今は無人島の『由利島』は、松山港の沖合いの伊予灘にあり、大小二つの島が砂州でつながり、それぞれ大由利、小由利と呼ばれ、面積は0.45ku。 その『由利島」に伝わる話。
昔々のこと、瀬戸内海を行き来する舟は、潮まちをするために『由利島』の南の端に舟を止めていた。
潮まちの舟に向かって、どこか遠くから、美しい女の声で幾度となく 「お舟に申すぅ」 「お舟に申すぅ」と、少し陰にこもった声が近づいてきていた。
舟の者たちは、恐れ「ばけもんじゃ」、「ばけもんの声じゃ」と慌てていかりを揚げて島を離れていた。
こんな話が広がって、近くを通る舟の船頭たちは、「由利島にだけは舟を止めるな。あそこには、化けもんがおるでの」と潮まちをしなければならない程流れが悪くても『由利島』へ行かなかった。
ところがある時のこと、それを知ってか知らずか、一艘の舟が、急に変わった潮に流され『由利島』に錨をおろした。「やぁれ、困ったものじゃ、このあんばいじゃ、夜明けまでまっとらんといけん。ゆっくり身体を休めておけや。」という訳で、早々と眠りについた・・・。
真夜中のこと、山の中腹とおぼしき辺りから「お舟に申すぅ」 「お舟に申すぅ」と、少し陰にこもった声がして、舟の方に近づいてくる。
その声に目を覚ました船乗りたちは、眠い目をこすりながら、舟から島のほうを見ると、この世のものと思われぬ美しい女が、陰にこもった気持ちの悪い声で「お舟に申すぅ」 「お舟に申すぅ」と、言いながら走ってくる。
逃げようにも錨をあげる隙もない。あっという間に女は舟に飛び移った。そのとたんドン・ガラ・ビシーン となんとも凄い音がして、舟がぐらっと揺れた。 船乗り達は、いっとき目をつむり、おそるおそる目を開けた。 女の乗った辺りを見ると、女の姿は無く、まばゆい光が、舟を明るくしている。
船乗り達は、おそるおそる声もたてずに光の方に近づいて行った。 なんと、そこには金・銀・銅の銭が、どーんとかたまっていた。 「あじゃぁ、これはどげんしたちゅうこっちゃぁ。」
しばらくして舟長(ふなおさ)が言った。 「ほうじゃぁ、あの女、わしらの舟が大阪に行くのを知りおって、大阪につれて行ってもらいたいもんで、『お舟にもうすぅ。』と、言うたんじゃ。のう、みなの衆・舟を沈まさんように、大阪まで旅しょうや。」 「ほうか、この銭、大阪までの舟賃という訳じゃな。」
という訳で夜明けになると舟をだした。 何日もかかって無事大阪に着いた。 「はて、このぎょうさんの銭で何をしようのう。」と舟乗りたちは、相談した。 「そうじゃぁ、わしら舟乗りじゃけん、舟具屋さんなら、いい品が置けるがのぉ。」ということで舟具屋を始めた。屋号も『由利島』の銭で出来た店なもので【由利屋】と名付け、店は繁盛したと云う。
『由利島』は今は無人島であるが、昔は、長者屋敷があり、その一角に≪お舟にもうし≫という地名が残っていたという