いっちゃんと緩く手を繋いで家まで帰った。 顔まで緩んでしまうのは、これはもう、許してもらうしかない。 引き締めようにも、どうしようもなく嬉しくて、どうにもならないんだ。 自分が色恋沙汰でここまで浮かれてしまう人種だったなんて思いもしなかったが、そう悪い気分でもないからこれでいいということにしておこう。 「ただいま!」 と玄関ドアを開けながら明るくそう叫んだら、 「お帰り」 と顔を出したキョンくんが唖然とした。 何がそこまで予想外だったんだろうか。 「何がって……姉さん、なんで古泉と手ぇ繋いで…」 「ああ、これ? まあ、説明は後でね」 私はニヤニヤ笑いながら家に上がり、いっちゃんの手を引っ張って居間に入った。 「いっちゃんはコーヒーでいい?」 「なんでもいいですよ」 と笑ういっちゃんをソファーに座らせて、キッチンに立つ。 やっぱりコーヒーは胃に悪いか? ただでさえ、やけに濃いのを飲んでそうだから、コーヒーはよした方がいいかもしれない。 味覚をほとんど感じないって言ってたから少しでも味わいたくて濃い味を好むのかもしれないけど、体には物凄く悪そうだし、……麦茶持ってってもばれないかな。 いきなりそれは可哀相だから、試すのは今度にしよう。 素直にコーヒーを淹れて持っていくと、いっちゃんの前にキョンくんが座っていっちゃんを睨みつけていた。 …朝の再現? 「キョンくん、顔が怖いよ」 「生まれつきだ」 嘘ばっかり。 生まれた時はもっと可愛かっただろ。 というか、生まれつきキョンくんの顔が怖かったら、ほとんど同じ顔の私も顔が怖いってことになるんだが? 「そんなことはないと思いますよ」 そう言ってくれたいっちゃんに、 「ありがと」 とお礼を言いながらいっちゃんの隣りに腰を下ろした。 さて、どこからどう話せばいいか、と思っていると、キョンくんの方から、 「昨日、何があったんだ?」 と水を向けてくれた。 「全部話すと長いから簡単に言うと、私も含めて、SOS団のみんなが性別がいつもと逆になってたんだ」 「は!?」 「でもまあ、それは特に重要じゃなくて…」 いや、少しは重要かな。 あんな状況じゃなかったらいっちゃんがあんなことを言い出すこともなかっただろうし。 「とにかく、昨日私は男の状態で、女の子になってるいっちゃんに告白されちゃったわけ」 キョンくんはぽかんとした顔で私といっちゃんを見比べた。 そこまで驚かなくても、と思うけど、驚くだろうなぁ。 「まあそのおかげで、昨日からさっきまで、私は悩んでたんだ。どうしたらいいのか分からなくって」 キョンくんだって、そうなったら困るだろ? キョンくんの場合として考えるなら、朝起きたら女の子になってて、しかも男の子になってるハルちゃんに告白されるようなもんだからね。 翌日には元に戻ってくれたけど、それにしたってどう返事をすればいいんだか分からなくって。 「それで挙動不審だったのか」 「え、やっぱりおかしかった?」 「ああ。…昼に、一度集合しただろ。あの時から古泉と姉さんの様子が妙だと思ってたんだ」 「ふぅん……。ちなみに、どんな感じだった? 私の記憶ではあの時いっちゃんは女の子で、凄く悲しそうな、自己嫌悪に陥ってるような顔で俯いてたんだけど」 「俺の記憶の方では古泉は男だが、いつになく鬱陶しい顔だったな。今にも入水自殺しそうな」 「ああ、うん、そんな感じ。で、私の方は?」 「割といつも通りだったが…無理矢理テンション上げてただろ」 「そうだねぇ…」 何しろ、あの衝撃の告白の後、呆然としている私を放したいっちゃんは、さっき言ったみたいな顔になって、 「いきなりすみません……。あの、返事は……いつになっても構いませんから…」 と言ってくれたからね。 今にも泣き出しそうな顔に良心が疼いたよ。 心や記憶まで男になってたら、あれは間違いなく一発KOどころかそのままホテルにしけこむコースだ。 女の私でもときめいたんだから。 テンション上げてなんとか自分を誤魔化さないとって必死だった。 「やっぱり、キョンくんにはばれちゃうなぁ」 「なら、隠さずにちゃっちゃと吐け」 とキョンくんは私を睨みつけ、 「告白されて? それでどうしたんだ?」 「さっきまでそのこと外で話して、で、もう一回告白しなおされたからOKした」 「……したのか」 「だめだった?」 「俺は、」 憤然とした顔でキョンくんはいっちゃんを睨んだ。 視線で人を殺せそうなくらいだ。 普段割かし温厚なだけに怖いなぁ。 「古泉を義兄と呼びたくはないぞ」 私は思わず唖然としてキョンくんを見た。 いっちゃんは表情を崩してないけど、硬直してるんじゃないだろうね? 「キョンくん…」 「なんだよ」 「キョンくんって凄いね…」 「……なんでだよ」 「いや、……高校生の男女交際でそこまでマジになるところが」 当事者の私だって、そりゃあ絶対別れるとまでは思ってないけど、そこまで続くと思ってなかったのに。 私がそう呟くと、いっちゃんが私に向かって優しく微笑み、 「僕も彼と同じくらい本気ですよ。結婚を前提にお付き合いを申し込んだつもりです」 「うわ、そうだったの?」 「ええ」 「……ありがと」 でも、やっぱりなんか照れるな。 照れ笑いを浮かべながら頬を掻くと、キョンくんが嫌悪感丸出しの顔で、 「べたべたすんな」 べたべたしたつもりはないんだけど。 キョンくんがちょっと過敏になってるんじゃない? 「ほっとけ。…で、付き合うってのか」 「うん、キョンくんが許してくれたらね」 「…え」 驚いた顔をしたキョンくんに、私は正直に言う。 「キョンくんに嫌われたくないし、どうせならキョンくんにも祝福して欲しいから」 こそこそ付き合ったんでいいなら、キョンくんにも誰にもばれないようにってのは不可能じゃないと思う。 でも、それじゃやっぱり嫌だろ? いっちゃんはもてるし。 「……そういうつもりで、話してたのか」 「うん、そうだよ」 「古泉も……それでいいのか?」 いっちゃんは頷きながら、 「ええ、構いません。……結果として、認めていただけなかったら、僕がまだお姉さんに相応しくないということですから、相応しくなれるよう頑張ります。ですから、再挑戦することは許してくださいね?」 そこそこ男前な発言だけど、微妙に情けないなぁ。 「おや、そうですか?」 「そこはどーんと、『信じてます』とでも言えばいいんだよ」 なんのかんの言ってキョンくんもいっちゃんのことを気に入ってるんだから。 「ね、キョンくん?」 笑顔で聞いた私にキョンくんはため息を吐き、 「姉さん、前に古泉は好みのタイプじゃないって言ってなかったか?」 と言った。 話を逸らしたいにしても、もう少し方向性を考えて欲しい。 「そうなんですか?」 と聞いてくるいっちゃんもちょっと意地悪だ。 「好みから懸け離れてる、とまで言ってた気がするな」 キョンくんって、どうしてそういうことに限って記憶力がいいかなぁ! いっちゃんの困惑交じりの視線とキョンくんの咎めるような視線が痛い。 私はため息を吐きながら、 「いっちゃんが好みのタイプじゃないってのは……その、全く以ってその通りだよ」 私の好みのタイプってのは、あっさりしてて、優しくて、頼り甲斐がある、つまりはキョンくんみたいな人だからね。 「でも、……好みじゃないのに、好きになったんだから、いいと思わない?」 ぱっと見の印象や好みの要素のせいで好きになったんじゃなくて、いっちゃんと過ごすうちに、いっちゃんのことを知って、その上で好きになったんだから、好みじゃないってのはそんなに悪いことじゃないと思う。 「それじゃ、だめかな」 キョンくんじゃなくていっちゃんに聞くと、優しい笑みが返ってきた。 「嬉しいですよ」 「よかった」 ほっとしながら小さく息を吐き、 「あれで嫌われたらどうしようかと思った」 「そんなことはあり得ませんね」 きっぱり言ってくれるいっちゃんは、やっぱり男前だ。 嬉しいな、と思いながら軽く肩を触れさせると、いっちゃんがはにかむように笑った。 おお、可愛い。 「べたべたするなって言ってるだろ」 と、またキョンくんには睨まれたけど。 「姉さんってそういう風に人前でべたついたりするタイプだったか?」 呆れたように言うキョンくんに、 「違ったと思うけど。まあ、恋は人を変えるものだよ」 キョンくんは心底げんなりした顔で、 「姉さんがそんなことを言い出すとは…」 とため息を吐いたキョンくんが、小さく笑い、 「…だが、まあ、古泉とはそれで似合いなのかもな」 「……それ、いっちゃんと付き合うのを認めてくれるってこと?」 私が目を見開きながら言うと、キョンくんは私ではなくいっちゃんを睨みつけ、 「姉さんを泣かせたりしたら承知しないからな。あと、今後一発は俺に殴られるつもりでいろよ」 何で一発なんだろ。 「姉さんと別れたりしたら当然一発は殴るし、結婚まで行ったら、それはそれで殴ってやる」 バイオレンスだ…! キョンくんは私が思ってたよりずっと暴力的だったらしい。 驚いていたいっちゃんは、すぐに笑顔に戻って、 「分かりました。その時は一発と言わず、ご存分になさってください」 「よし、覚悟しとけよ」 とキョンくんが笑う。 「姉さんも、何かあったらすぐ言えよ」 「う、うん。…ありがと」 戸惑いながら頷くと、 「ハルヒたちには言うのか?」 「一応そのつもりだよ」 「ハルヒが反対したら?」 「それでも付き合うに決まってるだろ。キョンくんに聞いたのはキョンくんが私の大事な弟だからなんだし。ハルちゃんに反対されてもそれに従う筋合いはないよ」 それに、これ以上いっちゃんに自分を殺させる必要はないだろう。 だから私は、改めていっちゃんに向き直ると、 「これからよろしく」 「こちらこそ、よろしくお願いしますね」 いつになく柔らかい笑顔が嬉しかった。 何があっても、いっちゃんがいてくれれば大丈夫だと、そう思えた。 それに、いてくれるのはいっちゃんだけじゃない。 キョンくんだって呆れた顔をしながらも、何かあったら助けてくれるだろうし、こっちにはSOS団のみんながいる。 神様みたいなハルちゃんと、その鍵であるらしいキョンくん、宇宙人のゆきりんに未来人のみくるちゃんまで揃っていて、勝てるような奴がいたらお目にかかりたいもんだ。 |