むかし、小浜と長師を行き来する道は細い道で、その途中には大きな一本松があった。一本松の周囲は雑木が生い茂った深い藪で昼でも薄気味悪い所だったという。
何時の頃からか、この一本松に天狗が住みついて、夜な夜な男の人のたぶさ(ちょんまげ)を切り取り坊主頭にしてしまっていた。丸坊主にされるのはかなわないと夕方になると誰も通行しなくなった。
「今どき天狗なんかおるもんか。だれぞが悪さをしよるに違いない。わしが懲らしめてやる。」と『源助』という力自慢の若者が、一人勇んでで一本松へ出かけて行った。一本松辺りはもはや夕闇の気配で薄暗くなっていた。そうっと近づいて行くと、一本松の下の湿田の中で、何かおおきなものがゴソゴソと動いていた。よく見ると、なんと古狸が水草を集めては自分の頭に乗せている。『源助さん』は、可笑しな事をする狸だと思いながら観察していると、狸は水草を乗せ終わると3回くるりと回った。するとあら不思議、狸は綺麗な娘さんに化けてしまった。それも『源助さん』の隣の『お種さん』という娘に化けてしまった。『源助さん』はたまげて(驚いて)しまったけれど、「古狸め、わしに見られとるとも知らず横道な。今に化けの皮をはいでやるんじゃけん」と思いながら化かされたふりをして近づいて行った。そうすると『狸のお種さん』「まぁ源助さん。ちょうどええとでおうたわい。わたしゃ小浜へ行っての帰りじゃけんど、帰りが遅そうなって足がすくんで動けんのよ。
頼むけん一緒に連れて帰ってつかぁさい。」と言った。しめしめと思った『源助さん』は「よしよし、そいじゃ一緒にいのうかいのぅ。」と言うと、『お種狸』の手をぎゅっと握ってそのままどんどん歩いて帰った。家に着くと、お種さんのお母さんが出て来て「おう、お種やようもんた。あんまり遅いけん心配しとったが…。源助さんに送ってもろたんか。そりゃえかったえかった。源助さんお世話になったのう。」母親はお礼を言いながら、家の中へ連れて入ろうとしたが、源助さんは、「お種狸』の手をしゃんと握ったまま、「ちょっと待っとくれ。この娘はほんまの『お種さん』とは違う。狸が化けとんじゃけん、はよ逃がさんように捕まえにゃぁ。」と言うが早いか、握った手をねじり上げて組み伏せ、知覚にあった縄で縛りあげた。たまげたのは、『お種さん』のお母さん、「何を言うんかいの源助さん。この子はわしの娘じゃけん。お前は気でも違うたんじゃないのけ。」それでも、『源助さん』は止める母親をせり倒して、手にふれた竹でビシビシと叩いた。すると、打ち所でも悪かったのか娘はコロリと死んでしまった。さぁ、母親は堪らない。気違いのようになって『源助さん』にむしゃぶりつき、わぁわぁなき叫んだ。「わしの大事な娘をなんで殺した。さぁ、娘を返せ、生かして返せ」『源助さん』は死んでも狸に戻らぬ娘を見ながら、「まぁまぁ、今に夜が明けて日が照ったら狸も正体を現すじゃろう。」と言って母親をなだめていた。
やがて朝が来たがなんと娘の死体は人間のまま。母親は娘に取りすがって大声で泣きわめく。この騒ぎで村中の者達が駆けつけて来た。その内、名主さんが進み出て、「源助さんや、例え間違いとはいえ、人一人ころしたのじゃ。この罪は免れまい。これからわしと一緒にお寺へ行って、頭を丸めて『お種さん』の供養をせにゃあなるまいのう。それしか助かる道はないぞ。」とこんこんと言い聞かせた。『源助さん』は、何処で狸が本物と入れ替わったのか解らなかったが、大変なことになってしまったと思って言われるままにお寺へ行き、お坊さんに頼んで髪を剃って貰うことにした。寺の和尚さんは「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・」と称名を唱えながら、『源助さん』の頭をゾリゾリと剃っていった。
『天狗退治』をしてくると、昨夜家をでたなり、朝になっても帰って来ない『源助さん』を心配して、家や村の者が、朝日の射す一本松の所へ来てみると、『クリクリ坊主になった源助さん』が、何かブツブツ言いながら涙を流していた。なんの事はない。『源助さん』は、はじめからずっと化かされどおしだっという。一本松で悪さをするのは、何だったのか、未だに解らないという。