聖さんへの誕生日プレゼントでした
聖さんのサイト「午前二時」の「2LDK」シリーズの二人として書かせてもらいました
ちゃんとそうなってるかは謎ですが!!!(おま













ミスチーフ



ずっと好きだったその人との同居が同棲になり、年単位で時間が過ぎた。
四六時中一緒にいられるわけではないけれど、時間と空間を共有できることは多いし、お互いに行動パターンめいたものが分かってきてもいる。
たとえば彼は、少し亭主関白めいたところがあって、言葉よりも態度で示してくれる。
その分、感情が昂ぶった時に見せる涙や紅潮した頬の色はどれも美しいと言っていいくらい綺麗だし、ストレートにその思いを教えてくれる。
僕自身も含めて、いくらか言葉が足りなくて行き違いが生じてしまうこともあるけれど、なんとかやってこれたのは彼のおかげだと思う。
だから、彼がどこか余所余所しくなり、家を開けがちになっても、最初のうちは安閑としていられた。
でもそれが日を重ね、いつの間にか一月を越えるほどになると、自信はぐらつくようになってしまった。
不安なんだから聞けばいいのに、僕はどうしてもそれが出来ない。
「今日もちょっと遅くなるから、先寝てろ」
と言って僕の返事も聞かず、出てってしまう彼に、その理由を聞くことも出来ず、
「いってらっしゃいませ」
と送り出すしか出来ない。
そもそも、どうして僕より時間に余裕があるはずの彼の方がこんなに忙しくしているんだろうか。
不安は少しずつ凝り、澱のように沈殿する。
もしもを考え出すと終りがなく、気持ちが沈む先には底も見えない。
ぱたんと閉まったドアの音を聞かないようにしながら、僕はそろりと呟いた。
「…もう……だめなんでしょうか…」
彼が家を出てどこで何をしているのか、調べようと思えば出来ないこともないと思う。
自分で後をつけてみてもいいし、誰かに頼んでもいい。
でも、したくなかった。
そうして、何か自分にとって不都合な事実を知るのが怖かった。
知らなければ、気付かなければ、今のままの幸せが続くと思った。
今が本当に幸せなのかなんて、よく分からなかったけれど。
家に帰るのが楽しみだったはずなのに、彼がいないかと思うと帰りたくなくて、急ぎでもない作業を進めるため大学に残ったり、人の手伝いまで買って出たりして、ずるずると長居してしまう。
まるで下校拒否の小学生みたいだとうそぶいたけれど、事実なので笑えもしない。
作り笑いもちゃんと出来ているとは思えなかった。
冷たいとさえ評される無表情になってしまっているのだろう。
それでも、流石に泊り込む訳にもいかず、重たい足を引き摺って家に帰ると、玄関のドアを開けた途端、ふわんと何かいい匂いがした。
人工的な香水のそれではないし、そもそも花とかそういうものの匂いじゃない。
あたたかな食事の匂い。
肉の焼ける香ばしい匂いや香辛料の香り、それからスープの匂い。
時刻はもう夜中に近くて、彼が起きているはずなんてないのに、どうしてだろう。
戸惑いながら靴を蹴りだすように脱ぎ捨て、がたがたと壁にぶつかりながらキッチンに飛び込むと、
「お帰り」
とエプロンを身につけた彼が迎えてくれた。
優しい笑みが、今日も泣きそうに綺麗だった。
テーブルの上には、うちでは見たことがないほど綺麗にテーブルセッティングがされ、花まで飾られている。
小型のスピーカーからは軽快だけど騒々しくない音楽もかすかに流れていて、部屋の中までなんだか明るく見えた。
「…今日は別になんでもない日でしょうに、一体何事ですか……?」
呆然とする僕に、彼は眉を寄せて、
「お帰り、と俺は言ったんだが」
と低く唸る。
「え、あ、すみません。……ただいま帰りました。遅くなってすみません」
「別に構わん。むしろ丁度いいくらいだ」
見れば、二口あるコンロはどちらも塞がっているばかりか、電子レンジ兼用のオーブン――買った時には張り切り過ぎだと怒られた代物だ――も動いているらしい。
「本当に、一体なんなんです?」
戸惑う僕に、彼は柔らかな声で、
「お前の誕生日……の前祝い、だな」
と言った。
唇には皮肉な笑み。
瞳は悪戯っぽい光を宿している。
「え……」
「本当は誕生日にちゃんと祝ってやろうと思ってたんだが、どうやらそれまでお前の方が持ちそうになかったから、諦めたんだろ。当日には期待するなよ」
「…あの……もしかして…」
「このところ忙しくしてたのはそのためだったんですか、なんて、馬鹿馬鹿しいからわざわざ聞くなよ」
先回りして僕の問いかけを封じた彼は、心底呆れた様子で笑った。
「一緒に暮らして長いくせに、いつまで経ってもお前はそうなんだな。こんなの、ベタ過ぎて分かりやすかっただろうに。俺としては、お前に見透かされて、からかわれる可能性まで考慮したうえで、開き直って決行したってのに、お前と来たら全然気付きやしないばかりか、ひとりで勝手に落ち込んでくんだからな」
「それはすみませんでした」
事情が分かって、どうしようもなく顔が緩んでくる。
胸の中がぽかぽかと暖かい。
少しずつ余裕も戻ってきて、だから、僕はこう囁いた。
「プレゼントにいただきたいものがあるのですが、いただいても構いませんか?」
「プレゼントくらい当日まで待て。…というかだな、俺としては今日の飯こそプレゼントのつもりなんだが? お前に下手に物をやると、それ以上の出費をされるのが目に見えてるからと思って、わざわざこうしたんだぞ」
と不満げに唸る彼を抱き締める。
「プレゼントは、これで十分なんですよ」
暖かくて、彼の匂いがして、柔らかくて。
僕にとっての幸せとは、彼そのものなんだと噛み締めるように思った。
「……馬鹿野郎。こんなもん、とっくの昔にお前にやっちまってるだろうが」
呆れたように言うくせに、その声はとても優しい。
僕はもう、自分の気持ちを表す言葉さえ見つけられる気がしなくて、黙ったまま彼を抱き締め続けた。