苦しみよこんにちは



どうして私はひとりでこんなところにいるのだろう。
あたりを埋め尽くすのは闇を白く塗ったような雪。
けれどその雪が全てホンモノでないことを、私は感じていた。
ホンモノの雪は足元にあるものだけで、あとは全てまやかしだ。
しかしそんなことが分かってしまうということは、これは誰かによる情報制御の結果ということなんだろう。
その誰かというのが誰かが問題だ。
ゆきりんが何か事情があってこうしたとしたら、私に説明のひとつくらいしてくれるだろう。
それがないってことはゆきりんじゃない。
多分だけど。
となると、他に可能性があるのは、ゆきりんのお仲間だけど、別の派閥に所属してる人ってことかな。
何にせよ、
「勘弁してよ」
とため息が漏れた。
私はキョンくんたちと一緒にスキーを楽しんでいただけなのに。
ついでに言うなら、この前ごたごたに巻き込まれてから半月も経ってないってのに、どうしてこう事件の方から寄って来るんだろうね。
そんなことを言ったら、ハルちゃん辺りは、「それこそ名探偵に必要な素質なのよ」とかなんとか主張するんだろうけど、私にはそうは思えない。
ただ、トラブル体質なだけだろう。
思えば昔から面倒ごとに巻き込まれてきたっけ。
キョンくんと服を入れ替えてふたり入れ替わってたら、私がキョンくんの分までおやつもらって食べちゃったこともあった。
私が拾ってきた犬にキョンくんが追い立てられたこともあったなあ。
……あれ、面倒ごとに巻き込まれてんのってキョンくんの方じゃん。
私じゃない。
ということは私はトラブルに巻き込まれる体質というよりもむしろ巻き起こす体質だな。
うーん、我ながらタチが悪い。
「――何を――――考え――ている――の?」
突然自分以外の声がして、ぎょっとしてそちらを見ると、なにやら黒い塊が見えた。
真っ白い中の黒くて醜悪な形態の物。
気色悪い。
なんだこれ。
生理的嫌悪感ばかりでなく、何か嫌な予感を感じさせた。
「あなたの――考えて――いることは――読み取れない――から――教えて――」
それがまた、音として一応日本語を話しているというのも気味が悪かった。
ただピッチの狂ったその声は、合成音染みていて、男女の別もつかなかったけれど、そのためにより一層の不気味さを持っていた。
背中をぞぞっと悪寒が走った。
今、私の顔が青褪めているとしたらそれは、ここが寒いからではないはずだ。
ソレは私がぞっとしていることに遅れ馳せながら気がついたらしい。
「今は――余裕がない――。――でも――あなたと話し――たい――」
話したいって言うなら名乗ったらどうだい。
私は恐怖を打ち消そうとあえて強く出た。
するとソレは、
「――名乗――る?」
理解出来ないというように呟いた。
「名前に――個を判別する――以上の意味は――――ない――。あなたには――その必要はない――。個は――小さすぎて……あなたには――無意味――」
何を言っているんだ。
私が嫌悪感を露わに尋ねても、ソレはなかなか答えなかった。
まるで、低スペックのパソコンみたいに鈍臭かった。
イライラする。
ただでさえわけの分からない状況におかれているのに、どうして更にわけを分からなくするんだ。
先ほどまで恐怖を感じていたはずなのに、怒りでどこかに追いやってしまったらしい。
私はやっと口を開きかけたソレを遮って言った。
「あんたがここをこんな風にしたの?」
「――この空間を――創出し――――封鎖したと――いう意味なら――」
「そう。じゃあ、」
と私は我ながら極悪非道に思える笑みを浮かべて言った。
いっちゃんの比じゃないね。
物凄い悪人面だよ。
「さっさと私を解放して、キョンくんやみくるちゃんやゆきりんや、とにかく皆のところへ返しなさい」
「――あなたに――逆らうことは……得策ではない――。でも――どうか――もう少しだけ待って――」
待つって何を。
というか、これだけ時間を割いたんだからもう満足してくれないかな。
相手が可愛い女の子ならともかく、あんたみたいな謎の不定形生物相手じゃ楽しく談笑することも出来ないんだけど。
「――そう――」
呟いたソレが、不定形生物から女の子に姿を変えた。
ただどこか不自然なそれは、半透明に透けていて、その中にはやはりあの黒い塊が見えた。
「今の私には――これが限界――。あなたの力は――とても――強いから――」
黒い服をまとった黒い髪の少女は可愛いと言えないこともないけど、半透明だったり中に黒いものがいたりする以上、不気味だ。
私はため息を吐きながら、
「結局あんたは何がしたいんだよ」
「会話を――理解を――」
それならもうちょっとうまく言葉を操れるようになってからきてもらいたいね。
英語やフランス語がいいって言うなら付き合うけど、会話のスピードにはどうせ変わりがないんだろう。
「知って――欲しい――。わたしのこと――わたしたちの――こと――」
いっそ長唄か何かを聞いてるような気分になってきた。
眠い。
夏ならあの口にハエやカの一匹ずつくらい止まったに違いない。
「あなたがいるから――わたしたちは在る――。あなたに――知られていなければ――無意味…」
なんのことやら、さっぱりだね。
ため息をついた私に、闇のような光のない目を向けたまま、ソレは言った。
「世界の始まりは――存在しない――。世界の――終りが――――存在しない――から。――世界は――常に在る――。ただその――形が変わる―――だけで――」
ああ、もう、いい加減にしてくれないかな。
理解したいとも思わない電波話にこれ以上耳を貸したくないんだけど。
私がぶつくさいっても、ソレは聞き届けちゃくれないようだった。
「わたしは――分からない――。あなたたちが――この星を選んだ理由が――」
選ぶも何も、生まれも育ちもここなんだからんなこと言われたって、ねえ?
「銀河の辺境を――不自由な――有機生命体であることを――望んだのは――あなたでは――ない――の?」
だーかーらー、意味が分からないってば。
望むも何も、私は生まれた時からこうなんだって。
っていうか、さっきから「あなた」だけじゃなくて「あなたたち」が混ざってんだけど、それは私と誰を指してんのさ。
「あなたと――あなたの――片割れ――」
キョンくんのことかい?
どちらにしろ、私たちは生まれた時からこうであって、選んだり望んだりした覚えはないよ。
誰かと間違えているんじゃないのかい?
「――間違いない――。あなたたちは――世界と共に――常に――在る――。あなたは――盾――、彼は――剣――。剣は――世界を変革する――。盾は――秩序を――守る。剣だけでは――危険。――盾だけでは――無意味――。でも――二つ揃えば――世界は――自在となる――」
剣と盾に例えるなら、逆じゃないかな。
私よりもキョンくんの方がよっぽど保守的な性格をしているよ。
私はとんでもないことをするってよく言われるしね。
試みにそう反論すると、ソレは静かに――というかむしろとろ臭く――首を振った。
「あなたの――認識は――思いこみ……。彼は変革を――望んだ――。今も――望んでいる。あなたは――秩序を守ろうと――し続けている――。情報操作や――改変を―――認めない、……その力も――その具現――」
「何だって?」
私のこの妙な、そして役に立つんだか立たないんだか分からない力について言及されて、私は思わず食いついた。
それは、ゆきりんでさえ原因が分からないと言っていたものだ。
それを、コレは知っていると言った。
あまつさえ、説明した。
納得できるはずのない説明ではあったけれど。
「彼は――変革を受け入れる――。あなたは――拒絶する――。それは――彼が剣で――あなたが――盾――だから」
だからもっと具体的に説明してよ。
そうじゃないと理解したくても出来ない。
「――盾である――あなたは――何を言おうと――認めない。理解しない――。せめて――聞いて」
ソレはそう言って私を黙らせると言った。
「涼宮ハルヒは――三年前――剣の一部を――手に入れた――。半年前――剣と共に――盾をも手に――入れた――。その――意味する――ことは――簡単。涼宮ハルヒの――力は安定し――、その力で――世界を自在に――操れると――いうこと。――剣は彼で――あるということ――。盾は――あなたであると――」
「もう沢山だ」
聞きたくないと絶叫することもなく、ひたすら冷淡に私は言った。
自分でもどうしてか分からない。
ただ分かったのは、これ以上話を聞く必要はないということだけだ。
この情報は私の役に立たない。
むしろ、有害なだけだ。
「私を解放して、在るべき所へ帰りなさい。周防九曜」
次の瞬間――ソレはなんとも言えない顔をした。
驚き、かつ、喜んでいるような。
正確に言うなら、それは表情ですらなかったのだろう。
半透明の少女の姿の向こうに見える黒い塊が、驚愕と歓喜にうち震えただけで。
「わたしのような――小さな個も――あなたは――認識してくれていた――のね――」
合成音としか思えない声に喜色を滲ませて。
「ありがとう――」
言葉と共に、視界が弾けた。
ここに引き込まれたときと同じように、白く。
顔に吹きつける吹雪に思わず目を閉じた。
目を開いた時に飛び込んできた光景には笑うしかなかったね。
まったくもって平和なスキー場そのものだったんだから。
私はぼんやりと立ち尽くしていた、ということになっているらしいが、断言してやってもいい。
間違いなくあの妙な空間に取りこまれていたんだと。
自分がちゃんとストックを持ち、スキーブーツも板もちゃんと装着していることを確認して、私は滑りだした。
キョンくんたちの姿が見えないことを不安に感じ、それを探しながらも、頭から離れないのは、あの異形のことだ。
どうしてアレは私に接触してきたのか。
あの言葉の断片に意味はあったのか。
そして――どうして私は、アレの名前を知っていたのか。
周防九曜、というその名前を。
私は頭を振り、疑惑を頭から追い出した。
全て夢、あるいは幻でいいじゃないか。
私もキョンくんも、ハルちゃんという台風に巻き込まれておたおたしているただの一般人なんだから。
……やっぱり、私の方がキョンくんよりも保守的なのかな。
そう思って苦笑を浮かべた時、何故かスキーとストックを背負って歩いているキョンくんたちを見つけた。
私は満面の笑みを浮かべて、
「何やってんだい?」
とキョンくんの肩を叩いた。
すると、キョンくんたちの現実感が強まり、
「――姉さん?」
「どうも、また妙なことに巻き込まれてたみたいだね」
苦笑すると、ゆきりんがばたん、と雪の上に倒れこんだ。
慌てて駆け寄ろうとした私の手を、キョンくんが掴む。
「無事、だったんだな」
うん、勿論。
「お前がいないから、心配してたんだが、」
「その話は後にした方がいいんじゃないかい?」
ハルちゃんもいるんだからさ。
私が指摘するとキョンくんは慌てて口を閉じた。
私はあらためてゆきりんに近づきながら思った。
たとえ、この後話したところで、周防九曜との遣り取りを話すつもりにはならないだろうと思いながら。

これが前触れだと、この時の私は知らずにいた。
あるいは、知らない振りをしていたかったのかも知れない。
それくらい、「今」が楽しかったから。