鎖の繋がる先



喩えるなら、俺の首に首輪がはまっていて、頑丈な鎖が重く垂れ下がっているようなものなのだ。
大型犬にはめるようながっちりした首輪はおかしくなるほどの執着の証。
それなのに、鎖の向かう先はどこだか知れやしない。
遠く遠く、どこかにかすんで見えるだけ。
時折それはひっぱられ、酷く俺を苦しめる。
喉を絞められるような、体を引き摺られるような、そんな強さはあるのに、それでも鎖を持っている主の姿は見えない。
つながれている俺はと言うと、そうして束縛されて嬉しいのか、自由を奪われて嫌なのか、顔が見えないのが気に食わないだけなのか、そんなことさえよく分かっていない。
鎖の先に誰がいてほしいのかということさえ、自分じゃ分からん。
…分からない、ということにしている。
それに気付いたらもっとこの首輪が締まって苦しくなるのが分かっているせいだ。
このところ、どうもそんな奇妙な感じがするのだ。

不思議探索があるのはいい。
それで、どうして古泉と二人になっちまったんだろう。
珍しくハルヒが俺と古泉に先にクジを引かせたかと思うと、俺たちがとっとと印つきを引き当て、当然のように組まされたが、ありゃ何か陰謀の臭いがしないか?
またあいつが長門や朝比奈さんを巻き込んで悪巧みをしてないかと思うと心配にもなってくる。
そう、小さくため息を吐いたら、隣りを歩いていたむかつくほどのイケメンが、
「せっかくの休日にご一緒させていただくのが、女性陣の誰でもなく、僕ですみません」
とわざわざ謝りやがったが、
「そんなもん、お互い様だろうが。お前だって、ハルヒとか朝比奈さんとか長門の方がよかったんじゃないか?」
「いえ、僕は別に……」
「優等生ぶりやがって」
毒づくように吐き出して、俺は古泉を見上げる。
「どこ行く?」
「僕はどこでも構いませんよ。あなたはどうです?」
「俺も特に……ああ、そういや、のりがそろそろなくなりそうだったな」
「のり……ですか?」
きょとんとした顔をする古泉に、俺はそっとため息を吐く。
ちょっとばかり肩の力が抜けてきているのはいいことだと思うが、理解力まで低下させることないだろうに。
「文房具ののりだぞ。お前だって、ノート作るのに使うだろうが」
「ああ、なるほど、そういうことですか」
と愛想笑いを作った古泉は、
「僕もそろそろノートがなくなりそうなので、丁度いいですから買いに行きますか」
「だな」
そうして歩いて行きながらも、どこかぎこちなさが残る。
お互いに何か一線引いているような、そんな妙な感覚だ。
古泉が悪いんじゃない。
悪いのはおそらく俺の方だ。
しかし、たとえば谷口や国木田と二人にされてもこんな感覚は覚えないだろうし、それが長門や朝比奈さんやハルヒや、その他の女子になっても同様だろう。
俺が分かるのは、こんな風になるのはこいつだけだということだけであり、それ以上の理由は追及したくない。
するだけ無駄だ。
だから、なんでもないような顔をして、他愛のない話をするだけだ。
クラスでどうしてるかだとか、機関はどうだとかそんな余計な話はしない。
ただ古泉のするどうでもいいような薀蓄話を聞き流す。
ぎこちないはずだってのに、そうして古泉の話し声を聞いているのはどこか心地好くて、なんだか胸苦しくなってくる。
そろりとため息を吐いたところで、
「すみません」
と謝られた。
「何がだ?」
「退屈させてしまったようですから」
申し訳なさそうに言った古泉に、俺は首を振る。
「いや、別にそういうのじゃないから気にするな」
「でも、」
「いいから」
そう言って俺は手を伸ばし、何気ない風を装って古泉の頭を撫でる。
柔らかい髪からはふわりといい匂いがした。
「変なことを気にするんじゃない」
子供に言い聞かせるようにそう言ってやると、古泉は小さく微笑んだ。
それはおそらく作り笑いなんかではなく、自然なものだったんだろう。
どこか幼く、控え目で、少しだけ苦い。
チョコレートみたいだ、と呟きそうになって慌てて止めた。
なんだその発想。
恥かしいなんてもんじゃないだろう。
おかしな邪念を振り捨てたくて、少し足を速めた。


喩えるなら、僕の首に首輪がはまっていて、頑丈な鎖が重く垂れ下がっているようなものなのだ。
大型犬にはめるようながっちりした首輪はおかしくなるほどの執着の証。
それなのに、鎖の向かう先はどこだか知れやしない。
遠く遠く、どこかにかすんで見えるだけ。
時折それはひっぱられ、酷く僕を苦しめる。
喉を絞められるような、体を引き摺られるような、そんな強さはあるのに、それでも鎖を持っている主の姿は見えない。
つながれている僕はと言うと、そうして執着を向けられるのが喜ばしいのか、我が身の自由を奪われることを嫌悪しているのか、相手の顔が見えないのが恐ろしいだけなのか、それさえよく分かっていない。
鎖の先に誰がいてほしいのかということさえ、自分では分からない。
…分からない、ということにしている。
本当はきっともう分かっている。
分かっていて、知らないふりをするしかない、弱い僕。
鎖は少しずつ引き摺られ、引き付けられて行く。
でもきっと、この鎖の先には僕の望む人はいない。
だから余計に苦しくて、首輪が締まるような思いがする。
このところの僕は、そんな奇妙な感じに囚われているのだ。

不思議探索と呼ばれるその恒例行事を、僕はむしろ楽しく喜ばしいものと認識している。
こうして何かやっている間は、涼宮さんが現実とは言い切れないあの空間を発生させることもそうないし、彼女の機嫌も良好に保たれる。
何より、休日にも同じSOS団の仲間と顔をあわせられるのが、僕は嬉しいのだと思う。
それに今日は、誰のいかなる計らいか、彼と二人で組んで街を歩けることになった。
それが余計に嬉しいのは、僕が彼を何か特別に思っているとかそういう理由ではなくて、単純に他の誰と組むよりも気楽でいられるからだ、ということにしておきたい。
だから僕はこの組み合わせであったことを喜んですらいるのだけれど、彼の方はそうではないだろうと思い、
「せっかくの休日にご一緒させていただくのが、女性陣の誰でもなく、僕ですみません」
と謝罪しておいた。
口には出さなかったけれど、喜んでいてすみません、という意味も含ませて。
すると彼はいつものように苦い顔をして、
「そんなもん、お互い様だろうが。お前だって、ハルヒとか朝比奈さんとか長門の方がよかったんじゃないか?」
と吐き捨てるように言う。
「いえ、僕は別に……」
僕はそう正直に答えたのだけれど、
「優等生ぶりやがって」
と毒づかれ、睨み上げられた。
しかし、次の瞬間にはその目にあった険しさはなくなり、柔らかさが差す。
そうして薄く開かれた唇から出てきたのは、
「どこ行く?」
という言葉で、それも柔らかく響いた。
僕はそっと笑みを形作りながら、
「僕はどこでも構いませんよ。あなたはどうです?」
逆に問い返す。
「俺も特に……ああ、そういや、のりがそろそろなくなりそうだったな」
「のり……ですか?」
どののりだろう。
普通に考えたら文房具のそれだろうけれど、家事に協力的な彼なら、食材のそれにも用がありそうだ、なんて考えていたら、
「文房具ののりだぞ。お前だって、ノート作るのに使うだろうが」
と呆れた声で言われてしまった。
「ああ、なるほど、そういうことですか」
きちんと察せなかったのを誤魔化すように笑って、
「僕もそろそろノートがなくなりそうなので、丁度いいですから買いに行きますか」
「だな」
そうして歩いて行きながら、どこかぎこちなさが残る。
お互いに何か一線引いているような、そんな妙な感覚だ。
彼が悪いんじゃない。
悪いのはおそらく僕の方なのだ。
僕が、彼を意識しすぎているのがいけない。
でも、勝手にそうしてしまうものを制することも出来ない。
息苦しさを吐き出すように、僕はどうでもいい話をする。
本当に他愛もない、薀蓄とも言えないような話だ。
彼は聞いているのかいないのか、時折相槌めいた頷きを見せるだけで、特に言葉をはさむ様子もない。
それでもいい、と僕は口を動かし続けていたのだけれど、軽く俯いた彼が不意にため息を漏らしてうろたえた。
酷く悩ましいそれが、どのような意味を持つものなのか、僕には分からない。
でも、なんだか酷く申し訳ない気がして、
「すみません」
と謝ったのだけれど、彼は驚いたような顔をして、
「何がだ?」
「退屈させてしまったようですから」
彼は慌てて首を振り、
「いや、別にそういうのじゃないから気にするな」
「でも、」
「いいから」
そう言った彼が何気なく僕の頭を撫でてくれる。
その優しさにさえ、申し訳なく思う。
ごめんなさい、と胸の中で呟いた。
「変なことを気にするんじゃない」
頷く代わりに僕は笑う。
彼の優しさが嬉しくて、くすぐったくて、幸せで。
彼は恥かしくなったのか足を速め、僕を置いていこうとする。
そんな風に、苦くて、そのくせ柔らかく、時に甘い人。
「…あなたって、なんだかチョコレートみたいですね」
と呟いたら、彼は驚いたように振り向いてから、
「ばか言うな」
と僕を軽く睨んだけれど、怒っている様子はなかった。


喩えるなら馬鹿な犬と猫としか言いようがないわね。
どっちもお揃いの首輪に鎖をつけてるくせに、お互い相手が見えてないみたいで、鎖の先を不安げに見つめてる。
そのくせ気紛れに鎖を引っ張って、お互い苦しくなってみたりする。
傍目には、その首輪がお揃いだってことも、鎖が互いの首輪に繋がってることも分かるのに、当人たちには分からないなんて、ほんっと馬鹿だわ。
だからあたしは、試しに鎖を手にとって、ぐいっと引っ張ってみる。
引っ張られた分だけ互いが近づいて、そうすればどうなってるかが見えるはずなのに、首が絞まって苦しいのか、目を閉じてしまう。
…馬鹿だわ。
ちゃんと目を開けて見ればいいのに。
そうすれば、ちゃんと誰に繋がってるか分かるはずでしょ。
馬鹿ね、と笑いながらあたしは今日も鎖を引っ張って見る。
もっと近づいたら、嫌でも分かるでしょ。
お互いが見えたら、ついでにこっちも見てみるといいわ。
あたしやみくるちゃんや有希も、あんたたちを応援してたんだって、分かるから。