラスという鳥はある意味で特別なんでしょうね」
「かもな」
「僕も、カラスはどこか不吉で、死のモチーフとしての印象が強いように思いますね」
その言い方に、引っかかるものを感じた俺は、古泉のどこか自嘲めいた色の滲む明るい茶色の瞳を見つめながら、
「博識なお前に浅知恵をひけらかすのはあれだが、まあ聞け」
「拝聴いたしましょう」
薄く笑った唇を憎らしく思いながら、俺は口を開いた。
「カラスってのが太陽を表すシンボルなのは分かるよな? ヤマトタケルだか神武天皇だかを案内したのは三本脚のカラスらしいし、今だって、熊野大社なんかじゃ、カラスは神の使いだ。烏文字なんて文字もあるくらいらしい」
「熊野牛王符ですね」
「そう言うんだったか? …じゃあ、なんでカラスが太陽を表すかって説は?」
「確か、太陽の表面に現れる黒点がカラスに見えたからだとする説がありましたね。古代の人々に、黒点の観測が行えたのか、疑問ではありますが」
そうだったな。
それなら、俺がなんとなく思ったこともおかしくない。
「どういう意味でしょうか?」
「真っ赤な太陽の前を横切るカラスを見てお前みたいだと思ったってことは、そっちのイメージであって、死だ何だとは無関係ってことだろ。それに、お前はどっちかっつうとそんな気味の悪いもんじゃなくて、憎たらしいくらい明るい太陽のが似合うだろ」
「…ええと、褒められてるんでしょうか?」
「さあな。……とにかく、」
俺は少しずつ色合いを変えつつある空を見上げながら告げた。
「俺は好きだぞ」
「……え…?」
古泉の驚いたような声を聞きながら、
「カラス」
と不要にも思える一言で、念を押してやる。
「……ああ…」
何だその落胆した声は。
「いえ、なんでもありませんから、気にしないでください」
「……そうかい。まあお前の言動がおかしいのは今に始まったことじゃないしな」
俺はそう言いながら、赤い夕陽に感謝しつつ、火照る顔を扇いだ。