エロ文ですがそれ以上に、
キョンがくどくて地の文が恐ろしく鬱陶しいので、
そっちに気をつけてください←
















































現実逃避と人は言う



一体どうしてこういうことになっちまったのか、分かる方がいたなら教えていただきたいような気もするし、分からないままにしておきたいのでそっとしておいていただきたいような気もする。
ともあれ、現状把握することなしに行動出来ない不自由な生き物が現代社会に生きる中でもおそらく大多数を占める人間という生き物だろうから、ここは諦めて現状把握に努めたいと思う。
まず、ここはどこか、というのが大事だろう。
５Ｗ１Ｈは基本だからな。
その５Ｗ１Ｈにいかなるものが含まれ、また含まれないのかと言うことで様々に議論が繰り返されていることについてはあえて無視させてもらおう。
今はそんな瑣末なことにかかずらっているような場合ではないからな。
改めて考えよう。
ここはどこか。
極々普通の偏差値及び性質を帯びた人間が大多数を占める、おそらくどこの県でも似たような状態が見られるであろう、ごく一般的な県立の高校である。
府や道や都には県立高校と言うものからしてないだろうということは言うまでもないだろうが、もしかしたらどこかには越境して立てられた県立高校があるかもしれないのでそこにはこだわるまい。
で、その中でもうちは北高と呼ばれている。
その単純明快な呼称については今更何を言おうと揺るぎようがないものなので無視させてもらう。
むしろ、某県にあるという、南高より南に存在する中央高よりはおそらくマシであろう。
で、そのそれなりに手狭なものの人間一人という矮小な単位と比較した際には比べ物にならないほどに大きなスペースの中で俺が今現在どこにいるかといえば、常日頃、何の因果か通わされている正式名称「文芸部室」であり、実質上「ＳＯＳ団の根城」である狭苦しい部屋である。
そこに俺がいることはおかしくない。
むしろ、今が放課後であることを考えれば極自然のことと言えるだろう。
何しろ、どういうわけか俺はハルヒの命じたままに、毎度毎度ここに通ってきては大抵下校時刻までだらだらと時間を潰すのが常だからな。
で、その部室に誰がいるかというと、これは珍しいことなのだが、俺と古泉の二人しかいなかった。
我等が傍若無人にして暴虐な団長にして最高権力者、涼宮ハルヒが可憐なる俺の心のオアシスである朝比奈さんと、部室の安寧を守る守護者の如き存在である長門を連れてさっさと帰っちまったせいだ。
理由は確か、スイーツ食べ放題がどうとか言ってたか？
小柄かつ細身ながら健啖家である長門を連れて行ったんだから、いくら朝比奈さんが小鳥のように小食であったとしても、今頃しっかり元を取っているに違いない。
俺が古泉と二人して残されたのも、大した理由があったわけじゃない。
始めたばかりのチェスの勝敗は、たとえ序盤であったとしてもいつまで経っても上達しないへなちょこプレイヤー古泉一樹の惨敗が見え見えで気になるようなものでもなかったのだが、なにやら物言いたげな古泉につられて、残ることになっちまったのだ。
ああ、それがそもそもの失敗だったのかも分からん。
とはいえ、常日頃顔を突き合わせている以上、そしてそれが逃れようのないものである以上、仮にも同じ部員を、しかも少数派である男子部員を、なにやらアンニュイな気配のまま放置しておいたのでは、せっかく朝比奈さんのご尊顔を拝することが出来たとしても気まずい空気になっちまうかもしれないと、一応俺から声をかけたのだった。
「最近何かあったのか」
とな。
一体どこの親父が、思春期を迎え、難しい精神状態を抱えた年頃の娘に掛けた言葉かと思うだろうが、間違いなく俺が一応同い年であるはずの男子高校生古泉一樹に掛けた言葉である。
我ながらボキャブラリー貧困にもほどがあるとは思うが、俺も所詮一介の平凡な学生に過ぎないのでその辺りについてはご容赦願いたい。
それからまあ、いくらか会話をしていたはずなのだが、それからどうしてこんな状態になったのかが理解出来ない。
俺は首を捻りながら、極至近距離にある古泉の、近いなんてもんじゃない顔を見た。
…いつものことながら、むかつくことに、男の俺でもうっかり見惚れちまいそうになるくらいの綺麗な、しかしながらどことなく安っぽい顔である。
睫毛は長く、その落とす影は濃いのだが、その髪も睫毛もどことなく色素が薄い。
睫毛に縁取られた目は形よく、どことなく潤んだ瞳は何故か俺の呆然とした見っとも無い面を映している。
どうせなら、もっといいものを映しゃいいだろうにな。
で、この男が何をしているかと言うと、いやに熱っぽく俺を見つめながら、俺を部室の冷たく硬い床の上に縫いとめているところである、勿論、比喩的な意味で。
実際にはこいつは針も糸も持っていないし、俺は小人国のガリバーよろしく雁字搦めにされてもいない。
しかし、気分的には似たようなものだった。
何でこんな状態になっているんだ？
さっぱり訳が分からん。
それでもとりあえず情報を整理してみたい。
掃除や片づけだって、手が付けられるところから始めるのが基本だから、まずは確実に分かるところから始めてみようか。
これは、古泉一樹である。
本当にそれが本名であるかどうかなんぞ俺は知らん、本人に聞いてくれ。
ＳＯＳ団の副団長にしてハルヒ専属イエスマンで常に微笑を湛えた胡散臭い男である。
その正体は、機関なる妖しげにして珍妙不可思議な組織に所属する超能力者である。
ところが中途半端なことに、その超能力は恐ろしく使用制限が課せられており、原付限定免許も真っ青どころか、これなら小型特殊の免許の方がよっぽど役に立つんじゃないかというくらいの能力である。
そんなもんでも世界を救えるというんだから、小型特殊以下でもあるだけいいというものなんだろう。
閉鎖空間などと呼ばれるわけの分からん灰色空間で古泉は真っ赤なボール状になって飛び回り、青くてでろでろどろどろしたものと戦ってはこの世界を守っている。
なんだかさっぱりだという奴は素直に詳しく説明した箇所でも読んでくれ。
俺が今ここでフォローすべきようなことじゃない。
これだけでも胡散臭いことこの上ない男なのだが、それでもいいところが皆無と言うわけじゃない、というか、いいところが善意的とか長所とかいう様々な意味に取れる中、そのどれにも一切該当しないほどあくどい奴ってのは世の中存在しないだろう。
そういう最低限レベルのやつと比べるまでもなく、古泉はいい奴の部類に入れていい人種なのだろうと勝手ながらに思う。
多少考え方が後ろ向き過ぎたり、話し方が回りくどく分かり辛かったりするという難点を取り除くまでもない。
古泉一樹は一般的観点からみて、いい奴である。
気が利くし頭はいいしイヤミっぽさも最近は薄れたし。
そう、最近だな。
知り合ったばかりのこいつと来たら友好的というのはちょっとばかり難しいような態度だったから。
それがいつの間にかそうでなくなり、俺としても友人と呼んでもいいんじゃないかと思えるほどに打ち解けたのだが、それなのにどうして俺がこうして組み伏されているのかと問いたい。
「…本当に、お分かりにならないんですか？」
泣きそうな顔で古泉は言った。
何だその面は。
色々と勿体無いぞ。
「こうしても分からないなんて、あなたの鈍さも凄いですね」
そう言いながら、何故笑う。
笑うのに失敗して泣き笑いみたいな、それどころか怒ってるような曖昧な表情になるくらいならいっそ素直に泣いてりゃいいだろ。
古泉はそのどこかしら情けないような表情のまま、俺を抱き締めた。
鼻先に古泉の髪が触れてくすぐったいんだが、今くしゃみをしたらまずいだろうか。
というかお前、何つけてんだ。
えらくいい匂いが、甘い匂いがして、くすぐったい。
お前はどこの女子だ。
「黙って…」
その声が耳のすぐ側で聞こえ、びくりと体が震えたのはあれだ、反射というか、慣れないものに対する警戒のあらわれである。
「……聞いて、くれますか」
俺が話を聞かないようにみえるならお前の目は腐っているか濁っているかどうかしているので速やかに治療ないしは交換もしくは眼鏡の着用を行うべきである。
オススメは眼鏡だろうか。
おそらくそういうのが好みの女性が喜んで飛びつくことになるだろう。
「…全然聞いてくれる態度に見えませんけどね」
そう呟いて俺の舌がめたらやたらに動き回るのを咎めておいて、古泉は更に強く俺を抱きしめた。
早く用件を言え、そしてこの落ち着かない状態から速やかに解放してくれ。
「無理ですね」
無理ってお前、せめてもう少し考えてから言ってくれないだろうか。
今、測れるもんならストップウォッチで測っておきたかったくらいの即答だったぞ。
「だから黙ってくださいってば。言えるものも言えなくなるでしょう？」
すまん、しかし、この程度で言えなくなるようなことならむしろ聞きたくないというか、それは本当に言いたいことなのかといいたくもなるわけだが、お前はそんなに意気地なしというか緊張症だったか？
「ああもう、口は動かしていてもいいですから、耳はちゃんと澄ましていてください」
諦めたようにそう嘆息した古泉は俺の耳元で、あんな偉そうなことを言っておきながらも非常に小さな、つまりは俺の戯言でかき消されそうな声で囁いた。
「…僕は、あなたが好きなんです」
好きって、まあ、そう面と向かって言われると照れるが言われて悪い気がするような言葉でもないんだが、なんだそのみなぎる緊張感と本気ですと言わんばかりの声は。
正直恐ろしいくらいなんだが。
「こうなってまでどうして分からないんです？　いえ、理解することを拒んでいるだけなんでしょう。本当は分かっているくせに」
言いながら古泉は射抜くような視線を俺に向け、
「…酷い人だ」
と毒づいた。
そんな風に言われるとこちらが悪いような気もしないでもないのだが、待て、この状況下では明らかに俺の方が被害者だろう。
なのに何ゆえ罵られねばならないのか、明確かつ納得できる理由の説明を求める。
「分かっていて、そのくせ、そうやって逃げようとするからですよ。でも…もう、逃がしてなんてあげられません」
そう言った唇が見えなくなったのは仕方がないことだ。
人間の目と言うものはあまりに近くにありすぎるものはうまく捉えられないように出来ている。
しかも人間の顔には凹凸があり、その引っ込んだところに目がある以上、出っ張ったところである鼻なんかに邪魔されると余計に見えなくなる。
で、古泉の唇が見えなくなったのはどうしてかと考えるまでもなく、俺の唇に柔らかな感触が触れた。
見えなくなった古泉の唇、俺の唇に触れた感触、そこから導き出される答えは一つだ。
認めたくないなどと思う間もなく、それをキスだと認識していた。
「おま…っ、なんで……」
「まだそんなことを言うんですか。…嫌なら嫌だと言って、突っぱねて、逃げ出せばいいでしょう？　それなのにどうして、そうやって認めてくれないんです。認めなければこれまでと同じ態度でいてくれるとでも言うんですか？　…無理ですよ。僕はもう、我慢出来ません。あなたに優しくされて思い上がりそうになるのを堪えることも、あなたに避けられて苦しくなるのを誤魔化すのも、もう、…限界、なんです……」
苦しげにそう紡ぎだした唇が、またしても俺のそれに重なる。
ファーストキスはレモンの味だのなんだのと言うが、こんなに苦いファーストキスもないだろう。
俺はようやっと頭が現状に追いついてきたらしいと感じながら、それでも遅れ馳せながら尋ねた。
「…じゃあ……お前は、本当に……」
「あなたが好きですよ。あなたを抱き締めて、キスをして、…それ以上のこともしたいくらい、好きなんです」
らしくないほど直情的に言って、古泉はもう一度と俺に口づける。
そうされても、俺は抵抗する気力など出てこなかった。
だって、そうだろう。
大抵の人間はそうなるはずだ。
乱暴と言うにはあまりにも優しく古泉は俺を抱き締めていたし、口付けも交わすほどに甘くなるように思えた。
そもそも、先ほど延々と好意的な表現を並べ立てたことからも察せられるかもしれないが、俺だって、古泉が嫌いというわけじゃない。
嫌いじゃないどころか、その、むしろ割りと好きな方だろうとは思うのだが、そんなことは口が裂けても言えないと思う程度には俺にだって羞恥心はある。
ああいや、もう開き直って認めてやったっていいだろう。
俺は古泉一樹というこのめんどくさい男が好きである、と。
何ゆえ好きなんかと問われても答えようがないので割愛させてもらうが、好きになっちまったものはしょうがないだろうと世の同じ病に苦しめられる老若男女に同意していただけるだろう言葉を添えさせてもらいたい。
だから、抱き締められてキスをされてましてや押し倒され、全身全霊でもってその好意のほどを示されて嬉しくないはずなどない。
それでもそれに同意を示し、激情及び劣情の赴くままに流されちまうのが躊躇われる程度には、この部室の壁は薄い。
「…好きなんです」
ぺらぺら喋っていた俺が、一転して黙りこんでしまったからか、古泉の声は泣きそうに震えていた。
それにどう返したらいいのかと悩みながら、俺はうまい言葉が見つけられず、唇を開いては閉じるしかない。
声帯を除去されたわけでもないのだが、言葉がうまく出てこなかった。
何を言うのが適切なのかさえ分からん。
というか、ここは俺も好きだと言っちまっていいところなんだろうか。
それとも、とにかくここでは嫌だと、レイプされる寸前のか弱い乙女の如く抵抗するところなんだろうか。
迷う俺をじっと見つめていた古泉の唇が、俺の目元に触れる。
そうして、
「…もう、いいです」
と囁かれた。
思わずぎょっとしたのは、このまま諦められ、放り出され、この一世一代の大告白もなかったことにされるのかと思い、それは嫌だと思ったからだった。
反射的に、古泉に抱き締められたせいでかえって自由にはなっていたものの、さっきからろくに動かすことも出来なかったはずの手でもって、古泉を抱き締め返した瞬間だった。
「否定がないのは肯定のしるしと取らせてもらいます」
と古泉が不敵に囁いたのは。
「……は…？」
「え……」
お互いに相手の目をまじまじと見つめた。
そのまま、どれくらい見詰め合っていただろうか。
古泉は柔らかくその目を細めて、
「それで、問題ないみたいですね」
と言いやがった。
「なっ…だ、誰が……」
「だって、そうでしょう？　…もう、いいですから余計なことなんて考えずに、素直に感じてください」
「は、恥かしいこと言うな…っ！」
耐え切れず、今度こそ真っ赤になる俺に、
「…可愛い」
などと血迷ったことを囁いて、俺の首筋に顔を埋める。
「ひぁ…っ！？」
そのくすぐったさに喉を震わせれば、古泉の笑みは一層深まったようだった。
くそ、憎たらしい。
「愛してます。…あなたが好きなんです」
なんとかの一つ覚えみたいに繰り返しながら、俺のネクタイに指をかける。
「ちょっ…、お、お前、まさか本気でこんなところで……」
「いけませんか？」
いけないに決まってんだろうが！
ここはどこだ？
部室だぞ。
この床の上をハルヒも長門も朝比奈さんも歩くんだぞ？
それに、隣近所じゃ今も部活の真っ最中だ。
そんな中、いかがわしい騒音やら振動やらを発生させて怪しまれていいのか？
大体お前、ドアに鍵も掛けてないだろ。
頼むから理性を取り戻せ、後生だから取り戻してくれ、古泉！
「本当に、よく動く舌ですよね」
人の話を聞けよ。
さっきからさんざん無視しやがって、お前はどこかのカレーの妖精か。
古泉は薄く笑って、
「…素直に、こんな場所じゃ恥かしいから嫌だって言ったら、考えてあげますよ？」
「な……っ…」
あまりの要求に目を見開き、唇をわななかせる俺に、古泉は楽しげに笑った。
「ねえ、言ってくださいよ。そうしたら、考えますから」
「か、考えるってのはなんだよ…！　せめて、確約しろっ！」
「仕方ありませんね。では、ちゃんと邪魔の入らないところに移動しますから、はっきり言ってください」
「……何を」
「ここじゃ恥かしいから他の場所に…そうですね、僕の部屋に行きたい、とでも」
「………誰がそんな恥かしい台詞を言うんだ…？」
「あなたでない別の誰かに言われてもお断りですね。あなた以外に興味なんてありませんから」
「……古泉」
「はい」
「…お前って、実は結構頭おかしいんじゃないのか？」
いや、おかしいだろう。
なんだって俺みたいなのにそんなことを言わせたいんだ。
俺が言ったって気色悪いだけだろう。
想像するだけで鳥肌が立ちそうですらある。
自分でもそうだってのに、なんだってそんなことを言わせたい。
嫌がらせか？
嫌がらせなんだろう？
「嫌がらせじゃないですよ。それに、気色悪くもありません。……きっと、可愛らしくて堪らないでしょうね」
そううっとりと目を細める古泉に、心臓がバクバク言って死にそうになる。
いやもういっそ殺せ。
死なせてくれ。
むしろ勝手に死ねる。
人は羞恥によって死ねる生き物だろう？
「残念ながらそのような事例は聞いた例がありませんね」
そう笑いながら、古泉はほら、と俺を急かす。
「言ってください。そうじゃないと、ここでしちゃいますよ？」
「う……」
「そんなに嫌です？　言う方が恥かしいですか？　でも、言わなかったらここですることを肯定する、むしろ、あなたがそうしたいということなのだと解釈させていただきますから、そちらの方が恥かしくありませんか？」
「んなぁ…っ！？」
何を言い出すんだお前は本当に無茶苦茶だな。
やっぱりお前が宇宙人なんだろう。
閉鎖空間で見せた赤玉姿が本性なんだと白状しろ。
「ほら、もう、現実逃避はほどほどにして、言ってくださいよ。…ねえ」
泣きそうだ、と思ったのは羞恥によるものであって、別に屈辱感だの嫌悪感があったわけじゃないあたり、俺の脳細胞は大部分が死滅してしまい、とっくの昔に取り返しのつかないことになってしまっているに違いない。
「潤んだ目で見つめられても、言っていただかないことにはこのままですよ。僕の理性も限界ですからね」
そんなもん、言われなくても分かるに決まってるだろう。
相変わらず古泉の目はらしくもなくぎらついているし、その手だって落ち着かない様子で俺のネクタイを解こう解こうとしている。
言わなければならんのだろうとは思う。
何しろ、場所が場所だから下手な真似をして一大スキャンダルの上、生徒指導室に呼び出し程度で済めばいいが、それ以上のことになりでもしたらと考えるだけでも恐ろしいことこの上ない。
言わねば、と思いながらも言えないのは、羞恥のせいだ、と、思いたい。
しかしながら、である。
正しい現状把握をしたいのであれば、自分の脳裏を掠めるこの恐ろしい感覚のことも認めなければならんのだろうな。
……抱き締められた腕の強さだとか、向けられる視線の熱さだとか、鼻をかすめる甘い匂いだとか、触れ合う体温の心地好さだとか、そんなものの全てが、気持ちよくて、愛しくて、それで………離れたくない、などと、頭が沸騰して脳細胞が全滅したとでも思うしかないようなことを考えちまってるなんて。
しゅるりとどこか小気味のいい音を立ててネクタイが引き抜かれ、俺は慌てて現実に立ち止まる。
「古泉…っ、だから、ここでは……」
「ここでは？　なんでしたっけ？」
「…っく、そ……お前、性格悪いぞ…！」
「そんな顔で言われると悪口でも睦言に聞こえますね。…そんな、物欲しそうな顔をして……」
誤解である、と断固主張させてもらう！
誰が物欲しそうな顔をしてるものか！
お前の目の錯覚だ！！
「そんなことを言って……」
くすりと笑った唇が、また近づいてきた。
どうせまた触れるだけだろうと思っていた俺の予想を裏切り、完全に油断していた俺の唇を割って入ってきたのは、古泉の舌らしい。
「な…っ、ぁ……ふ……」
驚きに目を見開いても、近すぎてろくに物も見えやしねえ。
自分のそれと同じものとは思えないほどに熱く、器用なそれが口内をくすぐると、ただくすぐったいばかりでなくもどかしいような何かが湧き上がる。
むず痒さに、思わず体がくねっても、古泉は解放してくれず、そればかりかより深く口づける。
熱くて、どろどろに融けてしまいそうで、もうどこからどこまでが自分なのかさえ分からなくなる。
酸欠と熱さに、ただでさえ低い思考能力を奪われ、ふと我に返った時には自ら古泉の首に腕を絡め、舌を伸ばして古泉の唾液を貪っていた。
唇が離れていったことに、初冬の隙間風にも似たような感覚がして、俺の目は勝手に古泉の唇を追っていた。
「あ……っ、ぁ…？」
「…止まれなくなりそうですよ。そんなことをされては……」
「や……、ら、って……、も…わけ、わかんね……」
頭はぼやぼやしていて、背中に当たっているのが本当に冷たい床なのかさえ分からないくらいだし、そもそも自分がどこにいるのかさえ忘れそうになる。
「少し違う気もしますけど、これも一種の、『体は正直』って状態ですかね」
「な…っ！　あ、もう…っ、お前、ほんと、意地悪だ…」
泣きそうだ、と思ったら既に泣いていたらしい。
歪んだ視界をかすめるように古泉が目元にキスを落とし、
「でも、逃げないんですね。…嬉しいです」
そう言ったその手が、いつの間にシャツを肌蹴ていたのか、すっかり露わにされていた腹を撫で上げてくすぐる。
「んん…っ…」
くすぐったい、と身を捩れば、
「もどかしそうですね。もっと直接的な方がお好きですか？」
つっと滑り降りた手に股間を押さえられ、
「ぅあ…っ！」
と余計に変な声が出た。
ちょっと待て、それはマジでやばいから。
何がどうやばいって、それ以上余計な刺激を加えられたら部室からの脱出もままならなくなるというくらいにはやばいんだ。
だから頼むから勘弁してくれ。
「おや、てっきり諦めてこのままここでしてしまっていいのだとばかり思ってましたよ」
「んなわけ…っ、な…っ！　やぁ……！」
ズボンの前をくつろげられたかと思うと、いくらか性急な動きで入り込んでいた手の平で直に握り込まれ、体が跳ねる。
「ちょ、や…っ、古泉…っ！　頼むから…っ、ここ、じゃ、嫌だ…！」
「もうタイムオーバーですよ。今更言われても止まれません。僕も、あなたも」
そう言って古泉が俺の膝に押し当ててきたものは、酷く硬くて熱かった。
「あ……っ…」
「…ね」
自嘲するように笑って、古泉は俺の胸元に唇を落とす。
ちゅ、ちゅと繰り返される音が耳に酷くくすぐったくて、身をよじろうにもそんなことをすれば握りこまれたそれにどんな刺激が行くのかと思うと必死に堪えるしかない。
古泉の唇が触れる場所の全てが熱く、むず痒く、どこか後ろめたいほどの感覚をもたらす。
それを快感と呼んでしまうには俺はあまりに経験がなく、その感覚は恐ろしかった。
思考をどろどろに融かされてしまいそうなそれに呑まれたらどうなるのかと認めることすら躊躇うほどだってのに、古泉は容赦なくそれを与えてくる。
押し売りはごめんだ、と思いながらなんで俺はこうも逃げられないんだ。
もう既にとっ捕まり、呑まれ、どうしようもなくなっちまってるということではないと思いたいのだが、それにしては俺の腕はあまりに力なく古泉の体に絡められたままだし、罵りの文句もうまく出てこない。
「いい、ですよね…」
何を聞かれたのか分からないまま、俺はただ古泉を見つめ返した。
それを肯定ととったのか否定と取ったのかよく分からんが、古泉は俺の下半身をすっかり剥き出しにして、脚を割り開き……って、
「やっ、ちょ、ちょっと待てって…！！」
「待てません」
堂々と断りやがったなこの野郎。
力を失い、見事に弛緩した俺の脚の間に顔を埋めた古泉は、躊躇いもなしにそこに舌を這わせたのだと思う。
俺に分かったのはあらぬところにかかる吐息とやわらかな前髪の感触、それからぬるりとしたものが触れたことくらいだったからな。
「ひっ…、ぃ…やめろって…！」
「嫌です…」
「…っ……！」
びくんと体が跳ねるのを感じながら、どこにまだそんな力が残ってたんだ、などとどこか遠くで思った。
猥らがましい湿った音が鼓膜を傷めつける。
古泉の体から離れ、床に投げ出された腕の触れる床が冷たい。
そのくせ、体は熱くて、顔は赤い。
恥かしくて恥ずかしくて死にそうだ。
ああ、そうだ、認めてやるから勘弁してくれ。
俺はとにかく恥かしくて、それが嫌なだけなんだ。
古泉とこういうことをするのは嫌じゃないし、気持ちいいのが嫌なんでもない。
だからもうちょっと俺のか弱く震えるチキンハートに配慮してやってはくれないものだろうか。
「ぅ…っ、ぁ…あ…っん……！」
思ってはいても言葉にならない。
口はもはや意味のない喃語めいた音を発するだけの器官と化した。
古泉は夢中になっているのか余裕がないのか分からんが、その行為にひたすら没頭している。
あり得ないだろうと言いたくなるような場所を、あり得ないとしか言いようがないような丁寧さでもって、舐め、濡らし、潜りこみ、くすぐり、押し開き、広げ、探り、まさぐり、弄ぶ。
「も……っ、嫌…だ、……無理だから……！」
苦しくて堪らない。
早く解放して欲しい。
こんな、体の内側に熱が溜まるばっかりの行為なんて、気持ちはよくても楽しくない。
お前は俺が好きなんだろ、だったら、ちゃんと楽しくさせろ。
駄々っ子か何かのように訴えた俺に、古泉の喉が鳴った。
「それ…意味、分かって言ってますよね？」
「わ、からん、わけ、あるか…！」
だから早く、と喘ぎ喘ぎ訴えると、古泉はまたキスをくれた。
優しい、触れるだけのそれに、全身が歓喜に打ち震える。
熱に浮かされたように急かす言葉を呟く俺を抱き締めるように、古泉はその熱を押し当ててきた。
それすら恐怖などではなくて、ああ畜生、俺はどれだけこいつが好きなんだろうか。
「入れます、ね…」
どこか緊張した声で言っているくせに、動きに躊躇いはなかった。
ぐっと押し込められたその熱に身の内が焼かれる。
痛い、熱い、大きい、苦しい、気持ちいい、くすぐったい、もどかしい、好き、熱い、助けて、もっと、恥かしい、いやらしい、気持ち悪い、気持ちよくて、分からない。
「…可愛いです」
何度目かの言葉を繰り返しておいて、古泉は意地悪く笑った。
「…ねえ、少し前から考えてることが全部口から出てるの、分かってます？」
「な…ッ！？　ひ、ぅ…ひぁっ、う、うそ……」
「嘘じゃありませんよ。…可愛いです。愛してます。僕も…あなたが好きです…」
そう囁いて、抱き締めて、古泉が俺の中をよりいっそう強く焼き尽くして、それで、ああ、俺はもう後のことなんか何も考えられず眠りに落ちた。
頭の片隅にどうやらなんとか残っていたらしい理性が、この後の後始末だの、そもそも誰かに聞かれたんじゃないかなどと至極真っ当な心配をしているが、だからと言ってもはやどうにもならん。
結局、それから俺がどうなったのか。
……そんなことは死んでも語りたくなどないので、墓場まで持って行かせていただく所存ではあるのだが、その墓場と言うのがどうやらうちのではなく古泉のものになりそうな点についてはどうしたものか頭を抱えるばかりである。