年上の彼 (年下古泉を全力で応援する? リレー小説)



年下、というのは時に魅惑的な響きであり時に非常にもどかしい。
しかしかくいう僕はと言えば確かに彼より年下で、だからこそどこか悔しいのだ。
僕はこれでも他の同級生たちより、一般的にいう大人だとは思っている(そうでなければあの三年間の苦しみは何だったというのだ)。
自分で言うのもなんだが本来一学年上の彼にだって僕は釣り合うはずなのだ。
だというのに彼ときたら、僕が年下だと気付くなりいきなり僕を年下扱いし始めたのだ。
それまでの僕と何も変わらないというのに。
誤解が生じそうなので言っておくが、これはけして僕のミスではない。
強いて言うなら彼がごり押しにごり押しを重ねてきたからとうっかり僕の本当の年齢を告げてしまった森さんが悪いのだ。
そもそもどうして彼が、僕の年齢をそんなにもなって聞きださねばならないのかということからして理解出来ない。
教える森さんも森さんだ。
僕としては年齢など瑣末な問題だと考えているのに、どうやら彼にとってそうではなかったらしい。
「瑣末なことだと言うなら、お前の口から教えてくれたってよかったんじゃないのか?」
「いうまでもない事を瑣末な事という。そう思わないんですかね貴方は」
「たかだか二十にも満たない年齢の俺にとって、一年が『いうまでもない事』だなんてとても俺には思えないね」
「………」
貴方がそう言いだすだろうから黙ってたんですよなんて言えない。
なんと言ったらいいのか、僕は、彼と対等な立場になりたかったのだ。
ただでさえ、対等とは言いかねる関係になっているのだから、せめてプライベートでは、と思ったのは僕の驕りでもなんでもないはずだ。
いや、対等というよりむしろ、僕は彼を――いっそ年上の目線で見たかった。
彼は、甘やかしたくなるのだ。
SOS団という集まりの中で、彼は庇護者のような、保護者のような、――実際に妹がいるからだろうか、そういった包み込む側、の立場であると、僕は感じていた。
けれど、それだけに甘やかしたくなる。
頑張って張っているその肩の力を抜いていい場所になりたくなる…というのは流石におこがましいかもしれないけれど。
少なくとも僕は包み込まれなくても別にいい。
そのような立ち位置にある彼を、逆に僕が包み込んで、少しでも支えになれたらよいと、そう思っていた。
彼にとって僕は年下でしかもそれを隠して高校に来ているような複雑な事情を持った、可哀そうな可哀そうな古泉一樹であったとしても、だ。
それが、彼の異様なまでの頑張りと森さんの軽率さですっかり水の泡だ、と僕は嘆息した。
無論僕のこのような思考を森さんに漏らしたことがあるわけでもないが、少しくらい察してくれてもよかったのではないだろうか。
何しろ、少なくとも森さんは、僕と彼の関係を知っているのだから。
早い話があれなのだ。
僕は彼が好きで、彼も僕が好きらしい。
しかし、その幸運を素直に喜べない。
だって僕は、彼にそんな風に好かれたいんじゃなかった。
むしろ、見向きもされない状況から、彼をなんとか口説き落としてみせたかったのだ。
恋愛をゲームだと捉えるつもりはないけれど、そうして彼を手に入れることこそが、本来ならば彼により相応しい人の手から彼を奪うことに対する贖罪になるように思えたのだ。
というかあれだ。
彼が僕をそう思っているだろう以上に、彼がかわいいのがいけない。
そもそも僕の方が年下なのに僕より身長も体格も心許ない。あれはいけない。
あのおかげで、守りたいという欲求――そう、欲求だ――が込み上げて来るのだから。
しかもあれだ。
胸元だ。
僕が少し視線を下にずらせば見えてくる、あれ。
どうして彼はああも制服の胸元が緩いのか。
無警戒にもほどがある。
彼が僕を好きだというなら、いっそ誘っているんですかと聞きたいくらいだ。
いや違う。
聞きたいというよりはもういっそそうであってほしい。
そうでないと非常に困る。
何がってもう何というか困るのだ。
そうであってくれたなら僕のこの醜く滾るものも、正当化されるような気がするから。
こう、下腹の方にぐうっとよく分からない何かが、うまい事堪えられる位に溜まってゆく、あの苦しさなど、彼は知らない方がいいのだろうけれど。
実際に聞いてみようか、と魔が差すように思ったのは、ある日の放課後、これまたやはり彼が勝手に森さんから聞きだしたせいで知られてしまった僕の家に、彼がやってきていた時のことだった。
そもそもどうして彼が森さんと連絡を取り合っているのか聞きたいけれど、話が横にそれるので今は置いておきたい。
どうせ森さんの姉じみたおせっかいなのだ。
しかし僕は声を大にして言いたい、誰のせいでこんなことになってるんだと。
……ああ、こんなことを考えていては益して彼より子供っぽいではないか。
いけないいけない。
全くそう複雑に考えるものではない、と思いながら僕は彼の名を呼び、どうしたものかと思案して、
「今日はまたどうしてわざわざいらっしゃったんです? 先日は借りたい本がどうとか言って強引にいらっしゃいましたけど、今日は違うんでしょう?」
などと言ってみる。
「あー、いや。まあなんとなくな。ちょっと心配というか」
「心配?」
反射的に眉が跳ね上がった。
彼が、僕のことを心配してくれているなんて。
何が心配なのだ何が。
僕はこれでも炊事洗濯家事親父にかけては絶対に彼より上だ。
全くどういう先入観だ。
少なからず憤慨しながら、僕は苛立ちに任せて言葉を放つ。
「そう心配して頂けるのは嬉しいですが、そう僕を子供扱いしないでもらえませんか」
「子ども扱いってつもりじゃなかったんだが……」
苦笑しながら彼は軽く頭をかき、
「じゃあ何扱いですか」
「……さて、なんだろうね」
はぐらかすようなことを言う彼に、苛立ちばかりが募る。
「あなたに分からないことが、僕に分かるはずないでしょう」
「お前にこそ、分かるかも知れんぞ?」
「…………はい?」
僕が首を傾げるのも栓のないことだろう。
「というかまああれだ。俺にも全くさっぱりわからん」
「なんですかそれ」
「誰にだってあるだろう。自分の気持ちを図りかねることくらい」
「いやだからって、今のそぶりは何なんです今のそぶりは」
「そぶり? …どれのことだ?」
がっくりと肩が落ちるのが自分でも分かった。
もう何なんだこの人は。
思わせぶりというのだろうか、全く意図してやっているのなら小悪魔どころの話ではない。
「なんか意味深だったじゃないですか。お前にこそわかる、とか」
「俺が分からないなら、もう一人の当事者に託すしかないだろ?」
「あっはっは。当事者って…まったく。人の感情というものはそもそも一方通行から始まるんです。貴方の心が僕に分かるはずないでしょう? ましてや――」
大げさに肩をすくめてみる。この仕草も幾度めだろうか。
「問われた僕が自分に都合のよい答えを返さないと、どうして保証できるんです?」
「お前にとって都合のいい、ねえ」
そこでどうしてだか彼はにやりと笑ってみせた。
「それが俺にとってよろしくないという保証もないと思うんだが?」
「そうですよ。…あー」
分かった。
なんとなくというかはっきりと。
「俺はお前の本当の年齢を聞きだすほどにお前に関心を持っている。それから、こうして強引に部屋に上がりこんだりもする。迷惑がられると知っていてお前の心配もする。それが、どうしてだと――わっ」
堪え切れなくなってしまった僕を誰が責めようか。
僕は最後まで言わせなかった。
とりあえず押し倒して唇をふさぐことにした。
しかしなぜだか舌を入れても、まあかなり熱くて甘かったが何もない。
抵抗も、応えも。
どうしたのだろうか、と思って唇を離し、
「あの、――――さん、」
そう呼びかけて、見てしまった。
彼が顔を真っ赤にして、目を閉じ―――

――全てを受け入れようと、固くその手を握り締めているところを。

「………」
僕はそれを見て顎に手を当て、少し首を傾けて考える。
……これはOKサインと受け取ってよいのだろうか、と。
そしてとりあえずおもむろに、彼のシャツの中に手を侵入させることにした。
「…ひっ…!?」
驚いた、というよりもむしろ怯えるような声を上げた彼に、つい、笑いがこぼれてくる。
「強がったりして、どっちが子供なんですか」
「………!」
目に涙をいっぱいためても僕を誘うだけなのだが。
この人はどうやら何も分かっていないようである。
先ほどの調子はどこへやら、といった風で、全く扇情的にしか見えなくて困りさえする。
「怖がらなくていいですよ。…本当に嫌なら、何もしません。僕は、」
と僕は少しばかり意地悪く笑って、
「あなたよりずっと大人なんですからね」