温いですけど
そして時間大分飛んでますよ
再会の時
いささか強引に乗り込んだ「涼宮ハルヒ皇女殿下」の艦は、流石に皇女殿下がお乗りあそばされる艦だけあって、お行儀だけはしっかりしつけられているらしい。 急な来訪にも関わらず、きっちり並んだ様はなかなか壮観だが、しかし、体つきやなんかに不満が残るな。 ちゃんと訓練してんのか聞いてやろうか。 これからここで仕事をするにしても、気になるからな。 だが、まあ、それは後にしよう。 今の目的は挨拶だけだ。 俺はまだ前の任地及び所属部隊での制服のまま、カツカツと足音を響かせて歩く。 さり気なく伺う乗員の顔つきは、実際に話を聞くよりもよっぽど雄弁に語ってくれる。 俺の真っ黒な制服の意味するものに対する好奇心と疑念めいたもの、それから軽い軽蔑。 いやはや、働き易そうな職場で何よりだよ。 薄く笑っても、俺が笑ってるなどと分かる人間はそう居やしない。 相変わらず俺の表情筋は無理矢理動かさなければ意思疎通のために必要な運動すらしてくれんからな。 それが役に立つことも多いが、鬱陶しいこともないではない。 とりあえず今気にかかるのは一つ。 久しぶりに会うあいつは、俺の表情をちゃんと読み取れるのかってことくらいだ。他のことは後で構わん。 そう思いながらも、いくらか敵意すら感じる視線には苦笑を禁じえない。 やっぱり、我慢しきれなかったにしても不味かったかね? 正式な任官を前にして、わざわざ電撃的に訪問するなんて派手すぎたか。 それも、小型の、おまけに軍属ではない俺の私物の船を横付けにするような形でだったからな。 場合によったら撃ち落されてても文句は言えん。 絶対落とされやしないという自信があって出来たことだが、相方は泡を吹きそうになっていた。 …コンピュータに泡が吹けるなら確実に吹いてただろう。 後でどんな文句を言われるかと考えるだけで頭が痛い。 だから、考えないでおく。 そうこうするうちに、白い制服を身につけた、いくらか気の利きそうな女性が近づいてきた。 どうやら案内役らしい。 その彼女が、 「お一人ですか?」 と訝しむように確認してきたのへ、 「先ほどお伝えした通りです」 とさらりと返す。 ふむ、誰か連れてきた方が不自然じゃなかっただろうか。 しかし俺は別に上級将校ってほどでもないんだがな。 「こちらへどうぞ」 案内されるまま、奥へと進む。 本当は、ここに来るのだって初めてではないから、どこへ行けばいいのかということくらい分かるんだが、新参者らしく大人しくしている方がいいだろう。 敵は多い方が人生退屈しないが、獅子身中の虫なんてのは、めたらやたらに作るもんでもないからな。 そうして連れて行かれたのは、立派な謁見の間めいた、皇女殿下の執務室だった。 とても宇宙を行く艦の中とは思えないほど重厚な家具も、足首まですっぽり沈みそうなほど立派な絨毯も相変わらずである。 俺はぴしりと最敬礼を取ろうとしたのだが、 「要らないわ」 とハルヒに一周されちまった。 なんだ、せっかく練習してきてやったのに。 「あんたにそんな風にされたって、寒気がするだけよ」 そう傲然と言い放ったハルヒの隣りから、 「殿下、」 とたしなめようとする声を聞くだけで胸が躍った。 やっと会えた、と思いながらもそちらには極力顔を向けない。 少しでも油断したら、何もかも忘れて、その腕の中に飛び込んでしまいそうだからだ。 「いいでしょ、これくらい」 ハルヒは不敵に笑って、一番の側近の忠告を棄てる。 「楽にしなさい」 と言ってくれたが、人目がある以上、あまり崩しすぎるのも問題だろうと、 「お久しぶりです、皇女殿下」 と返す程度に留める。 しかしながら、これだって本来なら不敬罪物である。 少なくとも、新参者の口のきき方じゃないだろう。 事実、周りの連中だって随分と驚いていた。 しかしハルヒは上機嫌で、 「昔みたいにハルヒって呼んだんでいいわよ」 と言って更に側近連中を慌てさせる。 流石に古泉は慣れてるだけあって、苦笑してるだけだがな。 俺は、 「光栄なことですが、今の自分は殿下の一部下に過ぎませんから、遠慮いたします」 などと馬鹿丁寧に返してやった。 それでも目だけは昔と変わらないものを向けたつもりだ。 ハルヒに分かるだろうか、と思っていると、どうやら通じたらしい。 悪戯っぽく目を輝かせて、 「全く、面白くないわ」 と言いながらハルヒは愉快そうに笑う。 「あのままずっとあたしの猫をやってたらよかったのに。…可愛がったわよ?」 おいおい、猫云々は一応トップシークレット扱いだろ。 軽々しく言うなって。 内心で呆れつつ、少々漏れても大丈夫かとも思う。 だから俺はそれをたしなめもせずに、 「自分にこの道を勧めてくださったのは、他ならぬ殿下ではありませんか」 と嫌味ったらしく返してやった。 ハルヒも愉快そうにふふと笑い、 「古泉くんは挨拶しないの?」 と話を振った。 …なあ、せめて仕事中くらい司令って呼んでやってくれよ。 可哀相だろ。 もっとも、俺とこうして気軽に会ってる時点で、既に職務時間外というつもりなんだろうが。 古泉はと言うと迷うように視線をさ迷わせた後、ちょっと深呼吸をするようにして俺を見つめた。 その瞳に自分が映っていると思うだけで胸が震える。 古泉の薄い唇が開く様さえ、コマ送りでもするように見つめた。 「――お久しぶりですね」 その声の硬さが、俺への親密さを出さないようにするための演技だと分かる。 それだけに、心臓が跳ね上がる。 思う様抱きついてやりたくなるのを必死に堪えた。 「お久しぶりです。…古泉司令」 返した言葉もそれだけである。 ちゃんとした「挨拶」をするには、ここはあまりにも目が多過ぎるからな。 だから、だろうか。 ハルヒはニコッと笑って、 「せっかく来たんだし、この艦の中を見て回ったらいいわ。古泉くん、案内してあげなさい」 「畏まりました。殿下のご用命とあらば」 そんな硬い返事にもドキドキする。 ぞくぞくする。 ハルヒにしては気が利くことだと思いながら、俺は古泉と共に執務室を出た。 名目としては案内、ということだから、そのまま大人しく少し艦内を歩く。 ついでに、 「自分の部屋はもう決まってるのでしょうか?」 と尋ねると、古泉はかすかに残念がった。 「まだですが、おそらくは別の艦になると。…あなたは作戦参謀付きということになりますからね」 「そうですか」 それは残念だ。古泉と気軽には会えないという意味でも、今日は部屋が使えないという意味でも。 俺は舌なめずりしたくなるのを堪えつつ、 「…では、どこかで話でもいかがです?」 と提案した。 「…そうですね。しかし、僕の部屋では色々とまずいでしょうから……」 と考え込んだ古泉は、 「…会議室、が、今なら空いてるはずですね……」 「では、そちらで」 間髪入れずに言ってやった。 もうこれ以上我慢なんて出来るもんか。 俺のそんな考えを分かっているのかいないのか。 古泉は柔らかく微笑み、 「では、そうしましょうか」 と言って俺を会議室に案内した。 会議室、とは言っても、少人数向けの部屋であるらしく、とても小さな部屋には、長いテーブルといくつかの椅子だけがある。 なかなかすっきりした部屋だな。 古泉がドアを閉め、完全にロックを掛けるのを待って、俺はその背中に抱きついた。 「古泉…っ、会いたかった…!」 きつく抱き締めても、古泉が抱き締め返してくれないのは、その手にまだ端末を持っているせいだと分かる。 分かるんだが、面白くなくて、 「早くそれどこかに置けよ」 と理不尽にも唸った俺に、古泉は柔らかく微笑んでくれた。 「あなたのワガママも久しぶりですね」 嬉しそうに呟いて、端末をテーブルの上に放り出したその手が、俺のことをしっかりと抱いてくれた。 「…僕も、会いたくて仕方ありませんでしたよ。……三年ぶり、ですね」 「ああ。…長かったな」 言いながら、古泉の肩に顔をすり寄せる。 古泉の匂いがする。 優しく甘い、何より愛しくて、安心する匂いだ。 「僕も詳しくは知りませんが、大活躍だったようですね」 「まあな」 と俺は苦笑を返す。 士官学校を卒業したのが三年前。 それからずっと特殊工作部隊のひとりとして、前線を転々としてきた。 どれも過酷な任務ばかりで嫌気がさすこともあったが、休暇もろくに取らず、せっせと励んだのはここに来るためだ。 手段を選ばず、とにかく手柄を立てることにだけ邁進した。 酷使されることに慣れた体はそういう状況でも強く、役に立ってくれた。 そのおかげで、 「随分と血生臭くなっちまったが……お前はそんなことで俺を嫌ったりしない…だろ?」 ニヤリと笑って尋ねた俺に、古泉は相変わらず王子様みたいに微笑む。 「勿論ですよ。それに、僕の手だって汚れるのは同じです」 「血の匂いなんて全然しないけどな」 言いながら俺は古泉の手を取り、その手の甲にそっと口付ける。 手袋越しでも暖かく、落ち着く。 だがやっぱり、手袋越しのキスじゃ物足りなくて、その指先に噛みつくようにして、手袋を引き剥がしてやった。 今度こそ、チュッと音を立ててその手にキスをすると、古泉はくすぐったそうに笑う。 その笑みにさえ、欲情した。 「…なぁ、」 と俺は古泉の首に腕を絡めて誘う。 「仕事が仕事だったから使える物はなんでも、それこそ、この体だって使った。だから、三年間完全に禁欲してたわけじゃない。だが、それでも、」 言いながら、熱のこもった目で古泉を見つめる。 「お前が欲しくて、堪らないんだ…」 ごくりとその喉が鳴るのを聞きながら、俺はもうひとつ恥かしい事実を教えてやる。 「…お前が欲しくて、恋しくて、お前のことを思い出しながら、自分でしたりもした。……そんなこと、初めてだったんだからな?」 そんな告白に、羞恥を感じているのか興奮しているのか、俺の顔が熱くなってくる。 顔だけじゃなく、体中熱いのかも知れない。 ぞくぞくする。 「嬉しいことを言ってくださいますね」 そう囁いて、古泉はキスをくれた。 「たとえリップサービスでも嬉しいですよ?」 って台詞は意地が悪すぎるだろう。 「事実なんだっつうのに……」 拗ねたように言いながら、古泉の形のいい唇にキスをする。 「なぁ…シよう……?」 俺がそう囁くと、自分だって興奮してるくせに、まだ理性が勝つというのか、 「こんなところで、ですか? 帰ってからじゃ…」 「やだ。待てない」 そう駄々っ子のように甘えるのも久しぶりだ。 俺はぐっと古泉の上体に体重をかけ、かなり強引に古泉を床に押し倒したが、古泉は真面目に訓練をしてる口らしい。 綺麗に受身を取った。 その上に伸し掛かりながら、俺は薄く笑う。 「お前に会うためだけに来たんだからな。そんな我慢が出来るなら、わざわざ来たりしねえよ」 「そうでしょうね」 そう答えた古泉に眉を寄せ、 「分かってて言うとか…意地悪だ……。お前こそ、俺に会いたくなかったのか? 会って、シたくなかったのかよ」 「会いたかったですし、シたいですよ」 「なら、シよう」 そう言って、俺は古泉の上に覆いかぶさるような形で、その口を吸う。 ちゅ、ちゅ、と恥かしい音を立てながら、何度もそれを繰り返す。 「ちょ…っ、ん……、こら…」 文句らしい呟きが聞こえないでもないが、本気ではないので無視する。 深く口付けて、綺麗な歯並びが変わってないのを確かめて、相変わらず同じ歯磨き粉を使ってんだななんて思うことさえ楽しいなんて、呆れていいような精神状態である。 これが年単位で継続してるのが怖い。 やがて、俺の背中に古泉の腕が回されたかと思うと、キスが深さを増し、喋る時以上に器用に動く舌が俺のそれを絡め取る。 滑らかで、ぬるついているがゆえに思うように絡められないもどかしささえ気持ちいい。 キスってこんなに気持ちよかったんだな、としみじみ思っていたが、流石に息苦しくなってきた。 「ふはっ……」 と息継ぎをするように唇を離すと、古泉はどこかぎらついた瞳を抑えるように笑っていた。 「あなたには負けましたよ」 「お前が俺に勝てるわけないんだから、とっとと白旗あげとけよ」 あえて悪辣に笑ってやると、古泉も似たような笑みを返す。 次は何が来るだろうかと期待している俺に、 「さっきのお返しですよ」 と言ったかと思うと、そのまま体の上下を入れ替えられた。 古泉を見上げる体勢にさえ、期待した体は打ち震える。 震えるそれを抱き竦めて、古泉からキスを寄越した。 さっきよりもいっぱいいっぱいになりそうなほど、激しいキスだ。 「んん……っ、ふ、ぁ……あ…!」 気持ちいい。 キスしてるだけなのに、他の男とヤることヤるよりよっぽど気持ちいい。 これだけでイッちまいそうなくらいに感じる。 「や…っ、ぁ、古泉…っ! 待て……」 「何言ってるんですか? あなたが我慢出来ないって言ったんでしょう?」 「だ、から……っ、ひぅ、ぁ…っ、キスだけで、イきそうだから……!」 「いいですよ、イッても。…一回くらいイッても、足りないくらいなんでしょう?」 「そ、うだが……っ、ん…! んー…っ!」 それ以上の言葉を封じるように深く口付けられる。 くちゅくちゅといやらしい音を立てて舌が絡み合い、飲み込みきれなかった唾液が口の端から伝い落ちるのにさえ感じてしまう。 まだ全然足りないと思っているのに、本当に我慢しきれなくなりそうだと思ったところで、ぐりっと膝で股間を押し上げられて、 「ふあっ!?」 と声が出た。 ちょ、ま、待て、古泉、それは本当にだめだって。 ぐりぐりと絶妙な力加減で押され、体が痙攣する。 やばい。 「…っ、ん、ぐ、ぅ……――っ!」 ……畜生、なんか無性に悔しいんだが。 「そう不機嫌な顔をしないでくださいよ」 と苦笑しながら、古泉は宥めるように俺の頬にキスを落とす。 こめかみへ、額へとその唇が触れるのがむず痒くて、性懲りもなく熱が煽られる。 「あなたはこちらへの配属待ちの状態ですよね? なら、時間はあるんでしょう?」 「ん……っ、そう、だが…」 「でしたら、ゆっくりと……ね?」 そのどこか肉食獣染みた笑みに、ぞくぞくと体の芯まで震えた瞬間だった。 『あー…済まないがそこまでにしてくれるかね?』 と俺にとっては耳慣れた、しかしながら古泉には初めてだろう声がした。 「何事ですか?」 驚く古泉に、 「…邪魔だ」 思わずため息混じりに呟いた。 あ、念のため言っておくが、邪魔なのは古泉じゃないぞ。 この声の主である。 「シャミ、お前邪魔すんなって言ってあっただろうが」 『そうは言っても主人がそこまで破廉恥な行動に及ぶのを見てはいられないだろう』 「だったら見るんじゃない」 と唸っても、こいつには効かん。 しれっとした声で、 『私に艦内の様子を探れという指示を出したのは君だ。それに君は今日既に何度か私の忠告を無視している。これくらいは受容してもらいたいと思うのだが、どうだね』 …それ、逆らったらお前がストライキに入るんだろ。 げんなりしたところで、俺は放り出してあった端末を開いた。 画面いっぱいに映し出されたのは、憎たらしい三毛猫の面である。 「あの…それは一体……?」 と戸惑う古泉に俺が説明しようとしたところで、 『お初にお目にかかる、古泉閣下。私はシャミセンという名前を与えられた人工知能だ。私の堪え性のない主人がご迷惑をおかけしたようで申し訳ない』 と勝手に挨拶しやがった。 本当に可愛くない。 もう少し自由度を下げてやるべきだろうか。 「はぁ…」 ぽかんとしている古泉に、俺から補足説明をする。 「そいつが俺の相方だ。退屈しのぎに作ったんだが、なかなか使いやすいんで、クラッキングなんかの仕事も一緒にやってる」 『今も一仕事してきたところだ』 お前が誇らしげに言うな。 『私の手柄であることに間違いはない』 「お前を作ったのは俺だろうが。全く…」 なんでこんな風に育っちまったんだか。 「…あの……一仕事って……」 「ああ、勝手にして悪い。今後の参考にと思って、ここの乗員名簿だとか船内図だとか、他にも色々細々したデータをいただいただけだ。一部データについては実際との照合もしたんだよな?」 『私の仕事はほぼ完璧だ』 「自信たっぷりに『ほぼ』なんて曖昧な表現をつけるなとお前は何度言ったら覚えるんだ…」 『しかし実際、完璧なことというのは不可能なものであろう。より確実な表現をしようと思えばそうするほか…』 「あーもういい、分かった。諦めて戻る。だからお前はもう10分黙ってろ!」 『5分待とう』 だからお前は何様なんだと歯軋りしたくなるのを堪えつつ、貴重な時間を正しく使おうと古泉を抱き締めた。 「すまん、タイムリミットらしい」 「ええと…なんだかよく分かりませんが……」 「…続きは家でたっぷりと……な?」 俺だって辛いんだ、と泣きついたところで、古泉は優しく、 「ええ、たっぷり聞かせてください」 ……なんだろうか。 何か妙にうそ寒いものを感じたように思うのは俺の気のせいだろうか。 しかしどうやら気のせいなどではなかったらしい。 「あなたがどんなことをしたのか、何を思ってああいうものを作ったりしたのか、色々お聞かせ願いたいですね」 ……すまん、古泉、逃げ帰っていいか? 「ええ、帰ってきてくださいね。あなたの帰る場所は僕のところ…でしょう?」 その笑顔が怖いんだと言ったところで引っ込めてはくれないんだろうな。 何がそんなに気に食わなかったんだろうかと思いながら、俺は手早く身支度を整え、逃げ出す破目になったのだった。 |