問、一人の身軽な人間が、警備の厳重な中に入っていくのと、二人の人間が一々ボディチェックだのなんだのを受けて外に出た挙句、見つからないように一邸宅に入って行くのならどちらがより簡単か答えよ。 答、前者の方が楽に決まってるだろ。 というわけで、俺の頭には三角形をした何かが乗っている。 間違っても女性専用下着の類ではない。 しかしそれ以上にいかがわしいと言えなくもないのかもしれない。 何しろそれはよく出来た猫の耳であり、俺の腰の辺りでは長く伸びた尻尾が揺れてたりする。 こんなもんにどれだけの科学力を投じたのだろうかと考えるだけばかばかしいが、これはただのオモチャに過ぎないらしい。 全く、暇な奴というのはいるものである。 呆れながら、俺は首輪がちゃんとくっついているのを確認した上で、大きな塀のとある一箇所の前に膝をついた。 人目につかないそこには、小さなドアがある。 それは首輪についているタグと、俺の下手な猫の鳴き真似に反応して開いた。 俺みたいな細身の人間ですら通りぬけるのに苦労するような小さな出入り口は、それでも広げられたものなのだ。 その前は、本当に小さな、子供だって通り抜けられないような小ささだったらしいからな。 それなら、もう少し大きめにしてくれりゃいいのに、それは防犯上の理由だかなんだかで出来ないらしい。 やれやれ、面倒な話だ。 よっこらせ、と潜り抜けた先は、相も変わらず立派な庭園である。 ハルヒなら、 「花なんてわざわざ育てるくらいだったら、野菜でも育てなさいよ!」 くらいのことは言いそうだから、多分ハルヒの趣味ではないんだろう。 しげしげとそれを眺める間もなく、俺は小走りに庭を抜け、廊下に駆け込む。 そうしてぱたぱたと奥まった所にある図書室に駆け込むと、 「1分24秒53の遅刻」 と長門に言われちまった。 「すまん…」 「いい。一般的にはこの程度なら許容される」 それでは授業を始める、と言って長門の講義が始った。 まだ文字を読むのがあまり達者でない俺には、音声出力してくれる長門は非常にありがたい。 そうして、文字の勉強を兼ねた歴史の勉強が始ったんだが、これが結構ややこしい、というか、人名があまり覚えられない。 これまで人の名前なんかどうでもいいような世界にいた弊害かとは思うのだが、これをクリアしないことにはあれこれ支障も出るってなもんだろう。 そんな訳で苦しめられていると、控え目かつ上品なノックの音が響いた。 「失礼しまぁす」 とかわいらしい声を響かせて入って来たのは朝比奈さんだ。 「休憩にしませんか?」 と運んできてくださったのは、どうやら紅茶らしい。 一緒にクッキーなんかもある。 「すいません、朝比奈さん」 「ううん。それにこれも、お勉強ですもんね?」 楽しそうに笑った朝比奈さんの指導で、いくらか緊張しながらお茶をいただく。 緊張していてもおいしいものはおいしいし、 「うん、キョンくんお上手です」 と褒められれば余計においしくもなる。 「今日はハルヒはどうしたんですか?」 俺が尋ねると、朝比奈さんは小さく微笑んで、 「お仕事みたいですよ? 詳しくはお話出来ませんけど」 そんな風に、俺には教えてもらえないことってのは多い。 ハルヒが一応軍人で、その動静について緘口令が敷かれることも多いってのがその理由ではあるんだが、それにしても、俺ばかり除け者にされてるようで面白くない。 「そう思うなら、」 と言ったのは長門だった。 「あなたもこちらに早く来ればいい」 「…そうしたいのは山々だが……実際どう思う? 見込みはあるか?」 「ある」 きっぱりと即答されるとたとえそれが無根拠であっても納得しちまいそうになるんだが、あえて聞いていいか。 「どの辺りが?」 「あなたの身体能力は自分で思っている以上に高い。理解力も同様。多少難解な部分があって躓いたとしても、あなたは同じ失敗を二度しない。それは非常に重要な要素」 「それは……ただ単に、同じ失敗をもう一度やったらしこたま叱り飛ばされる状況にいたせいだろ…」 「それでも」 「……なら、頑張ってみるか」 うまく乗せられたって気がしないでもないが、長門に乗せられるなら悪くはないだろ。 そう納得したところで、ふと朝比奈さんを見ると、朝比奈さんは大きな瞳をうるうると潤ませていた。 「朝比奈さん? どうかなさいましたか?」 「ううん……」 と言って首を振った朝比奈さんの目から涙が零れる。 その声も痛々しく震えていて、 「朝比奈さん……?」 こういう時、どうしたらいいのか、俺には分からない。 泣きそうな誰かを慰めるなんて経験が、俺にはあまりにもなさ過ぎる。 大体、泣いてるなんてのを見ることが少なかったし、見てもそのうち泣き止むだろうと思って放っておいた。 それより自分が寝て、回復することの方が大事だった。 あの境遇を恨むことはそんなに多くない……というか、ほとんどない。 あんなだったからこそ、俺は古泉に出会えたし、古泉の側にもいられるんだと思うからな。 だが、こういう時ばかりは恨めしいな。 おそらく当たり前のことさえ分からない自分が。 それでもなんとか言葉を掛けようと、 「あ、あの……」 「キョンくんのせいじゃ、ないの…」 そう言って朝比奈さんはもう一度頭を振った。 「ただ、あたし、…キョンくんが、どんな風にしてたかって、考えるだけで、悲しくなっちゃって……。ごめんなさい…、こんなこと、失礼、ですよね……」 「失礼だなんてことはないですけど……その、泣かなくて、いいですよ?」 そう言って俺は、時々昔の夢を見て飛び起きる俺に、古泉がそうしてくれるように、そっと朝比奈さんの頭を撫でた。 「確かにあそこは酷い場所でしたし、あそこで失ったものも多いとは思いますけど、それでも、あんなところにいたからこそ、古泉は俺を助けに来てくれた訳ですし、俺を側に置いてもくれるわけでしょう?」 「キョンくん……」 「それは違う」 と淡々とした声を響かせたのは長門だった。 驚いたように涙を止めた朝比奈さんではなく、俺を真っ直ぐに見つめて、長門はもう一度言った。 「それは違う。……古泉一樹は、あなたがたとえどこにいようとも、あなたを自分の元に連れて来た」 「…は……? どういうことだ?」 「彼はあなたを探していた。あなたを助けたのは、助けなければならない状況にあなたがいたから。その状況ゆえに、あなたを手元に置くことが比較的容易であったことは、彼にとっては有利に作用したと思われる」 「なっ、長門さん……!」 焦ったように朝比奈さんは声を上げた。 俺に聞かせてはまずい話だと思っているらしい。 俺は軽く頭を掻いて、 「古泉は、俺じゃないけど俺に似てる誰かを知ってるん……ですよね?」 敬語にしようかどうしようか迷ったがとりあえず敬語で、朝比奈さんに聞いてみた。 長門に聞いても表情が読めないからな。 驚いたんだろう朝比奈さんはびくっと飛び上がり、 「え、あ、きょ、キョンくん…どうしてそれを……」 「古泉の様子を見ていれば分かりますよ。それにあいつ、俺を助けに来てくれた時にそれらしいことを言ってたんです。俺のことを知っているといえば知っている、とかなんとか」 それに、あいつを見ていればわかる。 あいつは俺じゃないが俺によく似た誰かを知っている。 知っていて、俺とそいつを比較したりもする。 だが、 「あいつが好きなのは俺です」 そう断言出来るくらい、あいつは俺を愛してくれる。 俺を大切にしてくれるし、心配もしてくれる。 その誰かと比べて俺の境遇が酷いと同情したりもするが、それこそ余計だ。 俺は古泉と出会えて嬉しいんだからな。 そう思うってことは、俺も多分、そんなあいつが好きなんだろう。 断言出来ないのも昔の生活の弊害だが、その曖昧な表現だっていつか変わると思える。 だからそう言い切ったってのに、朝比奈さんがあまりにも呆然としているから段々自信がなくなってきた。 「…違いますかね?」 思わずそう問い返すと、朝比奈さんはぷるぷると首を振って、 「違いません…。そうだと思います」 と笑ってくれた。 「古泉が、俺によく似た誰かを知っていて、だからこそ俺のことを探してくれたにしても、俺はああいう境遇でよかったんだと思うんです。そうじゃなかったら、古泉の側にいられなかったかも知れませんし、素直に古泉の好意を受け取ることだって出来なかったかも知れません。だから、俺のために泣いてくださらなくていいんですよ」 「…っ、キョンくん……!」 感極まったのか、朝比奈さんは俺を抱き締めてくれた。 古泉だっていい匂いがするが、朝比奈さんはそれ以上に甘くて優しい匂いがする。 それに、柔らかくって、気持ちよくてうっとりしちまいそうだ。 その時である。 勢いよく扉が開き、ハルヒが上機嫌な顔を見せたかと思うとすぐさま恐ろしい形相になって、 「…――っ、みくるちゃんに何やってんのよこのエロキョン!!」 と怒鳴り飛ばしたのは。 「は? 一体何の話だ?」 戸惑う俺を朝比奈さんから引き剥がし、まだ勉強も途中だというのに廊下に放り出しやがった。 全く訳が分からん。 「大丈夫ですか?」 と苦笑する古泉も動揺が透けて見える顔だ。 「別にどこも痛くはないが……なんだったんだ?」 尋ねる俺を助け起こしながら、 「本当に意識されてないんですね」 と古泉は苦い声で呟く。 そんな反応に、何かまずいことをしちまったんだろうかと怯えそうになる俺へ、古泉はそっと口付けた。 「あなたって本当に無邪気なんですね」 「はぁ…?」 唐突に何を言い出すんだろうか。 「だって、分かってないんでしょう? どうして殿下があんなに怒ったのか」 「さっぱり分からん」 滅茶苦茶怒っていたことだけは分かったがな。 「あなたの顔が、」 俺の顔が? 「朝比奈さんの、」 朝比奈さんの? 「…胸に埋もれていたから、ですよ」 「………え?」 「気付いてもなかったんですか?」 「…あー……そういえば何か柔らかかった気も……」 「全く……」 くすくすと面白がるように笑った古泉は、 「僕だって、一瞬驚いたんですよ?」 「そりゃ悪かったな。…でも、妬いたりはしなかっただろ?」 「少しは妬きましたよ?」 「ええ?」 なんでだよ。 「妬きますよ。あんな気持ちよさそうな顔をして…」 そう言って古泉は恨みがましく俺の頬をつまんだ。 「…お前とする方がよっぽど気持ちいいだろ」 「ベクトルが違いすぎますよ」 「まあな」 俺はやんわりと古泉の腕を解いて抜け出すと、 「この様子だと、俺の勉強もお前の仕事も終りだろ。とっとと帰ろうぜ」 「ええ、そうしましょうか」 「じゃあ、後で…そうだな、急ぐから、門のところで待っててくれ」 「はい」 そう言って古泉と別れた俺は、来た道を戻ろうと走る。 入ったところから出なきゃならんからな。 というか、俺の持ってる通行証じゃ門からは出られん。 仕方ないからと狭い出入り口を潜り抜け、正式な門の方へと走ると、古泉が丁度出てくるところだった。 「待たせたな」 と声を掛けながらその車に乗り込むと、 「待ってませんよ。あなたは走るのも速いですからね」 と優しい笑みと共に迎えられた。 音もなく走る車の中で、俺は長い尻尾を揺らしつつ、 「今日はもう暇になったのか?」 「ええ、仕事は終りです。元々、地上では楽なものですからね」 と微笑した古泉に、俺もぎこちないながら笑みを返す。 「何をして過ごしたい?」 「あなたとなら、何をしてでも」 「そうかい。……じゃあ、」 と俺は少しばかり意地悪く、 「話を聞かせてもらおうか。お前が知ってる、俺じゃない誰かさんのことでも」 そう言ってやったら、古泉がハンドル操作を誤り、危うく二人して心中するところだった。 「…お前、今度から運転は自動にしろ」 命からがら家に帰りついたところで思わずそう唸ると、 「すみませんでした…」 辛うじて無事だったものの、冷や汗で服が湿るほど焦った。 本当に死ぬかと思った。 「お前と死ぬなら悪くはないかもしれんが、それにしたって街中で交通事故ってのはないだろ…」 「本当にすみません」 「…まあ、俺がいきなりあんなこと言い出したのも悪かったんだろうがな」 「……あの、何をどこまで知っているんです?」 「別に、長門や朝比奈さんから聞き出した訳じゃないぞ? ただ、お前のこと見てりゃ分かっただけだ。……誰か、いたんだろ? 俺そっくりの奴が。で、お前はそいつに大したことは何も出来なかったと見た」 俺が言うと、古泉は真っ赤になって、 「な…なんでそんなことまで分かるんです?」 「お前の顔見てりゃ分かるって。…キスくらいは……したのか?」 と問えば古泉の口元が微妙に引きつる。 それこそ、ミクロン単位での変化だが、俺には分かった。 「ふぅん、したのか」 「…っ!」 「よくお前にそんな度胸があったな」 「そう言わないでくださいよ……」 恥かしそうにする古泉に、俺は笑ってキスをしてやる。 「そいつはそんなにいい奴だったか?」 「……ええ、とても」 「俺より?」 意地悪く聞きながら抱き締めれば、優しくキスされた。 「あなたとは違う意味で、でしょうね。それに、彼には恋人がいるそうですし」 「なんだ、度胸があったのかと思ったが違ったんだな」 「え?」 「恋人がいるなら、そいつから奪ってやるくらいの気概を持てよ」 「…あなたが言うんですか」 声を立てて笑った古泉は、俺はあえて悪辣な笑みを向けてやる。 「ああ。言ってやるね」 「本当にあなたは、強くて、逞しくて、素敵ですよ」 体はこの通り貧弱だがな。 「細くて華奢って言うんですよ。それに、身体能力の高さは殿下も評価してくださってますよ?」 「極限状態で暮らせばこれくらいにはなるだろ。と言うか俺は、ハルヒがどうとかいうより、お前にどう評価してもらえるのかってことの方が気になるんだがな?」 「僕にとっては……」 古泉は少し考え込んだ後、幸せそうに笑って、 「とても可愛らしくて、愛しい人ですよ。その鋭さにたじろがされても嬉しいです」 「ん…ありがとな」 黙ったまま何度かキスをしておいて、古泉は迷うように呟いた。 「…知りたいですか? あの人のことを」 「うーん……どうするかな…」 正直、知りたくもあるし、知らなくてもいいような気もするのだ。 だから、 「…お前は話したいか?」 「え?」 「話したら、すっきりするか?」 「…どうでしょうね」 と古泉は呟いたが、 「話した方がすっきりしそうだな。よし、話せ。聞いてやる」 「本当に……あなたには何もかもお見通しなんですね」 「それでお前が嬉しいならいいだろ?」 「…そうですね」 くすりと笑った古泉に、 「では、落ち着ける場所に移動しましょうか」 と促されて思い出したが、まだ玄関だったな。 「ソファとベッドどっちがいい?」 悪戯っぽく尋ねれば、 「ソファですよ。寝るには早すぎます」 とたしなめられた。 俺はふふと古泉の真似をするように笑いながら、古泉の腕に自分のそれを絡めて、リビングまで歩く。 その柔らかいが体が沈みこんで動き辛いというほどではないソファは、俺のお気に入りの場所だ。 座った古泉の膝に頭を預けるように寝そべれば、 「本当に猫みたいですね」 と言って撫でられる。 ああ、そういや耳も尻尾も付けっぱなしだったか。 「ハルヒのオモチャは凄いよな」 「そうですね」 くすくすと笑いながら、古泉が耳の付け根を撫でてくれる。 「んー……」 「気持ちいいですか?」 「ああ。…なあ、撫でながらでいいから、聞かせろよ」 「そうですね」 と呟いて、古泉は少し黙り込み、やがて静かに話し始めた。 「あの人は、彼は、この世界の人ではないんです」 「……は?」 「こことは違う、別の世界から来たんですよ」 「…ええと……本当、なんだな」 古泉の顔をまじまじと見つめてそう判断すれば、古泉は俺を褒めてくれるように微笑んだ。 「ええ」 「…そんなことがあるのか」 「あったんですよ。その一度きりしか僕は知りませんが」 そう言って、古泉が俺の頭を撫でてくれるから、俺はそっと顔を伏せ直した。 古泉が、俺に見られていたくなさそうな顔をしていたからだ。 …多分、こういう察し過ぎるところが、こういう話の時には辛いんだろうな。 「ワープ航法の実験中の事故、と言いますか、その技術そのものが原因で、彼はこの世界に、その艦ごと来てしまったんです。…彼も、軍人だったんですよ」 「…そうか」 「その人は、短い時間で涼宮さんの凍り付いていた心を融かしてしまいました。…今の彼女しか知らないあなたには想像するのも難しいかも知れませんが、以前の涼宮さんは、もっと冷たい印象のある人でしたよ。侮られまいと必死で、だからこそ、皇女らしくもありましたけど」 「今のあいつじゃ、皇女様らしさなんてないからな」 茶化すように呟くと、古泉が笑ったような気がした。 「そうですね。でも…きっと、今の彼女の方がいいんでしょう」 「お前が言うならそうなんだろうな」 「そんな人だったから、僕も興味を持ったんです。そうして、その人と話して……その人が、とても優しい目で僕を見るから、気になったんです。そうしたら、その人は、本来その人がいるべき世界にいる『僕』と恋仲だと言ったんです」 「……は?」 「その人の世界と、この世界は色々よく似ていたんですよ。でも、違うところも多かったんです。ただ、彼がよく知っていると言っていた朝比奈さんと長門さんはこちらの世界でも見つけることが出来ました。それなら、彼もいるのではないかと思ったんです」 「……それが、俺ってことか」 「……はい」 「…ばか、泣きそうな情けない声出すなよ」 そう言って、俺は体を起こし、古泉を抱き締めた。 見た目よりがっしりした体なのに、俺よりよっぽど子供みたいに見える。 「お前とそいつが出会ってくれてよかった」 そっと囁いた俺に、古泉は信じられないと言うような目を向けた。 非難されるとでも思っていたらしい。 だが、そんな必要がどこにある? 「そいつと出会わなかったら、俺のことなんか知らないままだっただろ?」 「……怒らないん、ですか…?」 「怒ってどうする。お前がそいつのことばっかり思ってて、俺のことを見てもくれんとかいうならそうするだろうが、お前はそうじゃないだろ。俺のことをちゃんと見てくれるし、心配もしてくれるし、大体、お前が好きなのは俺じゃないか」 自信満々に言い切った俺を、古泉はぽかんとした顔で見つめ、それから体を震わせるほどに声を立てて笑った。 馬鹿笑いまではいかないものの、古泉らしからぬ笑いっぷりに、俺も少々驚いた。 「あなたって人は、本当にもう……」 まだ笑いを引き摺りながら、古泉は俺を抱き締めてくれる。 そうして、 「…そうです、あなたの仰る通りですよ。僕が恋したのはあなただけです。本当に、あなただけなんですよ」 「ん……ありがとな」 照れ臭いが嬉しい。 「俺も……多分、お前のことが好きだ。…断言出来ないのが、苦しいくらいには……」 「無理はしなくていいんですよ? それだけでも、十分ですから」 優しく笑ってくれる古泉とキスをする。 好きという感情にしていいのかどうかさえ分からない、曖昧なそれを伝えようと、何度も、何度も。 結局そのまま雪崩れ込むんだから、やっぱりベッドに行っておくべきだったんじゃないのか? |