断じてツンデレではない



古泉と会うといちゃつくことばかり考えて、実際そうしているかのような俺だが、田舎に勉強に通っているのと両立する形で、ちゃんと真面目に人間として北高にも通っている訳で、となると古泉と顔を合わせることは出来てもいちゃつけないことだって多い。
そもそも、人間ってのは面倒なもので、性別なんかにこだわるし、噂話で他人を傷つけることにためらいがなく、そればかりかわざと人の足元をすくってやろうと考える輩も少なくはない。
だから俺にとっても、古泉との関係はなんとしても隠さなくてはならないこととなっている。
それを言うと、田舎の連中なんかは、それで愛されてるっていえるのかとか、そんなに面倒なことがあるならそいつをこっちに引っ張りこんでやれとか、不穏な囁きをよこすのだが、今の所俺にそのつもりはない。
事情は十分過ぎるほどわかっているし、それに俺も、こんな状況を楽しんでいるからだ。
……楽しくないか?
他人には秘密の関係って。
そいつがどんなに他人に愛想がよくて、女の子にはもてて、それで告白なんてされようとも、俺がいて、しかもはっきりそうとは言えないが故に曖昧かつ本当ではない理由で断るしかないってのが、言っちゃ悪いが気分がいい。
古泉に告白した子は、きちんと断ってすらもらえないという訳だ。
我ながら歪んでると思わないでもないが、告白されるのすら許せないってのよりはずっと心が広いよな?
そんな俺なので、別にこういうシーンに出くわしても平気だった。
古泉がなかなか部室に来ないのを訝り、友人として不自然でない程度の自発性でもって古泉を探しに出た俺は、なんとなく足が向いたので素直に体育館の方に向かった。
こういう時の勘は前より鋭くなっていて、まず外れることはない。
古泉はこっちにいる、と確信を持って言えるくらいだ。
なので迷わず体育館を目指した俺は、そのまま体育館裏に入り、そこで古泉が女子に腕を捕まれているのを見た。
ああまた告白なんてされてんのか、と思いはしても苛立つ。
その腕は俺のだ。
懸命に断りの文句を紡ぐ唇も。
だが、どうやら彼女は随分と諦めが悪いタイプらしい。
聞く耳持たない様子で古泉に迫り続けている。
だから、だ。
俺が呪文を唱えた訳でもないし、指を鳴らしたりした訳でもない。
ただほんの少し、力を抑え切れなくなっただけだ。
一瞬、土埃を巻き上げるほどの突風が起こった。
その拍子に古泉が俺に気づく。
それで彼女も俺が見ているのに気づいたらしい。
気まずそうに走り去るのはいいが、
「お願いだから、ちゃんと考えてみてね!」
って捨て台詞はなんなんだ。
眉間にシワを寄せる俺に、古泉はそっと安堵の息を吐き、
「助かりました……」
「今日はえらくぐずぐずしてたな」
「不甲斐なくて申し訳ありません。僕には想う人がちゃんといると言ったのですが…」
「まあいい。それより、」
と俺は古泉を見つめ、
「部室に行くぞ」
と言ったのだが、なんでそこで残念がるんだ。
何か不満があるのか?
「いえ…、あなたとふたりきりになれたので、少々期待してしまっただけです」
「期待って、お前な……」
呆れて呟く俺に、古泉も苦笑する。
「仕方ないでしょう? 僕はいつだってあなたに飢えてるんです」
そう言って古泉はやんわりと俺の手を握り、俺を引き寄せた。
そのまま優しく俺を抱きしめ、
「少しだけ…」
と言うから仕方ない。
「一分だけな。それ以上はだめだぞ。見つかったらまずい」
ため息まじりに言うと、くすと小さな笑い声が耳をくすぐった。
なんだよ。
「いえ、こんな風につれないあなたも久しぶりだと思いまして」
「部室ではいつもこんなもんだろ」
「それは涼宮さんたちもいらっしゃいますからね。……ふたりきりなのにこんなのは久しぶり、でしょう?」
「…そうだな」
で、お前は、
「それが不満なのか?」
「え?」
「ふたりきりなんだからもうちょっと甘くなりたいとかそういう苦情じゃなかったのか?」
「…違いますよ」
と笑って、古泉はもう少し腕に力を込めた。
ふわりと漂った甘い香りに、とろんと体の力が抜ける。
「どんな態度を取られても、やはりあなたが好きだと思いまして。…改めてそう思うと、なんだか堪らない気持ちになりますね」
「……それは俺も同じだから、」
俺はぎゅっと古泉の手を握り締め、
「…あんまりそういうこと言うな。俺だって、我慢してるんだからな」
と言うだけ言って、俺はその手を振りほどいた。
そうして、古泉から1メートルばかり距離を取って、
「お前も早く部室に来いよ! 先に行ってるからな!」
と言って駆け出すと、古泉が声を上げて笑うのが聞こえた。
くそ、あいつばっかり優位にいるみたいで面白くない。
いっそキスでもお見舞いしてやるべきだったか、なんて思いながら、俺はとっとと部室に戻った。
「早かったわね。古泉くんは?」
とハルヒに聞かれ、
「すぐ来るとさ」
そう返しながら指定席のパイプ椅子に座り直す。
そうして一息つこうともう冷めていたが冷めてもおいしい朝比奈さんのお茶を一口飲んだところで、何かくすぐったいものに気づいた。
「…なんだ、ハルヒ」
何か用事でもあるのか、ハルヒがじっと俺を見ていた。
「……別に」
と言ったハルヒの声は、別に何もないなんてものには聞こえなかった。
何か引っ掛かるものでもあったらしいが、一体どれだろうね。
まさか俺が半妖精だなんてことに感づいたとは思えんが。
俺の抱いた疑問の答えが知れたのは、その数日後のことだった。
その時にはもう俺は、ハルヒが少しばかりおかしかったなんてことはほとんど忘れており、気にかかるのは機関の用事で部活を休んだ古泉のことばかりだったのだが、不意にハルヒに、
「……ねえ、あんた、いつの間に古泉くんとそんなに仲良くなったの?」
「……は? 何の話だ?」
と、俺は自然に言えただろうか。
少しばかりびくつきながら、心の一部に蓋をする。
その一部ってのがどこかと言えば、古泉が好きだという感情にである。
「だって、ちょっと前になるけど、古泉くんとぎくしゃくしてたじゃない。それがいつの間にか前より仲良くなってるみたいだから、気になったのよ」
「別に、普通だろ」
「じゃあ、なんで一時期仲が悪かったのよ」
「悪かったわけじゃねぇよ。ちょっとばかし、こっちの虫の居所が悪かっただけだ」
俺が言うと、ハルヒはむっと眉を寄せて、
「ほら」
と言った。
何がほらだ。
それだけじゃ何を示されたのかさえ分からんぞ。
「そうやって、あんたが自分の非を認めて、古泉くんを庇うようなことを言うことよ。…やっぱり、仲いいんじゃない」
……まずったかね、と思いつつ、俺は素知らぬ顔で、
「事実そうだってだけだ。…というか、どうしたハルヒ。誰かとケンカでもしたのか?」
そう問い返すと、珍しくもハルヒが黙った。
……図星だったのか。
「……別に、ケンカじゃないわよ。ちょっとした意見の相違をみたってだけで」
それを世間ではケンカと言ったりするんじゃないだろうかと思いつつ、ハルヒにもそんな風にケンカなんかするような相手がいるのかと思うと、なにやら感慨深いものがあるな。
だからって訳じゃないが、
「意見の相違なら、話し合えばある程度分かりあえるんじゃないか? 完全に理解したり、納得したりするのは難しくても、それがそいつの意見なんだと折り合いをつけることは出来るだろ」
「……あんたはそうしたってわけ?」
「…さて、どうだろうね」
意見の相違があったというより、
「…誤解があったってだけだったからな」
思わず呟いてから、しまったと思ったがもう遅い。
「誤解ねぇ。…あんたならともかく、古泉くんにもそういうところがあるのね」
「そりゃ、あるだろ。…お前はあいつをなんだと思ってるんだ」
「なんて言うか、」
とハルヒは少しばかり言い辛そうに沈黙した後、
「古泉くんって、人のことに踏み込み過ぎないところがあるじゃない? だからあたしは、あんたとケンカしてるのかと思った時も結構驚いたんだけど。そもそも誤解なんてするほど浅はかにも思えないし、たとえ誤解があったとしてもそれを悟らせないように立ち回るくらいしそうなのにね」
その推測はある意味正しく、俺は苦笑を返すしかない。
実際、誤解があったということに気づくことさえ難しかったからな。
傷つけ、あるいは傷つく覚悟を決めて、腹を割って話さなければ気付かないまま、さりげなくあいつは距離を取っていたに違いない。
「やっぱり、あんたと古泉くんって仲がいいのね」
そう笑ったハルヒの顔が、珍しいほどに穏やかで柔らかだったから、俺はなんだか気恥ずかしくなってきて、
「だったらなんだっつうんだ」
とぶっきらぼうに返したのだが、ハルヒは機嫌を損ねたりせず、
「あーあ、」
とため息のように呟いて、
「…あたしたちもそんな風になれるかしら」
と言って机に伏せた。
その視線の先に長門がいたのは………偶然なのかね?