眠り月

ショタ注意?

























































どこまでいいの?


「お邪魔しまーす」可愛らしい声を上げて、彼はぴょこりと部屋の中に飛び込んだ。
僕はその背中を見ながら、自分も部屋の中に入る。
手に提げた荷物はそこそこ大きくて重いけれど、僕からすればまだまだ小さくて軽い。
それでも、その中には彼の一週間分の生活に必要なものが全部入っているのだ。
彼を預かることになった理由は単純明快だ。
彼に妹が誕生することとなっており、そのため彼をうちで預かることになったのだ。
僕と彼は仲良くしていたし、たまたま休みが重なったこともあって、遠慮する彼の両親を押し切る形で実現した。
そうして、今日は彼を家まで迎えにいき、こうしてうちに連れてきたという訳だ。
僕はついついにやけそうになるのを堪えつつ、
「客間を用意してありますから」
と言って僕は彼の荷物を運ぼうとしたのだが、彼はきょとんとした顔で振り返り、
「お前と一緒でいいぞ?」
と言う。
その無邪気さというか無防備さは、彼が子供だからというよりも、彼の性格によるものなんだろう。
どう説明したものか、と考えつつ、
「僕と一緒に寝たりするのは危ないですよ」
ほんの冗談のような調子で言ってみた。
「危ない…って……お前な……」
呆れた声を出して彼は僕を見つめ、
「じゃあ聞くが、お前はこんな子供相手にどうこう出来るのか?」
「出来るかも知れませんよ? 我慢出来なくなるかも…」
「………」
しばらくは黙って僕を見つめていた彼だったけれど、やがてそっとため息を吐いたかと思うと、
「……お前にそんな勇気があるならなぁ…」
「………どういう意味ですかそれ」
「…そこでそういう風に聞くような奴には関係のない話だ」
べ、と舌を出すところは子供らしいのに、口のきき方は全く大人のそれと変わらない。
それも仕方のないことなのだろうけれど、それにしたってと嘆きたくなる。
時々本当に子供らしい無分別を見せたり、皇女殿下にころっと騙されたりするところは、まるきりただの五歳児なのに、僕と二人になると、途端に小悪魔になるのはどういうことなんだろう。
「そんなもん、お前がどうしようもないヘタレだからだろ」
ぷくっと膨れて見せて、
「…俺は、お前がそうしたいんだったら、我慢しなくてもいいって言ってんのに」
僕はかっと顔が赤くなるのを感じながら、直視してはまずいと思うような色気が匂い立つ彼から、必死に目をそらした。
彼は不満そうに、
「……古泉のばか」
と毒づいて、僕の手から荷物を奪い取ると、客間に向かって走っていってしまった。
「………でも、ね…」
一人残された僕は、彼を追いかけることも呼び止めることも出来ないまま、ぽつりと呟いた。
「……あなたはまだ五歳なんですから」
それが僕の正直な気持ちであり、だからこそ待とうと思っていた。
もちろん、僕が待ち続けたところで、成長するにつれ、彼が「過去」の記憶を薄れさせ、今よりもっと年を取った僕なんかよりも、年の近い人を選ぶことは大いにあり得る。
彼がちゃんとした女性を好きになることだって、ありえない話ではない。
そうなった時、自分がどうするかは、今の僕にはまだ分からない。
彼を取り戻そうとあがくのか、彼が戻ってくるのを泰然として待つのか、それとも諦めて身を引くのか。
………最後はないだろうな、と自嘲する。
出来るはずがない。
それが出来るくらいなら、今のように幼い彼を側に縛り付けるような真似はしないだろう。
それにしても、彼の機嫌を損ねてしまったのはまずかった。
盛大に拗ねた彼は、むっつり黙ったまま、食事の間も口を聞いてくれない。
いつもなら、会えばいくらでも話しかけてくれたし、僕の側から離れないのに、今日は客間に閉じこもっている。
「キョンくん」
ドアをノックしても返事がない。
心配になってドアを薄く開けると、彼は膝を抱えるような格好でベッドに座って、小さなゲーム機で遊んでいるようだった。
そのくせ楽しそうには少しも見えなくて、
「…キョンくん」
もう一度声を掛けると、年には合わないきつい目で睨み付けられた。
どうやらそれが返事らしい。
「……ここにいてもいいですか」
返事がないのを自分のいいように解釈することにして、僕は部屋の隅に置いてある一人がけのソファに座った。
取り出したプライベート用の端末で新聞を読みつつも、思考は彼のことでいっぱいだ。
彼を怒らせてしまった気まずさ以上に、彼がこんな近くにいることが嬉しい。
こっそり彼の様子をうかがっていると、彼はゲームの画面を見たまま、ぽんぽんとベッドを叩いた。
これは……側に行っていいということだろうか。
きっとそうだろうと思い、ここでためらっているとさっきのよりも更に怒らせることになってしまうことが分かった僕は、違うと怒られる覚悟もしながら彼の隣に座った。
彼一人だとあまりへこみもしないベッドが僕の体重を受けて大きく形を変える。
それでバランスが崩れたからだと言い訳するように、彼は体が傾ぐまま、僕にもたれかかってきた。
子供らしく高い体温が心地よく感じられる。
その華奢で柔らかな体を抱きしめたい衝動にかられながら、僕は彼ののぞきこんでいるゲーム画面に視線を落とす。
画面には選択肢が浮かんだままいつまでも消えない。
何かおかしくなっているのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
僕は小さく笑って、
「…ゲーム、しないんですか?」
と尋ねた。
彼は顔を赤くして、そのくせまだ口は聞きたくない様子で僕を睨み、そして僕に抱きついてきた。
「キョンくん?」
「で…きる、わけ、ないだろ……。お前が、こんな、近くにいて……いい匂いがして、お前が…俺のこと、気にして、くれてんのが、分かるのに……」
恥ずかしそうにそんなことを言う彼に、僕の心臓は激しく跳ね、呼吸は止まりそうになる。
思わずきつく抱きしめると、彼は苦しそうに、
「んっ…」
と声を上げて身じろぎしたけれど、逃げようとはしない。
むしろもっと強く僕にしがみついて、
「…古泉……」
と甘く僕を呼ぶ。
「……俺…わがままなんだ…」
「あなたのどこが…?」
とても聞き分けがよくて、何かをほしがるようなことも滅多にないと両親をかえって心配させるような人なのに。
「だって、そうだろ。……お前が俺のこと大事にしてくれて、優しくしてくれてるのも分かってて、でも、もっと欲しくなるんだ…」
切なそうに彼は呟き、潤んだ瞳をこちらに向ける。
無意識なんだろうけれど、その瞳も表情も、艶めかしくていけない。
「…古泉が、もっと欲しい……」
そう告げた唇が僕のそれに触れてくる。
「…キョンくん……」
「好き…だから……」
泣きそうな声で言った彼に、僕はどうすればいいんだろう。
欲しいと言われても、どうすることが出来るだろう。
「……困らせて、ごめん…」
そう言って体を離そうとした彼を慌てて抱きとめる。
離れられたら、そのまま心まで離れてしまいそうで怖かったのだ。
「僕も…同じです。あなたが好きですし、あなたともっと一緒にいたい。あなたが欲しいと思います。…けど……我慢します。あなたが好きだから、こそ…大事にしたいから……」
「……ん…、俺も、分かってるつもりなんだけど…な……」
それでも、と彼は申し訳なさそうに呟いた。
「…やっぱり……俺が子供だから、なんだろうな。我慢出来なくなる……」
「きょ…」
「古泉、」
僕をじっと見つめて、彼は囁いた。
「……キス、して」
「え…?」
「それくらいなら、いいだろ。保育所でも、それくらいならしてる子もいるんだし…」
それは子供同士のほほえましいものだからいいだけであって、僕とあなたでは……と思いはしたけれど、言えなかった。
彼にしてみれば、そんな子供たちと同じく純粋に僕のことを思ってくれていて、しかも、彼は本当にまだ幼い子供なのだ。
僕はもし誰かに知られたとしても、全部僕の責任として、ちゃんとそれを果たすと決めながら、そっと彼の唇に自分のそれを重ねた。
柔らかな唇に僕から触れるのは初めてだった。
それが余計に、彼を不安にさせてしまっていたのかも知れない。
キスくらいならいいだろうと勝手に基準を引き下げ、
「…これからはもっとしましょう」
と囁くと、彼はぽっと顔を赤くして、
「……あ……あの、な…」
もじもじと恥ずかしそうにしつつ、とんでもないことを言い出した。
「その……俺はしてないけど、最近、ちょっと、保育所で流行ってることがあってな」
「なんでしょう?」
「こう、」
と彼は口を開き、小さくて赤い舌を伸ばせるだけ伸ばして見せた。
「舌を伸ばして…」
「伸ばして?」
何をするんだろう、と思いながら彼を見てると、彼はますます赤くなりつつ、
「……舐めるんだ」
「…舐めるって何を…?」
「だから、その、伸ばした舌を……」
「……は?」
「っ、も、やって見せた方がいいだろ! いいから舌出せ!」
訳が分からないものの、彼の剣幕に圧されて、言われるままに舌を伸ばす。
べーっと長く舌を伸ばすなんて、子供の頃にもやったかどうか。
健康診断の時なんかにはしたけれど。
そんなどうでもいいことを考えていると、真っ赤になったままの彼がそのかわいらしい舌を伸ばして、僕のそれをぺろりと舐めた。
「え…」
柔らかく滑らかなものが一瞬触れていくだけでも、くすぐったく、ぞくりとするような感覚があった。
「きょ…キョンくん……!?」
「こ、こういうの、流行ってんだ。…気持ちいいって、言うから……俺もしてみたかったけど、お前とじゃなきゃ、やだし………」
最近の幼児教育の現場はどうなってるんですか!?
…と思わず叫びそうになった。
絶句していなければ叫んでいただろう。
彼はぽかんとしている僕を恥ずかしそうに見つめて、
「……ほんとに…気持ちいいんだな」
なんて言うところは、五歳児には見えないけれど、実際そうなんだから僕はケダモノめいた衝動をぐっと堪える他ない。
「なあ、古泉、」
ぺろりと唇を舐めながら、彼は甘え声で囁いた。
「……もっかい、しよ…?」