秘密の陰謀 3



この日は、キョンくんがいる久しぶりの部活になった。
大きいみくるちゃんから指示が来てはいたものの、今日明日はフリーということを示す指示だったらしい。
私も、詳しくは聞けてないからよく分からないが。
でもなんにせよ、こうして揃うことが出来て嬉しいと思いながら、私は部室の中を見回した。
何も知らないみくるちゃんはどこか嬉しそうに見えたし、ゆきりんも、喜んでるんじゃないかな。
ハルちゃんも上機嫌に見える。
いっちゃんも……なんか、やっぱり嬉しそうって言うか、楽しそうに見えるんだよね。
やっぱりキョンくんのこと好きなんだな。
……ちょっと妬けるぞ、って言ったらどんな反応するんだろ。
今度やってみよう。
「もしかして、みんなを待たせちゃったかな」
私が言うと、ハルちゃんは笑顔で、
「大丈夫よ。まだもうひとり来ることになってるから」
それはもしかして鶴屋さんだろうか。
昨日、キョンくんが何か受け取って帰ったって言ってたから。
私の予想は見事に的中した。
「やっほーい!」
という声も高らかに現れたのは、SOS団名誉顧問である鶴屋さんだった。
「お久しぶりです」
と挨拶した私に、
「やあやあお姉さんっ、お互い正規の団員じゃないとなかなか顔をあわす機会もなくて残念ったらないね! よかったら今度一緒にお茶でもしようじゃないか」
「いいですね。鶴屋さんとお茶なんて。色々と盛り上がれそうで私も楽しみです」
「こっちこそ、お姉さんとはじっくり話したいってずうっと思ってたから丁度いいっさ。楽しみにしてるにょろよっ」
ううん、やっぱり鶴屋さんのこの軽快さは素晴らしい。
是非とも見習いたいものだね。
ついでに言うと、あの鬱陶しい周防に爪の垢でも煎じて飲ませてやってはくれないものだろうか。
ほんの数パーセントであっても、この明るさを分けてもらえれば、あいつも多少はマシになると思うんだけれど。
団員との挨拶もそこそこに、鶴屋さんが席についたのを確認して、ハルちゃんが広げたのはなにやら古地図らしい紙片だった。
これが昨日キョンくんが持って帰らされたというものだろう。
ただ気になるのは、この「古地図」が妙に新しく見えるってこと。
それなりに古びた和紙ではあるけれど、江戸時代まで遡れるような代物には見えない。
もちろん、保存状態がよかったって可能性もあるんだけど、ほんの数年しか経っていないようなものであっても、日に当たる場所とか状態の悪いところに仕舞っておけばこの程度には劣化するだろうという程度。
文章もなんだかぎこちない。
慣れてない人間が考えて書いたような感じだ。
もしかして何かあるのかね。
そう思いながら私は添えられた短い文章に目を走らせ、要約を口にする。
「この山に珍しいものを埋めた。私の子孫で気が向いたものがいたら掘ってみるといい…ね」
するとハルちゃんがびっくりした顔をして、
「お姉さん、崩し字も読めるの? ほんと博識ねー」
「そうでもないよ。最近は結構簡単な崩し字の読み方の本なんかも出てるんで、それをちょっと読んでかじっただけだから」
と私は誤魔化す。
本当は、夏休みの間に習得しただけなんだけど、流石にそれは言えない。
「で、ハルちゃんはこのなんだか分からないけど珍しいものってのを探しに行きたいわけか」
くすくす笑いながら言った私にハルちゃんはにんまり笑って、
「そうよ。珍しいものを見つけられるかも知れないってのに、じっとしてられるわけないでしょ? というわけだから、」
とハルちゃんが宝探し決行を宣言し、今回はどうやら止める必要もないらしいキョンくんが黙っていたおかげで、いつも以上にすんなりとそれが決定された。
「お弁当作らなきゃ」
と言ったのはみくるちゃんで、
「あ、だったら私も!」
と私が名乗りをあげると、キョンくんが驚いた顔で私を見た。
「姉さんも?」
「キョンくん、何か文句でもあるわけ?」
「いや…面倒臭がるだろ、いつもなら。なのに珍しいこともあると思ってな…」
そう誤魔化すキョンくんに私はふふんと鼻を鳴らし、
「覚えておくといい。恋をすると女の子は変わるものなんだよキョンくん。…と言うわけで、楽しみにしててくれよ? いっちゃん」
私がそう言うと、キョンくんは嘆かわしげに机に突っ伏し、いっちゃんはにこにこといつもより嬉しそうな笑みと共に、
「ええ、勿論です」
「けど、過度な期待はよしてくれよ?」
私が釘を刺しているとみくるちゃんが、
「えっと、じゃあどうしましょうか? 半分ずつの量でお弁当作りましょうか」
「そうだなぁ…せっかくだから、みくるちゃんがお弁当を作ってくれるかな。私はお菓子だけとかでもいいから」
「お菓子…ですか?」
「うん。私としても、お弁当よりはお菓子の方が作りやすそうだなって思うしね。それでどう?」
「お姉さんがいいんだったら、あたしもいいですよ」
と微笑みみくるちゃんは本当に天使のように可愛かった。
堪らないね、全く。
しかしお菓子か。
自分で言い出したことだけど、ちょっと大変かな。
何せ、ある意味定番と言っていいだろうチョコレート系のお菓子を外さなければならないことは言うまでもない。
ハルちゃんはどうやら、キョンくんやいっちゃんにバレンタインデーの準備をしていることを気づかれたくないらしいから、うかつにチョコレート系のお菓子を作って、練習したなんて思われるのはまずいかも知れない。
だったらいっそ和生菓子とかにしてしまおうか。
こてこてに甘いのにしてしまえば、いっちゃんにも味が分かるかもしれないし、たとえだめでもああいうお菓子は割と見た目の美しさが勝負ってものだから、味覚がダメでも気にならないだろう。
和菓子職人さんには失礼な話かもしれないけど。
…ああ、いいな、こういうのも。
好きな人のために何か作るなんて私じゃ考えられないってずっと思ってきたけど、実際こうなると楽しくてしょうがない。
私がニヤニヤと画策している間に、話はどんなものが埋められているのかと言うことに話題を移していた。
いっちゃんは当たり障りのないことを言い、キョンくんはベタ過ぎてつまんないことを言ってくれたので、代わりに私は、
「そりゃあやっぱり宇宙人の遺物なんかじゃない?」
と言ってみた。
ゆきりんの落し物、なんかだったら面白いけど、それなら年代が合わないかな。
でもまあ、本当に何か埋まってたところで、宇宙人、未来人、超能力者、あるいはキョンくんが誤魔化しちゃうんだろうけど。
どうせなら、ハルちゃんと一緒に誤魔化されるポジションより、少しは色々と見れるポジションにいたいね。
「それか、異世界人からのお土産なんかでもいいね」
「それってどういうもの?」
ニヤニヤしながら聞いてくるハルちゃんに、私はうーんと考え込む素振りなんかしつつ、
「異世界人からのお土産だったら、そうだね、普通に菓子折りなんてどうだろう?」
「何それ」
きょとんとした顔をしたハルちゃんに、今度は私がにやりと笑う番だ。
「平行世界くらい、ハルちゃんなら説明しなくっても分かるだろ? 私達のいるこの世界に平行して存在する異世界ってやつ。あまり違いのない世界なら、お土産として持ってくるのはやっぱり、お菓子なんかだと思わないか?」
「なるほどね。でも、ちょっと違った味わいや効果があるとかじゃないと、つまらないわね」
「そこんとこはどうにも」
くすくすと笑った私は、いっちゃんに軽く目配せなんてして見る。
これでどうだい? とね。
何も出て来なくてハルちゃんが機嫌を損ねそうだっていうなら、菓子折りを埋めておけばよくなった。
古い地図に対して合わないのが心配なら、奇抜な形をした干菓子でも作ってあげたらいい。
変わったドライフルーツなんかでもいいかもしれないが。
あるいはそんなジョークで勘弁してもらうってことでもいいだろう。
ま、これくらいのことでハルちゃんが機嫌を悪くしたりはしないと思うけど。
いっちゃんは私をじっと見つめ返した後、にっこりと優しく微笑んだ。
うん、いつ見ても可愛くていい笑顔だ。
と思っていると、
「いちゃいちゃすんな!」
とキョンくんに注意勧告を受ける破目になってしまった。
…キョンくん、心が狭いよ。
「やかましい。お前らが悪いんだろうが」
膨れてるキョンくんに、私はやれやれと肩を竦める。
「キョンくんも寂しいなら彼女でも作りなよ。チャンスも出会いも、どこにだって転がってるものだよ?」
「要らん」
吐き捨てるように言うキョンくんは本当に勿体無い。
周囲にこれだけ可愛い女の子がいながら誰とも付き合ってないなんて、人生を損してるとしか思えないよ。
いや、私だって分からないでもないよ。
誰か一人を選ぶことでこの楽しい集まりがぎくしゃくしてしまうのは、誰かと付き合う喜び以上に残念なことだってことくらい。
でも、ねぇ?
「…勿体無い」
「うるさい」
私は仕方なくため息を吐いたが、それすらキョンくんの気に障ったらしく、軽く後頭部を叩かれた。

帰り道の途中で、キョンくんは私といっちゃんから離れた。
「俺は急用でちょっと寄るところがあるが、姉さんは真っ直ぐ帰れよ」
と私に言い、いっちゃんのことをきつく睨んで、
「姉さんのことを送るのはいいが、送りオオカミなんてことになったら、どうなるか分かってるんだろうな?」
私は軽く笑い飛ばして、
「大丈夫だって。それともキョンくんはいっちゃんがそんなに強気に出られるなんて思う?」
いっちゃんは意外とへたれだよ、なんて酷いことを目の前で言われても、いっちゃんは苦笑してるだけだ。
それでかえって安心したらしいキョンくんは、同情するような目をいっちゃんに向け、
「お前も何でこんなのが好きなんだ?」
「…ってこら! キョンくんそれは酷い!!」
くすくすと笑ったいっちゃんは、
「口で酷いことを仰るのも、僕に気を許してくださってるからだと分かりますから。…ね?」
と私に向かって同意を求めてきたけど、そこで頷くのは流石に恥かしい。
「さあね。……ほら、キョンくんは用事があるんだろ? さっさと行きなさい!」
私はキョンくんの背中を押して鶴屋さんの家の方へと押しやり、自分は家に向かって歩き出す。
「待ってください。ちゃんと送りますから」
と追いかけてきたいっちゃんと並んで歩く。
「それにしても、キョンくんは忙しそうだね」
私が呟くと、いっちゃんも頷いて、
「全くですね。僕たちでお手伝いでも出来たらいいのですが……」
「手伝って欲しい時は意地を張ったりしないでそう言える子だよ、キョンくんは。だから、言わないってことはしなくていいってこと。……それはそれで、寂しいけどね」
「そうですね。……ただ、少し嬉しくもあるんです」
ん?
何がだい?
「彼が忙しい分、僕があなたと二人きりでいられる時間が増えたでしょう? それが嬉しいんです」
と言っていっちゃんははにかむように笑った。
その笑い方が、もう、なんていうか、
「…っ、かあいいなぁ、もうっ!」
抑えきれずにそう言って、私はいっちゃんの頭をぐりぐりと撫で回した。
柔らかくて気持ちいい髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまうけど、いっちゃんは嫌がったりしない。
むしろくすぐったそうに、嬉しそうにしながら、
「ねぇ、少しだけ、甘えてもいいですか?」
「ん? なに? いいから言ってごらん?」
今ならちょっとやそっとのワガママ、喜んで聞ける精神状態だから、何でも言っていいとも。
「…嫌われたりしません、かね」
心配そうに言ういっちゃんに、私は笑って請負う。
「大丈夫だろ。ほら、どうして欲しいのか言っちまえって」
そう言っても、いっちゃんはたっぷり悩んだ。
私が痺れを切らしそうになってやっと、
「…抱き締めさせてください」
と言った。
「それくらい、いつでもどうぞ?」
というのが私の返事だ。
ついでに、そう言っておいて、自分からいっちゃんに抱きついた。
あったかい。
冷たく冷えた制服越しのはずだってのに、あったかく感じられる。
すりっと頬をいっちゃんの胸に寄せながら、
「いっちゃんは欲がないね」
「え? そう…ですか?」
「だって、そうだろ? あんな風に考え込んだりするから、もっと凄いことを言われるかと思ったのに、意識しただけ私がばかみたいじゃないか」
「ええ?」
驚いたいっちゃんの顔が赤くなるのを、意地の悪い笑顔で見遣りながら、
「本当に、抱き締めるだけでよかったのかい? それとも、それ以上のことがしたかったけど、我慢したとか?」
「えええ?」
戸惑って更に顔を赤く染めているいっちゃんが可愛くて、愛しくて、私は心を決める。
いっちゃんを見上げるような形で顎を上げ、目を閉じる。
やりやすいように、ね。
「チャンスは10秒だけだから」
「え? え、あの…っ」
慌てるいっちゃんに構わず、私は胸の中でカウントダウンを開始する。
10から数え始めて、5くらいでやっといっちゃんが私の肩に回した手に力が入るのを感じた。
4で顔が近づく。
でも、そのままで、3、2と数えることになった。
1と0の間で、どうにか唇が触れた。
そっとかすかに触れるだけなのに、くすぐったくて、なんだか不思議な気持ちになった。
「…遅いよ。初めてでもないのに」
あ、いや、男のいっちゃんからは初めてか。
目を開けた私が不機嫌を装いながら言うと、いっちゃんはかぁっと赤くなったままの顔で、
「す、すみません」
と謝る。
そんなところも可愛いから、私は不機嫌な顔をしようとしていたのも忘れて笑っていた。
「でも…やっぱり、いいね。キスされるのって」
そう、改めて思った。
恥かしいし、心臓が壊れそうなくらいドキドキする。
でも、楽しくて嬉しくて幸せで。
「…僕も同じです」
恥かしそうに同意を示すいっちゃんに、私はにっこりと笑う。
「少々落ち込んだって、すぐに元気になれそうなくらいだよね。…よし、今度から私が落ち込んでたらちゅーしてよ。私も、いっちゃんが落ち込んでると思ったらそうするからさ」
「え」
嬉しいくせに戸惑ういっちゃんに、私はニヤッと笑って、
「でも、キョンくんに見つからないようにするのが大変かな?」
と言ってやった。