| 6月30日(木) |
| 一遍さんフアンのルポ作家の「七尾みつお」さんからの日記形式のメールが復活した。京都で町屋旅館経営を考えて、「うんち旅館」「日本最高級和風旅館」「高尾の観光旅館」と土地と旅館のタイプを変えながらの武者修行中である。毎日メールを読むのが楽しみである。京都の初めての夏は予想以上に大変らしい。旅館経営より先にルポ記事が出版されるのだろうが、町屋旅館の客人になることだけは既に予約済みである。 |
| 6月29日(水) |
| TV「はぐれ刑事純情派」最終回スペシャルを見る。17年も続いた長寿番組である。藤田まことの安浦刑事の「悪人性善説」に共鳴した諸兄姉も多いことだろう。「怨親平等」とまでは言わないまでも彼の役柄が演じる人間性は今日では貴重なものとなったのは事実。親を、兄弟を、友人を「簡単に殺してしまう」事件が続出しているが識者がいう社会や学校やテレビに問題があるのだろうか。根源的には運命共同体のしての家庭の崩壊なのだろう。家庭内の個室化、個食化、孤立化、個人主義化は「文明の象徴」なのだろうか。 |
| 最後のシーンを見ているうちに30年程前の「てなもんや三度笠」を思い出した。「男の顔は自分が作る」ということを証明した偉大なる「浪花の喜劇役者」に乾杯! |
| 6月28日(火) |
| 日本で最もシステムの遅れた公共図書館として自他共に認めていた愛媛県立図書館がやっと世間並みにリニューアルしました。やっと、やっとインターネットで蔵書の検索が可能になりました。 |
| 「一遍」(書名)を検索すると82件表示されます。藤沢市立図書館では106件、さすがですね。県立図書館で「一遍」資料が最低は?(会員がお住まいの府県では申し訳ありませんので割愛しましょう。)もっとも現在は「書名検索」だけですから、日本最低ランクの汚名は返上できませんが・・・いやはや。 |
| 6月27日(月) |
| 地元の伊予鉄道の株主総会に出席。大手は別として地方私鉄で鉄道事業(電車+バス事業)が黒字というのは珍しい。不動産、各種サービスはまずまずだから「大安定企業」である。松山近郊はもとより今治、西条、新居浜、大洲、八幡濱・佐多岬、久万・石鎚土小屋まで全線優待パスというのはシニアにとっては有難い。 |
| 総会が30分で終了せず一時間も要するところが、如何にも長閑な松山城下町ではある。 |
| 6月26日(日) |
| 「伊予と慶応義塾」の執筆。明治の教育制度確立以前の県下の英学校(英学舎)で指導的役割を果たした福沢門下生を拾い上げ紹介することにした。福沢人材ネットの豊富さと偉大さに改めて感服した次第。 |
| 松山藩:【小林小太郎】【松田晋斎】【稲垣銀次郎(銀治)】【稲葉犀五郎】【中村田吉】【草間時福】【柘植武憲】【村井保固】【三輪俶掲】【西河通徹】【菱田中行】【山崎忠興】【野中久徴】 |
| 宇和島・内子藩:【中上川彦次郎】【四屋純三郎(準吉)】【渡辺恒吉】【小泉信五郎】【国府寺則須】【下井小太郎】 |
| 6月25日(土) |
| 中国映画【故郷の香り】(フォ・ジェンチィ監督)を見る。前作の【山の郵便配達】の印象が強烈過ぎたが、今回も「郵便配達」と「ブランコ」がキーワード。第16回東京国際映画祭 東京グランプリ受賞作品である。昭和初年の日本の原風景だけにシニアにはジーと来るシーンが多い。 |
| 週明けに邦画【ニライカナイからの手紙】(熊沢尚人監督)を見る予定。何だか「郵政民営化論議」に一言発言したい気分になってきた。 |
| 6月24日(金) |
| 「慶応義塾入社帳」記載の207名(1名修正)中、藩校出身(松山東、宇和島東高校)卒業者をチェックする。維新の近代的教育は宇和島・伊達藩が四国では抜群に進んでいた。「開校百年創立八十周年宇和島東高等学校沿革史」「開校百二十年創立百周年宇和島東高等学校沿革史」に集中する。 |
| 6月23日(木) |
| 「伊予と慶応義塾」の依頼論文の本格的な取り纏めに掛かる。7月末締め切りである。「慶応義塾入社帳」(文久3年新春〜明治34年11月)「慶応義塾学報」(明治30年〜)「慶応義塾出身者名流列伝」(明治42年)から掲載人名約二万名をチェックし愛媛県内者208名を確定する。全学生の1%強に当たる。明治初年には今日の香川県は愛媛県に含まれていたので先人の資料は手抜きが多く間違いが多い.] |
| 一遍関連資料も「孫引きの孫引き」だから一体どこまでが事実なのか。著名な学者の中には「歴史的真実」とやらで論文を組み立てているが、栗田勇氏・柳宗悦氏どまりにしてもらいたいものである |
| 6月22日(水) |
| 日照りが続く。松山市の水がめである石手川ダムの取水制限が始まる。庭木の水遣りは長屋門の前を流れる「道後川」から川水を汲んでは水撒きすることにする。結構時間と労力が必要だが素晴らしき「リサイクル」である。 |
| 「一遍会報」原稿取り纏め完了。随分お待たせしました。 |
| 6月21日(火) |
| 「父の日」に松山城築城400年祭【松山の味コンテスト】中華部門入賞の「中国割烹大岩」の受賞ランチを食べてきました。 |
| 「インターネットサービス」の【杏のワイン】と【珈琲】がついて1500円也。メインディッシュの揚げ団子、黒酢風味の甘酢ソースは単品で1200円ですから大サービス価格です。とにかく安くて旨い美味い。 |
| 【松山の味コンテスト】日本料理部門入賞は道後の「にぎたつ庵」洋食部門入賞は「レストラン門田」・・・良心的な3軒の料理店は何方にも推薦できるお店かなと思っています。 |
| 6月20日(月) |
| 朝から30度以上の真夏日である。暑い暑い。まだクーラー抜きの生活ですが夕方になるとさすがにぐったりします。お変わりありませんか。 |
| 「熟田津今昔第22章【一遍会講演記録 例会40年の歩み(資料集) (工事中)】が150回まで進みました。魅力的な講演内容もあります。 |
| 来年からインターネットでご注文を受けることにしていますが、第74章以降分については複写でお届けします。【一論文50円プラス郵送料80円(切手にて可)】で対応させていただきます。二,三論文取り纏めてお申し込み下さい。 |
| 6月19日(日) |
| 子規会例会で「『去来抄』と伊予俳壇」について愛媛大学の福田安典氏が発表しました。 |
| 「去来抄」は向井去来没後七十一年後の1775年京都・井筒屋から出版されました。何故「孫の世代」になって出版されたのか今日でも謎らしいです。ところで伊予では「去来抄」の書き写しを重ね、現存するものが八本あります。一遍さんや聖戒も「優れた歌人」といえますが、伊予人には歌の遺伝子が流れているのでしょうか。 |
| 9月に中国・大連にある子規の句碑「金州城にて 子規/行く春の酒をたまはる陣屋哉」見学を兼ねて大連・旅順に出掛けることになりました。 |
| 6月18日(土) |
| 木葉木莵(このはづく)が庭の楠で物悲しく鳴いています。一遍さんも遊行中にこの「ほっつほっつ」のいう声を耳にしては故里宝厳寺谷の物音ひとつしない夜更けに聞いた木葉木莵を思い出されたのではないでしょうか。 |
| 個人的体験ですが、全身麻酔の手術をして一晩生か死かを煩悶したことがありました。「病室の長き一夜や木葉木莵」の一句を得、その年のNHKの俳句賞を頂戴しました。選者の先生も信州の地で同じ体験をされたのだろうなあと思いました。お蔭様で順調に回復し再発の危険性は少なくなり、この句が人生の句として残りました。 |
| 6月17日(金) |
| 「若・貴」の対立もマスコミの格好の餌食にされているようです。下世話では「兄弟の仲は変らずとも嫁が入ると全く変って来る」という。「身内のことは身内に聞け。我は知らず」でしょうが一遍さんも身内の相続を巡るトラブルに巻き込まれ一説では刃傷沙汰になった由。綺麗事では済まされないだけに、裁判か然るべき仲裁人の登場となるのだろうが・・・ |
| 「相撲部屋」や「年寄り株」は特殊であっても、民法の世界では所詮個人財産であることは明白な事実で争い合う余地はない筈だが・・・「兄弟が争うほどの遺産なし」は「子孫の為に美田を残さず」ということかな。昔の人は間違ったことを言ってはいないな。 |
| 6月16日(木) |
| 【東京でお話の聞ける時宗寺院はありますか?】とメール会員からお問い合わせがありました。情報不足で申し訳ありません。浅草の「日輪寺」さんで「定例会合」をやっていなければ見当がつきません。 |
| 藤沢の本山・遊行寺ではいろいろ企画がありますし、藤沢市並びに図書館の行事案内には時宗に関するエベントがありますが・・・在京の方で情報をお持ちの方はお知らせ下さい。お願いします。 |
| 6月15日(水) |
| 伊佐爾波さん 書き込み有難うございました。 |
野村望東尼ですか、憎いなあ。「愛国百人一首」には数人の女性の名前がありますね。
|
| 野村望東尼の墓所は防府・三田尻の桑山麓にありますが、夏目雅子さんのお墓も其処にあります。偶々現役時代に防府の事業場の責任者をしていましたが、会社が夏目雅子さんを重宝してコマーシャルに起用していましたので、命日にはお墓を向日葵で飾ってお祈りしたものでした。野村望東尼は山口出身ではありませんが月照や高杉晋作の庇護者でもあったとか。 |
| それにしても伊予国出身の「愛国百人一首」の歌人が居ないのは・・・ |
| 6月15日(水) |
| 「愛国百人一首」と「教育勅語」と「歴代天皇」をすらすら言えなければピンタが飛びましたなあ。「戦争を知らない子供たち」は「平和憲法護持」を唱える前に「日本国憲法前文」を空暗記して堂々と唱えてほしいものだ。 |
| お返しに三句進呈。 |
| かへらじとかねておもえへば梓弓なき数にいる名をぞとどむる(楠木正成) |
| あまざかる蝦夷をわが住む家としてならぶ千島のまもりともがな(徳川斉昭) |
| もののふのやまと心をより合せただひとすじの大綱にせよ(野村望東尼) |
| 6月14日(火) |
| 川田順著「愛国百人一首」を「アマゾン」で入手、早速目を通しました。 |
| 松山空爆、広島・長崎原爆、8月15日の敗戦とすべては60年前の出来事ですが、懐かしい「愛国百人一首」に60年振りに「再会」しました。「女の子」は知りませんが「男の子」である吾ら小国民は「小倉百人一首」ではなく「愛国百人一首」が和歌の原点だったように思われるのですが・・・ |
| 下記しました「愛国百人一首」数首はすらすらすらと暗誦できます。 |
| 歴代天皇のお名前を「神武」からなら念仏のように唱えられるのは戦前の教育と成果でしょうか。昭和一桁生まれは「小倉」と「愛国」の共存世代で、正月には女の子と「小倉」で手を触れ合ったとのこと羨ましき限りです。小学校の恩師で今日でも矍鑠としておられる二神日満男先生のスパルタ教育を思い出しました。 |
| 日中・日朝、靖国と「戦後処理問題」は依然として未解決ですが、和歌には責任はありますまい。「愛国百人一首」に思い出や郷愁を感じる方がいらっしゃれば是非メッセージをいただけませんか。尚【愛国百人一首】で検索すると随分掲載されているのに驚きました。 |
| おほきみは神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも(柿本人麿) |
| あをによし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今さかりなり(小野老) |
| 今日よりは顧みなくて大君のしこの御楯と出で立つ吾は(今奉部与曾布 |
| 山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも(源実朝 |
| しきしまのやまと心を人とはゞ朝日ににほふ山ざくら花(本居宣長) |
| 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし日本魂(吉田松陰) |
| 後れても後れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや(高杉晋作) |
| 6月13日(月) |
| 松山も30度を越す本年初の「真夏日」になりました。 |
| インターネット会員宛に6月度メッセージをお送りしました。400回例会の後4名の新会員の「申し込み」があり早々に昨年度会員数をクリアしました。発行が遅れている『一遍会報』の原稿書きで3,800字を埋めました。今月末に発行予定です。 |
| 6月12日(日) |
| 昨11日開催の一遍会400回記念例会の内容を「月例会のお知らせ」に一括掲載しました。 |
| 「伊予史談会」で小西英夫さんから「『日本人ここにあり』 今治市吉海町津島出身 村上久米太郎氏」についての報告がありました。昭和九年(1934)新京で武装集団に襲うわれた約100人の集団を救った村上久米太郎の「歴史的事実」を始めて知りました。 |
| この事件をもとに映画『日本人ここにあり』を制作し、日本少国民を鼓舞する目的で全国の小学校で巡回上映した由ですから、70歳以上の方であればご存知の方も多いとのことでした。 |
| HPに同名の掲載がありますが、随分話は違っています。インターネット会員の方でご興味のある方はお申し出下さい。「定期便」に同封致します。 |
| 6月11日(土) |
| 一遍会400記念例会は「新年会」以来出席者が50名を越えて盛会でした。圧巻はなんといっても昭和54年制作の幻の映画である【捨聖一遍上人伝】です。「一遍聖絵」の記述を追ってのドラマですが「総天然色」で「トーキー」の110分の巨編。 |
| 宝厳寺・岩屋寺・天王寺・高野山・熊野本宮から始まり大宰府・大隈正八幡宮、豊前(鉄輪),備前(吉備津宮)、京都因幡堂、信濃(佐久・小田切)、善光寺、奥州北上、常陸、武蔵、鎌倉、三島神社、尾張、美濃、近江、京都の寺々、當麻寺、岩清水八幡、播磨書写山、安芸厳島、伊予繁多寺、大三島社、善通寺、淡路の寺々、そして明石から兵庫の観音堂へとまるで観光地を遊行するかのように画面は続く。 |
| 踊念仏の無我の境地を淡々と描き出すし、江刺の祖父通信墳墓を巡る供養、本山遊行寺の「歳末別時念仏会」の「一つ火」の厳粛な雰囲気などな会場はし〜んとして真剣に見つめている。 |
| 多くの一遍フアンに是非見て欲しい、見せて差し上げたいと思った次第。著作権問題が解決すればDVD化してお手元に届けたいと夢見ています。 |
| 6月10日(金) |
| 明日の「一遍会400回記念例会」の内容をHP「例会の案内」に全面更改して再掲示しました。 |
| 目玉は映画「捨聖一遍上人伝」の上映です。完成は昭和54年(1979) ですから一昔も二昔の前の映画です。監督は長野千秋氏(全然知りません)、110分の大作です。 |
| 記録によれば一般上映は同年11月新宿「紀伊国屋ホール」です。平成11年(1999)高須譜生氏(遊行フォ−ラム事務局長)をゲストに江の島・天文館で『捨聖一遍上人伝』上映会が開催されました。 |
| 著作権上の問題がなければ、全国各地の時宗寺院やフォーラムで上映したいものです。研究してみます。 |
| 6月9日(木) |
| 昨年度のイギリスのグランプリ受賞作品【運命を分けたザイル】を鑑賞しました。「山男」の皆さんには必見の映画でしょうか。登場人物はクライマー2人とキャンプ待機者の男3人のみ。映画でなければ絶対に表現できないリアリティに酔いしれました。 |
| アンデスの前人未到の難関シウラ・グランデ峰の西壁に初登頂し、下山途中の6400米で遭難し、骨折し、宙吊りになり、ザイルが「切られ」、底知れずのクレパスに落ち込んだ主人公のクライマーは・・・ |
| 神に祈ろうと思うが、自己の可能性のみをひたすら信じて生きてきた人生だけに、神を拒否して自力での救済(生存)を模索する。最後の決断は、ザイルの長さとクレパスの底の深さの選択。えいっと・・・ |
| 「他力本願」ではこの生命は救えなっかったなと正直思いました。迷いでしょうか。 |
| 6月8日(水) |
| 大分の岩田憲明さん、「一遍と鉄輪温泉」の資料受け取り早速一読しました。有難うございました。 |
| ○鉄輪温泉のコンセプトは「癒し」。 |
| 「癒し」は@身体的な癒し(鉄輪のむし湯の独自性)A心の癒し(一遍さんが開発したという伝承)それにB歴史の癒し(大友氏)を加えたいですね。 |
| ○「風土記」の世界での鉄輪と道後の湯の近親性を深く感じます。 |
| ○政教分離と「湯かけ上人」の設置場所の件は「鉄輪(大分)よ お前もか」の心境です。 |
| 道後(松山)でも公共場所での設置、展示はNOですが、仏像は美術品だからOKという社会通念はおかしいとは思うのですが、残念ながら「世論」と「イデオロギー団体」には勝てません。 |
| ○紙芝居「一遍上人ものがたり」は既にプランは完成しているかと思います。 |
| ご参考に供したく足助威男著「絵本一遍さん」(緑地社刊・昭和54年発行)をお送りします。鉄輪のことも勿論触れています。 |
| 6月7日(火) |
| 一遍会第400回例会を週末に控えて関係先との調整で慌ただしく一日が過ぎていきます。 |
| 【一遍徒然草紙】第35段に「一遍会例会が平成17年6月11日開催の例会で第400回を迎えること。」を掲載しました。100回目毎の例会のメモを簡潔に紹介しておきました。実は記念例会で上映する映画「捨聖一遍上人伝」(長野プロダクション制作)は私は未見です。結構楽しみにしています。 |
| 【熟田津今昔】第22章では「一遍会40年の歩み」の作業現場をご覧いただけます。 |
| 6月6日(月) |
| 既報の「ゴミステーション」トラブル解決後の初のゴミ収集日である。さすがに気になり6時起床後すぐにゴミ置き状況チェック。8時半には回収車が到着し、ステーション移動後のトラブルは杞憂に終わった。 |
| 若い夫婦は町内会の老人が信じられないという。私は「ともかく町内会のお年寄りを信じなさい。信じなければあなた達は町内会の人から信頼されませんよ」と口を酸っぱくして話をする。一遍さんの熊野での光景を思い出した。「信不信によらずか町内会長の話を信じなさい」といっているのでから無茶な話ではある。 |
| 今朝の「ゴミステーション」を見て若夫婦が「町内会を信じて良かった」と感じてくれれば有難いのだが・・・ |
| 6月5日(日) |
| 松山市の防災対策の集まりがあり町内会の役員、班長と一緒に湯築小学校に集まる。参加予定474名中388名が参加し80%以上の出席に主催者は大喜びである。 |
| 3時間防災についての意識高揚を図る。阪神淡路大震災の罹災経験では小学校の体育館がご遺体置き場になっていたし、平時の意識付けがどれほど役立つものかは疑問であるが・・・ |
| 「旅ごろも木の根草に根いづくにか身の捨てられぬ処あるべき」としても、現代ではマニュアル通り「ご遺体」は「遺体」となり「死体」として「処理」されていくことになる。「身を捨てる」こともままならない時代であることは事実である。たとい大震災であっても・・・ |
| 6月4日(土) |
| 平成17年6月11日、一遍会は第400回例会を迎えることになります。そこで第1回から第400回までの例会の記録(開催年月日・会場・講師・講演内容ほか)を一覧に纏め「熟田津今昔22章」に記載しました。貴重な論文も多いのでインターネット会員には無料で講演内容をご覧いただけるよう企画中です。 |
| 尚「資料集」の完成の目処は平成17年度末(平成18年3月)とし平成18年度からサービスを開始したい。 |
| 6月3日(金) |
| 2月例会で発表した「一遍と神々の出会い(3)尼僧ということ(下)」を「熟田津今昔第21章」に掲載しました。毛利家史料と河野家史料が中心ですが、武家社会における女性の地位と経済力を分析し、後家の権威が家臣団に浸透していることを描きました。一遍生誕寺である宝厳寺の6尼庵も河野家関連と考えています。更なる史料研究に入ります。 |
| 6月2日(木) |
| 先月から(既報)の「ゴミ戦争」がやっと決着した。町内会の副会長や班長と何度目かのミーテリング、苦情申し立て夫婦との何度も何度も応接におわれる。若い夫婦の自己主張が強くて時間の経過が必要となった。 |
| 新ゴミステーションは隣家の生垣沿いだが、奈良からお越しの奥さんは「奈良に比べれば綺麗でカラスも来ないし・・・」と了解してもらえる。やれやれである。これもカラスの協力があったればこそである。 |
| 夕暮れ時には一遍時衆一行もカラスに慰めれれたことも多かったことだろう。 |
| 6月1日(水) |
| 午前中宝厳寺の月例訪問。ご住職と@平成16年度反省A本年度実施計画説明B本山や宗門の動向C道後の「町おこし」など話が尽きない。 |
| 【初めて聞いた話】 |
| 「大分河野会」は約2,000人の会員を要し宝厳寺へも数年に一度は参詣される由。鉄輪の温泉山永福寺のご住職も「河野」さんとか・・・。広島(安芸)にも河野会があるんだろうか。 |
| HPも「一遍会」と「例会への案内」を6月度に模様替えしました。お立ち寄り下さい。 |
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