翌日、金曜日。 それはつまり、みんなで鶴屋さん家の山に宝探しに行く日だ。 その日の朝、慌ただしく支度を整えた私は、もはや諦めきって急ごうともしないキョンくんを置いて、私は足早に駅前へと向かっていた。 昨日、遅くまでかかってお菓子作りなんてしていたせいでうっかり寝坊してしまったのだ。 キョンくんが急がない理由は、みくるちゃん関係の何からしいけど、そんなのは私には関係ない。 私が急ぐのはひとえに、少しでも長く、いっちゃんと話したいからだ。 ううん、健気だね。 我ながら、立派に恋する乙女をやってると思わないか? 私が聞くといっちゃんは笑って頷き、 「そうですね。どこからどう見てもそうかと」 なんて言ってくれたんだけれど、みくるちゃんは苦笑しただけ。 ハルちゃんは呆れた顔して、 「お姉さんらしいわ」 と呟いたけど、それってどういう意味? 「そのまんまでしょ。普通なら言わないようなことを言っちゃうところとか、変わってて、私は好きだわ」 そう笑ったハルちゃんに、私も笑い返し、 「ありがとう。私もハルちゃんは大好きだよ。一番はいっちゃんだし、その次はキョンくんなんだけど、その次くらいにハルちゃんを並べたいくらいに」 「はいはい」 そんな風に話していると、集合時間の5分くらい前になってキョンくんが到着した。 いつものようにハルちゃんがキョンくんにあれこれ言ってるのに、キョンくんもうだうだと返事をしてたんだけど、私といっちゃんがちゃっかりと手を繋いでいるのを見つけると、瞬く間に眉をきつく寄せた。 ほんと、心が狭いなぁ。 「それだけ、あなたが大切だということなんでしょうね」 そう薄く笑ったいっちゃんは、寛大な方だね。 普通、シスコンの弟がいたら鬱陶しがるんじゃないかな。 「どうでしょう。でも僕は、彼のことも嫌いじゃありませんからね」 「むしろ、結構好きだろ?」 私が聞くと、いっちゃんは笑顔のままで頷いた。 「そうですね。一番があなただとしたら、その次は彼じゃないかと言うくらいには」 私の言葉を本歌取りするみたいなことを言ったいっちゃんに、 「妬いていい?」 と聞いてみた。 「……はい?」 「だから、妬いてもいいかって。キョンくんのことを好きなんでしょ?」 いっちゃんは驚いたような顔をして、 「……あの、そういう種類の好きではないんですが……」 なんだ。 「だったら、安心か」 独り言みたいに呟くと、いっちゃんが深いため息を吐いた。 「疑われてたんでしょうか…」 「だって、いっちゃんがキョンくんのことを好きなのくらい丸分かりだし」 「そう…ですか?」 「うん。まあ多分友達としての好きなんだってことくらいは分かってたけどね。でも、やっぱり、…時々ちょっと面白くないなって時もある」 言ってから後悔した。 安心したって言っておいて、完璧に妬いちまってるよ。 みっともないな。 「…すみません、嬉しいです」 小さく笑ったいっちゃんが、少しだけ目元を赤くして私に囁いた。 「…嬉しいって……」 「嬉しいですよ。あなたの一番が彼ではなく僕だと言うことも、あなたがそんな風に妬いてくださることも、嬉しいです」 「……ばか」 毒づいたところで、 「…そこのバカップル、いい加減にしろ」 と地を這うような声でキョンくんに唸られた。 「キョンくんこそ空気を読んでくれないかな」 「アホか。ほら、とっとと行くぞ。バスに乗り遅れたりしたらお前らの驕りでタクシー使ってやる」 「はいはい」 それじゃあ急ごうか、と私はいっちゃんの手を引っ張って、既に先に行こうとしていたハルちゃんたちに追いついた。 「お弁当、作ってきましたよ」 ほんわかとみくるちゃんが言うと、それを耳にしたキョンくんも嬉しそうな笑みを浮かべている。 「あんまり期待しないでくださいね」 と彼女らしく控え目に言うみくるちゃんに、私も背中のリュックを揺すって、 「私も、お菓子ちゃんと作ってきたよ! 特製の渋茶も用意してあるし、自信作だから楽しみにしてなよ?」 と言ってみたのだけれど、キョンくんはしかめっ面で、 「お前はもう少し朝比奈さんを見習って、慎みってものを身につけたらどうだ?」 と呆れたように言った。 「酷いなぁ。だって、本当に自信作なんだよ? 私が夜中まで頑張ってたのくらい、キョンくんも知ってるだろ?」 「うるさくてよく眠れなかったからな」 嘘吐け。 「そんなに頑張っていただけたんですか? 食べるのが楽しみですね」 にこやかに言ってくれるいっちゃんは本当に優しくて、大好きだ。 なんとか間に合ったバスに乗り込んでも、キョンくんといっちゃんは座らないようだった。 シャベルを抱えているのがその理由のようで、せっかくすいてるんだからシャベルを持ったままでもなんとか座ればいいのに。 仕方がないから私もいっちゃんとキョンくんの間に立つことにした。 「座っていていいんですよ?」 といっちゃんが言ってくるけど、 「いいんだよ。精々30分くらいだろ? 大したことないから。それに、どうせなら近くで、ちゃんと向かい合って話したいし」 聞こえてきたキョンくんのため息は黙殺する。 私は声を潜めてこっそりといっちゃんに聞く。 「キョンくんがやる気のない顔をしてるのはともかく、いっちゃんもなんだか悟りきったような顔してるね」 「そうですか?」 「私の目は誤魔化せないよ?」 ま、いっちゃんが何か知ってたって不思議じゃないんだろうがね。 「期待してるから、頑張って穴掘りしてね。汗でもかいたら拭ってあげよう」 「それはやる気が出ますね」 冗談めかして言ったいっちゃんに、キョンくんが耐えかねたような顔で、 「やめんか」 と唸った。 ……けち。 山登りもそこそこ楽しかった。 どうせなら穴掘りもやりたかったくらいなんだけど、それはハルちゃんといっちゃんが許してくれなかった。 「シャベルは2つしかないんだし、せっかく男手があるんだから使ったらいいのよ」 「あなたは大人しく待っていてください。僕たちが頑張りますから、ね」 とのことで。 これが女の子扱いというやつなんだろうか。 女子校のおかげかはたまたキョンくんと区別することなく育てたうちの両親が偉いのか、私は女の子扱いというやつが苦手なんだけれど、ここは我慢しておかなきゃならないんだろうなぁ。 キョンくんが私に代われって言い出せばいいのに、キョンくんにもそのつもりがないらしい。 まあ、私は体力がない方だということは皆もよく知っているところなので、それも仕方ないのかもしれないけど。 諦めた私は大人しく、 「キョンくん今度はそっちの方掘ってみたら?」 とか、 「いっちゃんいっちゃん、足元にばかでかい虫がー…」 なんて言って遊ぶことにした。 これはこれで面白かったな、うん。 男子二人がくたびれたところで、ちょうどお昼になったのでお昼ご飯を食べた。 もちろん、みくるちゃん特製のお弁当は最高に美味しかった。 だから私は、食べ過ぎないように気をつけるのに精一杯だ。 いっちゃんに美味しいからって食べ過ぎないように釘を刺さなくて済むのはありがたいような気もしないでもないけど、これだけ美味しいのに美味しいと分からないいっちゃんが可哀想でもあった。 でも、そんなことを思ってると顔に出て、変に思われそうだったから、私は精々明るく笑って、 「お弁当食べ終わったんなら、デザートだ!」 と包みを開いた。 一段きりだけどそこそこ大きい重箱いっぱいに詰め込んであるのは生和菓子だ。 そんなものを作れるのは勿論、夏休みにゆきりんと一緒に練習したりしたからに決まっている。 でも、人に食べてもらうのは初めてだから緊張しながら、私はそれを差し出した。 「多分、美味しく出来てると思うから」 これはハルちゃんにも受けたみたいで、 「凄いわね。こんなの作れるなんて」 って案外面白がってくれたのはよかったと思う。 キョンくんはなんだか複雑そうな顔で私とお菓子といっちゃんを見比べた後、慎重な手つきで一口サイズに作った鹿の子を口に運んだ。 「……っ、甘っ!! なんだこれ!?」 と目を白黒させてるキョンくんに、 「え? 美味しいだろ?」 「甘過ぎるだろ! お前、砂糖の量間違えたな!?」 「んなことないって」 意図的に多くしただけで。 「まあ、甘いって言うならお茶でも飲みなよ」 持参してきた渋茶を差し出すと、キョンくんは慌ててそれを飲んだ後、思いっきり顔をしかめた。 「こっちは渋すぎるし……味覚崩壊でも起こさせるつもりか?」 「そんなまさか」 「なに考えてんだ…」 とため息をつくキョンくんに、私は正直に答えてやる。 「私はただ単に、いっちゃんに美味しく食べてもらいたいだけだよ。ね?」 いっちゃんはにこにこ笑いながら、 「ありがとうございます」 と答えて、一口で甘い餡子の塊を食べた。 それから渋茶をすすって、 「ああ、本当に美味しいです。ありがとうございます」 なんて言ってくれるから、本当に作り甲斐があるってもんだ。 でも、キョンくんたちにはいまいち口に合わなかったようで、お菓子は結局私といっちゃんとゆきりんだけで食べた。 流石のハルちゃんも一個でギブアップしたんだから、その甘さがどれくらい極端なものだったのか、推察してもらいたい。 甘さのダメージでか、ぐったりしているキョンくんを他所に、私はいっちゃんと二人で少しだけ近くを散歩することにした。 多分、私達くらいしか来ていない山はとても静かで、街中にあるなんて思えないくらいだ。 自然に手を繋いで、肩を寄せ合って歩くようになりながら、私はハルちゃんたちの前じゃ聞けないことを聞いてみた。 「いっちゃん、本当に美味しかった?」 「ええ。…わざと、味を濃くしてくださったんでしょう?」 見抜いてましたよ、とばかりに小さくウィンクを寄越すいっちゃんに私は苦笑を返す。 「あれくらいしたら分かる? どれくらいならいいのか分からなかったから、ギリギリまで砂糖を加えてみたんだ」 「ええ、おかげで、より美味しく感じられましたよ。本当に……」 そう言っていっちゃんはどこか寂しそうに言葉を途切れさせた。 「…私でよければ、いつだって、なんだって作ってあげるよ」 そう言いながら、いっちゃんの腕に抱きつくと、いっちゃんは柔らかく微笑んでくれた。 どっちが慰められてるんだか、分からなくなるような笑顔だ。 「ありがとうございます。あなたが作ってくださるならきっと、今日のように味が濃くなくても、美味しく感じられると思いますよ」 「本当に? お世辞じゃないだろうね?」 「ええ。だから…甘えてしまってもいいですか?」 「うん。…キョンくんに怒られない程度に、お弁当とか作ってあげるよ」 そう言うと、いっちゃんは小さくだけど、声を立てて笑ってくれた。 それから、ハルちゃんに大きな声で呼ばれて、私たちは慌てて集合し、作業を再開した。 でも、ハルちゃん発案のイベントにしては不思議なくらい何も見つからなかった。 いっちゃんやキョンくんが誤魔化したような感じも、ゆきりんが何か処理したって感じも全くしなかったし、何より私が何の異変も感じなかったなんて、どういうことだろう。 ハルちゃんの機嫌もいいままだ。 これは何かあるのかな、と思っていると、案の定、夜になってから電話が掛かってきた。 勿論、ハルちゃんからだ。 『みくるちゃんと有希にはもう話してあったんだけど、』 と前置きしてハルちゃんが教えてくれたのは、二日後のイベントに向けての計画だった。 私に教えてくれてなかったのは、別に私を仲間はずれにしたかったとかそういうことではなく、私からキョンくんやいっちゃんに話が漏れるのを警戒したってことだったらしい。 『それに、お姉さんは当日休みじゃないでしょ? それなのに協力だけさせるのはどうかと思ったんだけど』 と言われたけど、 「気にしないよ。むしろ、誘ってもらえて嬉しい。私からの分も、キョンくんに渡すのだけは渡してくれるとありがたいな。いっちゃんの分は流石に手渡ししたいけど」 『それくらい、喜んでするわよ』 とハルちゃんが楽しそうに笑うのを聞くと安心する。 ハルちゃんと話し込みながら、私はマフラーを編んでいた。 『お姉さんの準備はどう? ちゃんと編んでる?』 「うん、今も編んでるところ」 と言っても、実はもう、いっちゃんの分は編みあがっているんだけど。 だからこれは、キョンくんの分。 『チョコはどうするの?』 「やっぱり作ろうかなとは思ってるけど?』 何か計画でもあるのかな、と思ったら、どうやら当たりだったらしい。 『じゃあ、一緒に作らない? 有希のところに集まって』 「いいね。是非」 正直、ハルちゃんとみくるちゃんがどんなものを作るのかに興味があってそう答えると、ハルちゃんは酷く嬉しそうに、 『じゃあ、13日、全部終ってから有希の家に集合よ! 材料は用意してもしなくてもいいわ。…あ、作ってるマフラーも見せてよね?』 「ん、了解」 じゃあ、さっさと編み上げなきゃ。 出来れば、ハルちゃんたちにも何か編んであげよう。 そんな風に考えるのも、楽しかった。 このまま、何も不思議なことなんてないまま、過ぎていくんじゃないかって錯覚してしまうほど。 …みくるちゃんが未来からわざわざ来てた時点で、そんなことはありえないって分かってたはずなのに。 |