日が落ちるのが遅い、とは言っても、夏至は一応過ぎたから、少しずつ早くなってきているはずなのよね。 夕焼けの赤い空が段々と赤味を増して、それからふっと薄暗く、青く染まるのを見届ける。 そうなってからやっと映えて来たピンクや白や黄色の色とりどりの提灯は、でもやっぱりただの飾り程度で、むしろ照明のメインは眩しいライトだった。 情緒があるんだかないんだかわかんないわね。 いっそのこと本当に蝋燭を入れた提灯ばかりにしてもいいと思うんだけど。 それでも、ふわっと鼻を掠めてく焦げたソースの匂いとか、綿菓子を作る時の甘い匂いとかは場を盛り上げるのには最高のものだったし、遠くから聞こえてくる盆踊りの音も、風情がないってわけでもなかったわ。 みくるちゃんが履き慣れない下駄に苦労しながらも、からころと立てる軽やかな音も。 人いきれのせいだけじゃなく蒸し暑い空気も。 何もかもが凄く夏らしくて、いっそ清々しいくらいだわ。 一年の時には確かにみんなで来た夏祭りに、あたしはみくるちゃんと有希だけを連れて来てた。 たまには男抜きでってのも楽しいかと思ったんだけど、これも良し悪しね。 確かに、みくるちゃんと有希を独り占めして、あれこれ見て回ったりするのは楽しいんだけど、女ばっかりの集団だと思って余計なナンパとかが多いのにはうんざりしたわ。 油断するとみくるちゃんが男に囲まれそうになってたりするし、かと思ったら有希が屋台の前で止まっててはぐれかけたりするし。 「あの二人でも役には立ってたのね」 ってあたしが呟いたら、みくるちゃんは困ったみたいに笑って、有希は相変わらずの無表情だった。 「どうする? とりあえず一巡りしちゃったみたいだけど、もっかい行っときたいところでもある? それとも、どこか別のところにでも行きましょうか」 「あたしはどちらでも…」 とみくるちゃんが言うし、有希も黙ってるからどっちでもいいみたいね。 キョンがいたら確実に、もう十分だろ、さっさと帰るぞとか余計なことを言ってせっかくの楽しい気分に水を差してくれるところなんだろうけど、それがないってだけでも、男抜きにした甲斐があったかもしれないわ。 「それじゃ、ぶらっと冷やかしながらもう一周して、それから帰ることにしましょうか」 そう言って、あたしたちが歩きだしてすぐだったわ。 見覚えのある頭を人混みの中に発見したのは。 「…ねえみくるちゃん」 あたしはそれを見失わないようずっと目で追いかけながら言った。 「あれ、キョンと古泉くんじゃない?」 「え? どこですか?」 「ほら、あそこよ」 指差してもすぐにそうだって分かんなかったのは、みくるちゃんが悪いって訳じゃないと思うわ。 だって、あいつらときたら、珍しくもばっちり浴衣でおめかしなんてしちゃってるんだもの。 古泉くんはともかく、キョンがそんな格好するなんて、考えてもみなかったから、あたしも驚いたくらいよ。 古泉くんは涼しげな藍色の浴衣に白っぽい兵児帯をキリリと締めてて、それだけで通りすがりの女の子が見惚れてくくらい決まってる。 脚が長いから和装は似合わないかと思ってたんだけど、そんなことも全然なくて、本当に着こなしがうまいんだって思ったわ。 対するキョンは、どこか安っぽい幾何学柄の浴衣を着てるけど、裾さばきなんかもどこかぎこちなくて締まらない。 古泉くんと一緒に歩いてるから余計に酷く見えるわ。 なのになんで一緒にいるんだか。 でも、 「ねえ有希、あれ、キョンと古泉くんでしょ?」 「……」 黙ったままだったけど、有希ははっきりと頷いたわ。 そして、有希が頷いたならまず間違いない。 あれはキョンと古泉くんってことになる。 「二人とも、ほんとは夏祭りに来たかったのかしら」 一応誘った時には、 「いいから朝比奈さんと長門をつれて行って来い。それが楽しみで準備してたんだろ?」 なんてキョンが言って、古泉くんも、 「お土産を楽しみにしてますから、楽しんできてくださいね」 って言ってたはずなのに。 おかしい、と思いながら、あたしが二人に声を掛けようかと近づいたら、あることに気が付いたわ。 人混みに紛れて、二人の手がしっかり握られてることに。 それって、あたしがみくるちゃんと有希の手を掴んでるのとは意味が違う気がする。 どういうこと、と思ったら、もう、声なんて掛けられなくなった。 その代わりに、じゃないけど、二人の後を付かず離れず追いかけて行く。 結構近くに行っても、二人はあたしたちに気付かないみたいだった。 二人は、どうもさっき来たばかりだったみたいで、ゆっくりゆっくり、並んだ屋台を冷やかしながら歩いてた。 「古泉、お前の仲間がいるぞ」 なんてわけの分かんないことを言いながらキョンがリンゴ飴を指差すと、古泉くんは見たことがないくらい柔らかい笑みを浮かべて、 「そうからかわないでくださいよ」 と文句に聞こえない文句を言う。 キョンが食べたそうにたこ焼きを見てれば、古泉くんがぱっと動いて買いに行くし、古泉くんが、 「去年は確か断られてしまいましたけど、今年はどうです?」 なんて金魚すくいに誘ったら、キョンは子供みたいな顔して、 「別にいいが、これでもお前が俺に勝てるとは思えんな」 って言いながら応じてた。 「金魚すくいはゲームとは違って、身体感覚などが物を言うものですから分かりませんよ?」 「お前、それは俺が運動オンチだとでも言いたいのか?」 そう言ったキョンは眉を寄せてるのに、口は笑顔のままだわ。 どこか挑戦的な笑顔も、あたしは見たことがなかったと思う。 「袖を濡らすなよ」 「分かってます」 子供をたしなめるようなキョンの発言にも、古泉くんは嬉しそう。 そうして、二人してやった金魚すくいは、1対0なんて、お粗末な接戦の結果、キョンが勝った訳だけど。 「古泉、お前、金魚なんて育てられるか?」 「どうでしょうね。小さい頃に飼ったことはあるんですが、確か三日でダメにして泣く泣くお墓を作ったという苦い思い出に直結している気がします」 「まあ、縁日の金魚なんてそんなもんだとは思うが……それ以上にお前が本当に管理出来るのか心配だな」 「心配なら、様子を見に来てくださいよ」 ちらっと悪戯っぽくウィンクした古泉くんに、キョンは優しく、 「しょうがねぇなぁ」 って笑う。 「ちゃんと世話しろよ」 そうして押し付けられた金魚を、古泉くんは大事そうに受け取って、自分がもらったのと合わせて、一匹ずつ金魚が入ったビニール袋を二つ、放さないように大事に持ってた。 それから、多くなった荷物に難儀しながらもちゃんと神社にもお参りして、その辺で買ったヤキソバなんかを並んで食べながら、二人はしばらく何か喋ってたみたい。 流石に、そんな人の疎らな場所じゃ、気付かれないような距離にしかいられなかったから、会話はろくに聞き取れなかったけど、でも、本当に楽しそうに話してた。 近づいてきた人馴れした猫にヤキソバを分けてやってるキョンに古泉くんが、 「ヤキソバなんて食べさせたら、塩分が多くて体に悪いんじゃありませんか?」 って心配そうに言うのと、 「これくらい平気だろ。シャミセンなんか、塩辛い干物も食ってるぞ。こいつもシャミセンくらいでかいし、慣れてるようだから、平気だろ」 キョンが甚だ無責任なことを言うのくらいは聞こえたけど。 そうしているのを見てたら、仲がいい友達くらいに見えたかもしれないけど、時々二人の間に交わされる、絡むような視線とか、悪戯するみたいに触れ合う指先とかは、とてもそうとは思えない。 つまりは、ここまでくれば、これがただ遊んでるだけ、なんてもんじゃないことはあたしにも察しがついた。 流石のみくるちゃんにも分かったのか、途中から赤くなったり青くなったりしながら、 「す、涼宮さぁん…もう帰りませんかぁ……」 ってべそかきそうな声で言ってたくらいだったわ。 「…全く」 あたしが呟くと、どうしてかみくるちゃんがびくっと飛び上がったわ。 あなたが怯えてどうするのよ。 怯えるべきはあいつらなのに。 あたしは遠巻きに二人を見つめながら宣言してやる。 「あたしに隠すなんていい度胸だわ。見てなさい。もっと面白くしてやるんだから!」 指差した指を拳銃の形にして、二人をBANG! と撃ち抜いた。 |