※「アニマ・マスター」というフリーゲームをパロった作品です

































悩める少年とアニマ



アニマ、と呼ばれる一種の精霊について、僕はあまりいいイメージを抱いていない。
人間よりも賢く、力のあるものだとありがたがる人間もいるようだけれど、僕にしてみればただの貴族の慰み者だ。
育てようによってどのような姿にも育つその特性から、アニマは大抵美しい少女の姿に育てられ、そしてうちのような貴族に高値で売り渡される。
人身売買じゃないか、と言いたいところだけれど、アニマは人間じゃない。
だから構わない、という理屈も気に食わない。
でも一番気に入らないのは、かつてあったという力を失ったからと言って、人間に媚びるように望むような姿に育ち、売り渡され、どんな目に遭わされても反抗しないアニマだ。
勿論、アニマは本当に高価なものだから、それを痛めつけるような酷い扱いをする人間はそういはしないし、アニマを所有しているというだけでもある種のステイタスになるため、着飾らせて大事にするということも多いらしい。
それでも、そんな風に生きた人形か何かのように扱われて、文句も言わないし逃げ出しもしないなんてどういうつもりなんだろうか。
そんな態度が腹立たしい、と思うのは、僕もそうだからなのかもしれない。
別に僕は飼われてるわけじゃない。
一応ちゃんとした家の嫡男として将来も安定している。
でも僕には、そんな場所で安閑としている自分も、なすがままになっているアニマたちとそう変わらないように思えて仕方ないのだ。
親の言う通りに勉強して、優等生の顔をして、従うだけの人形みたいだ。
そんな僕に、うちの父親は何を思ったのか、誕生日プレゼントとしてアニマを買い与えてくれるそうだ。
……正直要らないと言いたかったのだが、
「一樹もいい年だからな」
とにやにや嫌な笑いと共に言ってくれた父親に反抗心を露わにするより早く、
「喜んでもらえるといいのですけど」
とにこにこ笑顔で言うお義母様にぐっと言葉を詰まらせた。
父の後妻とはいえ、小さいうちに実の母を亡くした僕にとっては、この人が間違いなく母親だし、恩義と遠慮と家族愛とでこの人には一生勝てないという予感が溢れている。
そして実際勝てないままなんだろう。
嘆息しながら、僕は着替えをしようと自室に向かった。
暇だから、と書庫で本を読むのはいいけれど、埃っぽくなるのが問題だ。
それなら外に出てもいいのかもしれないけれど、正直面倒だ。
外に出ると父親の関係で知らない人に声を掛けられたりするし、そうでなくてもどうやら僕の外見と言うのは妙齢の女性の目を引くものらしく、ちらちらとよく分からない視線を向けられるのも鬱陶しい。
外に出ることを推奨されているわけでもないのだから、屋敷の中で大人しくしていた方がいいだろうと、いささか引きこもり気味の昨今である。
友人もいないわけじゃない。
ただ、気が合うと言うのとは少し違うというだけで、当たり障りのない関係でしかない。
同じ貴族、と言っても僕はどこか規格から外れがちなタイプのようで、あまり馬が合う人間もいない。
それくらいなら屋敷や父の下で働いている人間の方が気が合うくらいだ。
自室のドアを開ける、というところで、その中でも仲良くしているメイド頭の森さんに声を掛けられた。
「一樹様、お部屋にプレゼントが届いてましたよ」
「プレゼント?」
「ええ。先々週がお誕生日だったでしょう?」
「…二週間も遅れて届くなんて、なかなか気の利いたプレゼントですね」
「またそんな意地悪を仰って」
たしなめるように言って、森さんはくすりと笑った。
「でも、あのプレゼントなら一樹様も気に入るかもしれませんよ?」
と言い残して、さっさと行ってしまった。
一体なんだって言うんだろうか。
首を捻りながら僕はドアを開け、僕は彼に出会った。
とても短い焦げ茶色の髪が夕陽に煌めき、顔は逆光でよく見えなかったけれど、すらりとした肢体がとても綺麗に見えた。
「…あの……どちらさまです…?」
ここは僕の部屋なんですが、と小さく呟いたのは、柄にもなく緊張していたせいだ。
顔なんてろくに見えないのに、どうしてだろう。
僕には彼がとても綺麗に見えた。
「ここがお前の部屋?」
僕よりもいくらか低く響く声が心地好い。
「ああ、じゃあ……」
そう言いながら彼は多分笑ったのだと思う。
「今日からよろしくお願いします、ご主人様」
その言葉に僕はぎょっとした。
「ご主人様…ですって?」
「はい、俺…じゃない、わた、わたくし、は、ご主人様のアニマです。名前はキョン。どうぞよろしくお願いします」
ぎこちない敬語を使う彼に、僕は思わず眉を寄せてしまった。
なれない敬語を使おうとする彼にも、彼がアニマだということにも。
「僕のアニマ?」
「はい。ええと……ちょっとした手違いがありまして、見ての通り男性型のアニマに育っちまったんですが、一応ご主人様に会ってもらえ、と言われました」
「…慣れないなら、敬語はいりませんよ」
先に断っておこうと思い、そう告げた僕に、彼は一瞬きょとんとした顔をして見せた後、小さく微笑んだ。
「ありがとな。正直、ちゃんと敬語使うのって苦手なんだ。…で、どうする? 返品するか?」
「…したら、あなたはどうなるんです?」
僕が尋ねると、彼は困ったような顔をして、
「そうだな…。俺もよくは知らないんだが、多分、ギルドに預けられて新しい買い手が出るのを待つことになるんじゃないか? 俺みたいなタイプは珍しいから、希望者が殺到したらオークションになるかもなんて言ってたな」
「オークションだなんて……そんな…」
うろたえる僕に、彼は困惑を帯びた笑みを浮かべたまま、
「ああ、まあやっぱりいい気はしないよな。俺もだ。だから、出来ればお前がこのまま引き取ってくれると助かるんだが…だめか?」
「え……」
「お前の判断次第だ」
そんなことを言うのは狡い。
「ああ、狡いな。だが、俺としてもオークションに掛けられたりするのは嬉しくないんでな」
「…いいでしょう。あなたのそのはっきりしたところが気に入りました」
にやりと笑って見せた僕に、彼も似たような笑みを返し、
「それじゃ、よろしくな、ご主人様」
「ご主人様なんて……一樹とでも呼んでくださったら結構ですよ」
「しかし…俺が敬語もなしなのにそれ以上ってのは……」
「構いませんよ。うちは元々、使用人とも仲良く親しくさせていただく家なので。同年代なら特に、畏まったりしませんよ」
「同年代って……俺はまだ生まれて一ヶ月くらいだぞ」
と言う彼に、僕は少し目を見開いた。
でも彼は悪びれもせず、かと言ってひねた様子もなく、
「俺はアニマだからな。自我が目覚める前にどれだけの間を過ごしてたかは知らんが、俺はマスターに育てられ始めてから時間が動き出したって気がするんでな。だから、生まれて一ヶ月くらいと同じだ」
「…だったら尚更ですね」
僕は笑って手を伸ばし、彼の髪を少し撫でて見た。
思ったより柔らかくて手触りのいい髪だと思いながら、
「生まれて間もない子供なら、変に気を使わなくていいですよ。どうぞ楽にしてください」
「……ん、ありがとな」
そう言って、彼は嬉しそうに僕を見つめ、
「お前、優しいんだな」
そんなことを言われるとは思っていなかった僕はぽかんとした間抜け面をさらしてしまったのだけれど、彼は面白そうに、
「なあ、俺は何をしたらいいんだ? お前の世話係みたいなことすればいいのか? それとも、他にしたらいいことがあるのか?」
「好きにして構いませんよ。…あなたは使用人とは違います。そうですね……僕の友人にでもなっていただけたら」
「…じゃあ、よろしくな、一樹」
こうして彼は僕の隣りの部屋を自室として与えられ、友人と言うよりむしろ家族同然に暮らすようになった。
彼は意外と活発で、お行儀がいいとは言いかねるけれど、元気のよさや人当たりの良さであっという間に我が家に溶け込んだ。
僕の弟も彼によく懐いて、キョンくんキョンくんと呼んではよく遊んでもらっているようだ。
僕も、彼によく構ってもらう。
なんというか、彼は本当に絶妙の呼吸を心得ているのだ。
こちらが勉強などに集中している時には姿も見せないのに、休憩しようかなと思うと現れて、
「休憩か? だったらついでに街にでも出ようぜ」
と声を掛けてきたりする。
行き先も、こちらの気分を読んだように、僕が行きたくないようなところは決して提示しない。
出かけたくないような時には、
「そろそろ休憩だろ。お茶持ってきたぞ」
とティーセットを手に顔を出す。
「あなたは魔法使いか何かのようですね。どうして分かるんです?」
感心して呟いた僕に、彼は困ったようにちょっと首を傾げた。
「俺からすると、なんでお前らは分かんないんだって思うがな。どうしたいかなんてことは無理でも、何が嫌かってことくらい、分かっていいと思うんだが……」
「そうですか?」
「ああ。見てりゃ分かるだろ」
なんでもないことのように彼は言ったけれど、もしかするとそれもまた彼がアニマであるが故の特性なのかもしれない。
しかし彼は僕が見たことのあるアニマたちとはどこか違っていた。
性別によるものかそれとも彼の性格によるものかは分からないけれど、僕の見た、美しく着飾らされたアニマたちがどこか幻想的で夢のような儚げな生き物だったのに、彼は本当に人間らしくて、しっかりしている。
それに、彼は僕に逆らわない人形なんかではない。
文句があれば言うし、僕をたしなめもする。
でもそれも、僕が本当に苛立つほどしつこくはないのだ。
今日は僕を街に誘ってくれた彼だったが、
「なあ、お前は街の外に出たりしないのか?」
と聞いてきた。
「外…ですか?」
「ああ。せっかく気持ちいい森があるのに」
「…あなたは森に行ったことが?」
「何度かマスターに連れてってもらった」
「マスター」と呟く時の彼の笑みは、いつも以上に優しくなる。
それに訳の分からない胸のざわめきを感じながら、僕は黙り込む。
「森はいいぞ。静かで…でも、完全に沈黙してるわけじゃない。いろんなことを語りかけてくれる。お前も、森は嫌いじゃないと思うぞ」
愛しげに呟く彼が、なんだか消えてしまいそうに思えた。
それが怖い、と、どうして僕は思ったんだろう。
「行きたくありません」
森になんか行きません、と重ねて言うと、彼は驚いたような顔をしたけれど、すぐに苦笑でそれを覆い、
「…そっか。残念だな」
「あなたも、」
「ん?」
「…行かないでください」
「……行くって…」
「森に、です」
はっきり告げた僕を、彼は観察するように見つめたが、ややあって小さく笑ったかと思うと、ぽふんと僕の頭を軽く撫でた。
「分かった。お前がそう言うならいかない」
「……すみません」
「別にいいさ。俺の方こそ、嫌なこと言っちまって悪かったな」
そう言ってくれる彼の方こそ、僕なんかよりよっぽど大人だと思った。
「よし、じゃあ森がダメなら今度馬で農地の方まで行ってみようぜ」
ぱっと話を切り替えて、気まずさを払うなんてところも、子供っぽい僕とは違う、と思いながら、
「馬で…ですか? あなた、乗馬なんて出来ましたっけ?」
「多分大丈夫だと思うが……出来ないようならお前が教えてくれるだろ」
「…いいですよ。ただし、僕は厳しいですからね?」
「知ってる」
そう朗らかに笑う笑顔が好きだと思うのは今更だ。
でも、僕は気がついてしまった。
その笑顔が、僕だけに向けられるならいいのにと理不尽にも思ってしまっていることに。
おかしい、と警鐘が鳴る。
だって僕は、所有物としてアニマが扱われ、アニマがそれに甘んじていることが嫌だったはずだ。
それに憤慨してすらいたはずなのに、そんな風に思うのはおかしなことだ。
どうしてこうなってしまったんだろう。
分からない、と混乱しながらも、僕は彼を手放せない。
彼といればいるほど、もっと近くにと思ってしまう。
それこそ、弟と遊んでいるだけでも変に落ち着かなくなってしまった。
彼がやってきて数ヶ月が過ぎた頃には、僕はたとえ勉強中でも彼を傍らに置いて、離せなくなっていた。
「…すみません。退屈でしょう?」
形ばかりの詫びの言葉を口にしても、彼は文句を言わない。
「構わんさ。お前が側に居てほしいなら、俺はそれを優先させるだけだ」
その言葉が嬉しいはずなのに、同時に苛立ちも募る。
「…それは、僕があなたの主人だからですか?」
「……そうかもな」
彼にしては切れの悪い返事だと思いながら、僕は更に募る苛立ちを抑えきれないまま、
「主人には絶対服従するんですか?」
「…絶対じゃない」
「そうですか? でも、似たようなものじゃありませんか。あなたが僕に逆らったことなんてまるでないのに」
「逆らう必要がないからそうしてるだけだ。…なあ、一樹、」
そう言った彼が立ち上がり、僕が読み進められないまま一応視線を投げかけていた本を取り上げ、僕の額にそのひんやりとした手で触れてきた。
「お前、最近疲れてるんじゃないか? なんかおかしいぞ」
「……そうですね、おかしいんだと思います」
僕はそう答えながら手を伸ばし、彼を抱き締めた。
「一樹?」
「多分僕は病気なんですよ」
「病気って……大変じゃないか!」
慌てる彼を強めに抱き締めて、僕は囁く。
「あなたが側にいないと苦しくてたまらなくなるんです。あなたがいないと…何も、手につかなくて……」
「一樹……お前…それ……」
「おかしい、ですよね」
自嘲する僕に、彼はそっと首を振ってくれる。
「正直に言っていいんですよ。…こんな……」
「正直に言ってる。…俺はお前に嘘を言ったり、無理して本音を隠したりなんかしたことはないぞ」
そう言って、彼は僕の頭を撫でてくれた。
「…僕は……ずっと、アニマが所有物として扱われることが嫌だったんです。なのに…どうしてこんなことになってしまったんでしょう…。あなたを離したくないとか…あなたを自由にしたくない、なんて……こんな……」
「……なあ、一樹、お前って……」
不安がっていたはずの彼が、何故だか不意に呆れた声を出した。
僕は何か変なことでも言ってしまったんだろうか。
「…変なの。お前の方が長く生きてるはずなのに、お前の方がなんにも知らないんだな」
そう言って悪戯っぽく笑った笑顔に見惚れる僕へ、彼は少し考えてから囁いた。
「お前は俺のことを物としてなんか扱ってない。だから、そんな風に思ってくれるんだろ」
「…そう……なんでしょうか」
「ああ。…ただ、それが本当はなんなのかってことは俺に教わってもしょうがないだろうから、自分で気付けよ?」
「教えてくれないんですか…?」
「教えられなくても分かるものだから、そんな必要はないんだ。…ただ……そうだな、俺はお前がそれを理解してくれるのを待ってるから、な」
これはヒントだ、と囁いた彼の唇が僕の頬に触れ、僕は驚く以上に胸を震わせた。
その理由を、僕はまだ知らない。