(北条)腰折山と鹿島に伝わる話

 松山市北条はむかしから風早の里と呼ばれている。国道196号線・道の駅『風の郷・風和里』の近くにある、腰折山(こしおれやま)と瀬戸内海の斎灘(いつきなだ)にある鹿島の話。

 昔々風早の里、瀬戸内海に面した波妻の鼻(はづまのはな)の近くに、腰折山(こしおれやま)と恵良山(えりょうさん)と鹿島山(かしまやま)が並んでそびえていた。
 ある日のこと、海辺に近い背の低い新城山(しんじょうやま)が、三つの山で相撲をとると誰が一番強いかと話をした。恵良山は、腰折山と鹿島山に遠慮して行司役に回り、腰折山と鹿島山が一番勝負をすることになった。はっけよいのこった・腰折山と鹿島山はがっぷり四つに組み合った。

 力に覚えのある腰折山は、がっちり組み合った鹿島山を頭より高く差し上げ「ポーン」と北条沖に投げ飛ばした。これが今の「鹿島」じゃそうな。
 意地っ張りの鹿島山は、「ただでは負けぬ」と腹をたてて鹿島にあった大きな岩を腰折山めがけて投げつけた。投げた岩が腰折山に命中して、その時から腰が曲がって今の腰折山になったという。

     =i地図)松山市北条  腰折山 鹿島

恵良山&腰折山 鹿島と寒戸島 鹿島


寒戸島(かんどじま)の龍神様

 大昔のこと、鹿島の沖にある寒戸島は龍神様が祀られた大きな島じゃったそうな。江戸時代の中頃に大地震があって、島が陥没して小さな島になったんじゃと。その頃の話では、このあたりはえらい(大変な)日照りに悩まされ農作物の被害が続いて起こって飢饉に悩まされていたという。そこで【鹿島山】の頂上にお供え物をして【寒戸島】の龍神様に雨乞い祈祷をしたんじゃそうな。村人達の雨乞い祈祷の神事は厳粛に進み、山に積んだ薪に火をつけ、この火を囲んで龍神様に「雨をくだされ、雨をくだされ」とひたすらお祈りをした。
 この時、一人の男が真裸になり「雨よ降りまくれ、降れまれ」と叫びながら火の回りを走り回った。そしてこの裸の男は、男の証拠物を「藁しべ」にくくりつけ、首に吊りさげて下げ「雨降りまれ、降りまれ」と一心不乱にお祈りした。龍神様も祈りに感動し、やがて雨が降ってきたという。霊験あらたかな龍神様を村人達は崇め信仰していたが、奇異な雨乞い祈祷は代官によって禁止されたという。
 【寒戸島」には今も龍神様の祠があり、毎年祭礼行事が執り行なわれている。