自慢したいわけじゃないが、自慢話になりそうな話である。 他人の自慢話なんて聞きたくないという奴には、即刻引き返すことをオススメする。 そうでなく、自慢話でも惚気でもいいから聞いてやろうかという奴は、そんな話でいいなら聞いてくれ。 俺は、超能力者共によってTFEI端末などと呼ばれる、情報統合思念体の対人類コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースの中でも、珍しい存在である。 多くのヒューマノイド・インターフェースは女性形であるのに対して、俺はおそらく唯一と思しき男性形。 しかもどういうことか、自立行動の範囲が異常なまでに大きくされているのもあって、もしかしたら俺はプロトタイプのようなものなんじゃないかと疑ってもいる。 作られた時期も目的も、他の奴らとは若干違うしな。 だがまあ、結果として他の奴らとは比べ物にならんほど自由にさせてもらってるのはありがたいし、珍しいからこそハルヒに選ばれ、SOS団に入れた訳だから、プロトタイプも悪くはないのかも知れん。 しかしだ。 そのせいで俺は今、非常に困った状態に陥っていた。 プロトタイプゆえか、俺は自らあれこれ学習し、あれこれ現地調達しなければならないのだが、その中で、非常に扱い辛い感情さえも手に入れちまったのだ。 それをハルヒは「一過性の精神疾患」と呼び、俺もそう思おうとした。 が、抑えきれないほどの強さを持つのがその感情らしい。 それにしたって、これはないだろ。 すっかり人間臭くなったとハルヒやら喜緑さんやらに笑われる仕草で、俺はため息を吐き出した。 絶対に好きになってはならない人間に惚れちまうなんて、本当に感情というのは面倒臭い。 観察対象が恋敵なんて、面倒臭いなんて次元の問題じゃない。 大問題だ。 それくらいのことは、のぼせ上がった頭でも分かっていたというのに、俺が本当にいかれちまったと知ったハルヒは凄い剣幕で釘を刺しに来た。 「あんた、自分の立場ってもんを分かってるんでしょうね!?」 分かってるとも。 だからこそ、必死になって抑え込もうとしてるんだろ。 「…どうだか。最近なんて、気がついたら古泉くんを見てるじゃないの」 「…自分でも抑え切れねえんだよ」 苦々しくそう言った俺に、ハルヒは目を剥いて、 「……は? でも、あんたって言ってみたらコンピュータみたいなもんでしょ? 余計なものはデリート出来るんじゃないの? 人間と違って」 人間と違って、という言葉ですら、エラーが起きそうになる。 「頼むから、そういうことは言ってくれるな。おかしくなりそうだ」 本気でそう懇願する俺に、ハルヒは呆れたように呟いた。 「…重症ね。でも、そうなんじゃなかったの?」 「そのはずだったし、事実何度も削除した。だが……」 それでもダメだった。 どんなに苦しい思いをして、無理矢理に消しても戻ってくる。 何度も何度も湧き上がってくる。 その度、俺がどんなに苦しいか、人間には分からんだろう。 「……キョン…」 ハルヒは心配そうに俺を見た。 「そんな顔しなくていいだろ」 「うるさいわね。あんたがあんまり酷い顔してるからよ」 「俺は一ミクロンたりとも表情筋を動かしてはない」 「そうじゃないわよ、ばかね」 そう言ってハルヒもため息を吐き、 「難しいものね」 と呟いた。 「全くだ。……ともあれ、俺はこれを表沙汰にする気はない。だからこそ、お前には喋ったんだ」 「…本当に大丈夫なの? あたしに言いたくなるほど、何か蓄積してるんでしょ?」 蓄積するそれが何なのか、俺にもよく分からんが、な。 「…大丈夫だ」 ところが、大丈夫じゃなかったんだな。 思い出すだけでため息が出る、というか、冷や汗も出る話だが、俺はその何かの蓄積に耐え切れなくなっちまったのだ。 何度削除してもだめだった。 何度封印しようとしてもだめだった。 耐え切れないほどに蓄積したそれが、最終的に爆発しちまったのは、冬休みを目前にしたある日のことだった。 朝比奈さんとあいつが、肩を並べて楽しげに談笑しながら帰っているのを見た瞬間、俺は思っちまったのだ。 俺がせめて、女の子だったら。 あいつが鍵じゃなかったら。 俺はこんなにも苦しくなかったかもしれないなんて。 思うだけならまだしも、俺は願ってしまった。 そうある世界を。 俺があいつを好きでいても何もおかしくなく、何も問題のない世界を。 そして俺は暴走しちまった。 いつかそうなると分かっていて、回避しようと必死になったにも関わらずだめだったということだ。 自分が女で、ハルヒも朝比奈さんも長門も、ただの人間に過ぎない世界をつくった。 そうすれば、あいつが手に入るかもしれないと、狂った頭で思ったから。 だが、それまでの状況を捨て切ることも出来なかった。 だって、古泉が優しくしてくれたのは、人間でない、ただの一端末に過ぎない俺なのだ。 ただの女の子の俺じゃない。 あいつが、俺の正体を知っていても、人間として扱ってくれるから、俺はあいつを好きになったのだ。 だから、古泉に選ばせた。 本当は、ずるいことをしたと自分でも分かっている。 俺はきっと、どっちを選ばれても嬉しかっただろうから。 古泉があの世界を選んだなら、俺は何の迷いも躊躇いもなく、あいつを好きでいて、幸せだっただろう。 結果としてこうなったように、古泉がこちらの世界を選んでくれたことも、嬉しくてならない。 俺のような、ハルヒや長門のような、日常とは懸け離れたものと過ごす世界を選んでくれて、本当に嬉しかった。 それでしばらくは頑張れた。 それでも、やはり好きという気持ちは蓄積して行く。 何か、ではなく、確かな形を持ったそれは、前以上の圧力でもって、俺の内面世界を埋め尽くし、圧迫して行く。 これじゃ、前と同じことの繰り返しだ。 それはまずい、と俺は考えた結果、よくある恋愛小説の類に答えを求めた。 その結論が、あいつに嫌われればすっきりするだろうというものだった。 俺は確かに古泉が好きだし、好きになってほしいとさえ願っている。 だが、だからと言ってあいつの気持ちを歪めたいとは決して思わない。 だから、あいつに嫌われたなら、ちゃんと諦められると思ったのだ。 それでも、俺は怖かった。 俺自身があいつに嫌われることが恐ろしくて、だから、酷くずるい嘘を吐いた。 ――その結果、古泉とめでたく付き合うことになったのは、自分でも理解出来ない。 ただ分かるのは、幸せ、ということ。 「あんたね…!」 俺の報告を受けたハルヒは、顔を真っ赤にして怒った。 般若というよりは仁王とか不動明王っぽいあたりがハルヒらしい。 「あたしがあれだけ何度も言ったのに、なんてことやってくれたのよ!」 と怒鳴るハルヒの言葉も怖くはない。 だから俺はしれっとした顔で、 「仕方ないだろ。好きになっちまったんだから」 と返し、ハルヒの怒りに油を注ぐ。 俺の横からは古泉が、心底肝を冷やした様子ながらも、 「あの、涼宮さん、彼だけを責めないでください。僕も同罪ですし……」 などと俺を庇ってくれる。 そんなことさえ、嬉しくて堪らなくて、思わず古泉に体をすり寄せる。 「あ、ちょっ…」 と古泉が慌てるので、 「…嫌か?」 と上目遣いに見たら、古泉は赤い顔をして、 「い…や、じゃ、ない……ですけど、TPOは考えましょうよ…」 「…分かった。自重する」 ぶるぶると固めた拳を震わせるハルヒは何が言いたいんだろうな。 「あんたを思いっきり殴ってやりたいだけよ! このあほんだらけ!!」 そう怒鳴って深呼吸をし、一応の落ち着きを取り戻そうと努力したハルヒは、俺では話にならないと判断したのか、古泉に視線を戻した。 あんまり見るな、減る気がする。 「そこの色呆け馬鹿は放っとくとして、古泉くん、あなた、自分の立場を分かってなかったの?」 「すみません。……でも、僕はそれでも、この人のことが好きなんです」 「人って言うか、TFEIだけどね」 ため息混じりに言ったハルヒに、 「人ですよ」 と返した古泉の声はどこか冷たく、強かった。 ハルヒさえぎょっとした顔をしたくらい。 驚いた俺の背中に腕を回し、優しく抱き締めて、古泉はもう一度言う。 「人ですよ、彼は。僕の大切な、愛しい人です」 その声の優しさに、体が震えた。 嬉しい、という感情に埋め尽くされる。 他の何もなくなっていく気がする。 嬉しくて嬉しくて、思考を言語化することもままならないなりに、なんとか気持ちだけは伝えたくて、古泉を抱き締めたら、優しく抱き締め返された。 そんな俺たちに、ハルヒはため息をもうひとつ盛大に吐き出した。 「ああもう…どうしようかしら」 そう愚痴るように呟いて、その後、 「いっそ、どこかでみくるちゃん好みの男でも探してきたらいいわけ?」 などと呟いてるってことは、邪魔しないのか。 「出来るわけないでしょ」 とハルヒは俺を睥睨した。 「限定超能力者のあたしじゃ、あんたにはどうしたって敵わないんだし。それに…」 とハルヒはちょっと笑い、 「……あんたも古泉くんも、言うだけ馬鹿馬鹿しいくらい幸せそうだから、それを邪魔したりしたらあたしが悪者みたいじゃない。馬に蹴られるのも豆腐の角に頭をぶつけるのも、死因としちゃ最悪だしね」 「ハルヒ……」 「ただし、」 感激しそうになった俺に、ハルヒはハルヒらしく釘を刺す。 「みくるちゃんには絶対ばれないように、隠しなさいよ?」 ああ、分かってる。 俺は頷いて、それから少しだけ笑って、ハルヒに言った。 「ありがとな」 |