たとえばそんな出会い
  お題:ナンパ 美術館 限定ネコミミフィグマ



世界に名高い電気街、もとい、世界に名だたる萌えの街で俺が何をしてたかというと、まあ、だらだらとゲームで通信なんかして遊んでたわけだが、それにも飽きて、さてどうするかねと顔を上げた瞬間、
「あのっ、お暇ですか!?」
と声を掛けられた。
……男に。
「……は?」
ぽかんとしながら見たその人物は、恥かしそうに顔を真っ赤にして、なにやら必死に俺を見つめていた。
「お暇なら、ちょっとお手伝いいただきたいことがあるんですが……」
「えぇと…」
「簡単なことなんです。ちょっと人手が欲しいだけで…。お礼はきちんとお支払いしますから」
なんだ、そういうことか。
「はい?」
きょとんとしたそいつの年齢は、俺と同じくらいだろうか。
だが、そんな顔をするとどこか幼くも見えた。
俺は苦笑しながら立ち上がり、
ナンパかと思うから、もう少し言葉を考えてから声を掛けた方がいいぞ」
と言ってやった。
瞬間、そいつは顔を更に赤く染め、
「な、ナンパだなんて……」
「ああ、分かってる。違うんだよな?」
「違いますよ、勿論…!」
そう言って必死に否定するそいつに、俺は声を立てて笑いながら、
「暇だから構わんが、一体何を手伝うんだ? 荷物運びとかか?」
「いえ、」
どうやら急ぐらしく、ちらちらと外の方を見ている。
「急ぐんだったら、説明は後でもいい。行くぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
そう嬉しそうに笑うそいつに連れられて、俺はファーストフードショップを出た。
「で、なんなんだ?」
「その、一人一つ限りで販売される限定商品があって、でも僕はそれが二つほど欲しいんです。それで、知人に一緒に並んでくれるよう頼んでたのですが、急用が出来たとさっき急に帰られてしまいまして……」
その代わりがいるってことか。
なるほど、と納得しながら、
「時間は大丈夫なのか?」
「ええ、販売開始時刻が決められていて、まだ少しありますし、整理券はもらえたので……」
なかなか大仰だな。
ボジョレー・ヌーボーかよ。
呆れながら、
「で、その限定商品ってのはなんだ?」
「え?」
びくっとそいつは竦みあがった。
なんだ、人に言えないようなものなのか?
「いえ……そのぉ……」
「心配しなくても、犯罪がらみとかでもなきゃ逃げんぞ」
「……その、」
かぁっと音がしそうなほど顔を赤くして、そいつはか細い声で白状した。
「…限定ネコミミフィグマ、です。『長門有希ちゃんの消失』の、長門さんの」
…………。
「…帰っていいか?」
「にっ、逃げないでくださいよおぉ!!!」
冗談だから必死になって取り縋るんじゃない、人目が痛い!
「ほんとにほんとに逃げないでくださいよ?」
と泣きつくそいつに袖を握り締められたまま行列に並ばされた俺は、しげしげとその端正な顔を眺めて呟いた。
「美形なのにオタクかよ」
そう、思わず呟けるくらいには、そいつは美形だった。
薄い色をした髪は、脱色かとも思ったが、それにしては髪が痛んでいないから、おそらく生まれついてのものなんだろう。
形のいい唇も、切れ長の目も、すっと通った鼻梁も、パーツごとで見てさえ整っているし、それが集合体となってうるさくもないのがいっそ見事だ。
その綺麗な顔だと、眉をしかめていても綺麗なものらしい。
眉間にしわを作りながら、
「放っといてください。それに、可愛いものを愛でて何が悪いんですか」
と不貞腐れるので、
「まあ落ち着け」
と俺はなだめる。
「悪いとは言ってないし思ってもない。ただ、ちょっとばかり勿体無いと思っちまっただけだ」
「え?」
「お前なら、三次元の女が放っとかないだろ」
にやっと笑った俺に、そいつは余計にしわを深くし、
「……女の人は、怖いです」
と言った。
どうやら、トラウマでもあるらしい。
「…ほんとに、怖いんですよ」
とそいつはため息を吐いた。
「そりゃ、僕だって女の人と付き合ったことがないわけじゃありませんけど、でも、だからこそ怖いんです。なんで、女の人ってあんな風に凶暴になれるんですか。おまけに、人の大事な物を勝手に捨てたりするし、かと思うと影では気持ち悪いとかなんとか言うし……」
ぶつぶつとそいつが紡ぐ愚痴を大人しく聞いてやったのは、高校時代からとある人物に振り回されまくったおかげでその気持ちがよく分かったからでもあるし、愚痴を呟いていてさえ、その声がえらく心地好く響いたからでもある。
背も高ければ脚も長いし、……外見的なものに関しては、本当に完璧だな。
なのに中身はオタク。
それもどうやらフィギュア系。
そのアンバランスさが妙にツボにはまってしまった俺も、あいつの影響を受けているってことなんだろうか。
見た目通りじゃつまらないというのは、やっぱり危険思考かね?
ともあれ、俺も一緒になって一部の強すぎる女性陣について語った挙句、行列から解放される頃には、そいつとすっかり意気投合しちまっていた。
「これから何かご予定でも?」
とそいつが聞くので、
「いや、なんも」
「では、よろしければうちに来ませんか? 今のお店くらい凄いですし、お茶くらいでいいならお出ししますよ?」
と誘われた。
俺だって、フィギュアに興味がないわけじゃないし、それ以上にこの色々と残念な美形の住環境ってものに関心があった。
電車に乗ってしばし。
駅で下りてからもうしばらく歩き、なかなか落ち着いた雰囲気の住宅街に入ったなと思ったらそいつが足を止めたのは、一軒家の前だった。
「ここです」
「一戸建てって、お前ん家、金あるんだな。家族と同居か?」
「一人暮らしですよ」
なお凄い。
呆れながら足を踏み入れて、俺は更に呆れた。
呆れたというか呆然としたというか、言葉も失ったとでも言うべきだろうか。
そこはまるで美術館だった。
壁という壁はガラス張りのショーケースにされ、そこには適度な間隔を保ちながらとはいえ、所狭しとフィギュアが並ぶ。
「こっちの方がもっと凄いですよ」
と通されたのはどうやらコレクションルームらしく、陳列棚がいくつも並んでいた。
なんというか、窓という窓が全て塞がれて、かつ温度管理のためだろう、エアコンが常時稼動しているらしいのがまた凄い。
思わず、
「凄いな…」
「呆れるでしょう?」
自虐的なことを苦笑混じりに言うそいつに、
「いや、ここまで来ると素直に感心する。よく集められるもんだな」
「好きなものですから」
照れ臭そうに笑って、それでもそいつは嬉しそうに、
「オリジナルの作品もあるんですよ。僕が改造したのも」
「そんなことも出来るのか?」
「ええ」
好きなんだろうな。
話をしてるだけでもえらく幸せそうな顔だ。
それに、自分でも作れるってことは、ピグマリオンじゃないが、自分で自分の理想の女の子を作れるってわけだろう?
そりゃ熱中するよな。
納得している俺に、
「コーヒーと紅茶ならどちらがいいです?」
とそいつは聞いてくるので、
「どっちでもいい。用意しやすい方で」
「畏まりました」
とキッチンの方へ消えようとしたそいつを、
「古泉、」
と呼び止めると、そいつは大きく目を見開いて振り向いた。
「どうして、名前を……」
「あほか。表札にばっちり書いてただろ」
「…あ、そう、ですよね」
恥かしくなったのか顔を赤くするそいつに、俺は呼び止めた用件の方を伝えてやる。
「自由に見てていいのか?」
「ええ、お好きになさってください。他の部屋もこんな調子ですし、見られて困るようなものもないので、ご自由にどうぞ」
そう笑顔で言って、古泉は顔を引っ込めた。
なんというか、今日初めて出会ったばかりだというのにそんな風に信頼されるのがくすぐったいような気持ちになるな。
よっぽどあいつは友人が少ないんだろうか。
だったら、怖くないからと長門あたりを紹介したらどうだ?
あいつが今日買ったフィギュアのキャラクターと同姓同名だと言ったら食いつくかも知れんしな。
そんなことを思いながら、目がチカチカするほど色とりどりの美少女の群れを眺めていると、
「お茶が入りましたよー」
と呼ばれたので、声のする方に行くと、広々としたリビングルームの、なかなか贅沢な応接セットに紅茶が用意されていた。
というか、リビングさえもがコレクションルーム状態なんだな。
「こちらのは、基本的に少々いじられても構わないようなものだけですけどね」
と苦笑する古泉に言うでなく、
「ああ、それで可動式が多いのか」
そう俺が呟くと、
「分かりますか?」
と嬉しそうな顔をされる。
「それくらい、見りゃ分かる」
「でも、嬉しいです」
にっこにっこと笑顔を振りまくそいつに釣られたわけじゃないが、それからお茶を飲みながら延々ディープな話に浸かっちまった。
それこそ、俺まで一般人とは呼べなくなるくらいに。
途中、古泉が引っ張り出してきた可動式のフィギュアをいじりつつ、お茶のおかわりを用意しに行った古泉を待っていると、ついうっかり、その腕がもげるなんてアクシデントもあったのだが、冷や汗を流す俺に対して、古泉は穏やかな笑みを浮かべたまま、
「それくらいなら大丈夫ですよ。それ、結構外れやすいんです」
と言って俺の手からそれをやんわり取り上げると、簡単に直して俺の手に戻す。
「なんか、意外とあっさりしてるんだな。もっと怒るかと思ったんだが」
「これくらい、気にしませんよ。それに、もし折れたりしたとしても、直せますし」
ああそうか、オリジナルのなんて作れるくらいなら機材もあるだろうな。
そんな調子でずるずると長居をした挙句、結局夕食までご馳走になっちまった。
手先が器用だからか、料理もなかなか美味かった。
それに何より、初対面で初めて訪ねた他人の家だってのに、どうにも居心地がよくて堪らん。
俺はにやけながら、
「もう謝礼なんかもらえんな」
と言ったのだが、古泉は心配そうに、
「え? どうしてですか?」
「手伝った以上に、俺の方が世話になりすぎただろ。それに、まあ、なんだ? 金をもらったりしないで頼みごとをされた方が気分もいいと思わんか」
「ええと……」
戸惑うような嬉しがるような顔を見せた古泉だったが、
「…僕も、その方が嬉しいです。その、お金が惜しいというわけではなくてですね、」
「ああ、分かる」
だから皆まで言うな。
余計に恥かしくなる。
俺は携帯を引っ張り出すと、
「メアドでももらえるか? 俺のも渡すから。また今日みたいに人手がいるとか、そうじゃなくてただ暇だからとかでもいいから、呼べよ。どうせ俺も暇なんだ」
「ありがとうございます」
あれこれやらかして、それじゃあそろそろ帰るか、と腰を上げた俺に、丁寧に玄関まで見送りに出た古泉は、
「またいつでも来てくださいね」
と笑顔で言ったばかりか、名残惜しそうに人を見つめ、
「…あなたのフィギュアを作ってみたいな」
などと呟くので、
「それは流石に勘弁してくれ」
と苦笑混じりに制止する破目になった。
それは流石に寒いだろ。
「…すみません」
ぺしょりと凹んだ古泉の頭を撫でて、俺は言ってやる。
「また遊びに来てやるって言っただろ。フィギュアじゃなくて実物で我慢してくれ」
「…はい」
嬉しそうに笑った古泉に、盛大に懐かれたな、とにやにやしながら俺は家路についたのだった。