微エロ注意
そしてそれ以上に電波注意のキャラ崩壊注意です
なんでもオッケーって方のみどうぞ
















































最高に甘いものはいかが?
  お題:キョンの部屋 お酒 ナース服



ある日僕はこんな夢を見た。
ただの夢である。
そうでなければ困る。
そんな、とんでもない夢の話である。

白い建物。
白衣の男性職員。
ナース服を着た女性職員。
――という取り合わせからここが病院だろうと思った人はある意味正しくてある意味間違っている。
そう連想した素直な思考は非常に真っ当であり、人として正しい。
しかしここは病院ではないので間違っている、という訳。
ではどこか?
答えは「神殿」です。
どういうことか?
聞きたいのはこっちですよ。
気がついたら白衣を着て、壮麗な神殿の回廊に突っ立ってたんですから。
夢にしてもなんでこんなものが出てくるんだと呆れつつ、素晴らしいまでに見事な白亜の神殿を眺めた。
建築様式やその見事さはパルテノン神殿もかくやという感じ。
ただその規模は、バチカン並みの大きさである。
「セキュリティはペンタゴンぐらいしっかりしてるぜ」
と低い女性の声がした。
驚いて振り向くとそこには、背中に純白の羽を生やし、黒をベースにした所謂ゴシック系のナース服らしきものを身に纏い、イラだたしげにタバコチョコレートをかじる――ええと、そう認めるだけで各方面から苦情をいただきそうな、しかしながら認めないことには話が進まないので認めざるを得ない――朝比奈さんが宙に浮いていた。
唖然として声も出せない僕に、
「どうしたってんだよ。間抜けな面ぁさらしやがって」
「…すみません、少々、脳が混乱してまして」
「は! まあ、そうなるだろうな。あのおっそろしくわがままな神に媚びへつらってりゃよ」
……神って…まさか。
「んで? イエスマンの神官長様は、命よりお大事なハルヒ様をほっぽってなにしてやがんだよ。あたしみたいにさぼりか? 珍しいなぁおい。まあ、てめーは休んだ方がいいだろ。日がな一日、あのわがまま女に振り回されてんだからよ。同情するぜ」
「…えぇと、天使のあなたがそんなことを言っていていいんですか?」
「いいんだよ。今更だろ。それに、あのクソアマ、あたしのこういう態度が気に入ってんだよ」
けっと吐き捨てるついでに、タバコチョコの紙を床にちぎり捨て、彼女はそれをかじった。
「変態め。変わったやつを好き勝手に囲いやがって。あたしらはてめーのオモチャじゃねーっつの」
そういや、と彼女は僕にチョコを向け、
「今日はキョンに会いに行かねーのかよ」
「え? 彼もここにいるんですか?」
「はぁ? 何寝ぼけてんだ? あいつもハルヒ様の囲われもんだろ」
ぎょっとする僕に、彼女は訳知り顔で頷いて、
「ははぁ、さてはやっと目が覚めたってとこか。やっぱりあのクソ女が神官共を洗脳してるってあたしの推理は正しかったってことか」
なんて言っている。
「で、どうするんだ古泉くんよぉ。正気になったってのにまだキョンをあのままにしとくのか?」
「あのままとは、一体どういった状況なんでしょうか」
「囲いもんだよ」
としか彼女は言わない。
それが本当に、そういった意味だとしたら、
「…放って置ける訳がないでしょう」
「おっ、イイ顔するね」
にまっと笑った彼女は、
「助けたいか?」
「聞かれるまでもありません」
「よっし、あたしが手伝ってやろうじゃないかい」
「え?」
「なんだかよく分からねーけど、お前、記憶がないんだろ。その状態でどうやってキョンの部屋まで行くつもりだ?」
「それは……」
「だから、あたしが付き合ってやるって言ってんの。ついて来な」
そう言って彼女がふわりと宙を飛び、僕を導く。
そんなに目立つ移動の仕方でいいんだろうか。
僕がそう、訝しんだ時だった。
「みっくるんはっけぇん」
とへべれけに酔っ払った声と共に、朝比奈さんが何者かにタックルされ、撃墜された。
「ぐぇ」
と蛙の潰れたような声を出した朝比奈さんの無事を確認する前に、僕は朝比奈さんに遭遇した時以上の驚愕に青ざめる破目になった。
「な……なっ……!?」
「およん? みっくるんるんったら、きょぉはいっつきくんと一緒らぁ〜。どったの?」
と真っ赤な顔で酒臭い息を吐き出しつつ、僕と朝比奈さんを見比べるのはなんと、――これまたそうと認めたら各方面から石が投げ付けられそうで認めたくないのだけれど、認めなければならないのだから仕方がない――長門さんだった。
一体何があったのか、どうやらこの夢の世界――と思うしかない。これが現実で堪るものか――において彼女は、酔っ払いらしい。
その手に持っているのは、ワインボトルなんて可愛いものじゃなくて、シソ焼酎の大瓶だったりする。
近づくだけで酔っ払いそうだ。
「だあぁ、うっとうしいんだよ、このアル中女〜!」
罵声と共に長門さんを弾き飛ばした朝比奈さんは、再び撃墜されることを警戒してか、やや高めの高度を保ちながら、ふんと鼻を鳴らし、
「今あんたに構ってる暇はねーの! さっさとどっか行きやがれ!」
「みっくるんったら冷たぁい〜」
くすん、と泣き真似をする長門さんに、朝比奈さんは本当に冷たく、
「酒臭ぇんだよ」
お酒、嫌いなのぉ? それはいけませぬ〜。あたしがお酒の楽しさぉおっしえてあげましょぉ」
「いらん」
「じゃないと通してあげないんだから」
「つうか、あんたもう十分酔っ払ってんだろ。これ以上飲むつもりか?」
「へーきよぉ〜。もっといけるもぉん」
えへえへ笑いながらくるんっと回った長門さんは上機嫌で、
「たーりーないぃ〜まだたーりーないぃ〜とーきーお」
と歌い出すのを、朝比奈さんが慌てて止める。
「やめろっつの。今時はカスラックがうるせぇんだ、同人サイトだって安全とは言えねーんだぜ?」
……どういう理屈だろう。
戸惑う僕に、朝比奈さんが言った。
「仕方ねぇ。ここはあたしに任せて先に行け。キョンの部屋はこの先にある。ドアにプレートがかかってるから、どの部屋かはすぐ分かるだろ」
「え」
「いいから行け!」
と非常に漢前に言った朝比奈さんは、廊下にどっかと胡座をかき、
「ほら長門! また飲み比べがしたいってんだろ。さっさと酒持って来い!」
「うわぁ〜い」
大喜びする長門さんの声を聞きながら、僕は駆け出した。
早くこの非常識で訳の分からない夢から目覚めたかった。
そのためにも、彼に会いたかった。
どうか彼はまともであってくれるよう、切実に願いながら。
そうして、廊下を走ることしばし。
何やら甘い匂いがするけれど、厨房でも近いんだろうかと首を捻りながらも彼の部屋を探していると、一際大きなドアが目についた。
そこにかかった茶色のプレートには、何故かホイップクリームを搾り出したような感じで、白く「キョンの部屋」と書いてある。
色々とひっかかるものはあるけれど、ここで間違いはないらしい。
僕は祈るような気持ちでドアをノックした。
返ってきた返事は、
「どーぞ」
という、耳に馴染んだどこかやる気のない彼の声で、そのことに凄くほっとするくらい、僕は既に神経が参りつつあった。
「失礼します」
声を掛けながらドアを開くと、むせるような甘い匂いに見舞われた。
目に入ったのは、クリームと粉砂糖の白にスポンジのベージュ、苺やラズベリーの赤、チョコレートの茶色いグラデーション。
砂糖菓子で出来た玉座のようなピンク色の椅子に、それこそ砂糖で出来たお人形のようなかわいらしい彼が鎮座して、色とりどりのプチ・ケーキを頬張っていた。
淡いピンクのドレスには、白くて繊細なレースの飾りに色とりどりのドライフルーツみたいな宝石が輝いている。
頭の上に乗っている白いティアラは、もしかして本当に砂糖じゃないんだろうか。
「あ、の……」
「ん?」
と僕を見る彼の目はいつも通りなのに、
「…なんだかとても可愛いですね」
「……ありがとう?」
あ、そこで怒りもせずにお礼言っちゃうんですか。
やはり彼もこの夢の世界の住人らしく、どこかおかしいようだ。
僕が呆然としている間にも、中毒患者よろしく、延々お菓子を食べてるし。
それにしても、お菓子で埋め尽くされたこの部屋の眺めは圧巻だ。
夢でなければありえない。
思わず逃避しそうになる頭を、無理矢理目の前の難題に向かわせ、僕は口を開いた。
「…あなたが涼宮さんの囲い者になってると聞いたのですが……」
「囲い者? ……ああ、まあ、そうなるのかね。こうしてあいつの神殿で飼われてるんだから」
そう言っている間も、チョコレートを頬張り、指についたクリームを舐め取る。
「…僕と一緒に逃げてはくれませんか?」
意を決してそう言った僕に向ける目は、驚きに見開かれて真ん丸い。
「……なんで?」
「ここに囚われていていいんですか?」
「…そりゃ、ハルヒの目を盗んで、それも時々しかお前に会えないのは面白くないが、ここにいればいくらでも好きなお菓子を食えるし、ハルヒの加護のおかげで太ったりする心配もないから、わざわざ出てく必要もないと思うんだが…」
と断られてしまった。
でも、時々しか僕に会えないことを残念に思ってくれているなら、それなりの感情は抱いていてくれるということなのだろう。
それを希望に、
「…もう、僕と会えなくなってもいいんですか?」
「……会えなくなるのか?」
「ちょっとばかり、よからぬことを企ててしまいましたからね。涼宮さんに気付かれたら、お咎めは避けられないでしょう。そうしたら、あなたとのことも露見して、もう会えなくなるかも知れません」
「…それは、」
と彼はやっと眉を寄せ、その顔を曇らせた。
「…嫌だな」
どうでもいいと言われなかったことに安堵しながら、僕は彼に向かって手を差し出し、
「では、一緒に来てくださいませんか」
「……」
…沈黙されてしまった。
「…僕のことを、愛してないんですか?」
泣きそうな気分になりながら言った僕に、彼はとても難しい顔をして黙り込んだ挙句、
「………それなりに好きだけど、お菓子のがいい」
それなりに、と付いた上にお菓子を選ばれてしまった。
一応恋人というポジションにあるはずだというのに冷たい。
あまりのことに思わず砂糖で真っ白い床に突っ伏して暗くなっていると、彼はなにやら心配そうなのかはたまた戸惑っているのか、いささか判別しかねる顔で、
「……そんなに、お前は俺が好きなのか?」
そこなんですか、と思いながら、
「ええ」
と僕は迷うことなく頷いた。
でも、彼の顔を直接見るのは怖くて、俯いたまま、呟くように思いの丈を告げる。
「あなたが好きです。他の誰よりも、いいえ、何よりも、あなたが好きです。たとえあなたがいなくても、生きて行くことは出来るでしょうけれど、そんな生き方に意味など見出せません。あなたが僕よりもお菓子を選んだ、ただそれだけのことで、締め付けられるように胸が痛みます。食べ物にさえ、嫉妬してしまうほど、あなたが好きです。あなたを手に入れられるなら、なんだってします。あなたが食べてくれるなら、僕はこの体が砂糖菓子になったっていい。…それくらい、あなたが好きなんです」
ヤケッパチのように滔々と述べた僕の耳に、
「……うわ」
と小さな声が届いた。
引かれたんだろうか、と思いながらも、そっと顔を上げ、伺い見た彼の顔は、何故だか赤く染まっていた。
どういうことでしょうか。
「…甘い……」
恥かしそうに顔を染めた彼の手は空のまま止まっていて、お菓子を掴もうともしていない。
「あの……?」
訝る僕に、彼はどこか熱っぽいような声で、
「…クラクラするくらい、甘いな。…お前になら、ついてってもいいかも」
「え…」
「…お菓子なしでいられるくらい、甘いこと、言ってくれるか?」
「甘いことって……」
「さっきみたいな」
「…ええと、あなたが好きです、とか、ですか?」
「ん…」
嬉しそうにその唇が弧を描く。
「…愛してます」
言いながら、僕は体を起こし、彼に近づく。
どこかとろんとした無防備な瞳で彼は僕を見つめた。
「…抱き締めても、いいですか?」
「……いいぞ」
そう言った彼の手が差し伸べられる。
その腕が僕の首に絡められるのを感じながら、僕は彼をしっかりと抱き締めた。
「好きです。…あなたのことが、何よりも愛しくてならないんです」
耳元で囁くと、彼の頬に赤味が増す。
「甘い……」
夢見心地で呟いた彼は、何を思ったか僕の頭を引き寄せると、自分から唇を重ねた。
驚いて目を見開くと、彼は悪戯っぽく笑って、
「ん、やっぱり甘い」
なんて囁く。
「…甘い、ですか……?」
「ああ」
そう言って、彼はまた唇を寄せる。
その誘惑に負けて、僕が更に強く彼を抱きしめ、唇を舐めると、彼は一瞬目を見開いたが、すぐに体の緊張を解いた。
絡めた舌は、彼の方がよっぽど甘くて、さっきまで食べていた生クリームの味がした。
そのくせ、彼はとろんとした顔で僕を見つめて、
「…甘くてうまい……」
なんて言うのだ。
どういうことなのかはよく分からないけれど、彼に気に入ってもらえたなら何よりだと思う。
ほっとしながら彼を抱き締めていると、不意に彼が、
「…って、こんなことしてる場合じゃなかったな。逃げるぞ、古泉」
「え? ええ」
しかしどうやって、と言うまでもなく、彼は壁際に向かい、そこにあった一際大きなケーキに挑みかかった。
それこそ、ウェディングケーキみたいなそれを彼がぺろりと平らげるのを見ていると、こっちが胸焼けしそうになる。
「どうするんです?」
僕が戸惑いながら声を掛けると、顔中生クリームだらけにした彼が、
「ここに穴を開けりゃ出られる」
と言って指差した壁は、なんと、チョコレートとビスケットで出来ているもののようだった。
「これは…また見事ですね……」
ここまで統一されていたとは。
もしかして、入り口のプレートなんかも本物のお菓子だったんだろうか。
「今、なんとかするからな」
と言いながら、彼は壁に穴を開け始める。
それもまた、…とても幸せそうな顔で。
それを見ていると、本当に彼を連れ出してしまっていいのかという迷いが生じてくる。
彼はここで、本当に幸せだったんじゃないだろうか。
それなのに、僕の勝手で連れ出してしまっていいのか?
彼もまた、これが夢だと思っていない以上、この夢の住人に過ぎず、つまりは彼を連れ出したところで意味はないかもしれないのに。
…彼を置いて行く方がいいのだろうか。
そう迷いながら、真っ直ぐ壁を掘り進めている彼を見つめていると、突然振り向いた彼が、
「古泉、」
と僕を呼ぶ。
「は、なんでしょうか」
何か手を貸すことでもあるんだろうかと思いながら近づくと、彼はくすぐったそうに笑って、
「もう一回、俺のこと、好きって言え」
と言うので、
「…好きです。あなたと暮らしていられるなら、それ以上のものは望みません。あなたといられることが、僕の何よりの幸せです」
そう告げるだけで、彼は嬉しそうに顔を染める。
「ん、やっぱりお前の方が甘い」
と言って、まるでそれが口直しか何かだったかのように作業に戻る彼に、胸の中が熱くなる。
その熱さに、迷いも融かされたように思えた。
「本当に、いいんですね?」
綺麗に空いた壁の穴を前に、僕は彼に尋ねた。
「今更何言ってんだ?」
呆れたように言って、彼は僕に向かって微笑みかける。
「つれてってくれるんだろ?」
「…ええ」
そう言って、彼を抱き締める。
「もう、離せませんからね」
「ん……」
嬉しそうに微笑んだ彼が、穴の外を指差す。
「この下には、川が流れてて、それを下って行ったら逃げれるって聞いたことがある。……飛び込めるか?」
「…大丈夫でしょう」
どうやらこの部屋は二階くらいの高さにあるようだし、やけに白い川はすぐ側を流れている。
間違っても地面にダイブすることはないだろう。
僕は彼をしっかりと抱き締めて、彼と共に穴から身を躍らせた。
大きな水音を立てて、僕たちは川に飛び込んだ。
沈み込んだ瞬間、口に入ったのは水じゃなくて、
「…牛乳、ですか?」
「みたいだな。……練乳ならよかったのに」
そうだったらさっき口に入った量だけで、甘くて死にそうになりますよ。
ともあれ、さほど冷たくもないその流れに乗って僕たちが川下を目指していると、大きな羽ばたきの音が耳をくすぐった。
「おーい」
という呼び声は嫌になるほど耳慣れしている。
「朝比奈さん」
彼は何一つ疑問に思う様子もなくその名を呼んだ。
ためらいはないんですね。
朝比奈さんの方も、彼の可愛らしい格好に突っ込むことはないらしい。
「無事神殿からは出られたみたいだな」
「朝比奈さんが手伝ってくれたんですか?」
「あたしは長門の足止めをしただけだ」
と言っている顔が赤くて息が酒臭い。
どれくらい飲んだんですか。
呆れる僕の視線など軽く無視して、彼女は川下の方を真っ直ぐ指差した。
「この川の先に出口があるが、その前には水門があって、門番がいる。うまく交渉して、通してもらえよ」
「あなたはどうするんです?」
僕が聞くと、朝比奈さんはにやっと笑い、
「追っ手を撹乱してやる」
と言う。
「いいんですか?」
「ああ。…しっかりやれよ!」
そういい残して立ち去る彼女はある意味かっこいいのかもしれないけれど、……すみません、正直違和感が激しいです。
あと、ずっと思ってたんですけど、その短いスカートで飛ぶのってどうなんですか。
ズキズキと頭が痛むのを感じていると、
「古泉、あれ」
と彼が指差した。
いつの間にそんなに流れたというのか、目の前に水門が迫っていた。
「二名様ご案内〜」
というどこか間の抜けた声は、
「谷口」
と彼が言った通り、間違いなく谷口氏である。
僕たちはなんだかよく分からないまま、網ですくいあげられ、橋のようになった水門の上に引き上げられていた。
門番というのはどうやら、谷口氏と国木田氏のことだったらしい。
でもどうしてか服装は北高の冬ジャージである。
「なんだ、キョンか。可愛い子ならよかったのに」
「うるさい。お前こそ何やってんだ」
「仕事に決まってんだろ」
なんて悠長に話してる。
随分と余裕だ。
ちなみに、彼の頭に載っていたティアラはやはり砂糖菓子だったようで、川に飛び込んですぐにとけそうになったのを、彼が食べてしまったのでもうない。
残っているのは可愛らしいピンクのドレスくらいだ。
靴まで砂糖菓子だったのか、なくなっている。
「君も結構余裕だと思うけどな」
にこにこと笑いながらそう僕に言った国木田氏は、
「で、二人はここを通してほしいのかな?」
と言うまでもないことを確認してくるので、
「通してもらいます」
とこちらもはっきりと告げる。
「うーん、困ったなぁ」
ちっとも困ってない調子で、国木田氏は言った。
「そうすると、僕たちが怒られちゃうんだよね。谷口のせいで給料の査定も厳しいってのに、これ以上削られちゃ堪んないよ」
「…それは、僕たちに対価を支払え、という意味でいいんでしょうね?」
「払える?」
「……どうでしょう」
「君にその気があるなら、僕は構わないんだけどな」
と言って、国木田氏は懐からデジタルカメラを取り出した。
「…ええと、」
「分かるよね? 古泉くんって、結構人気だし、神殿から出る時は大抵いつも白衣を脱いでるだろ? それで、君の写真なら高くても欲しいって子が結構いるんだ。勿論、肖像権がどうのなんて面倒なことは言わないよね?」
有無を言わさぬ笑顔というのはこういうものに違いないと思いながら、僕は交渉とは名ばかりの要求に頷くしかなかった。
びしょ濡れになり、ぴったりと張り付いたままの白衣姿で、よく分からないままにポーズを取らされ、写真を撮られる。
なんでわざと肌蹴たり、髪を乱れさせたり、あるいは四つん這いにならなきゃならにのかってことは、考えたくもない。
どうせ夢なんだし、このこともすぐさま忘れてやる。
「ああ、これも似合いそうだよね。はい、眼鏡オン」
なんて楽しそうに言いながら、国木田氏は僕にダテ眼鏡を掛けさせ、更に撮影を続行した。
全部で何枚撮られたのかなんて、知りたくもないことだから聞かない。
その間彼は、口寂しいのか、谷口氏にもらった砂糖の固まりみたいなお菓子をぽりぽりぽりぽり食べていた。
ともあれ、それで国木田氏は満足したらしい。
「うん、じゃあ通っていいよ」
と言って、僕をいきなり川の流れに放り込み、彼をも遠慮なく投げ込む。
見かけによらず力があるのか、と驚いているうちに、
「谷口、水門を開けて」
「へーへー」
という声が聞こえ、いきなり川の流れが強まった。
準備する間もなく、僕たちは開いた水門に吸い込まれ、そしてそのまま落下が始った。
「出口ってのは滝だったのか」
と悠長に呟いている彼をなんとか引き寄せ、抱き締める。
「怖くないんですか?」
「全然。…お前もいるし」
にこっと笑った笑顔は無邪気過ぎるほどだ。
思わず見惚れそうになりながらも、僕は下がどうなっているのかと、覗き込んだ。
落ちて行く先は、何も見えない。
それどころか、いつの間にか辺りも真っ暗になっていて、どちらが天地かさえ分からないほどだ。
それでも、確かに落下する感覚は続いている。
「…このまま、地面に叩きつけられるとしても、せめてあなただけでも助かりますように……」
祈るような気持ちで呟き、強く抱きしめる僕に、彼は大きく目を見開いて見つめてくる。
「古泉……」
「愛してます。だから、あなたには、せめてあなたには、生きていてほしいんです。たとえ…僕はだめだとしても」
「…ん」
酔ったような顔をして、彼は僕に抱きついてくる。
そのままキスをして、強く体を擦り付けられる。
「…古泉、もっと……」
ねだられるまま、キスは深くなり、砂糖菓子の甘さが舌に絡む。
「んん……っ、ふ…ぁ……あっ…」
ぴくん、と体を震わせながら、彼が強く僕の服を掴む。
「…あ、ま……っ…」
「…ねぇ、もしかして、という話なんですけど、」
「…ん……?」
とろけた瞳をこちらに向ける彼に、僕は小さく囁き返す。
「…その、甘いってことはもしかして、気持ちいいって意味なんですか?」
「……甘いは、甘い、だろ…?」
首を傾げた彼は、
「…それより、もっと、」
とキスを求めてくる。
落ちていっているのに、危機感なんてまるでなく、ただその気持ちよさに思考が支配される。
彼も同じなのか、熱っぽい瞳で僕を見つめながら、昂ぶりを僕に押し付けてくる。
「…こちらはどうなんです?」
そう言いながら僕がそれに手を触れさせると、
「…っぁ…!」
といくらか鋭い声が上がったけれど、
「嫌じゃないですよね?」
「ん…っ、それ……」
「気持ちよくさせて、ください」
落下しているせいで風圧を受け、大きく膨らんだ彼のスカートの中に手を忍ばせ、薄い下着越しにそれに触れると、彼が更に大きく体を震わせる。
「ひぁん…っ! あっ、…んんぅ……」
「気持ちいい?」
「んん……っ、甘い……」
…やっぱり彼の中で同じ意味の言葉なんだろうか、と思いながらそれを弄っていると、
「…お、れも……」
と言った彼が、僕のそれへと手を伸ばしてきた。
「ちょ…っ」
「甘いの、もっと…ほしいから……」
そう言って、一瞬僕の手を振り解き、体を離した彼が、器用に体を反転させる。
そうして、僕の熱に顔を近づけて、ズボンを寛げると、迷いもせずにそれに口付けた。
「…ん…! やっぱり、甘い……」
そう、嬉しそうに呟きながら、飴でも舐めるように舌を這わせる彼の姿は、広がるスカートのせいで良く見えないけれど、それだけでもぞくんと背筋が震えた。
ぴちゃ、と音を立ててそれを舐め、我慢出来なくなったかのようにそれをくわえる彼は、とてもいやらしいのに、とても無邪気で純粋に思えた。
僕も彼の腰を引き寄せ、彼のものに口づける。
そこばかりは流石に甘くはないのだけれど、甘味責めにあったような舌には、苦味や塩味も快く思えた。
落下し続けていることさえ忘れたように、僕たちは互いに貪りあった。
どこまでもどこまでも落下し続けながら。


……なんて夢を見たんだろう。
そう思いながら僕は、少しばかり古ぼけた和室の天井を見つめた。
ここは、SOS団の合宿で訪れた、とある温泉旅館の一室である。
今回は飲酒した覚えもないのに、どうしてここまで訳の分からない夢を見てしまったのか。
……というか、こんな夢を見たんだから、下半身がどうなってるかなんて予想がつく。
よりによってどうして、彼と同室で寝てるって時にこんな夢を見るんだろう。
いや、それとも、だからこそ見てしまったんだろうか。
夢の中では都合のいいように記憶まで改ざんされてたけれど、別に僕と彼は付き合ってたりなんてしない。
僕は確かに彼が好きだけれども、彼に告白するような勇気は持ち合わせていないし、そもそもそれが出来る立場でもない。
だから、この思いは墓場にまでだって持って行くつもりでいるのに、あんな夢を見て、彼の顔をまともに見られるだろうか。
びくつきながら、隣りの布団を見ると、何故か、いるはずの彼がいなかった。
トイレにでも行っているんだろうか。
だったら、今のうちに後始末してしまいたい。
そう思いながら、さっきから必死に意識を逸らそう逸らそうとしていた、著しく違和感のある下肢に意識を向け、意を決して布団をめくった僕は、信じられないものを目にして、思わず布団を戻した。
……なんだ今のは。
絶対に見間違いだ。
そうでなければまだ僕は夢の中にいるに違いない。
ぞっとしながら、おずおずともう一度布団をめくると、それは残念ながらまだそこに存在した。
再び布団を戻した後、僕は深呼吸をして、そうして一息に布団をめくり取った。
……違和感もあるはずである。
パジャマとして着ていた浴衣は見事にはだけ、まとわりついているだけになっているし、予想通りに下着は汚れている。
おまけに――こればっかりは何があっても認めたくなかったのだけれど――、僕が眠っている間に一体何があったというのか、寝る前は確かに隣りの布団にいたはずの彼が僕の腰に――と言うにはあまりにも局所的な位置に――しがみつき、すやすやと幸せそうに寝こけていた。
なんでなんですか。
疑問に思っても、口には出来ない。
出来れば彼にはこのまま眠っていてほしい。
そうして、何事もなかったということにさせてもらいたい。
それにしても、だ。
どうしてこの人はこの状態で平気で寝ていられるんですか。
正直、臭うだろうし、あまりに量の多いそれは、下着から染み出て、彼の顔や手まで汚している。
なのにどうして、そんなに幸せそうに寝ていられるんだ。
もはや何を言えばいいのかさえ分かりやしない。
ともあれ、なんとかしよう、と彼の手を引き剥がそうとしたところで、
「んん……」
と彼が声をあげ、余計に強く抱きついてくる。
勘弁してください。
「あの、」
もうどうしようもなくて、声を掛けて起こそうとしたところで、彼が幸せそうな寝言を呟いた。
「…もっと……、甘いの……」
…聞いたことがないような、あるいは、さっきまで夢の中で散々聞いたような、無邪気で甘い声だった。
僕はそれに顔を赤くするどころか、真っ青にし、そのまま凍りつくしかなかった。

ただの夢です。
誰がなんと言おうと、あれはただの夢に決まっています!