一見アンハッピーな展開ですが、一応ハッピーエンドのつもり←
苦手な人もいるかもなので、エロじゃないけど下げ







































眠り姫



高校時代を部活にバイトにと忙しく過ごした僕には、何ひとつ浮いた噂もなく、そういう意味ではとてもつまらない高校時代を送った――ということになっている。
でも本当は、僕にも恋人がいたのだ。
誰にも決して明かせない、秘密の恋だった。
それは相手が同性であるということだけが理由ではなく、彼がとある女性の想い人であったことや、その女性が特殊な力を持っていたこと、それから僕が立場上、彼と付き合うなんて決して許されない立場だったからだ。
でも、そうでなくても、僕はそれに堪えられなかったかもしれない。
彼を後ろ暗い道に引きずり込んでしまったという罪悪感は強く、せめてそれが表に出ないことで、彼を世間の冷たさから守ることに僕は必死だった。
だから、ある意味では当然のことだったのかもしれない。
高校卒業を機に、彼との関係を清算し、ただの友人に戻ろうと考えたことも。
学校の成績とは無関係なところでとても聡明な彼だから、僕がそれを口にすると、とても寂しそうな顔をしながらも、
「そうだな」
と頷いてくれた。
「お前も県外に行っちまうし、遠距離恋愛なんて無理だろうな。ましてや、今みたいに人目を忍んでなんて。……こんなもんは思春期にありがちな勘違いだってことにしちまってもいい。……だが、ひとつだけ聞かせてくれ」
「なんでしょうか」
彼はじっと僕を見つめて、
「それは、お前の意志なんだな?」
と問うた。
予想されていた問いかけだ。
彼らしくて、とても優しい質問。
それに僕は正直に答える。
「はい。……あなたもご存知の通り、涼宮さんの力も失われましたし、機関も解散されました。これは間違いなく僕の意志です」
「そうか。……だったらいい」
そう言って彼は僕に向かって手を伸ばし、ぎゅっと僕を抱きしめてくれた。
「これまでありがとな。…愛してた。これからは……まあ、なんだ、親友なんておこがましいことは言えんから、ただの友人の一人とでも思って、覚えててくれるとありがたい」
「ただの友人だなんて、……たとえ恋人でなくなっても、あなたが僕の大切な人であることに変わりはありません。僕の方こそ、あなたに親友だなんて思っていただけるんでしょうか」
「ああ。…一番の親友だ」
シャイで、付き合ってる間も滅多に甘いことは言ってくれなかったはずの彼なのに、その日ばかりはそんなことをはっきりと告げてくれた。
「……僕も、あなたを心から、愛してました。いえ、今も、あなたを敬愛してます」
機関の指図でもなく、他の誰かの陰謀でもなく、ただ僕として、あなたのことが誰よりも好きでした。
「ん……」
頷きながら、彼はしばらく僕を離してくれなかった。
もしかしたらほんの少し泣いていたのかもしれない。
でもそれを僕に悟らせない彼の強さが、僕は愛しく、そして羨ましく、何よりも眩しかった。
そんな訳で僕はあらゆる後片付けを綺麗に済ませて、県外の大学に進学した。
親友と言いながらも、お互い春からの新生活に忙しく、滅多にメールも電話も出来たものじゃなかったけれど、それでも時折届く何気ない気遣いのメールや、電話の向こうから響く優しい声に、僕は高校時代と変わらず力付けられた。
僕から返信出来ないような時でも彼からのメールはすぐに見たし、返信出来るなら可能な限りすぐにそうした。
主に僕のせいで切れ切れになりがちなやりとりは、それでも一応キャッチボールめいた運動を続けていた。
だから僕は、夏休み初日にいきなりその話を聞かされた時、にわかには信じられなかった。
「彼の様子がおかしいって……どういうことです?」
ぽかんとする僕に、すっかり普通の女子大生になった長門さんは、真剣に言った。
「いつも眠そうにしていて、非常に危なっかしい。…あなたにはなんとか出来ると思って来てみた」
「いつも眠そうって……ええと、高校生の頃もそうだったと思いますが……」
「違う。尋常でないレベルに達しつつある」
たとえばこんなことがあったのだと長門さんは話してくれた。
長門さんは彼と同じ大学に通っている分、よく彼のことを見聞きするのだけれど、五月くらいからどことなく彼がぼんやりするようになってきて、授業中もよく眠っていたらしい。
所謂五月病というものかと思っていたら、ある日、自分と一緒に歩いている時に突然眠り込み、危うく階段から転落するところだったのだという。
これはおかしいと思った彼女が調べると、このところ彼はそんな状態で、自転車を漕ぎながらでさえ眠ってしまいそうになるらしい。
そしてその傾向は強まるばかりだというのに、彼には何ひとつ原因が思い付かないのだという。
夜更かししているわけでもない。
むしろ、空いてる時間は常に眠っているくらい、眠ってばかりだ。
それなのに、三日ばかり徹夜したような状態がずっと続いているのだという。
「今日あたり、検査のため入院することも決まっている。でも、私が見たところ、あれはおそらく心因性のもの。だから、あなたの協力を仰ぎたい」
「本当にそんなことに……? でも、僕とメールや電話をする時は普通ですよ? 先日も、30分ばかり電話でしゃべりましたが、その間ずっと元気にしゃべってて、そんな話はおろか、眠ってしまう様子もありませんでしたが……」
僕が言うと、長門さんは深刻そうな顔で、
「…やっぱり」
と呟いた。
「え?」
「私も何度か目撃したけれど、彼はあなたからの連絡にのみ反応している。その時だけは、眠り込む様子もない」
「……は?」
「お願い」
と彼女は僕を見つめた。
「彼を救うため、私と一緒に来て」
頼み事というよりも命令のようだったそれに従って、僕は慌てて旅装を整え、彼女と共に旅立った。
一応と、彼に会いに行く旨を伝えるべく、メールを入れておく。
すぐ返ってきた返事は、どうしてという戸惑いと、会えるのは嬉しいということ、出来たらどこかに出掛けたいが難しいかもしれないという不満が詰まっていた。
やっぱり、いつも通りに思える。
首を捻る僕に、長門さんはぽつりと、
「余計なことかもしれないけれど、彼がまともに対応出来るのもあなただけ」
と呟いた。
「それは……」
「私や涼宮さん、別の友人や家族がメールを送っても返事はまずない。電話にも出られない。でも彼はどこへ行くにも携帯を手放さず、電池を切らすことも、電源を切ることもない。……分かる?」
ぞっとしたように感じたのはなんだったのだろう。
寒気でもなく恐怖でもなく嫌悪でもなく悔しさでもなく怯えでもない。
それにしては酷く甘く熱っぽく高揚感を伴う自分の感情にこそ、僕は戸惑い、恐怖を覚えた。
彼がいる病院の最寄り駅に下りたのは、途中、長門さんの携帯に彼のご家族から連絡が入ったからだ。
検査中、彼がまた眠り込み、一種の昏睡状態と判断されたというのだ。
「より正確に言うなら、嗜眠状態。まだ昏睡にまでは陥っていない。でもそれも、時間の問題」
一見冷静なことを言っている長門さんの表情にも焦燥が見て取れる。
それだけ危険な状態なのだろう。
病室に横たわる彼の姿なんてもう見たくないと思っていたはずなのに、僕のせいでこんなことになってしまうなんて。
…本当に僕のせいでそんなことにまでなってしまったのだろうか。
どこかまだ疑わしい気持ちで、それでも僕は罪悪感に胸を痛めながら、彼のいる病室に駆け込み、彼の名前を呼んだ。
その時だ。
ぱちりと目を開けた彼が僕を見て、
「…よう」
と笑ったのは。
さっきまで昏睡状態だったのに、と戸惑う医者や看護婦も目に入らない様子で僕を見つめる彼と目があった時、僕は決めたのだ。
その夏の予定を全てキャンセルした僕は、彼につきっきりで過ごした。
僕が側に居さえすれば、彼も普通の生活を送れると分かったから。
ついでとばかりに、眠り病のおかげで遅れた勉強を取り戻すべくとはいえ、大学生にもなって、せっかくの夏休みを勉強で潰していてさえ、彼は楽しそうだった。
僕は本当に朝から晩まで彼と一緒にいた。
朝、僕が顔を見せるとそれが何時であれ彼はぱちりと目を覚まし、逆に夜は僕がいなくなるとすぐ様眠ってしまうのは相変わらずだった。
そんな状況がおかしいことは彼にも分かっているのだろう。
「迷惑かけてすまん」
と彼は日に何度も繰り返し謝る。
そのくせ、
「なんでこうなんだろうな」
と心底不思議そうに呟くのだ。
誰から見ても原因ははっきりしているというのに。
それでも彼は決して自分から、よりを戻そうなんて言わない。
ただの友人としての関係で満足している顔をする。
でも、ねえ、本当はそうじゃないから、そんなことになっているんでしょう?
僕は、この夏休みが終わるまでに、彼にもう一度告白しようと思う。
それでたとえ彼の病が治っても、彼と一緒にいるために。