岩崎権現

道後公園の「岩崎神社」に伝わる話

 道後公園内の東側広場の近くに石の鳥居があり岩崎神社がある。「岩崎権現」や「道後の岩崎さん」とも呼ばれている。
 道後公園=湯月城跡は、建武年間(1334〜41)河野通盛が築城した。当時、庭の一隅に小祠を建てたのが始まりだという。神社が庭の端にあるから「庭先神社」、これが訛って「岩崎神社」のいうのが社号の起こりという。

 昔、東堀の土手には竹薮があり、春先の竹の子を、ある男が堀りにきた。竹の子堀りにきておかしなことに眠気がさしてきた。そばの木の根元に座り、腰の煙草入れから煙草を出して一服吸い、吸殻をぽんと木の根にはたいた。すると木の根がぐらりとゆらいで、よく見るとそれは大きな蛇であった。その蛇の長さは、ずっと義安寺まであったという。 男はそれっきり気を失って大蛇に飲まれて死んでしまった。そのあともこの大蛇に飲まれて死んだ者は何人もあったという。

村人はほとほと困り神社を建立し蛇が暴れないように祈願した。やがて大蛇は暴れなくなり、岩崎神社はこの蛇を祀っているという。河野氏の祖である小千命は白人明神と崇敬され、俗に「白蛇」と言われ、この小千命が祀られている。そのほか河野家代々の霊、その後土居通増、徳能通綱(星が岡の戦いで有名な南北朝時代の勇将)も祭神として加え祀られている。

 元禄15年(1702)、竹奉行安田又之允源義行が、神霊を古城の南で拾って岩崎大権現を再興したという。
 祭神が蛇なので卵が奉納されることもあり、信心すれば脳、神経痛に効くと言われる。9月14日、15日が例祭である。

道後公園 岩崎神社

                 (地図)松山市道後公園 岩崎神社