秘密の陰謀 8



いっちゃんが帰ってしまってからすぐに、キョンくんが帰ってきて、ずっと蚊帳の外みたいな状態だった私のために、色々と教えてくれた。
どうして、みくるちゃんがちょっと未来から来なきゃいけなかったのかってことや、大きいみくるちゃんと話したことなんかも、全部。
聞きながら、私は怖くなった。
恐ろしくて、震えそうになった。
だって、そうだろう?
キョンくんの話はまるで、前に雪山で周防がした話を裏付けるような話だったんだから。
大きなみくるちゃんが、わざわざ私にまで手紙を出して、私を巻き込んだように見せかけつつ、実は私とキョンくんを引き離した理由が、周防が言っていたように、キョンくんが変化をさせるもので、私が変化を拒むものだからだとしたら。
……それはつまり、私たちもただの人間じゃなくて、それどころか、ハルちゃんに変な力を持たせちゃったのも、みくるちゃんがわざわざ未来から来ることになったのも、いっちゃんが、欲しくもなかった超能力を持ってしまったことも、全部、私たちのせいってことだろう?
そう思うと、怖くて、でも私は何も言えず、いつも通りの顔で笑って、
「そんな面白いことになってたのか。全く、どうして私も混ぜてくれなかったんだろうね?」
と言った。
キョンくんは、何も気づかなかったか、あるいは気づかないふりをしてくれるらしく、
「俺が知るか。知りたかったら朝比奈さんに聞いてくれ」
「うん、機会があったら是非」
「まあ、とにかく、これでひと段落らしいから、姉さんもちょっと休めよ。ハルヒの気をそらすのも大変だっただろ? おかげでこっちは助かったが……」
「そうだね。なんていうか、キョンくんの苦労がよっく分かったよ」
と苦笑すると、キョンくんはにやりと笑い、
「そりゃよかったな?」
「うん。お疲れ様、キョンくん」
そう返した私だったけど、やられっ放しじゃかえって私らしくなくて変だろうと思い、わざと悪そうな笑顔を作って、
「で、キョンくん、もらったチョコレートの味はどうだったのかな? それとも、まだ食べてない?」
「姉さんからのは食べたぞ」
「へえ、私のから? そりゃ光栄だね。でも、なんで?」
「どんなゲテモノが出てきても、朝比奈さんのチョコがあれば口直しが出来るからな」
「酷いよキョンくん! それはないんじゃない?」
「実際ゲテモノだっただろ。何だあのチョコは」
「え? だめだった? 生チョコのゆずコショウ風味」
「だめに決まってるだろうが!」
「しょうがないな。じゃあ、返して。責任もって自分で食べるから」
というか、一応突き返される前提で作ってたから、まともな生チョコも確保してあるんだけど。
「は? 食べきったぞ」
「……はいぃ?」
私はぽかんとしながら、
「ちょっとキョンくん、」
「なんだ」
「今さっき文句を言った口で何を仰いますの?」
「もらったものを返すのは悪いだろうが」
「……うん、その心がけは非常に立派だとは思うよ? 思うけど……長い付き合いなんだから、私の行動パターンくらい分かるんじゃない?」
「姉さんのことだから、まともなのも用意してくれてるだろうとは思ったが、そうしたら姉さんがあのまずいのを片付けるってことも分かったからな。…食った」
「……ありがとう。キョンくんったらほんと男前だねぇ。実の姉にそれを発揮してどうすんのさとも思うけど。…まあ、お詫びにこれをあげるから、口直しに食べなよ」
と私は用意してあったまともな生チョコをプレゼントした。
「ありがとな」
と笑うキョンくんは可愛い。
なのになんで彼女が出来ないかな。
いや、キョンくんが鈍いというか、多分キョンくんがしらばっくれてるせいだとは思うんだけども。
私は小さく苦笑しながらキョンくんを見つめる。
目の前でおいしそうにチョコを食べてるキョンくんを見ると、本当にただの人間にしか見えない。
でも、違うのかもしれないと思うと、なんだか泣きそうになってくる。
キョンくんが部屋から出て行くまで我慢したあと、私は頭から布団をかぶってしゃくり上げた。
でも、涙はうまく出てこなかった。
小さく、唸るような泣き声は出るのに、涙は目元に滲むだけで、零れ落ちてこない。
我慢しすぎたからだろうか。
これじゃ、いっちゃんを不器用だなんて笑えないなと思いながら、私はしばらく泣こうとした。
それでもだめだったから、私は布団をかぶったまま携帯を引きずり込み、いっちゃんにかけた。
数コールですぐにコール音は途切れ、いっちゃんの優しい声が耳に触れる。
『もしもし? どうかしましたか?』
「ひっ……ぅ……」
『お姉さん!?』
慌てたいっちゃんの声に、私はかすれた声で返す。
「ごめ…、なん、か、うまく、ひとりじゃ、泣けなく、って……いっちゃんの、っく、声、聞いたら、泣けるかなって、おも、って」
実際、私の目からはぽろぽろと涙がこぼれてきていた。
きっと、安心したからだと思う。
いっちゃんがいてくれると。
いっちゃんの前でなら、強がらなくていいんだと、思えたから。
しゃくり上げながら、私はキョンくんから聞いた話と、そこから考えたことを全部吐き出した。
泣き濡れた声での途切れがちな話は、非常に聞き苦しかっただろうに、いっちゃんは辛抱強く、最後までじっくりと私の話を聞いてくれた。
時々はさまれるのは、
『大丈夫ですよ』
『僕がいますから』
『怖がらないでください』
なんていう、優しく私をなだめてくれる言葉だけだった。
その一言一言に、胸が熱くなって涙がこぼれた。
嬉しくて泣くなんて、本当に珍しい。
全て話し終えた私が、まだ残っている涙をぬぐいながら、
「いっちゃん、私の考えは間違ってるのかな…? 本当に、周防の言う通りで、私もキョンくんも、ただの人間じゃなくて、私たちのせいで、いっちゃんが普通でなくなったんだとしたら、私は…どうしたら、いい…?」
と聞くと、いっちゃんは少し黙り込んだ後、
『ここで適当なことを言って誤魔化すのは簡単ですが、正直に言った方がいいですよね?』
「ん…。正直に、言って……」
『まず、』
と言った声は硬かったのに、その後に続いた声はとても優しかった。
『涼宮さんが今のような力を持ったこと、それによって僕がただの人間ではなくなったことが、あなた方のせいなのだとしたら、僕はそれを喜びたいです』
「いっちゃん…?」
本気かい?
『喜びますよ。そうでなければ、僕はあなたにも、SOS団の皆さんにも会えなかったと言うことですからね。…かつてはどうあれ、今はとても楽しいんです。そして、今が重要だとは思いませんか?』
「…本当に、そう、思う?」
『はい』
「でも、今と昔で考え方が変わったみたいに、また考えが変わるかもしれないだろ? そうなったら…私は……」
『あなたがいてくださる限り、変わりませんよ。あなたが、僕の恋人でいてくださる限り、ね』
そう小さく笑って言ったいっちゃんは、
『それから、あなたと彼がただの人間ではないという可能性についてですが、正直なところ、朝比奈さんがそのような行動に出たということからは、あなたの仰る通り、真実であると言う可能性が高まったとは思います』
「そう…だよね」
『でも、』
といっちゃんは私を勇気付けるように強い調子で言葉を続けた。
『朝比奈さんの意図がはっきりしているわけでもありませんし、他に何か別の要因があったという可能性もないとは言い切れないのが現状でしょう? ですから、これだけで結論を出してしまうのはいささか短絡的かと』
「そう……かな?」
『そうですよ。そんなのは、あなたらしくないですよ?』
からかうように言ったいっちゃんは、
『たとえあなたがなんであれ、僕はあなたが好きです。そんなあなただから、好きになったんです。だから、もう泣かないでください』
「うん…。ありがと…いっちゃん……」
まだ泣き濡れた声で言った私に、いっちゃんが少しばかり意地の悪い声で言った。
『まだ、元気が出ませんか?』
「う、ぁ…ごめん…。なかなか落ち込んだりしないから、一度落ち込むとなかなか浮上出来ないんだ、私…」
『そこは別に謝らなくていいですけど……元気が出ないなら、元気が出ることをしませんか?』
「え…?」
元気が出ることってなんだよ?
『あなたが言ったんじゃありませんか』
からかうように笑ったいっちゃんは、あのやけにいい響きの声を、電話機越しの、一度は電気信号に変換された声だってのに、それに負けじと魅力的に響かせて、
『キス、しませんか?』
と囁いた。
一瞬、何を言われたのか理解出来なくて唖然とした私だったけど、ワンテンポ遅れて理解した後、真っ赤になった。
「いいい、いっちゃん!?」
『キスしましょう』
誘い文句を強引なものに変える、いつにないいっちゃんの強引さに戸惑う私に、
『ほら、目を閉じてください』
と囁いてくる。
それについ、釣られるように目を閉じると、
『あなたの唇に触れてもいいですか? それとも、頬か額がいいですか?』
その質問はずるいよ。
答えたら、キスしていいってことじゃないか。
でも私は、くすぐったいのか泣きたいのか分からないような気持ちになりながら、
「く、ち…が、いい…」
と返していた。
『分かりました』
優しく微笑んでいるのが見えるような声で言って、
『それでは、失礼しますね。…しますよ』
余裕たっぷりだったはずの声がほんの少しだけ震えてて、いっちゃんらしいなって思った途端、私は今日この部屋でした、いっちゃんとのキスを思い出していた。
優しくて、思いやりに溢れてて、もう少し強引でもいいんだよって言いたくなるようなキスを。
それだけで、嬉しくて、あったかくて、気持ちよくて。
「いっちゃん、好きだよ。大好き…」
『僕もあなたが好きです。…愛してます』
繰り返される言葉が嬉しくて、最後の一滴がぽろりとこぼれた。
いっちゃんを好きになってよかったと、心の底から思った。