土曜の不思議探しでは、午前中はゆきりんとセットになった。 キョンくんはいっちゃんと一緒、ハルちゃんはみくるちゃんとセットだ。 ゆきりんと一緒なら、やっぱり行くのは図書館かな、と思ったところで、私の携帯が鳴った。 「もしもし、ハルちゃん?」 『せっかくだから、明日の準備しない?』 と言われ、一も二もなく承諾した。 時間は惜しいものだからね。 キョン君たちに気づかれないようにハルちゃんたちと落ち合って、SOS団女子部はバレンタインの準備の準備に乗り出した。 「まずはどうする?」 と私が聞くと、ハルちゃんは、 「まずはやっぱり、情報収集よね」 …ってハルちゃん、それすらしてなかったのか。 「チョコレートの流行り廃りを押さえておきたい気もするけど、それは流行と同じことにならないようにするためよ。あたしたちはSOS団なんだからね!」 分かるような分からないようなことを宣言するハルちゃんも楽しそうだ。 「情報って、どんなのがいるのかな」 とりあえず流行は調べておかなきゃならないみたいだけど。 「そうね。やっぱりレシピとか、ラッピングの仕方とかはいるかしら。他に何かある? みくるちゃん」 「ふえっ!? あたしですか!?」 数日分未来の自分がこの時間に来ているなんて知らないままのみくるちゃんはおろおろしながら、 「ええっと、うぅんと……」 と考え込んでたけど、痺れを切らしたハルちゃんに打ち切られた。 …可愛そうに。 「とりあえず、本屋さんに行きましょう。今の時期だから、いくらだって本は見つかるはずだわ」 とハルちゃんが言ったから、ではないだろうけど、実際本屋にはチョコレート関係の本が山と積んであった。 「やあ、これだけ積んであると壮観だね! ハルちゃん、どっから手をつける?」 「そうね。とりあえず、片っ端から見てみましょうか」 ハルちゃんのその行き当たりばったりさ加減がお姉さんは大好きだよ。 笑いながら、手分けして本を漁っていった。 必要なのはレシピとかラッピングの仕方くらいのはずなのに、ついついチョコレートの歴史とか、チョコレートの健康作用なんて本まで読んじゃって、なかなか作業が進まなくて困ったけど、そういう面白い本を見ていると、 「…買うから」 とゆきりんに取り上げられてしまった。 「え? 買うって……」 「興味深い」 「…えーと、私が読み耽ってたから、かな?」 「それもある。…でも、私も興味があるから」 そんな風に言ってくれたゆきりんに感激を覚えつつ、 「じゃあ、折半しようよ」 「いい」 「よくないって。何冊かあるんだし、半分ずつにしたっていいでしょ?」 「だめ」 だめって…。 「……私が買いたい」 「うーん……」 ゆきりんがこんな風に強く言ってくることなんて珍しいからその通りにしてあげたいような気もするけど、どう考えてもこれは私のためだよね? それは申し訳ないから、と私は別の本に手を伸ばす。 「じゃあ、私は別の本を買うから、今度お互いに貸し合いっこしよ?」 「……」 沈黙しながらではあったけど、ゆきりんは頷いてくれた。 それにほっとしながら、本を買ったところで、 「もう買っちゃったの?」 とハルちゃんに呆れたように言われてしまった。 「うん。レシピとかちゃんと載ってるし、これでいいかなって」 「そういうのは相談しなきゃだめじゃない。一応、SOS団の活動費で落とそうと思ってるのに」 「いいよ、私が欲しくて買ったんだし」 大体、SOS団の活動費ってハルちゃんの自腹ってことじゃないか。 そんなの出させるわけにいかない。 「で、どんなのが載ってるの?」 「ええと、小さめのチョコレートケーキの作り方とか、かな。スポンジケーキを焼いて、型抜きしてからチョコレートコーティングするタイプだから結構簡単そうだよ」 「ふぅん、いいわね。いくつも作れそうだし」 「他にはもっと本格的な生チョコとかも載ってるけど」 「いいのよ、そこまでしなくっても。だって、あげるのは古泉くんとキョンなのよ? 手間をかけたってしょうがないじゃない」 おおう、清々しくばっさり行ったねハルちゃん。 「でも、お姉さんはちゃんと手間をかけなきゃだめよね」 「えー、いっちゃんのために手間をかけてもなー」 「…嫌なの?」 怪訝な顔をするハルちゃんに、私はけろりとした笑顔で返す。 「嫌じゃないけど?」 「じゃあなんで嫌そうに言うのよ」 そりゃ勿論、 「気分だよ」 「…お姉さんには負けるわ」 そう言って笑ったハルちゃんは私から本を取り上げると、目的のページを開き、 「足りない材料を買いに行かなきゃね」 と今度はデパートへ足を向けた。 バレンタイン商戦真っ只中のデパートは、思っていた以上の混雑だった。 「これくらい普通でしょ?」 とハルちゃんは軽く言ったけど、私としては初体験過ぎて度肝を抜かれた。 立錐の余地もないとはまさにこのことだよ。 みくるちゃんなんて人の流れに飲まれそうになってるし。 「みくるちゃん、大丈夫?」 慌てて救出したところで、みくるちゃんは泣きそうな顔で、 「こっ、怖かったですー…」 うんうん、あれは怖いよね。 私すら怖いもん。 人が多いホールを抜け、洋菓子店なんかのゾーンを抜けて、食材売り場に行くと、やっと人心地がついた。 それでもやっぱり、手作りキットなんかの類が置いてあるところには人がいる。 「女の子はすごいねぇ」 思わず呟いたところで、 「お姉さんも女の子でしょ」 とハルちゃんに突っ込まれた。 いや、そうなんだけどね。 「キョンくんといることが多いからか、あんまり自分が女の子だって意識したことないんだよね」 「お姉さんらしいけど……それで古泉くんは何も言わないの?」 「言わないよ? なんで?」 というか、何を言うというんだろうか。 不思議に思っているとハルちゃんがため息を吐いた。 え、そんな盛大に呆れなくてもいいだろ。 みくるちゃんは苦笑して、 「古泉くんが言わないなら、それでいいんだと思います。お姉さんに不満があるってことも、ないんでしょうし」 「…ああ、そういうことか」 やっと納得が行ったぞ。 「ハルちゃん」 「なに?」 「私といっちゃんを見てれば分かると思うけどね、いっちゃんは私の男らしいところに惚れているんだよ。だから今のままでいいんだ」 と軽く嘘を吐くと、ハルちゃんには、 「そんなことだろうとは思ってたけど」 と言われてしまった。 あれ? 突っ込み待ちのボケのつもりだったんだけどな。 「全然ボケになってないわよ」 ハルちゃんはそう言って笑い、 「お姉さんは多分そのままでいいのよ。いきなり女の子らしくなったら、かえってびっくりするわ。もちろん、そうなったらなったで面白いでしょうけど」 「そうだね。…でも、案外変わるかもよ?」 冗談めかして言ったけど、実際そうじゃないかとも思う。 何せ、いっちゃんを好きになってから、いっちゃんと付き合い出してから、自分が少しずつだけど変わってきていることを感じてる。 それがいいことなのか悪いことなのか分からない分不安だし、慣れない感覚に戸惑うこともしばしばだけど、 「まあ、どうなったところで、いっちゃんには責任を取ってもらうことに決めてるから」 と笑うと、 「流石お姉さんだわ」 「凄いです」 「……」 と三者三様に褒められ、拍手された。 ……えーと、流石にデパートの食品売り場で拍手されて褒め称えられるのはいくら図太いとか無神経と言われる私でも恥ずかしいんだけどな? そんなこんなで迎えた午後、私はいかなる神の配剤か、いっちゃんとペアになった。 ハルちゃんのおかげならありがとうと伝えたい。 三手に分かれるというところで、ハルちゃんが今日は私たちに釘を刺す。 「いい? デート気分くらいなら許してあげてもいいけど、本格的にデートはしないでよ?」 「はーいっ」 私が軽く応じすぎたからか、ハルちゃんは小さくため息を吐いた。 なんていうか、そんな反応されると、私の方がハルちゃん以上の困ったちゃんみたいに思えてくるよ? そんなことはないはずなのに。 で、キョンくんはと言うと、これからまた一仕事が待ってるはずだってのに、悠長にいっちゃんをとっ捕まえて、 「言わなくても分かっているとは思うが、」 と前置きした上でいっちゃんを睨みつけ、 「もし姉さんに下手な真似でもしたらその時は……」 と脅してた。 語尾を濁す辺り、怖い。 いっちゃんも流石にいくらか慌てて、 「分かってます。あなたの信頼を裏切るような真似は一切いたしませんから」 と誓っていた。 「信頼なんかそもそもないっ」 と言い捨てるキョンくんは酷いけど、これもまたキョンくんなりの信頼のあらわれなんだよ、と私がフォローすると、いっちゃんは優しく微笑して、 「ええ、分かってます」 と頷いてくれた。 それならいいんだ。 とりあえず、キョンくんから今日のことを聞いているので、図書館と歩道橋の辺りは避けることにして歩き出しつつ、私はいっちゃんに言う。 「さて、ついにまともなデートだよ、いっちゃん」 「団長に怒られますよ?」 くすくす笑いながらそんなまじめぶったことを言ういっちゃんを軽くつねってやりながら、 「怒られる時はもちろん連帯責任に決まってるだろ。それとも、いっちゃんは私と連座なんて嫌?」 「嫌なわけがありませんよ。あなたとなら、なんだって」 う、そういうのはくすぐったいからほどほどにしてよ? 「畏まりました」 そう笑いながらいっちゃんは、本当にさりげない仕草で私の手を取った。 スケコマシの匂いがする。 「そういじめないでくださいよ」 「だって、いっちゃんが悪いんだろ?」 「女性のエスコートの仕方くらいは、躾けられたんです」 「そうかい」 躾けられたんなら仕方ないな。 礼儀としてちゃんと手を繋いであげながら、私はいっちゃんに聞く。 「昼前に、キョンくんとはどんなことをしたんだい?」 「辺りをぶらついたくらいですよ。とりとめのない話をしながらね。…あまりに普通らしいことを話題に選んでしまったので、彼には驚かれましたけど」 それは後でキョンくんに教育的指導が必要そうだね。 でも、 「実にいいね、そういうのは。高校生らしくって」 「ええ、不謹慎ながら楽しくなりました」 と柔らかく笑ういっちゃんを、私は軽く小突いてやり、 「不謹慎なんかじゃないさ。それでいいんだよ。今はこの一時しかないんだからね」 「全くです。…本当に、僕は恵まれていると思うんです」 そう言っていっちゃんはくすぐったくなるような瞳で私を見つめた。 「彼女が出来て、こんな風にデートが出来るなんて、少し思っていませんでしたから」 「こんな可愛げもなければ女の子らしさもない彼女で満足なのかい?」 意地悪にそう聞けば、いっちゃんは真剣に、 「あなたは、可愛いですよ。美人、と言った方がいいかもしれませんけど。それに、案外女性らしいところも多いじゃないですか」 「いっちゃんには、なんでもいいように見えるみたいだね」 「僕があなたにつく悪い虫だとしても、あなたは蓼には見えませんけどね」 「いやいや、十分物好きだよ。それに、悪い虫なんかじゃないだろ?」 そんな風に話しながら、二人で街をぶらぶらした。 こんなのでデートって言えるのかは人それぞれだから異論もあるだろうけど、私たちにとっては、十分楽しいデートだ。 話題が学期末試験のことになったところで、いっちゃんが妙な笑いを漏らしたから何かと思ったら、 「やっぱり双子ですね」 と言われた。 「ん? キョンくんも試験の話をしたの?」 「ええ」 「まあ、キョンくんはそろそろ真剣に勉強しないとね」 「あなたは十分でしょうけどね」 「600年分の自習は大きいよ?」 と笑うと、いっちゃんも笑ってくれた。 うん、その方がいい。 変に同情したりされるよりも、ずっといいよ。 「試験と言えば、」 笑顔のまま、そのくせどこか油断ならないものを滲ませて、いっちゃんは言った。 「明後日は推薦入試のため、北高は休みなんです」 一瞬ぎくりとしながらも、私は平静を装い、 「そっか。うちは先々週にあったよ」 「残念ですね。同じ日なら、デートも出来たでしょうに」 「デートなら、今してるんだからいいだろ? これもハルちゃんの優しさかもよ?」 「では、楽しみましょう」 といっちゃんは明るく笑った。 ハルちゃんの前では見せないような笑顔だけど、それをほんの少しでもいいから、ハルちゃんの前でも出してみなよ。 喜ぶよ、きっと。 いや、確実にね。 |