「無題」
  執筆者:紫様

「例えば・・・・お嬢様は知らないでしょう?」
ベッドに俺を押し倒したまま、古泉は低くうめくような声音で言う。
「僕が何時もお嬢様をどんな目で見てたかなんて。」
「なっ・・・んっ」
反論しようとしていた俺の唇に古泉のそれが落とされる。
舌を絡めて吸われ、奥に逃げ込もうとする舌を許さず、甘噛みされ、次第に、頭がぼぉっとして来るのを感じる。
唇を離した古泉は、俺を見下ろし哀しそうに目を伏せていった。
「・・・これでも・・・僕の事を知っていた、と言いますか?」
頭の芯が痺れたままで、古泉に掛ける言葉が見つからない。数瞬の沈黙の後、言葉を発さずに、一礼して、古泉は部屋から出て行った。
後に残された俺は呆然としたまま一人になった室内を見渡した。
ふ、と机に視線をやったとき、置いた覚えの無い黒色の紙が置いてあるのに気付き、不思議に思い、机に駆け寄った。
其処に書かれていたのは、白色の文字で、
『あなたのお悩み解決します。』の一言と、
地図だけだった。怪しいと思ったのも束の間
俺は、男装で、家を飛び出した。
初めてともいえる一人での外出。
怖さ等少しも感じず、何とかこの思いを伝えることができると言う思いしかなかった。
男になりたい。そうすれば、古泉と一緒に居れる。そうすれば、結婚なんてしなくても、軟禁される事も無い。
精一杯の力をこめて、俺は走り出した


カラン
建物のドアを開けると鈴の音がし、奥に座っている不思議な雰囲気の女の人が、固い、感情を込めない声音で話し掛けてきた。
「いらっしゃい。・・・男装のお嬢さん。」
その言葉に少し驚く俺に、その女は付け足した。
「貴女は、男になりたいのね。」疑問文の筈なのにそう聞こえない文に、俺は、コクリ、と頷いた。
ポン、と、無造作に投げられた小瓶を、しっかりとキャッチし、女の言葉を待つ。
「家に帰ったら、飲んで。」それだけのようで続く言葉は、無い。
「お金は?」俺の問いかけにも、一言
「いい。」と返事をしただけで、俺は取り敢えず、その店を出た。振り返ると、其処は、ただの空き地になっていた。

不思議に思いながらも、家に帰り、部屋に戻ると、古泉が電気も付けず、立っていた。
「・・・何処に言ってきたんですか?」俺は、それには答えず、ただ、一言云った。
「俺、男になる。」
古泉が、とめるのも聞かず、小瓶に入った液体を一気に飲んだ。熱い、そう感じた瞬間、
俺の意識は黒に沈んだ。

数週間後

俺の隣には、今日も古泉がいて、
何も変わらない。俺が、男になったこと以外。何も。
目覚めた俺に待っていたのは、お説教だった。でも、父母には俺が、後を継ぐ。
と言って、何とか、認めてもらい、
古泉には、理由を話し、男の体だけど、おまえが好きだ、というと、優しく、キスをされた。

今ここに、俺がいて、隣に古泉がいる。
それだけで十分だと、青い空を見上げながら思った。