3月31日(日)
早朝4時目覚める。
『一遍会報』第408号掲載の拙論「一遍の遺言『南無阿弥陀仏はうれしきか~伊予房聖戒と他阿真教~」の初校に入る。4月例会で配布できる目途が立った。
一週間分の日誌の点検。
HPに「一遍の遺言『南無阿弥陀仏はうれしきか』~他阿真教と伊予房聖戒~」アップロードする。
一遍会総会で提示する事業計画書と平成30年度収支決算書の最終確認、明日監査を受ける。但し、新年号の発表は明日11時半の予定であり、13時の監査開始時間に新年号をセットして間に合わすのは神業である。いやはや。
わが家の夕桜を眺めて熱燗を飲んで、NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
3月30日(土)
朝から雨となる。9:30大街道発の伊予鉄バスで11:00西条登道着。市立図書館で小休止して、桜を眺めながら公園を1時間程散策してから昼食。
本日のメインは長宗我部友親(宗家17代目当主 早稲田大学 共同通信)講演会。テーマは「長宗我部元親と明智光秀 その夢と生涯」。参加者は200名を越し、県外からの参加者も多い。(13:30~15:30 西条市総合文化会館)
内容はそれほど期待していなかったが、先ずは長宗我部家17代目の人物の顔を見、声を聞きたかった。脊椎を患っており、少々痛ましかった。(所感は別にまとめる)ガサネタのみ記す。
ホールロビーで烏谷氏にばったり出会う。お互い、出かけるのが好きらしい。
バスの時間待ちで西条市立図書館に入る。入りやすい、ゆったりと読書できる四国では稀有な図書館として評価している。『芸術新潮』四月号に驚く。一覧する。遊行寺宝物館長の遠山元浩氏が「誰が<聖絵>をつくったか」と題して、聖戒の名前を借りて真教が『一遍聖絵』を制作したとしている。驚愕した。
大街道で下車して「アエル」の明屋書店で@1,440円支払って早速購入、夕食は「すき屋」の牛丼+しじみ汁で辛抱する。
疲れた。「椿の湯」にも出掛けず、21時就寝す。
【話のネタ】
1)会場入り口の椅子で待っていると「道後の三好という家の墓地は義安寺にあって・・・と説明している人がいる。聞き耳を立てると「義安寺の拙宅の墓苑が広いのは旧家であり、江戸時代は土葬なので墓と墓の間隔が広い」という。成程。
2)道後明王院金子家の宗家である金子城主を悼む歌詞が配られる、「古城」のメロディである。作詞 神野幸男
【天正の陣 金子山編】
①沢津の沖に押し寄せる 秀吉命受け
小早川隆景率いる三万人 あ~あ 迎える味方三千人
②西の土塁の攻防は熾烈な戦 死者あまた
水を求めて福寿谷 あ~あ 流れる血潮血塗(ちぬ)の池
③和睦をせんと使者が来て 金子対馬守(との)よ戦は
武士の面目立ち申す あ~あ 降伏せよと迫りくる
④金子の城もこれまでと 西に赴き高尾城
持てる力を振り絞り あ~あ 野々市原の露と消え
3月29日(金)
エデンシアター 邦画「ハローグッバイ」(2016年 80分)。クラスメートだが、優等生の葵と妊娠したかと悩む「はづき」が、認知賞の女性との出会いをきっかけに友情を育み三人の輪が広がっていく。監督:菊池健雄 出演:萩原みのり・久保田紗友・もたいまさこ。
新人監督ヵがそれなりの脚本を得て最小限の制作費で作った映画かと思うが、なかなかの力作である。監督の名前を記憶しておこう。
妻の「七の一〇八日(没756日目」であり、義安寺に詣で、メルパルクでランチ(和食)。3月末でランチサービスは閉鎖であり、10年来の担当の女性と「お名残惜しい」と挨拶をする。
帰宅後、表庭の草引き2時間。東京から一遍会40周年の寄付金が届く。有難い。
次号の『一遍会報』掲載の「一遍の遺言~南無阿弥陀仏はうれしきか」は8分方まとまり、やっと目途がついた。ほっとする。
「椿の湯」。
3月28日(木)
エデンシアター スペイン映画「ロープ(戦場の生命線)」(2015年 106分 出演 省略)。1995年、停戦直後のバルカン半島の紛争地帯で、住民を救うべく奔走する国際援助活動家(国境なき水と衛生管理団)たちの戦いを描くヒューマンドラマ。
井戸に投げ込まれた死体の引き上げのための「ロープ」をめぐっての葛藤である。今まで見た砂漠地帯での国際紛争のどのニュースよりも心にしみ込んだ紛争地の悲劇であり、救いようのない人間の性(さが)、極限でのユーモアを知った。佳作。
宅配(12:00~14:00)を待つも届かず。
文化振興財団「愛媛学」(ひめぎんホール 13:30~15:00)。「愛媛学」最終回は「近代文明と愛媛」(青木亮人・愛媛大学准教授)。
①旧別子銅山
大露頭赤くてそこは雪つまず (山口誓子)
朝山の入坑時刻のざわめきの しばらくにしてほとゝぎすの声 (川田順)
銅山の学校雪の長靴ぬぎ並べ (藤井青果)
②四季録「ゆかしき市電」(20130930)
③四季録「うどん自販機」(20130701)
④四季録「新居浜と山口誓子」(20130715)
エデン「ほろ酔いサロン」。劇作家「高橋丈雄(?)」、建築史家「」から多くの知られざる情報を得る。
TV 「ひよっこ②」「プレバト」「砂の器」とパソコン作業をこなしながら4時間見る。
3月27日(水)
午後、松山歴史文化研究会出席(東石井 北斗七星)。出席者が各自研究成果。情報を発表するが、質量ともに充実している。
①二神さん:東堀端の木橋(明治初年ヵ) 兎月庵
②近藤さん:近藤三兄弟墓碑銘
③平岡さん:松山城下の三社祭 阿沼美、雄郡、伊佐爾波
④佐伯さん:「吾輩ハ猫デアル」
⑤戸嶋さん:延齢館の落成式に関連して
⑥竹田さん:「『海南新聞』は新聞俳壇の先駆け」
⑦三好:「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉』」
戸嶋さんに道後まで送ってもらい、エデンの夕食に間に合う。
論文「一遍の遺言~南無阿弥陀仏はうれしきか」の『一遍会報』向きの書き換え順調に進む。やれやれ。
3月26日(火)
一遍会4月例会予告をマスコミ・ミニコミに流す。
「伊予の三好姓と三好長門守秀吉」のレジュメ印刷。
『一遍会報』第408号掲載予定の「一遍の遺言~南無阿弥陀仏はうれしきか」の執筆は目下難航中。うまくまとまらない。
わが庭の開花宣言を神戸のファミリーにメールする。いよいよ本格的な春の到来である。
3月25日(月)
日誌一週間分の整理。次いで『一遍会報』第408号に掲載する拙論「一遍の遺言~南無阿弥陀仏はうれしきか」執筆開始(締め切り4月3日)。
15時にエデンに戻り、27日報告の「伊予の三好姓と三好長門守秀吉」のレジュメを再点検。
19時半からNHK「ひよっこ 2」を見る。期待しすぎたのか展開はイマイチであった。
3月24日(日)
気温はそれほど上がらないが、快晴。洗濯から一日が始まる。
メルパルクでランチ(和食).
「しげまつ」で3ヶ月ぶりの散髪。最高齢者は関印刷の関翁と上一万の小池骨董店の主人、ともに98歳の由。
ということは、今後15年は「しげまつ」を利用してほしいということか。いやはや。
「フジ」で贅沢な粉末コーヒーとポカリスエット粉末を求め、帰宅後「和三盆錦小町プチケーキ」でコーヒーブレイク。
大相撲大阪場所は白鵬の全勝優勝、名実ともに「平成の大横綱」となった。「イチロー」と「白鵬」を「平成の男」とすると「昭和の男」は「長島茂」と「大鵬」であろう。
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
3月23日(土)
朝10時から宝厳寺本堂で一遍上人生誕祭の法要始まる。一遍会からは小沼・今村両氏と老生の三役が出席、焼香する。次いで松寿丸(一遍幼名)湯浴み式、清め札(捨莉紙)、一筆写経などなど。
11時から一遍会永井さんの紙芝居「一遍さん」「伊佐庭如矢」。バザー「いっぺんさん」も駐車場を活用して同時開催したが、集まりは悪かった。今回の祭りを分析し、次年度以降に改善してほしいものだ。庫裏で、檀家総代の蜂須賀氏、永井さんと「やまのべ」の弁当を頂く。
春彼岸であり、義安寺墓参り。線香を供え、シキミの水を差し替える。
「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉」」のレジュメ(A3版8枚(A4版16頁))を印刷す。次回の「道後の三好家」を加えると、まずまずの小史になりそうである。
終日、3月初旬の寒さ。季題では「花冷え」かな。熱燗で体を温め「椿の湯」。22時就寝する。
3月22日(金)
エデンシアターで邦画「間宮兄弟」(2006年 119分)鑑賞。監督:森田芳光 出演:佐々木蔵之介・塚地武雅・常盤貴子。大人の童話的な世界である。
午後は、「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉」」のレジュメをまとめ、印刷す。
夕、「フジ」に買出し。
NHK「チコちゃんに叱られる」を楽しんで「椿の湯」。気温が急激に下がり肌寒い。いやはや。
3月21日(木)
エデンシアターで映画「ジャージー・ボーイズ」鑑賞。
アメリカ2014年134分.
音楽には疎いが、1960年代にザ・ビートルズと並ぶほどの人気を誇ったアメリカのポップスグループ、ザ・フォー・シーズンズの光と影を数々の名曲と共に映し出される。
「シェリー(Sherry)」「君の瞳に恋してる(Can't Take My Eyes Off You)」「愛はまぼろし(Who
Loves You)」など
バスの便が悪く徒歩で13時帰宅。
メール点検。一遍生誕祭の「紙芝居」の細部を詰める。秋の本山お参りについては、生誕祭の後で檀家総代と打ち合わせする予定。
松山歴史文化研究会の報告中「堺幕府」(三好政権)について鎌倉幕府から江戸幕府までの一覧表を作成、高校の歴史の知識で最近の学会の考え方を説明することにした。
夜、TV「プレバト」。東大の美女俳人「鈴木光」の「道化師の ギャロップのごと 牧開(まきびらき)」は秀作。カバレフスキー作曲「道化師のギャロップ」を聴くと、この句を思い出すことになろう。
「卒業ソング音楽祭2019」(3時間)歌手のほとんど見たことも聞いたこともない。ショック・ショックである。
3月20日(水)
快晴である。
松山歴史文化研究会で報告する「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉」」のまとめに入る。
南予の三好姓に関し今週末には宇和の「山田薬師」と「三好部落」の実地調査に出掛けて。報告の信頼性を高めることにする。
午後、エデンの全体会議。主議題は2018年度収支決算(案)である。当期利益は▼1,344万円、入居率が95%を切っていることが最大要因である。知人にPRするかな。
3月19日(火)
終日雨。
3月27日(水)松山歴史文化研究会で報告する「阿波の三好氏・伊予の三好姓・道後郷(井上郡・温泉郡)三好家」の資料の取りまとめ。
今回は「伊予の三好姓」について、徳島「三好長慶会」20周年記念誌に寄稿した「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉』」の拙論を解説したい。「阿波の三好氏」と「道後郷(井上郡・温泉郡)三好家」については、次回以降とする。
午後、松山子規会3月例会出席。会場は久しぶりに子規庵のある「正宗寺」である。
1)加藤 敏史 氏「子規と尾藤二州」
2)島川 允子 氏「森円月さんのこと」
3月18日(月)
茶室の屋根に葺いている銅板の取替え工事開始。改修すれば、50年は大丈夫か。
一遍会の平成30年度収支決算書まとまり、銀行口座とも確認する。次年度繰越額は46,554円(前年比▼23,680円)、通常会費の落ち込みが原因である。
3月17日(日)
4月の旅程をセットする。①大阪(孫進学内祝い)+休暇村めぐり ②東京(慶応クラス会・博物館・歌舞伎座ほか)。
午後2時間、表庭の草引き、除草作業。4=5月は毎日2時間の除草作業がノルマとなる。頑張っていきましょう!
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
3月16日(土)
一遍会平成31年度総会資料(含む平成30年度収支決算書)作成完了。月末に銀行口座を確認の上。監査をける予定。やれやれ。
4月(大阪+中国、東京)・5月(未定)の旅行日程、プランの検討に入る。
5月の10連休は、最低論文3本中2本は作成しておきたい。(一遍会2本、松山子規会1本)
NHK「ブラタモリ」は徳島・鳴門の渦潮。「何故鳴門が四国の窓口か」が設問。先週の徳島は「徳+島s」勉強になったが、「撫養街道は中央構造線上にある」ことを初めて知った。
「椿の湯」。
3月15日(金)
エデンシネマで「クライマーズ・ハイ」(邦画 2008年 145分)を見る。監督:原田真人 出演:堤真一、堺雅人、尾野真千子、高嶋政宏。
1985年8月12日群馬県御巣鷹山で起きた日本航空機123便墜落事故をめぐって翻弄される地元新聞社(「北関東新聞」)と記者との葛藤と使命感と山仲間の友情などなどのドラマである。
34年前(鐘紡の人事部長当時)のその日、全社の幹部会議を横浜の教育センターで開催した。帰阪組は新幹線、飛行機組に分かれたが、この日本航空123便に予約した同僚の伊村事業管理部長が居た。私はJALでなくANA組であったが、この飛行機に乗る可能性はあった。他人事でなかった。
事故死の可能性があったのは①日本航空123便墜落事故と②神戸淡路大震災で全壊した我が家の2階でその夜寝たので助かったのと③豪雨の中坂出の部下の親族の葬儀に社用車で出掛けた際、スリップしてガードレールに追突、車の屋根は飛んだが、人間は飛び出さず助かった3件である。
午後から「歌舞伎セミナー」(最終回⑩ ひめぎんホール 13:30~15:00)出席。
大学の「クラス会」が4月20日青山で開催の連絡。「出席」の旨連絡し、当日「にぎたつ庵」で開催を計画した懇親会を中止した。「青春の友情のためにキャンセルする」と伝えたら、キャンセル相手は快く許してくれた。友とはいいものだ。
夕、週末の買出し(「フジ」「業務スーパー」)。
「椿の湯」。21時頃より、雷鳴、豪雨が続く。いつの間にか寝込んでしまった。
3月14日(木)
エデンシアターで映画「プーと大人になった僕」(アメリカ 2018年 監督マーク・フォースター 出演 ユアン・マクレガー外)。
熊のプーさんの第三作、シナリオがかなり無理な展開か。ディズニーらしくハッピーエンドでめでたしめでたしだが、大人には物足りないかな。
庭木作業代を支払う。今年は土塀修理もあり100万円要した。何とか年間50万円で庭木、庭園管理を維持したいのだが・・・
一遍会平成30年度収支決算取りまとめ作業、来週初には確定して決算書を作成見込み。
TV「プレバト」を楽しむ。往復7キロ歩いたので、入浴後21時就寝する。
3月13日(水)
県文バス停6:40発で「エデン」で朝食、徒歩で9時前に帰宅。
宝厳寺檀家総代と①本山参拝ツアー②一遍生誕祭「紙芝居」の打ち合わせ。
一遍会例会、子規会役員会の内容につき検証する。
戒田氏か湯山の「野間家」について問い合わせ。久米郡の「乃万家」は庄屋家であるが、この野間家は桑名からの「連れ百姓?」の由。
肝心の湯山の江戸期の資料が見当たらず・・・
従兄妹の正子さんから「人生のしまい方」について相談あり。当方が年上だけに、微妙な説明になる。如何に臨終を迎えるかではなく、如何に最後まで人間らしく生きる方が難しいのだが・・・
3月12日(火)
宝厳寺檀家総代と①遊行寺参詣ツアー ②一遍生誕会「紙芝居」についてメール打ち合わせ。
孫の大学・高校進学の内祝い打ち合わせ。
午後、松山子規会役員会。主議題は総会提案資料の打ち合わせ。(14:00~16:00 紀之国屋)。引き続き紀之国屋で飲み会。本音の議論はこの席で出てくる。散会後、コーヒーブレイク。
帰宅後「椿の湯」。
3月11日(月)
快晴。午後3時過ぎ地震、松山は震度3.5の由。
一般会IT会員に「2・3月度定期便」を発送する。
「一遍上人生誕祭」に永井信子さんの紙芝居「一遍さん」が出演が本決まり。良かった。
「一遍会2・3月度定期便」発送。
午後から三井住友信託の「シニアカレッジ」出席。講師は志藤洋子氏(日本在宅ケアアライアン事務局次長兼ILCジャパン フェロー)。
テーマは
①長寿時代を良く生きて、良く逝くために~老いを良くいきるための必要なこと~
②長寿時代を良く生きて、良く逝くために~納得できる旅立ちのため
(注1)特定年齢の男女別生存率80歳(男)90歳 39.1%(女)90歳)60.1%
(注2)90歳での男女別自立度(男)10.9%(女)0%
紀伊国屋書店で『日本史の論点』(中公新書編集部編2018年)購入。
「エデン」の夕食にアルコール3杯100円でほろ酔いになる。
3月10日〈日)
終日雨。
伊予史談会三月例会(県生活文化会館 9:30~12:00)。
1、「蘇鵞神社古墳と米山日記」善永光一氏(元中学教員)。
2、「懐良親王の忽那島来島と海上交通路」山内譲氏(伊予史談会会長)。
1、の古墳についてはあまり関心なし。
2、の山内氏の講述は、論理の組み立てと展開、平明な説明の中で厳密な史料の取り扱いなどさすが大学教授だなと感服しながら拝聴する。
「太平記の世界」は興味大であり、三好長門守も奥道後の両新田神社で南朝の武家を顕彰しているし・・・・・
武智、高須賀元会長、柚山副会長、二神、今村、戒田、八束各氏と情報交換。
宝厳寺檀家代表の三好、蜂須賀氏と「一遍生誕祭」での紙芝居飛び入りの提案などなど。
夜、NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
3月9日(土)
一遍会三月例会並びに理事会(道後公民館)。
講師は小生担当で「一遍の遺言「南無阿弥陀仏はうれしきか」~他阿真教と伊予房聖戒」。
かなり難解な講義だが、居眠りは数名か。
理事会での平成31年度の例会講師は提案通り了承され、事業計画のフレイムが固まった。
4月1日に平成30年度の収支決算の監査承認を
受け、4月13日の総会に臨むことになる。
孫から珍しく電話、「大阪大学工学部電子情報工学科」に合格の由、お祝いのメールを送る。
NHK「ブラタモリ」は徳島・阿波踊りの謎。地名「徳島」の地理学的説明も納得。「椿の湯」。
3月8日(金)
エデンシアターで日本映画「検察側の罪人」を見る。監督:原田眞人 出演:木村拓哉、二宮和也、吉高由里子 2018年 123分。
好みの映画ではないが、検察の正義、法の正義、社会の正義について考えさせられる。「正義」は「民主主義」同様に、理念である限り問題はないが、大衆社会に引き戻されると相対的は価値観に揺らいでくる。さ
最後のシーンは気になった。
バスで上一万に出て、「ダイキ」で2時間かけて一遍会例会で配布する資料等を云百枚印刷する。やれやれ。
「フジ」で週末の食料品買出し。「椿の湯」。
3月7日(木)
エデンシアターでアメリカ映画「奇跡のチェックメイト クイーン・オブ・カトゥエ」を見る。(監督:ミーラー・ナイール 出演者:省略 2016年 124分)
アフリカ・ウガンダ共和国カンパラのスラム街カトゥエに住む少女(フィオラ)がチェスの魅力に惹かれて世界の女子チェス界のクイーンと呼ばれる実話である。父親を亡くし、母親と兄弟四人が貧困と戦いながら夢に挑戦する姿に感動する。
「セブン」に立ち寄り一遍会配布資料の印刷。
「子規博3月度子規さん俳句」をHP一遍会にアップロード。宝厳寺から「第22回一遍上人生誕祭」のパンフが届く。恒例行事のほかに「一筆写経」「寺ヨガ」「いっぺん市」「夕焼けベンチ」「生誕会限定海運祈願 一遍上人捨莉紙」など、若者、女性向けの企画に正直驚いた。
夜、TV「プレバト」。
【⇒俳友】
平成31年3月「行燈の 火を消して見ん 朧月 子規」
子規記念博物館(館長 竹田美喜氏)監修の子規さん平成31年3月俳句は「行燈の 火を消して見ん 朧月
子規」です。
季語は「朧月」(春)です。『子規全集』第一巻 俳句一(明治二十六年)469頁に掲載されています。
この句は子規自身による「抹消句」です。何故、子規記念博物館の子規さん句に選ばれたのか皆目わかりません。
この数年、子規の抹消句が代表句として紹介されますが抹消句は「生きている死体」(オルテガ・イ・ガセット)で「生体」ではないと考えています。
現にこの句ですが「行燈の火を消して見ん」は冗句すぎます。「行燈を消して見ん」で十分でしょう。同時期に「行燈」の句を六句残していますが、いずれも抹消句です。参考に挙げておきます。
春の夜の雨も朧の姿かな
朧月どこまで川の長いやら
どこ見ても高い山なし朧月
梅か香はうしろになりぬ朧月
行燈の火を消して見ん朧月
あひのりのささめごとあり朧月
明治26年は、子規が俳句に熱中した時期で「椎の友社」の伊藤松宇らと句会を開き、生涯に読んだ句の約5分の一に当たる5千句あまり俳句を詠みました。
子規記念博物館の西岡美咲学芸員の指摘によると、5千句の中に「朧月」「三日月」など「月」にまつわる季語を用いた俳句が二百句ほど読んでいるとのことです。「朧月」などは日本人の心情に強く響いて、歌唱や和歌、絵画など文化一般に広まった行った日本的な情緒でもありましょう。
子規さんの句にあやかって一句
「行燈や土蔵は暗し家書の黴 子規もどき」
3月6日(水)
終日雨となる。書斎で一遍会3月例会配布の本紙を印刷する。
①「一遍会報」第407号
②「一遍会ニュース」平成31年3月度
③「理事会検討資料」
例会講師一覧(素案)
一遍会収支決算
④平成31年度 一遍会総会資料
⑤拙稿「一遍上人の遺言『南無阿弥陀仏はうれしきか』」 ~他阿真教と伊予坊聖戒~」
⑥ウイキペディア資料 一遍・他阿真教・聖戒
妻の三回忌法要もあり、超多忙で、自らを追い込んだ面もあるが、ともあれ準備は完了した。
平成30年度一遍会の掉尾を飾り、次年度につなげていきたいと切に願う。
夜、NHK「偉人たちの健康診断」の主人公は正岡子規。コメンテーターは坪内稔典氏。
3月5日(火)
9日(土)の一遍会例会で配布する「3月度一遍会ニュース」と理事会で検討する議案書をまとめる。夜、子規博の3月度子規さん俳句の鑑賞エッセイの執筆が予定とおり進捗すればノルマ達成となる。
午後、「友隣サミット」開催。「タビックス」君が再加入するか、どうか。
3月4日(月)
宝厳寺に、松寿丸湯浴み式に関して後便する。「一遍会3月度ニュース」を会員にメールする。
妻の三回忌の所見を恒治あてに送る。7回忌まで健康体でいるかどうか分からないから、本腰を入れて道後の家のやり方を勉強するよう発破をかける。
夕、エデンに戻り、道後との朝夕の行き来が復活する。
【→宝厳寺】
1、「松壽丸像湯浴み式」の時系列的経緯
277回例会(950315) 第一回一遍生誕会 (756回)法要 松壽丸像湯浴み式
493回(130309) 第十九回一遍生誕会 (774回)法要 松壽丸像湯浴み式
531回例会 (160514) 宝厳寺再建落慶法要
541回例会(170311) 第二十回一遍生誕会 (778回)法要 松壽丸像湯浴み式
553回例会(180310) 第二一回一遍生誕会 (779回)法要 松壽丸像湯浴み式
(注記)
第一回生誕会(松壽丸像湯浴み式) は第277回例会(950315)で、昨年第二一回生誕会(180310)を開催できました。時系列的には24回ですが、宝厳寺本堂の焼失・再建の3年間が未開催となりました。
2、「松寿丸像湯浴み式」の嚆矢
1)松寿丸(一遍幼名)の由緒
祖父(通信)幼名 若松丸 父(通広)幼名 徳寿丸 「偏諱」により、「松」「寿」を頂く。
2)「湯浴み」の由緒
○松寿丸が産湯で「伊予の湯」を用いたかどうかは不明。「河野家譜」にも記載なし。
○一遍の「湯聖」伝承 ①「伊予の湯」(道後温泉)②豊後・鉄輪地獄(温泉)③熊野 (湯之峰温泉)・・・いかにもありそうな話としての伝承ヵ。
○「湯釜薬師」の現存
3)「湯浴み式」の由緒
足助威男氏は、昭和四六年(1971)11月下旬、別府鉄輪温泉に着き、永福寺(河野善行師)を訪ね「一遍上人湯あみ祭り」に使う木像を拝観する。
道後に戻り、二人の理解者を得た。一人は時宗の碩学で宝厳寺住職であった浅山円祥師、もう一人は財政的援助を惜しまなかった「一遍堂」の新田兼一氏であった。「砥部焼き」で「ひねり仏」を制作する。その流れで「松寿丸童像」が誕生する。この「松寿丸童像」に初めて目に留めた文化人が「司馬遼太郎」と「大岡昇平」だった。
浅山円祥師の指導もあり、一遍会は自立した。平成元年の「一遍生誕750年・没後700年 記念事業」でさらに大きく飛躍し、道後の商店、旅館の支援も期待できるようになった。
足助威男氏が鉄輪温泉永福寺で一遍上人木造を拝観してから20年、一遍生誕の地に相応しい「松寿丸像湯浴み式」が誕生する。その晴れの日に、足助威男氏の最大の理解者御二方はこの世には居なかった。
4)第一回一遍生誕会(松寿丸像湯浴み式)次第 平成七年(1995)三月一五日
生誕会法要 (導師 長岡隆祥師)
松寿丸開眼供養
宝厳寺 長岡隆祥師 常称寺 佐藤精善師 願成寺 長岡義尚師
記念講演「一遍上人と道後温泉」
和田茂樹氏(愛媛大学名誉教授 市立式記念博物館館長 宝厳寺檀家総代?
松寿丸像湯浴み
(司会 運営 一遍会)
3月3日(日)
温子の「三回忌法要」。10時から法要、11時から義安寺墓での法要、12時「ふなや」での会食懇談。13時半に滞りなく終了する。
出席は本多兄夫妻、本多弟夫妻と甥、山口妹、柏井従兄妹と身内6名の13名。史晃は年末試験前だが出席させて、道後三好家十四代の紹介する。やれやれ、一件落着。
夕、片付けを済ませて、恒治・淳志ファミリー帰神。
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
3月2日(土)
一遍会平成31年度例会講師は武智利博氏(前・伊予史談会名誉会長)の「最終講話」でセットする。一件落着。
宝厳寺 長岡陽子住職から本年度の「松寿丸湯浴み式」についての連絡あり。
午後、恒治夫妻、夜には淳志夫妻帰省、明日の「温子三回忌法要」の準備完了。
【→宝厳寺】
ご丁重なメール拝見いたしました。まことにありがとうございました。
2年前の3月初旬に、宝厳寺さんの会議室で、貴檀家総代、誇れるまちづくり推進協議会幹部の方々とご一緒に打合せを致しました。やっと新構想で具体化する由、おめでとうございました。
新しい実行委員の方々に「松寿丸湯浴み式」の原型は鉄輪永福寺さんの「一遍上人湯浴み式」にあり、足助威男氏の発案で、先代ご住職と一遍会により具体化したことを記憶に止めておいてほしいと要望いたします。ご母堂さまは経緯をよくご存知のことと思います。
併せて、毎年秋に開催されます「鉄輪祭り」の「上人湯浴み式」を関係者がご覧いただければ思います。私は、毎年とはいきませんが、2年に1回は出掛けております。
これを期に、一遍上人生誕の地宝厳寺と一遍生誕会(松寿丸湯浴み式)が発展されますよう切に祈っております。
本年度の一遍会は、「二祖他阿真教上人七百回御遠忌」に当たり、一遍上人と併せて、他阿真教上人、伊予房聖戒上人を中心に例会を開催できればと検討中です。奥谷派祖である伊豆房仙阿上人に関する「伝承」をご存知であれば、ご教授ください。
まずは、御礼とご返信まで。
3月1日(金)
月初業務で大忙しである。
①一遍会5月度例会会場予約申し込み
②一遍会2月度収支決算(銀行口座確認)
③金融関係回り
④子規博3月度子規さん俳句「行灯の火を消して見ん朧月」確認
⑤義安寺参詣(妻・七の一〇四日)
⑥メルパルク(ランチ)
⑦一遍会平成30年度仮決算
⑧一遍会平成31年度総会資料作成
⑨「一遍会3月度ニュース」
⑩「一遍会3月度理事会資料」(平成31年度講師リスト 「松寿丸湯浴み式」ほか)
などなど
NHK「チコちゃんに叱られる」(日本の二通りの読み方「ニッポン」「にほん」)。
「椿の湯」は金曜日なのでサミットメンバーが揃う。めでたし、めでたしヵ。 |
2月28日(木)
二月は「逃げる、三月は「去る」というが、今日で2月は終わる。早すぎる時の流れだ。
エデンシアターで映画「輝ける人生」(イギリス映画 2017)鑑賞。監督はリチャード・ロンクレイン。主演女優はイメルダ・スタウントン。
イギリス風のウイットに富んだコメディー的な展開。じつに楽しい映画であった。結末は意外にも「愛人」とフランス逃避行。
ロンドン、ローマの観光スポットは、何度も妻と散策しただけに懐かしい。
手荷物もないので徒歩にて帰宅。
午後、一遍会HPの3月度に向けての衣替え作業。「3月度例会案内」だけアップロードする。明日は全面的に更改したい。
夕、エデンに戻り、「ほろ酔いサロン」。夜はTV「プレバト」と結構忙しい。
2月27日(水)
早朝5時から一遍会3月度講話「一遍の遺言」の最終章を継続執筆。
『一遍会報』第407号の割付完了する。この号は今村威理事の「『聖徳太子伊予湯岡碑文」を読む」一本である。
読者の為に、原文にフリカナをつけたのでタイプ並びに割付で苦労した。完了。
例会で配布する「一遍会ニュース」と「平成31年総会資料」作成が待ち構えている。一息入れる余裕がなくなった。やれやれ。
2月26日(火)
午前中、書斎の大整理、特に宗教関係図書を見直す。
午後、松山税務署に平成30年度確定申告書を提出する。一件落着。
14時から東雲女子大&短大での平成31年度の「松山と子規」の15講座の担当講師の打ち合わせ会。4年間のカルキュラムだが、米寿まで講義できるかどうか。責任重大であ
2月25日(月)
リビング等の片付け、パンフの整理と処分。午後、前週の日記を書き、来状の整理。「ふなや」に妻三回忌出席者数(13名)連絡。
休暇村センターと4月。5月のツアー申し込み。3月は「瀬戸内東予」を予定。
読売新聞社から「読売オンラインへの招待状が届く。各社の対応に興味あり、読売の独走にして圧勝か。
夜、引き続き一遍会講話「一遍の遺言」の最終稿執筆。
2月24日(日)
今週のゴミの仕分け作業。座敷の間ほか来客用の部屋の久々の掃除。午前中いっぱいかかった。
午後「確定申告」作業は数時間で完了、印刷も済ます。3月に入ってから松山税務署に提出する。「寡夫」の範疇に入るので控除額も減額になり、納付税額は6桁である。止むを得ないヵ。
『一遍会報』第408号掲載(3月例会配布予定)の今村威理事「聖徳太子『道後湯の岡碑文』を読む」原稿は26日(火)に直接受け取ることとした。第409号(4月例会配布)は老生の「一遍の遺言~他阿真教と伊予房聖戒」掲載で、まずまずは編集は順調である。
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
2月23日(土)
晴天、2回洗濯す。
引き続き一遍会講話「一遍の遺言」の最終稿執筆。
昼、義安寺に出掛け、墓に詣で、除草剤を散布、墓苑を整備する。三回忌法要前に清掃すれば、先ずは合格か。
平成30年度「確定申告」作業に入る。添付資料(①本人確認資料②収支内訳書③公的年金等源泉徴収書④申告する特定口座⑤生命保険支払額証明書)を揃える。明日、パソコンで作業。
「業務スーパー」「フジ」で一週間分買い込む。
「キイチ」の左官、早速白壁の塗り替え。クイックレスポンスが嬉しい。
「椿の湯」。10年ほど続けてきた21時頃の裸の「椿の湯サミット」だが、メンバーの高齢化で揃わなくなった。19時~20時の入湯になったようだ。止むを得ないが、寂しい限りである。
2月22日(金)
10時半に「エデン」から帰宅。寝巻き類を洗濯、冬の厚手から春向きの変更する。
午後は、引き続き一遍会講話「一遍の遺言」の最終稿執筆。A412ページと資料4ページで16ページ。かなりユニークな論文になろう。
キイチの担当者に茶室の屋根の修理と白壁の割れ目補強の依頼。
NHK「チコちゃんに叱られる」(鶏の首振り前進」)。「椿の湯」。
2月21日(木)
エデンシアターで映画「パディントン2」(監督 ポール・キング イギリス 2017年)を見る。マイケル・ボンドの児童文学の映画「パディントン」の続編。
クマのパディントンとブラウン一家のファンタジーの世界だが、すっかりドラマに引き込まれてしまった。
午後は、引き続き一遍会講話「一遍の遺言」のレジュメ執筆に集中する。構成は下記の通り。
1)はじめに
2)一遍・聖戒との出会いと遊行
3)一遍・真教との出会いと遊行
4)一遍の遺戒と遺言
5)一遍の呪縛からの脱皮
6)おわりに
TV「プレバト」を楽しむ。
2月20日(水)
午前中は、一遍会3月例会講義「一遍の遺言」のレジュメ執筆に取り組む。
昼食後、「エデン」まで歩く。14時全体会議の後、NHK「」報道番組72時間シリーズで「海の見える老人ホーム」としてエデンが紹介されているので見る。
平均年齢が80歳後半の由。暗さは感じないが老いと死は切り離せない。当方は「通勤スタイル」のセカンドハウス的な活用だが、案外ベストなライフスタイルかもしれない。
2月初入居して半月で急逝した元東レ社員の報告があった。2・3度大浴場で出会ったが、補聴器がないと会話がままならないので話し合うことはなかった。
15時から引き続き例会講義「一遍の遺言」のレジュメ執筆、はかどる。
2月19日(火)
一遍会3月例会講演「一遍上人の遺言」に関しウイキぺディア」の一遍・他阿・聖戒を説明し、本論は独自の展開をする。
昼食は「椿の湯」前の「瀬戸内料理 金兵衛」で初めて「道後らーめん」を注文する。道後人としては何が「道後ら-めん」なのか、よくわからない。いやはや。
松山子規会2月度例会出席(愛媛新聞社ホール 13:30~15:30)。
1)卓話 「子規が見た故郷の風景(2)」二神将氏
2)講話 「子規と露月 ー「ほととぎす」への夢 「俳星」への夢 工藤一紘氏(石井露月研究会会長)
俳人露月について、特に初期の「子規派の四天王(虚子・碧梧桐・露月・紅緑)」の位置づけを理解。
「ほととぎす」(松山版)の「医事俳句」は初見。漢方の時代だが、かつて漢方事業に関係していただけに興味を抱く。
17時から「紀之國屋」で工藤一紘氏を囲んでの懇親会。秋田では著名な知名人であるようだ。
故和田克司氏(副会長)の思い出が中心になる。哲学者オルテガの用語を借用すると「生きている死者」が部屋に居た。
市駅20時15分発最終バスで21時帰着。
2月18日(月)
晴天であり洗濯。旅行中の肌着多し。
一遍会3月例会予告をマスコミ・ミニコミに流す。朝日旅行㈱に「休暇村巡り」の所見を送る。
午後、三井住友信託シルバーカレッジ第3回講座受講。
①認知症を正しく理解し安心の備えを~介護の最前線からのアドバイス~」 服部安子氏(社会福祉法人浴風会ケアスクール校長)
②「中高齢者向けの機能性表示食品の開発」首藤正彦氏(㈱えひめ飲料 企画開発部部長)
「認知症」なる中性的な言葉ではなく「呆け(ぼけ)」の方が症状を的確に表現していると思うが・・・
有吉佐和子氏の『恍惚の人』を再読してみるか。
紀伊国屋書店で三冊購入。
①『オルテガ 大衆の反逆』 中島岳志(NHK100分de名著)2019
②『承久の乱』本郷和人(東大史料編纂所教授)文春新書2019
③『子規居士の周囲』柴田宵曲(岩波文庫2018)
夕、10日ぶりに「エデン」。
2月17日(日)晴れ
疲れがあり、帰宅した安堵感もあったのか、8時に目覚める。
朝食は残しておいた食パンと卵とスープ、ドリンク(ケール&ミルク)で簡単に済ます。
留守電で連絡のあった神尾さんが訪問、家庭事情もあり道後小学校同期会貯金などの維持保管を引き受ける。「米寿」に再度集まりたい。場所は「メルパルク」(元の小学校敷地)が最適であろう。
中学校の同期会は毎年春に開催することになっているので、四月に入れば世話人会が動き出すことになる。高校は「船頭が多くて」同期会は解散になったのが残念である。「同期会」はゲゼルシャフトでなくゲノッセンシャフトと考えているだが・・・・・ 最近は家族の葬儀でも歴史的現在を軽視して今日的現在が優先されているし、マスコミも持ち上げている。日本からゲノッセンシャフトやゲマインシャフト的行動を軽視すると何が残るのか、もっと真剣にかたりあうべきであろう。
子規会の2月例会後のとの懇親会に出席の旨幹事の嶌川武彦理事に伝える。
HP一遍会の「松山発子規サロン」に最新版を載せました。子規さんに関する老生の論文とエッセイを取りまとめています。
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
2月16日(土)晴れ
8:40「休暇村那須」出発。
高速を通って足利市に入る。30年振りか。日本最古の学校「足利学校」と「鑁阿寺」(ばんな)見学(10:30~12:10。
(注)栃木県足利市にある真言宗大日派の総本山。仁王院法華坊と号す。通称は大日堂。足利義兼(鑁阿)が1196年(建久7)創建。足利氏の氏寺で、境内に足利学校があった。徳川家康の再興。
ガイドの説明では鑁阿寺は「日本の100名城」の一つの由。まさか。堀に囲まれた「方形屋敷」であったことは分かる。
中世的な説明をすると、今住んでいる拙宅は河野氏領主が住んだ「方形屋敷」の傍である。ということは河野家臣として遠祖の住居の場所であったのかもしれない。
「足利学校」は中世の書籍は残存しているが、住居、展示物は殆どがミニチュアが観光用施設であり陳列ものである。
観光協会に足利氏の住居跡の発掘について質したが正確な回答を得なかった。
近くの「足利伊萬里」でミニ会席。器が伊万里で、京料理的な会席で、再度訪ねたくなる雰囲気である。
バスで20分、JR「」に近い「栗田美術館」で伊萬里、鍋島の磁器専門の世界的な美術館である。(13:40~15:30 約2時間)。伊万里と云うと鑑定団がすぐに連想するくらいの無知だが、量・質共に圧倒するパワーで迫ってくる。
蒐集した「栗田英男」氏(平成8年没)の伊万里・鍋島焼きに斯けたロマンと情熱(&経済力)と使命感(ミッション)の崇高さに打たれる。
①本館 ②歴史館 ③資料館 ④陶磁会館(「伊万里焼の文様 文字」展) ⑤和蘭陀館(ミュージアムショップ)を回遊する。
東京に直行、東京駅には16:50着。ツアー一行と分れ、羽田に直行。19時30発ANA599便にて松山に向かう。21:05着、22:30帰宅、神戸のファミリーに無事帰着の連絡を取り就寝。
6泊7日の旅となったが「朝日旅行」の企画だけに知的興味をそそるスポットが随所にあり、ほぼ満足できる旅となった。「読売旅行「阪急観光」から「朝日旅行」「JTB」利用が多くなったのは、「対費用満足」から「対満足費用」に移っているように思う。
2月15日(金)晴れ
体調は上々である。朝食(バイキング)を量でなく質にコントロールしているのが良い様だ。
8:20「休暇村日光湯元」出発。
「華厳の滝」は上・下で見学。エレベーター始発乗車で借り切りである。滔滔とした滝の響きでなく、岩にへばりついた氷塊が朝日に輝いて素晴らしい。藤村操と安倍能成の友情を想う。
メインの「日光東照宮」等の見学は2時間(10:00~12:00)である。10年越しの世界遺産の大改修は本年中に終了の由。
「日光山輪王寺(三仏殿・大護摩殿)」、「日光東照宮(陽明門・神輿舎・拝殿・本地堂(鳴き龍)・眠り猫)」「日光二荒山神社」、「輪王寺大シュウ院」を駆け足で回る。
昼食は「ゆば遊膳」。「名物に旨いものなし」の印象だが、それとも湯葉の本当の味を知らないのかな、いやはや。
那須に向かう広大な広がりの中に「那須ステンドグラス美術館」は建っていた。妻と訪ねたイングランド湖水地方のコッツウオルズの風情である。10年前になるか、気に入って2泊して散策したことが思い出される。オルゴール演奏(セント・ガブリエル礼拝堂)、パイプオルガン演奏(セント・ラファエル礼拝堂)で聴く。礼拝堂に相応しいステンドグラスが太陽の光りを通して鮮やかに浮かび上がる。異次元の世界にいるようだ。
数々のステンドグラスとランプを眺め、結婚式場を兼ねる「セント・ミッシェル教会」をのぞく。(14:30~16:00)
「休暇村那須高原」には16:20着。夕焼けの那須連山をカメラに収める。名物料理「九尾(きゅうび)の狐」に因んだ地産地消の「なすべん」九品が出される。熱燗一合でほろ酔い。温泉でゆっくり体を休める。
2月9日(土)
一遍会2月例会&理事会開催(道後公民館 13:00~15:30)。
卓話:杉野祥一理事「『一遍語録』を読む」(27回最終)。
講話:今村威理事「聖徳太子『道後湯の岡碑文』を読む」
引き続き理事会では①正月懇親会収支決算と残金処理 ②平成30年度一遍会決算役員会取り扱い。
夕6時半から「子規亭第四夜 (能楽師 大蔵流狂言)」開演。今回の出し物は「棒縛り」(茂山宗彦・茂山茂・島田洋海)と「柿山伏」(茂山逸平・島田洋海・囃子 田中伝次郎・長唄三味線 今藤薩市郎)の豪華キャスト。
解説は茂山逸平師「日本の音は和らいの音~狂言で楽しむ日本の笑いと和の響き~」(約30分)。笑いの練習あり。[わ~ わ~ わ・わ・わ・わ・わ]
21時帰宅。明日から6泊7日の旅、念入りに準備して就寝。
子規亭
2月8日(金)
「エデンシアター」で映画「メゾン・ド・ヒミコ」(監督監督 犬童一心 出演 オダギリジョー 柴咲コウ 田中泯 日本映画 2005年)鑑賞。
一口で云えば「ゲイの、ゲイによる、ゲイの為の老人施設」を舞台にしたドラマである。
ゲイの父親(田中)の生き方を否定する娘沙織(柴咲)、父の恋人であるゲイの青年(オダギリ)の絡み、ゲイの老人たちとの意思疎通、父と母との奇妙な出会いなど実に興味ある展開となる。
田中泯は昨年秋来松し、宝厳寺と湯築城址講演で舞踊したので、演技力に注目した。柴咲コウは平成29年大河「おんな城主
直虎」が懐かしい。
午後、「セブン」で一遍会資料を印刷、2月度例会の準備を進める。
妻の三回忌法要(3月3日)の出席者を電話確認。親戚は8名、身内は6名の14名の見込みである。さらに4年後の7回忌は親戚は全員80歳以上となるので今回が健康で会える最後のチャンスかもしれない。
「チコちゃんに叱られる」。「椿の湯」。
2月7日(木)
「エデンシアター」で映画「べストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」(監督マイケル・グランデージ 出演 コリン・ファース、ジュード・ロウ、ニコール・キッドマン イギリス・アメリカ映画 2016年)鑑賞(9:30~11:10)。
この映画のドラマは実話である。編集者パーキンズはF・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウエイらの名著を世に出した。偶然手にした無名の作家トマス・ウルフの原稿から才能を見出し支援していくが・・・というドラマ展開である。硬派のシナリオであるが、文学に関心の薄い観客も楽しめる。佳作と云える。
午後、一遍会2月度例会で配布する『一遍会報』第406号と「一遍会2月度ニュース」、理事会で報告する正月懇親会収支報告書を本紙印刷完了。
〇「プレバト」
2月6日(水)
一遍会2月例会を数日後に控えて『一遍会報』の割付ができない。要は原稿が集まっていないということである。ギリギリ本日中に割付できないと例会配布に間に合わないので、早朝5時から作業開始、15時やっとまとまる。論文寄稿者 大本敬久氏に高閲方メールで依頼する。
①「四国山間部の『茶堂』と接待」 大本 敬久
②「一遍会一月例会並びに懇親会」
③「平成31年度の予定」
④「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」展
⑤「会員からのご照会~相原熊太郎氏『鎮魂の皿碑』~」
夕方、雨模様の道を歩いて「エデン」に戻る。やれやれ。
夜NHK「歴史秘話ヒストリア」ではじめて卑弥呼当時(?)の銅鐸の音色を聞く。淡路の「古代国家」から出土した銅鐸からの研究報告である。
2月5日(火)
晴天。朝一番に洗濯。
東雲女子大「子規と松山」教授レジュメの決定稿を事務局の佐伯健氏に送付。
一遍会1月度収支決算書作成。
午後、「2月度友隣サミット」(友輪荘)。
来週から庭木の剪定、伐採開始。
2月4日(月)
一遍会1月度収支決算、銀行口座と照合する。正月懇親会収支決算は▼66円でほぼパーフェクト・・・理事会資料を作成する。「一遍会2月度ニュース」作成、各地にメールで流す。
東雲女子大「子規と松山」教授レジュメの決定稿(案)仕上がる。「三好長慶会」出水会長宛、十五周年記念誌掲載原稿送付。一件落着。
夜、NHK「ブラタモリ」は内子町である。県内にいても、まだ知らない内子の風景と人情に興味を抱く。
【一遍会ニュース トピックス】
①正月に一遍上人ゆかりの道後のスポットを歩いてきました。道後観光の節に参考になさってください。
道後温泉駅 → 伊佐爾波神社(回廊東北隅に「遊行上人透かし彫り」) →宝厳寺(本堂 一遍上人堂) → 道後温泉本館 → 湯神社(菓子神社右隣に児守社祠<一遍父通広>) → 道後公園北口 → 湯釜薬師(一遍筆「南無阿弥陀仏」) → 湯築城跡(河野氏居城) → 子規記念博物館(一遍上人の解説)→ ぶらぶらと・・・道後温泉別館飛鳥乃湯泉
②一遍会創設期の功労者である故 相原熊太郎翁が四国霊場46番札所「浄瑠璃寺」に残された「鎮魂の碑」の現状の報告です。3年前までは境内にありましたが、現在は寺の奥の丘に移転しました。お遍路で参詣の節は、是非「鎮魂の碑」までお立ち寄りください。
(注)『一遍会報』第360号(2014年4月号)「『一遍会史』の試み(一)黎明期 相原熊太郎・北川潤一郎・佐々木安隆 」(三好恭治)を参照されたい。
③一遍上人ゆかりの「窪寺 閑室跡」が、同地の土地改良に伴い、数年前までの閑室跡の風情が喪失したとの連絡を受けました。陸奥の「河野通信墳墓」に相当する伊予にとっての記念碑的な場所と考えておりましたが・・・・・
現地の写真なり、見学された感想なり、提案なりありましたら、是非ご一報ください。20年後の一遍生誕800年祭に「窪寺 閑居跡」が消滅していたとなると一遍さんに申し訳ない次第です。
2月3日(日)
節分である。豆まきも遠い記憶でしかない。
子規博2月度子規さん俳句「白梅の白きを以て強き哉」鑑賞エッセイ執筆。俳友向けに掲示する。子規もどき句は「妻の三回忌 白梅を供え佇む吾ひとり」。
午後から①東雲女子大「子規と松山」の教授レジュメ ②一遍会3月例会「一遍上人の遺言『南無阿弥陀仏はうれしきか』 ~他阿真教と伊予房聖戒~」のレジュメ執筆。
NHK大河「いだてん」。「椿の湯」。
2月2日(土)
久しぶりに生産的な一日を送る。
①HP一遍会の2月度更改。但し子規さん2月度俳句鑑賞エッセイは間に合わず。
②一遍会員に「2月度例会お知らせ」メールを流す。
③東京から依頼があったHMさんに1月22日に参詣した寺と祖父に当たる「」の「鎮魂皿碑」の現状を写真を添付して知らせる。
「三好長慶の会」代表出水康生氏に記念誌原稿「伊予の三好姓と『三好長門守秀吉』をメールで送稿。
昼食はメルパルク(和食)に立ち寄り、義安寺墓参り(妻の「七の一〇〇日」相当)。来月三回忌法要である。
午後、平成31年度の東雲女子大の「子規と松山」の教授レジュメをほぼ完成さす。2月10日締め切りにギリギリ間に合ったぞ。
夕食は「おでん」。「椿の湯」。
【→HMさん】
ご返信が大変遅くなり申し訳ありません。
1月22日、浄瑠璃寺にまいりました。浄瑠璃寺の先住が亡くなられて、昨夜が通夜、当日午前中葬儀ということで、もの悲しい雰囲気でした。亡くなられた先住は100歳というから、相原熊太郎翁とは面識があり、この碑とのつながりの深い住職であったと思いました。不思議なご縁を感じます。
さて、相原熊太郎翁が残された「鎮魂の碑」の現状の報告です。
本堂、大師堂を参詣し境内の「鎮魂の(皿)碑」を探したが10年前に在った場所に碑は見当たらない。慌てました。「小倉葬儀社」の責任者に尋ねると「3年ほど前に先住のご尽力で寺の裏山の丘に移設した」とのこと。小公園になっている広場の正面に「鎮魂の皿碑」は建っており一安心しました。
ご不幸でもあり、寺の関係者には会えず、近くの遍路宿に立ち寄り「鎮魂の碑」のことを質問しましたが、皿碑のことは知っていましたが「皿碑の物語」や「相原熊太郎」翁のことはまったくご存知ありませんでした。時代の流れを感じます
「鎮魂の皿碑」は境内から寺域の高台に移りましたが、村が一望でき、戦没者にとっては「これもまた良し」と感じた次第です。小公園で永久に存在すると思います。ご安心ください。
2月1日(金)
8時半、道後公民館で一遍会4月度例会会場申し込み。次いで子規博物館で2月度子規さん俳句「白梅の白きを以て強き哉」を確認、俳句エッセイ執筆。孫に子規もどきの句「梅の香に伝えよ孫の初入試」。
午前中はメールの処理。
午後、HP一遍会の2月度分改定作業。明日中には完了の見込み。
引き続き、東雲女子大の来年度の「子規と松山」の授業の構想を練る。一コマ90分間、現代っ子を飽かずに勉強させるのは至難に近いらしい。映像がないと中等レベルの学生は授業についてこれないようだ。
シルバー人材センターとの庭木伐採・剪定の打ち合わせ。20年来出入りしていたチームの責任者が手術とやらで、他のチームに今回より交代の由。
若手(といっても60歳代だが)の補充が利かず人材不足で困っているらしい。2月中に完了して、すっきりとしたわが家で妻の三周忌法要を行うことができそうだ。
夕、「フジ」。金・土・日の3日間鍋物(おでん、キムチ鍋)のメニューとなる。。
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1月31日(木)
終日雨、しかも気温が低い。
午前「エデンシアター」で、フランス映画「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」(2014年)。
貧困層が暮らすパリ郊外の高校の、しかも「落ちこぼれクラス」での歴史教師と学生との授業をめぐる葛藤である。
歴史教師のアドバイスで全国歴史コンクールに参加して「アウシュビッツ」のテーマで取りまとめるというクラス全員の行動が「連帯・勇気・自らが自らを守る、尊厳・・・」といった人類の英知に気付き、コンクールで優勝する。
改めてナチズムへの憎悪が今日でも欧州では「歴史的現実」であることを痛感する。それにしても日本の「ノーモア広島」「ノーモア長崎」の歴史的認識が、なんと希薄になったことか。
午後、町内会長人選の情報交換、来週の「友隣サミット」打ち合わせなど。ANA(羽田⇒松山)予約完了。
夜、TV「プレバト」を見る。「名人」東国原英夫の句は「着ぶくれて慰安婦像の銅の髪」。「時事俳句」としては秀逸である。
1月30日(水)
午前中エデンで火気点検があるので9時前にエデンに戻る。エデン10時半発の送迎車で帰宅。船中で『一遍聖絵』に目を通しながら、一遍の遺言ともとれる「他阿弥陀仏、南無阿弥陀仏はうれしきか」の文言を探したが見つからず、やっと『遊行上人縁起絵』第四で確認した。一遍会3月度講話の結語が決まった。一気にレジュメを執筆することにしたい。
午後、伊予銀行担当者来る。
HP一遍会の2月度分の更改作業。
1月29日(火)
予定していた午後の宇和島フェリーが定期検査で欠航である。9時発のホテルの送迎車では午前のフェリーで間に合わないので、BS堀田で由布院から別府行きの定期バスに乗車、別府駅からはAPU大学息のバスでフェリー乗り場に急ぐ。
帰りの船中では本郷和人(東大史料編纂所教授)『日本史のツボ』(文集新書)を通読する。この本は「キワモノ」でなく読者のレベルに合わせて反応する知識の宝庫である。しかも、おそらく本郷氏の語る話し言葉の内容を編集者が書き言葉に直しているらしく実にわかりやすい。旅の道連れには最高のお供であった。
「みなっと」で軽く昼食。14時発の伊予鉄バスに乗る。「ふじ」で「バラ寿司」を求める。20時「椿の湯」。22時就寝・たっぷり休息ができたと思う。
1月28日(月)
9時発の送迎車で鉄輪温泉に直行する。温泉山 寺の本堂に上がり、「南無阿弥陀仏」を十遍唱えて「一遍会 三好」で記帳する。河野住職の筆跡と思うが、今年の干支にちなんだ一文がある。
(い)印度で生まれしその方の (の)残せし教えは人々の (し)生老病死の苦を救う (し)釈迦如来
本堂内の和歌
○一遍の別府鉄輪永福寺 除夜の鐘聞く安らぎながら
○極楽に地獄を変えた一遍の 鉄輪今も湯けむりが舞う
○湯けむりも風に踊れば鉄輪に 今も変わらず一遍踊る 英一
鉄輪界隈の温泉と温泉宿を一巡して2年ぶりに「ひょうたん温泉」にはいる、砂湯・打たせ湯・露天風呂・歩き湯・ひょうたん風呂・岩湯とお世辞にもきれいで清潔とは云えない温泉だが湯治場的な雰囲気が内外の客人に好まれるのだろう。食堂でうどんをすする。
天気もよく「貴船城」に登ってもよかったが、10年来不思議に思っていた「ヤング劇場」はつぶれずに営業しているのでのぞいてみた。満員とはいかないが昼間100名以上の観客(主にシニアおばさん)でにぎやかである。「ヤング劇場」上のホテルが素泊まり4,000円、芝居が夕席・朝席は無料だが金を払えば3,000円、大浴場入浴を1,000円と勘定すれば、プラスマイナス「ゼロ」の勘定になる。フアンと役者が一体化している。「おひねり」が5万円とは驚いた。この劇団正月公演が終わったら、2月は松山の「松劇」公演というから一流の劇団であろう。
鉄輪温泉から「ぐるりんバス」で山手を回る。食後は昨夜と同じパターンでベッドでTVを見ながら就寝する。
1月27日(日)
別府鉄輪温泉2泊の骨休めの小旅行。温子とは生前年1回は出かけていたし一昨年の正月の別府温泉が夫婦にとって最後の旅行でもあった。
9:10伊予鉄バスで松山市駅を出立、11:05八幡浜港着。「ミナット」をぶらっとしてランチ。船中の3時間は、岩波一遍聖絵』の読書に充てる。17時、送迎車で「エキシブ別府」に向かう。2泊分の部屋代は無料(招待)であり、リゾートホテルは定員4名のゆったりした部屋なので休養にはもってこいである。
大浴場で汗?を流し夕食。酒はいつもと通り「西の関」を注文する。ほろ酔いで部屋に戻ったが、NHK大河「いだてん」を見ながら眠ってしまった。
1月26日(土)
道後での初雪か。
午前中、週間の日記や残務整理。
午後、冬季子規塾参加。有馬朗人元文部大臣(俳人)の講演「西洋の詩、東洋の詩、特に俳句」(14:00~15:30)。
同氏の講演は初めてだが、90歳近くの老紳士としては迫力ある話し振りである。
ホメロス、アエネイス、ダンテ、ミルトンから始まってワーズワースという具合に西洋の詩人のラインアップ。
坪内逍遥、小野十三郎、桑原武夫氏らの俳句誹謗(軽視)論者を罵倒。
子規、虚子の自然派を賞賛し人間派を軽視するのは有馬氏の見方か。
同感の部分もあるが、疑問点も多い。文学もまた人間の為に、豊かな人生の為にあるはずだ。
残念ながら有馬朗人氏の代表句を知らない。
昨日が妻の「七の九十九日」(没693日目)で、一日遅れで義安寺に詣でる。次いで、JR松山駅で2月の新幹線の指定席購入。
1月25日(金)
午前中、3月実施の神戸・東京・関東地区のツアーのプランを策定する。
午後、松山歴史文化研究会出席。道中、平岡さんとおしゃべりしながら東石井に赴く。会場は「北斗七星」 13:00~16:30
食事(ランチ)つきの3時間半の長丁場だが内容は充実している。
1)「愚陀仏庵所有者変遷」(二神将)
①宇都宮丹精→②上野義方(米九番頭)→③森英三郎→渡部満弘(満祖父)→④佐伯祐三郎→⑤寺井善政→⑥寺井太郎・・・・○「天平」○重見(屋根つき駐車場)
2)「高村守成・野間ソウ柳と私の関係」(高村昌雄)
①系図 ②愛媛県尋常中学校明治29年3月卒業(第4期)54名記念写真(夏目金之助、高村守成、三好盛三郎ほか ③夏目漱石の書簡碑 ④柳原極堂の文学碑ノート
3)「子規邸跡に桜を植えることについて(案)」(戸嶋健二)
①桜植樹の趣旨 ②桜植樹予定地の現状 ③子規邸の地番・面積 ④子規邸の平面図 ⑤子規の書斎 ⑥極堂の「子規の生い立ちの家」に対する思い ⑦子規邸跡に桜を植えるにあたって (参考)子規の桜にかかる俳句(383句)一覧表
4)「予告往生の人 安西法師」(三好恭治)
5)「子規堂の『海南新聞』俳句革新」 第一章 子規派以前―『海南新聞』の旧派改革時代 (竹田美喜)
夕、「フジ」に立ち寄って帰宅。
夜、NHK「チコちゃんに叱られる」を楽しんで、「椿の湯」。
1月24日(木)
エデンシアターでイギリス映画「人生はシネマティック!」鑑賞。監督:ロネ・シェルフィッグ 出演:ジェマ・アータートン サム・クラフリンほか。
第2次世界大戦下(ナチスの空爆から」ダンケルクの戦い)のロンドンが背景。
戦時高揚を狙っての映画作成に参画した主人公の波乱に満ちた物語だが、いかにもイギリス作品らしくアメリカへの皮肉も忘れていない。
フィナーレは恋人の事故死から失意の状態のあるが完成した映画を通して制作意欲が出てくる。
邦画「カメラをとめるな」はプロデューサー側から映画制作の裏面を描いたが、今回はシナリオ作家サイドからの制作のそれを描いており、実に興味があった。
昼食は「花楽里」の野菜カレー。
午後、県文化振興財団セミナー「愛媛学⑧ 回想の愛媛」。登場する作家は下記。
①高浜虚子『虚子自伝』 ②獅子文六『随筆てんやわんや』 ③坪内稔典『俳句の向こうに昭和が見える』 ④徳富蘆花『死の蔭に』 ⑤今井つる女『回想録』
夕、エデン「ほろ酔いサロン」。俳句好きの女性陣と俳句談議で盛り上がる。引き続いてTV「プレバト」で夏井宗匠の毒舌?を楽しむ。
1月23日(水)
穏やかな一日、1万歩歩くと気分は爽快である。
福田安典「江戸期の版本に描かれた遍路の姿-『予州安西法師往生記』を印刷。週末の松山歴史文化研究会の配布資料を整える。
伊予銀行で定期預金の満期分更新。
午後から書斎の整理。地震対策ではマイナス点であるが、『松山市史料集』(全13巻)を本箱の上に並べ、一遍関係書籍をデスクに置く。
いよいよ一遍会講演「時衆から時宗へ」のレジュメ作成に取り組む。
【メモ】予告往生
〇西行法師
元永元年(1118)~文治六年2月16日(1190年3月31日)
「願はくば花の下にて春死なむ そのきさらずの望月のころ」
河内国南葛城 弘川寺
〇熊谷直実
建仁元年(1206)8月 予告
建仁二年(1207)2月8日(変化なし)
建仁二年(1207)9月4日(1207年9月27日)
自らの往生を予告して立てて村人の眼前で大往生を遂げた。
久保博司著『熊谷直実の予告往生』
〇一遍智眞(遊行上人)
1239~1289
〇安西法師
1月22日(火)
「エデン」から8時半発のバスで松山市駅に直行、バスで「森松」乗り換え、「丹波行き」で「浄瑠璃寺」下車。浄瑠璃寺の先住が亡くなられて昨夜が通夜、本日の午前中葬儀ということで、慌しい雰囲気である。
用件は、東京のHMさんから問い合わせのあった50年前の一遍会創生期のメンバーである相原熊太郎翁が残された「鎮魂の碑」の現状の確認である。
亡くなられた先住は100歳というから、相原熊太郎翁とは面識があり、この碑とのつながりの深い住職であったと思う。不思議な因縁を感じる。
本堂、太子堂を参詣し境内の「鎮魂の(皿)碑」を探したが10年前に在った場所に碑は見当たらない。
小倉葬儀社が通夜の片付けに来ていたので責任者に尋ねると「3年ほど前に先住のご尽力で寺の裏山の丘に移設した」とのこと。小公園になっている広場の正面に「鎮魂の皿碑」は建っており一安心する。
寺の関係者には会えず、近くの遍路宿「」に立ち寄り、「鎮魂の碑」のことを質問したが、皿碑のことは知っていたが「皿碑の物語」や「相原熊太郎」翁のことはまったく知らなかった。時代の流れとは残酷なものだ。
11時過ぎ、毎時1本のバスで「森松」乗換え、「大街道」で電車に乗り換え12時半に帰宅する。写真も撮ったので、月末までにHMさんに写真貼付で報告する予定。
妻の3回忌の件で、神戸のファミリーに「詰め」の連絡、なんとか2月中に準備を完了させたいのだが・・・・・
1月21日(月)
冬晴れの一日、早速洗濯。
パソコンの「デスクトップ」がブラックのままで、対応のテクニックが分からない。ともあれ「エディオン」にパソコンを持参しチェックしてもらう。担当者の作業は10分で終る。
な、なんと、表示されていたアイコンをすべて「ごみ箱」に投入したらしい。幸い消去していなかったのでリカバーできた。やれやれ。
「一遍会」「NHK」「東の窓(東高29年同期会)」「松山子規会」「マスコミ紙」など「スタートにピン止め」した。
福田安典「江戸期の版本に描かれた遍路の姿-『予州安西法師往生記』をインターネットで見つける。週末の松山歴史文化研究会の資料として活用したい。
1月20日(日)
終日雨模様。もっぱら書斎で未処理業務をこなす。
①週間の日記の点検
②妻の三回忌法要(3月3日)の関係先との調整
③一遍会2月度例会のマスコミ・ミニコミ連絡
④松山歴史文化研究会1月例会報告のとりまとめ(大洲 )
⑤NHK大河ドラマ「いだてん」
⑥「椿の湯」
⑦パソコン不調。大いに作業手間取る。
【⇒HM様】
貴メール拝見いたしました。相原熊太郎翁の経本を仏教系の図書館にご寄付されるとの由、結構なことと正直安堵いたしました。
実は愛媛大学の元教授で倫理学(主に儒教)に関する貴重な書籍をお持ちでしたが、ご遺族が寄付先を探しておられました。
愛媛県下では大学・図書館などに引き受け手がなく、年末に家屋整理の必要から古紙回収業者により処分したという話を年初に同僚の名誉教授に伺いました。
はてどうしたものだろうかと悩んでおりました。お手伝いできなくて恐縮しております。
ご照会の「碑」については、月末にはご報告できるかと考えております。まずはご返信まで。
1月19日(土)
松山子規会は烏谷新会長のセンスと配慮が最大限生かされた見事な新年会&正月懇親会になった。会場よし(東京第一ホテル)、料理よし、酒よし(フリードリンク)、予算的には心配だが・・・
①年頭挨拶(烏谷照雄)
②卓 話「子規の新年」(松浦巻夫)
③子規短歌朗詠「あずま菊」(武田峰松)
④夢想神伝流居合演武(森慎吾)
⑤三味線「端唄・春雨」(福井みどり)
新年懇親会の乾杯は老生の出番で「年男の弁」を語る。出席35名の大盛況。
松山歴史文化研究会の近藤、佐伯、竹田、戸嶋、二神氏との談話を楽しむ。
意外な相手は四国遍路の先達「沼田淳子」さんと一遍会創生期の功労者である「足助威男」氏の話ができたこと。
散会後県美術館で「バレル・コレクション」(印象派への旅 海運王の夢)鑑賞。バレル卿は20世紀初頭のグラスゴーの海運王の由。
○ゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」○ぺプロー「バラ」○シダネル「雪」○フーダン「ドーヴィル、波止場」など。
城北に回り「ダイキ」で「青汁パック」と「ラウンドアップ(除草剤)」購入。電車内で中学同期の原田さん、仁木さんに出会う。女性の文化サークルの活動振りに驚く。
NHK「ブラタモリ」(ローマと処女水)を見て「椿の湯」。
1月18日(金)
9時徒歩にて帰宅。
午前中、ひめぎんの担当者来る、定期預金の継続手続き。戒田淳氏が来宅、安倍家と烏谷家との姻戚関係について調査依頼を引き受ける。江戸末期の松山藩の漢方医の調査の中で情報が入手できれば有難いのだが・・・・・ 大仕事になりそうだ。
午後、県文化振興財団「歌舞伎セミナー」⑧受講(13:30~15:00)、テーマは神楽岡幼子愛大教授「歌舞伎の衣装」。衣装への関心が薄く少々眠かった。①暫の衣装~鎌倉権五郎景政~ ②助六の衣装~助六・揚巻~ ③衣装のしかけ~ぶっかえり/引き抜き ④伽羅仙台萩の政岡 ⑤菅原伝授手習鑑~松王~。
夕。フジで3日分の食料品の調達。「椿の湯」。夜NHK「チコちゃんに叱られる」を見て「椿の湯」。
今日は「妻の七の九十八日」(没686日目)で義安寺参詣の予定なる、来客もあり出向けず。明後日(日曜)に掃除を兼ねて出掛けたい。
1月17日(木)
阪神淡路大震災から24周年を迎える。記憶が薄れつつあるが、幸いレポートをまとめてHP.[阪神・淡路大震災私記 臨危不変」にアップロードしているので年1回は読むことにしている。
「エデンシアター」で映画「風が吹くまま」(1999 フランス・イラン)を見る。監督はアッパス・キアロスタミ。
ロングカット・・・延々と続くイランの大地、おそらく1千年は変わっていない羊と共存し共同体を維持している。奇妙な(残酷な)葬式を取材に来たTVディレクターとスタッフ・・・
冥土に行くはずのおばあさんはもち直し、孫の小学生との交流が続く。一週間が過ぎても何も起こらない。
フィナーレ・・・まさに「風が吹くまま」(The Wind Will Curry Us)であった。
昼、古紙回収業の堀本さんに連絡し半年分の古紙を引き取ってもらう。10年以上出入りしている。トイレットぺーパー10巻を貰う。妻との思い出話を語る。
午後、三井住友信託の担当者来る。拙宅の将来の活用についてのアドバイスをもらう。
早稲田出身と聞き静岡県知事川勝平太氏について語る。川勝氏は世界的な「海洋国家論」の専門家であるが、稙田の(助)教授から京都の国際文化センターに飛び出したことは大きなショックだった。
恩師は小松芳喬教授(当時)だが、拙論はあまり大学は違うが小松先生にアドバイスをいただいたので親しみを覚えているなど・・・
TV「プレバト」を見る。「遅延証明書の列 雪の朝」(女優 内田恭子)
はサラリーマン時代を思い出す。
1月16日(水)
「エデンシアター」で映画「花戦さ」(2016)を見る。鬼塚 忠の花戦さ (角川文庫)
監督篠原哲雄 出演 野村萬斎(池坊専好)、市川猿之助(秀吉)、中井貴一(信長)、佐藤浩市¥(利休)。127分。
登場人物が歴史的な人物だけにストーリー展開はわかりやすい。華道「池坊」の歴史は今回初めて知った。「池坊」は、いけばなの根源。“流”は付かない。「紫雲山頂法寺」(京都市中京区、通称六角堂)の住職が家元を兼ねる。
池坊専好(~1621)の時代は千利休(1422~1591)金春禅鳳が居た。華道・茶道・狂言が絡み合って足利文化の華である。
実に面白い映画であった。
午後、エデン月例全体会議。園長の北欧の介護視察の報告が主。医療費無料社会だけに施設・設備は充実しているが・・・
バスで帰宅し、実務処理して17時半エデンに戻る。夜、『愛媛県の歴史』(山川出版社)で伊予における南北朝の基礎学習。「三好法眼館」をどう位置付
1月15日(火)
恒治からビッグニュースが届く。
2009年製作のアニメ「マイマイ新子と千年の魔法」の紹介。このアニメは昭和30年代の防府市が舞台、地名は国衙、駅は三田尻駅。麦畑の向こうに大きな工場、そして赤い屋根の社宅。すぐに鐘紡の防府工場がモデルとわかりました。東京から引越してきた主人公の同級生の父親は、工場の産業医で社宅に住んでいます。原作は防府出身の高樹のぶ子、監督は「この世界の片隅に」の片渕須直です。
昭和38年から1年間防府に舎監として勤務、昭和末期3年間事業場長として過ごした思い出の場所であるだけに思い入れが強い。
https://www.youtube.com/watch?v=IcSIl8FU32Q
午後、郵便局。休暇村関東ぐるり浪漫旅の参加費を支払い。
【恒治→】
ビッグニュース 有難う。今、アニメ「マイマイ新子と千年の魔法」の「YOU
TUBE」を見ながらメールを書いています。
工場長は中村昭君で昭和38年入社です。奥さんは瑞穂さんという女性です。父が舎監でした。恒治は中村君にも瑞穂さんにも抱かれたことがあります。
住んでいたのは鉄筋アパートでした。わずか1年で人事部の転勤になりましたが、後から考えると大抜擢で、カネボウ人生が決まりました。
母さんとは5年ほど前に防府に出掛け、のんびりと一日を過ごしました、工場長社宅はありませんでした。
庭と池のある大邸宅(二階が2室、1階は5室、内1室は女中部屋 車庫あり)でした。さすが、大鐘紡の事業場長の社宅でした。
覚えていますか。そこに父が3年間一人で住んでいたんです。時々母さんが「陣中見舞い」に来てくれたので、山陰地方や九州に小旅行しました。
恒治・淳志は1回でしたか。父は恒治の年くらいかな(52~54才)。
今晩でもじっくり映画を見てから中村君達防府の仲間に電話します。有難う。父
1月14日(火)
晴天、洗濯とベッドの寝具と寝間着を天日干し。
午前中、正月のお飾りと屠蘇器・屏風、掛け軸などを整理する。
午後、お飾りを持って初子祭で賑わう湯神社に出掛け、「神符焼上祭」(どんど焼き)の神事に参加する。福引は「伯方の塩セット」が当たる。今年h春から縁起がいいなあ!
戒田淳氏に出会う。安倍家(安部能成実家)と烏谷家が姻戚関係にあるが、烏谷何某を特定してほしいとの依頼を受ける。一遍会例会講師を引き受けてもらう。
3時過ぎ、松山神社経由で「エデン」に向かう。距離hあまり変わらない。
夕、NHK「大相撲」を見る。稀勢の里は初日の「御嶽海」に引き続き「逸ノ城」に連敗。いよいよ引退が現実の問題となってきた。鶴龍は一勝一敗、白鵬は連勝である。
「ファミリーヒストリー」は堺正章。
哲学者 梅原猛氏死去。京都学派というか、「梅棹忠夫」(国立民族学博物館)「梅原猛」(国際日本文化センター)「山折哲雄」(同左)「川勝平太」(同左 現 静岡県知事)は講演会で直接声を聞いているし著作にも目を通した。
東大系よりは京大系の方がヒューマンなものを感じる。
1月13日(日)
伊予史談会1月例会(県生活文化センター9:30~12:00)。秋山兄弟生誕地理事長と同席。
1)芳我明彦氏「完成の大火と大洲の火災」
2)十亀幸雄氏「伊予宝冠寺山伏墓地」
1)の講師芳我明彦氏は内子の名門家芳我家の縁戚の由。元禄14年(1701)から嘉永3年
(1850)までの150年間で城下での火災45件の詳細な報告ではあるが・・・・・
2)の「伊予宝冠寺山伏墓地」だが、最近関心を持っている南予鬼北町の「等妙寺跡」に近接する寺であり、等妙寺が天台系であれば宝冠寺は真言系である。
近世に入ると「対立」から曖昧な関係になったらしい。修験者の中には虚無僧も混じっていたらしい。まさに密教的世界の話であり実に面白いが学問的にはいささか・・・といったところか。
柚山副会長と「伊予一国絵図」(大洲市立博物館蔵・松山城総合事務所蔵)中温泉郡図について意見交換する。
「遊行上人□□ノて」「奥□寺」の「□」の挿入文字の検討である。「奥□寺」は宝厳寺の「奥の院」と推察するが文献があるや否や。
帰途、田中氏宅に立ち寄り伊予史談会の講義レジュメを届ける。
午後、伊予史談会のテーマに啓発されて修験道、喜多郡久米郷の古代史に思いを馳せる。
一遍会正月懇親会収支決算。収入58,000円 支出54,066円 差引残高3,934円。4,000円は一般会計に振り込み。一件落着。
NHK大河「いだてん(韋駄天)」。「椿の湯」。
1月12日(土)
一遍会1月例会&正月懇親会(県「友輪荘」 12:00~14:30)
年一回の会員の交換会だが今年の参加は12名、いささか少な過ぎたが、質(充実度×人員)は例年並以上で大いに楽しめた。
全員を送り出した後で、江刺理事と二人で道後温泉引き込みの温泉風呂でゆっくりと寛ぐ。
12名全員@7,500円(年会費+宴会費)支払い、酒量が落ちたので、次回例会で@500円バックとなった。目出度し、目出度し。
夕食後疲れが出たのか、思考能力ゼロで眠くなり20時就寝、午前2時に目覚めてトイレ、次の目覚めが朝6時。健康優良老人とでも云うか。
1月11日(金)
昨日は仕事の進め方が「凶」だったが今日は「吉」で進行した。やれやれ。
妻の「七の九十七日」(没679日目)。ファミリーに「定期便」を送り、義安寺に詣で「メルパルク」でランチ(和食)。
一遍会12月度(四分の三期)の収支決算をして銀行口座との突合せを済ます。駐車場管理費1年分処理(送金)。
一遍会1月度例会(正月懇親会)の諸連絡(友輪荘、杉野理事)を済ませ、「一遍会1月度ニュース」印刷、「ビンゴゲーム機」などなど点検。前園美知雄氏(奈良芸術短大)に講演の依頼メールを送る。
3日分の自炊で「フジ」へ買出し。
夜はのんびり「椿の湯」。子供の頃から馴染んだ「椿の湯」(西湯)の泉質が一番ぴったりするようだ。
1月10日(木)
天候、体調ともに良好で、「エデン」~自宅往復9,000歩。
午前中「エデンシアター」でアメリカ映画「Wonder~君は太陽~」(監督スティーブン・チョボウスキー 2017年)鑑賞。
顔立ちが奇妙奇天烈な少年が家族の愛に支えられて通学することになるが、偏見の中で徐々に理解者と友達が増え・・・
ハッピーエンドのシーンはアメリカ映画の常道とは云え感動ものである。
午後、自宅での作業は為す事すべて裏目に出てショック。『文芸春秋』2月号を読み、落ち込みを防ぐ。いやはや。
1月9日(水)
拙論「伊予の三好姓と三好長門守」を一部手直しする。三吉(三好)法眼館の主である三吉(三好)何某は、南北朝時代に伊予中部の有力な在地領主として、忽那義範に並ぶ武将ではなかったか。残念ながら姓名が不詳である。
その後裔が三好長門守秀吉であるとした方が系譜的には説得力があろう。春には松山歴史文化研究会で発表することが内定した。
午後、エデンシアターで邦画「カメラを止めるな!」(監督上田慎一郎 2018)鑑賞。見逃していた作品である。何故若者に人気があり営業成績が上がったのか正直わからなかったが、この映画を見て了解した。
説明するのは難しい。いままでこの監督の視点で映画を編集した監督はいなかったように思う。実に実に面白かった。
1月8日(火)
圓増治之氏から一遍会6月度例会講師を引き受ける旨連絡あり。有難し。
正午、友隣サミット新年会(12:00~14:00)開催。常連の梅木君が夫人の病気で欠席とは残念である。
一遍会3月度例会の会場申し込み、数日遅れたがOK。やれやれである。
1月7日(月)
コンビニで求めた「七草粥」を食べる。季節の香りはないが…多分七草であろう。
信州在住の圓増治之氏に一遍会例会講師の依頼。戸嶋氏に松山歴文研での報告について打ち合わせ。
午後、天気がよく暖かかったので表庭の「初」草引き。
正月ボケで一遍会3月度例会会場予約をしていないことに気づく。大変だ!!
血圧 139 090 068 まずは順調である。
【メモ】プレス新刊案内
末木文美士『死者と菩薩の倫理学 冥顕の哲学Ⅰ』(ぶねうま舎2019 @2,600)
キーワード 「冥」「顕」→「菩薩の倫理学」
著者:国際日本文化研究センター名誉教授、総合研究大学院大学(総研大)名誉教授、東京大学名誉教授。
【⇒戸嶋氏】
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。七草粥を頂いてほっとしたところで今年のプランを考えております。
1)ところで、伊予歴史文化研究会の忘年会で今春大洲見学の話がでて全員賛同されました。その節是非立ち寄っていただきたい寺院があります。大洲の名刹「寿永寺」さんです。(大洲南中学校の近くです。)基督教で云えば「奇跡」をおこない「聖人」に列せられる位の「安西法師」の没した寺です。
寛永7年3月15日自ら阿弥陀佛の世界に往生することを予告し、噂が大きくなり、当日大洲藩も検視の役人を派遣した。大群衆の中で「南無阿弥陀仏」を三度唱えて大往生した。『大洲旧記』にも記載されております。地元の信仰は篤いと思います。「安西御廟落慶法要」(2010年)には招待されて出席しました。
2)当家にも関係するのですが個人的にまとめた「伊予の三好姓と三好長門守」があります。
東予は阿波三好系、南予は宇和西園寺三善系、中予は久米族末裔系という展開です。(通説は阿波三好説です。)喜多郡は久米族が開拓した地帯で、阿波の三好は、久米族の分れという仮説もあります。
歴史的には真偽入り交ざった郷土史の展開ですが、歴史好きな方には一興かと思います。二月以降であれば対応させていただきます。(20~30分)
1月6日(日)
小論「伊予の三好姓と三好長門守」を仕上げる。「三好長慶の会」の編集方針もあるので5,000字にまとめる。
組み立ては①はじめに ②伊予の三好姓 ③東予の三好姓 ④南予の三好姓 ⑤中予の三好姓 ―三好長門守を軸に― ⑤おわりに である。
結びは「『三好長慶会』の悲願であるNHK大河ドラマ「三好長慶」が具体化した暁には、土佐の長宗我部元親、伊予の河野通直と並んで「三好長門守」が登場することを平成最後の年の初夢にしたい。」とした。やれやれ。
一遍会創設期のメンバーである相原熊太郎翁の遺品のうち仏教関係書の寄贈先の相談をご遺族から受けた。宝厳寺に書庫があれば依頼したいが庫裏にはスペースがないので、はてどうしたものか。
年賀状の整理、返信分も完了する。正月も終ったなという気分である。
NHK大河ドラマ「いだてん」(初回)。日本のスポーツ史、オリンピック史の集大成になりそうだ。実にインタレスティング!!!
1月5日(土)
終日、小論「伊予の三好姓と三好長門守」執筆。粗原稿できる。明日中にほぼ完成したい。
昼食時、義安寺に墓参りしてメルパルクでランチ(和食)&スパ。3月末でレストランは閉鎖の掲示。ショックである。帰途「フジ」で初買物。
夜、「椿の湯」。二日続きで一日二回の道後温泉入湯の連荘(レンチャン)である。いやはや。
【⇒恒治】
久しぶりのメールかな。正月は健康的な過ごし方ですな。「家族との歩き」であったらご満悦だったのでしょうが・・・
「妙見さん」とは懐かしい名前ですね。母さんと近くまではバスで行って、そこから歩いたと記憶しています。大昔のことです。「多田銀山」は知りませんが、多田は「多田源氏」の出生地ですので、一人で史跡めぐりをしました。晴天で良かったでしょう。
今日は一日遅れで「母さんの墓参り」をして「メルパルク」でランチ&スパです。メルパルクのランチ&スパが3月末で廃止になります。ものすごく残念でショックです。1,000円でランチ&スパは採算に乗らないのでしょう。
今日、明日で出水さんから依頼があった原稿は完成します。「伊予の三好姓と三好長門守」です。2月には恐らく「伊予歴史文化研究会」でも同じ題材で「三好長慶と三好長門守考」として発表の予定です。
お父さんは始動し始めました。ぼつぼつ会社業務は半分にして、退職後の挑戦テーマを決めて勉強するように勧めます。数年はかかりますよ。
道後に用がなくても時間があれば定期的に帰省して手助けしてください。高所作業も掃除も危険なので中止しています。よろしく頼みます。
1月4日(金)
「エデン」から徒歩帰宅。家事の初仕事は紙類のゴミ出し。
午前中は小論「伊予の三好姓」執筆。昼食で友輪荘の「おせち料理」を完食。初電気釜。
午後、初温泉は「飛鳥之湯泉」。山口からの青年、西条のシニアと露天風呂で談笑。室内の温泉は42度を1~2度アップしているようだ。伊予猿は熱湯(あつゆ)が好きだ。
正子さんが初年始客。1時間ほど雑談する。
夕食、清酒を飲む。「椿の湯」で初サミット。西山さん、後藤さん始め地元の老人パワーは今年も健在であれ!
1月3日(木)
正月三ヶ日の最終日はスローペースで送る。
8時過ぎに「エデン」を出て、3キロ余の山道をぶらぶら歩いて下る。9時前に帰宅、珈琲ブレイク。
一遍会インターネット会員に初メールと俳友には「子規博1月度子規さん俳句」鑑賞エッセイを送る。
子規の「ふゝと笑ふ 夫婦二人や 福寿草」の「もどき俳句」は「達磨よし 福禄寿よし 屠蘇気分」。反響や如何。
午後、昨日神社から頂いた神札を各所に貼り安全を祈る。(竈神②、水神②、厠、門神②)
夕方、やっと第2回目の賀状(10数通)が届く。「エデン」まで歩く。10日ぶりで「1日1万歩」体制に戻る。血圧は「124・66・71」で至って快調である。
夜、新TV「プレバト俳句頂上戦(冬)」を見る。優勝は東国原英夫で句は「凍蠅よ 生産性の 我にあるや」。まさに2018年度に相応しい「時事俳句」と云えよう。
詠んでみたい時事俳句だが、共感を呼ぶのは難しいだろう。新傾向俳句に流れてしまう危険性もあろう。
恙無く正月三ヶ日が終わる。
1月2日(水)
8時半から「初仕事」に取り組む。
義安寺に詣で、11代の当主と兄、妻の墓に線香としきみを供える。次いで伊佐爾波神社に初詣、「家内安全」のお祓いを受ける(初穂料5,000+神札800)。
神社の回廊東北隅の透かし彫りの遊行上人(一遍?)を見て一遍生誕寺・宝厳寺を参詣する。夏井いつき宗匠の「伊月庵」の傍を通って、出雲崗の湯神社と一遍の父通広を祀る「子守社」に詣でる。
道後温泉本館から商店街を散策する。新装開店した「十五万石」対面の土産物店がクローズしている。正月二日が閉店とは頂けない話である。
河野氏の本拠地である湯築城跡北口の一遍揮毫の「南無阿弥陀仏」を彫った湯釜薬師に立ち寄り子規記念博物館で休憩する。
子規博懸垂幕で披露された子規の句「ふふと笑ふ夫婦ふたりに福寿草」を確認し帰宅する。
おせち料理の昼食後、子規句の鑑賞エッセイを執筆、HP一遍会改訂作業。引き続き、賀状の追加分20通を印刷、投函。ハードな正月二日であった。
17時半、バスで「エデン」着。赤飯が出る。芳野さんご夫婦と相席、円明寺近くには芳野姓が多いとか。前副知事を芳野姓ではなかったかな。入浴後、ほっとした気分で日記を書く。
夕食後2回計った血圧が①138・74・77 ②130・69・68である。130mmHgには驚く。降血圧剤の心配は不要か。
【→俳友】
子規記念博物館(館長 竹田美喜氏)選句の子規さんの平成31年1月の句は「ふゝと笑ふ 夫婦二人や 福寿草
子規」です。
季語は「福寿草」(新年)です。『子規全集』第一巻 俳句一「寒山落木」抹消句 421頁(明治二十四年 )に掲載されています。前書きが長く「ある人の有卦に入りたりとて ふ文字七つ入れて発句せよと所望に」とあります。
『広辞苑』によれば「有卦」とは「陰陽道で、その人の生年の干支により、七年間吉事が続くという年まわり」であり「有卦に入る」とは①有卦の年まわりに入る。②幸運にめぐりあう。調子にのる。」という意味である。
今年の干支「亥」で筆者は七度目の年男になる。もし「有卦」に入ったのだとすれば90歳までは健康で過ごすことが出来る。有難き哉。
子規に依頼した知人が誰かは不詳だが、なんと俳句って楽しい文学であることよ。「ことば遊び」には違いないが、「俳聖子規」に程遠い子規さんの姿がそこには生き生きとして存在している。もっとも明治24年の正月頃は「脳病」(スランプ うつ症)を煩っていた頃だから、俳句の逆療法かも知れないが・・・・・
それにしても「ふゝと笑ふ 夫婦二人や 福寿草」は、鴎外の小説「じいさんばあさん」を思い出す。或いは落語のご隠居夫婦の正月風情を連想する。明治24年が嘘のような平成の光景でもあろう。
妻を亡くして二年、このようにふゝと笑いあえるパートナーは居ない。
子規さんの句にあやかって一句
「達磨よし福禄寿よし屠蘇気分 子規もどき」 道後関所番
1月1日(火)
「エデン」の新年会は9時~10時。主に酒飲み相手と年賀挨拶。おせち料理は全部平らげる。
11時のバスで帰宅。年賀状の整理と返信に注力する。夕方4時にノルマ完了。
初電話は神戸のファミリー。孫の声は楽しいものだ。
17時バスで「エデン」に向かう。
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12月31日(月)
年末の血圧を記す。最高 133mm、最低89mm、脈拍69(07:51)。
夏には180mm近くあったので血圧降下剤の服用を考えたが、一日1万歩、最低5000歩をノルマに課したら4ヶ月で40~50mm下がった。上出来である。
最高140mm台(平均値)を維持できれば大成功である。来年度の夢にしたい。
「エデン」で朝食、徒歩40分で帰宅。燃えるゴミの集配に間に合う。やれやれ。冬晴れの大晦日、例年通りの晴天なので洗濯。
午前中は「三好長慶の会15周年記念会誌」への寄稿文の執筆。午後、「友輪荘」で「二段重おせち」受け取る。昨年同様に正月三ヶ日の重宝する次第。(@9,000円)
仏壇にお茶と線香を供えて「エデン」に向かう。今夕の「年越し蕎麦」と明朝の「お雑煮」を頂いてから帰宅の予定。
映画「ハドソン川の奇跡」に感動。NHK「紅白歌合戦」。
12月30日(日)
昨日、今日と猛烈に寒い。6℃といったところか。
年末の昼食にリビングルームの片付け、ゴミ処分、庭掃除などなど、妻の作業を思い出しながら一応完了する。「賀状受け」も長屋門に設ける。
後は「お屠蘇」だが、正月はどういう風に祝ったら良いものか。「旧年中はいろいろお世話になりました。本年もよろしくお願いします。」と写真の妻に呼びかけるか。
去年は障子の張替えの時間があったのでが、今年はその余裕がなかった。もっとも人の出入りもあまりなかったから、破れ障子は見当たらないが・・・・・
夜NHK歌舞伎「義経千本桜 木の実・子金吾討死・すし屋」(京都南座12月公演 片岡仁左衛門ほか)を観る。
12月29日(土)
昨年暮れは喪中であり質素に越年したが、今年は喪明けであり昔通りにということだが50数年の相棒である妻はもう居ない。
「フジ」に出掛け、お飾りや鏡餅を購入する。妻と「餅つくる機」で白餅とあんこ餅をつくり、神戸のファミリーは正子さんに配ったのも今は昔のこと。
座敷と応接室には正月の祝品と来年の干支(亥)像を飾り、掛け軸(英一蝶「布袋」、狩野常信「三福神相撲」、狩野常信・周信・岑信「寿老人」を掛けかえる。大分正月気分になってきた。
旧家の伝統を子や孫が継承するには、私以上に努力が要る筈だ。女性蔑視ではないが、神仏行事については男衆が中心に進めてきたのは歴史的な事実である。
まだ2日残っているので、外回りも出来るだけ綺麗にして、「母さん」を安心させたいと思う。
『円福寺縁起』『松山市史料集』から温泉郡三好家に関する資料の抜書き開始。
20時「椿の湯」。
12月28日(金)
「町屋の三好さん」(宝厳寺檀家総代)に年末挨拶。商店街を歩く。大型土産物店「十五万石」が改装オープン。焼酎「一遍」も棚に並んでおり、ほっとする。温泉本館の玄関口の移動は数日後か。
義安寺へ年内最後の墓参り。昼食はメルパルク(和食)。13:30発道後温泉駅前から連絡バスで「エデン」に戻る。
14時から「エデンシアター」で映画「羊と鋼の森」を鑑賞する。(134分)2016年の作品で監督は橋本光太郎、出演は山崎賢人、鈴木亮平、上白石萌音、上白石萌歌、三浦友和ら。
第13回「本屋大賞」に輝いた宮下奈都の小説を映像化しており、北海道育ちの「山に生まれ森で育った」純粋な青年がピアノの調律師として育っていく人間ドラマ。ゲーテのロマン小説の様に陶酔しながら映像を眺めていた。
16時過ぎ「エデン」から歩いて「セブン」と「業務スーパー」に立ち寄り、3日分の食料品を調達し帰宅する。
20時、「椿の湯」。」
【→ファミリー】
今日12月28日(金)は「母さんの七の九十五日」(没665日目)です。今年もあと数日・・・年内最後の義安寺の墓苑にこれから出掛けます。この一年、メッセージありがとう。引き続き来年もよろしく願います。
母さんが気に入っていた道成寺の「偈」を贈ります。母さんはこの「偈」で父さんを時々脅しました。いやはや。
「親に孝行 子に慈愛 妻宝極楽 一家繁栄」
師走・正月三ヶ日の日中は「道後」にいます。夜は「エデン」で過ごすことにしました。「年越しそば」も「お雑煮」も献立の中にありました。昼食用の「おせち料理」は近くの「友輪荘」(県身障者センター)で求めました。ほっとしています。安心してください。
「初詣」は伊佐爾波神社で神戸ファミリー分も併せて祈願しておきます。勿論「合格祈願」「学業成就」が目玉です。
道後温泉本館が改修工事に入ります。入り口が西から北に130年ぶりに移動します。正月中に体験しておきます。
12月27日(木)
快晴の一日である。洗濯からスタート。年末の片付けが続く。
午後1時半、県文化振興財団セミナー「愛媛学」⑦参加。今回のテーマは「遍路の文学、文化」(愛媛大学 青木亮人准教授)。
1)遍路の季語「春」は戦後になってからか。虚子は戦前から「春」として作句。
〇幼き時遍路が抱きし我かなし 虚子(昭和九年)
〇お遍路や花菜畑を一筋に 一江(昭和三年)
〇いつめんの花野に遍路汽車降りる 桑田洋月 昭和二八年
2)「味酒野」・・・70年前の記憶がよみがえる懐かしい言葉である。松山城は「味酒城」であったし、道後村の庄屋の管轄に味酒野の一部が入っていた。
〇野間予志子「松山城とお遍路さん」(『渋柿』昭和47年4月号)
伊予鉄バスで白水台の森さんに3月ぶりで出会う。共通の知人である「小椋さん」について話す。
夕、5時から「エデンほろ酔いクラブ」参加、連続3回目である。4万キロをウオークした人と南極ツアーに参加した人との会話、実に面白かった。
TV「プレバト」。夏井宗匠が年末の紅白歌合戦の審査員として出席する由、喜ばしい限りである。
12月26日(水)
年内最終のゴミだしウイーク。プラ製品を3袋出す。少しは綺麗になったかな。
銀行を回る。
午後は、「伊予の三善(三好)姓」の研究調査。
12月25日(火)
クリスマスであるが・・・
引き続き「阿波の三好氏、伊予の三好姓、温泉郡の三好庄屋」(仮称)執筆。南予の宇和町西山田の三好氏についての「歴史伝承」を取りまとめる。
昼食は「花楽里」(鶏肉丼)。
10月25日オープンの「松山兎月庵(松山文化歴史館)」を訪ねる。生業は骨董屋であるが、幅広い学識と郷土愛から個人的蒐集の域を超えた資料館を立ち上げた。見事なものである。小椋浩介さんと女性学芸員の歓待を受け約2時間懇談する。版木摺りの『一遍上人語録 上』を頂戴する。有難い。
珈琲ブレイク後、17時「松山歴史文化研究会」の懇親会(忘年会)出席(伊予銀行健保組合会館)。出席は、近藤、竹田、二神、和久、戸嶋、佐伯と老生の7名。個人的にも他の5名との関係は深い。近年久々の「ふぐのフルコース」、鰭酒2杯で結構酔いが回る。二神さんは夫人の「満中陰」が終えたところだが、何とか元気を取り戻してほしいものだ。
春には大洲に遠出して①少彦名神社参籠殿 ②松根東洋城大洲旧居見学話がまとまる。
20時帰宅。ほっと一息ついたところで就寝。午前3時に目覚める。NHK深夜ラジオをうつらうつら聞きながら朝を迎える。株価が1,000円超下落したニュースには驚く。
メリークリスマスは終わった!
12月24日(月)
すっかり片付いた(?)書斎で、2月発表の「阿波の三好氏、伊予の三好姓、温泉郡の三好庄屋」(仮称)について執筆開始。
新しいテーマでもないので正月中に書き上げたい。「伊予の三好姓」については「三好長慶会15周年記念誌」に寄稿し、ついでに息子の名前も載せておきたい。
12月23日(日)
リビングの大掃除。ごみ類の分別作業。庭掃除などなど。気張ってみても、妻の片付け作業の3割にも届かない。二日続きの鍋物だが、冬には一番相応しい夕餉か、な。
「椿の湯」。
12月22日(土)
やっと晴れ間が見える。洗濯物が数日振りで乾く。やれやれ。
神戸のファミリーに「妻の七の九十四日」(没658目)を知らせる。「三回忌法要」は明年の3月3日(龍穏寺住職)に決定する。
JAから特定健康診断とがん検診の結果が届く。①高血圧②高いLDLコレステロール血栓の指摘。数値的には過去の数値より若干下がっている。想定内としておこう。
『回顧四十年』(松山基督教会 大正14年4月25日発行人泉徳太郎)複写。松山中学校の外国人教師(含「小林小太郎」)のついての依頼論文があれば加えることにしたい。
昼間は書斎の大掃除に集中する。書斎にもコタツを置く。年賀状150通投函。「椿の湯」。
12月21日(金)
10時、子規博常設展見学。10時半、平成31年新春特別展「ほとゝぎすは余の生命なり ―雑誌『ほとゝぎす』、松山から全国へ―」内覧会出席。
義安寺墓参り後、「メルパルク」でランチ(洋食)、最近は和食から洋食になったが、牛肉・豚肉を体が欲しているのだろうか。
帰途、「ふなや」の東北隅に今週初に建立された「伊佐庭如矢生誕地」碑を確認する。如矢は道後の「成川家」の生まれ。高校時代の社会科担任の成川先生が本家筋。数回お邪魔したことがあるが、今は駐車場になっている。
午後1時半、県文化振興財団セミナー「歌舞伎」(神楽岡幼子愛大教授)受講。テーマは「スーパー歌舞伎」。
梅原猛氏原作で先代の市川猿之助(猿翁)の「ヤマトタケル(1986)」「オグリ(1991)」「カグヤ(オオクニヌシ)(1997)」までは歌舞伎の枠内で理解できたが・・・
今回は「スーパー歌舞伎Ⅱ」で「ワンピース(2015)」の解説。
「one piece」は「週刊少年ジャンプ」連載で著者は尾田栄一郎。このコミックの全世界累計発行部数は3,000万部の由。といわれてもまったく無知。
講師の神楽岡教授も「俄か勉強」らしく観劇はあまりしてないようだ。当然だろう。ともかく辛抱して聞いたが、「スーパー歌舞伎Ⅱ」は入場料を払ってまでは見たくないなと思う。
浪曲の「シンデレラ」が登場するご時世だから、古典派は消え去るのみか。いやはや。
今秋子規の句碑を建立した曹洞宗「西龍寺」に立ち寄り、南の空き地に建設予定の高層ビル建設反対の幟を眺める。
元持田村庄屋(分家三好家)、尾崎邸宅を通り「しげまつ」で散髪。床屋の主人から先輩の末光さんの死亡原因は健康診断のバリウムによる腸閉塞らしいとのこと。葬儀は宇和の「末光邸」(西予市文化財)で執り行われた。
日野の大叔父も同様のケースであった。80才を越えてのバリウム検査は要注意である。
「フジ」で3日分の食品を調達。NHK「チコちゃんに叱られる」を見て、一週間ぶりに「椿の湯」。
朝10時から夜9時まで、タイトな一日であったが充実感は残った。
12月20日(木)
朝から降ったり止んだりの天気である。
年一回の脊椎のMRI定期検査。若干腫瘍は大きくなっているようだ。(奥島医院)転倒しないように注意することが必要だ。鬼北町の旧等妙寺遺跡の見学で奈良山に上った話をしたらドクターは驚いていた。いやはや。
「プレバト」・・・夏井宗匠のみが光る。少々困った事態だ。
「婆やは蜜柑食べ続ける妖怪 立川志らく」
エデンの図書室で明治初期の松山でのプロテスタントの足跡を記した書籍を手にする。
①『松山教会百年史稿』 日本基督教会松山教会1986年2月9日
②『回顧四十年』松山基督教会 大正14年4月25日発行人泉徳太郎
③縁戚ではないが教会の長老である「三好裕直」翁に注目!
12月19日(水)
伊予銀行貸し金庫に重要書類を移管する。これで一安心。郵便局窓口を日常的に使うことにしたい。貯金限度額も2千万円にアップするようだ。
午後、松山子規会12月例会(愛媛新聞社ホール)。
1)青木亮人氏(愛媛大学准教授)「子規派俳句の俳句性」
2)田村七重氏「子規俳句に見る洋語について」
子規会役員忘年会(紀之国屋 17:00~20:00)
竹田美喜・子規博館長、戸嶋健二(元生涯学習センター所長)、平岡英氏らと隣り合ったので話が大いに弾む。
12月18日(火)
寒さがぶり返してきた。寒い。曇天だが洗濯から一日がスタートする。
年賀状の印刷。会社関係者には本年から賀状を欠礼したい旨昨年連絡したので50%カット、150通でセットした。結果的には200~250枚を予定している。
夜、金子兜太『わが俳句人生 語る兜太』(聞き手 黒田杏子)を読む。子規の「写生」<自・他対応 近代視点>と兜太の「映像」<自他融合 現代視点>の対比が面白い。
例の子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」を虚子は選らばなかったが、まさに「映像の句」と云えよう。(100~103頁)
12月17日(月)
一遍会 平岡相談役と明春の松山東雲女子大の講義内容の分担打ち合わせ。「ご城下文化」を平岡氏、「道後文化」を小生が纏めることになった。事務局の佐伯氏に結果を連絡する。
昼食は「花楽里」(うどん)。障がい者のウエイトレスとも話しあえるようになった。
市駅近くのチケット販売店で賀状200枚購入(@58円)。
14時から三井住友銀行の「シニアカレッジ」受講。
1)伊藤幸男氏(住友林業新居浜支店長)「からだも、こころも健やかに」
2)山中由美氏(エイジング・デザイン研究所代表)「知っておきたい「高齢者の住まい」の基礎知識」
山中氏の介護施設の情報は貴重であった。県下で「自立型介護付有料老人ホーム」は2施設のみで、「松山エデンの園」がその一つである。
NHK「ヒューマンヒストリー」は楽天の三木本社長。意外な歴史を知る。
12月16日(日)
平岡英さんと東雲女子大講義内容の打ち合わせ(電話)。
年賀状の宛名確認。今年から150 枚減らして200枚に絞り込むことにする。無理かな。
午後、第38回日本看護科学学会主催市民フォーラム「こころのセルフケア ~人びとは四国遍路に何を求めたか~ 」出席。
①寺内浩(愛大教授)「四国遍路”癒しの文化”」
②竹川郁雄(愛大教授)「現代のお遍路さんとお接待について」
夜、NHK大河「西郷どん」最終回。映画「シンゴジラ」鑑賞。
12月15日(土)
昼、義安寺に墓参して、メルパルクでランチ(洋食)&スパ。
夕、「まつやま子規亭(第三夜)」観覧。(18:30~21:00)。
出し物
①「浪曲漫才 あとまわシスターズ」 玉川奈々福 春野恵子
②浪曲 「高田馬場」 春野恵子 (曲師)一風亭初月
③浪曲 「シンデレラ」 玉川奈々福 (曲師)沢村豊子
最近は東京の寄席でも浪曲を聞いていない。久しぶりである。話術、声量、音色の総合的な演芸を大いに楽しんだ。「シンデレラ」が浪曲になるとは、「お釈迦様でも・・・」である。
日中は懸案事項の処理。
1)「南予の三好姓」について資料を取りまとめる。
①三好健二氏論文「山田ユイノ谷・成城城主三好家考」(平成24年6月)
②『開明』第2号(発行年月不明)「宇和の城跡探訪」滝上舜二の三好家系図が取り上げられている。
③三好家系図①宇和
④三好家系図②山田
⑤書状・メールなど
宝賀寿男氏『阿波三好氏の家系疑惑について』では、「伊予の三好氏」から「阿波の三好」になったという論理展開である。通説とは真っ向反対の論理である。いやはや。
2)三好長慶の会 代表出水康生氏と連絡が取れる。寄稿文は原稿1300字×枚数 締め切り3月末とのこと。一安心する。
3)一遍会正月例会打合せ。出席20名の予定が15名ヵ。年一年、会員の高齢化を痛感する。
12月14日(金)
朝4時目覚める。
山本義孝氏(日本山岳修験学会理事)の講演録「鬼北の『鬼』の起源とは?―中世等妙寺の世界観に迫る―」をたっぷり2時間かけて精読する。
エデンシアターで邦画「光」(第69回カンヌ映画祭出品 監督・河瀬直美 出演・永瀬正俊、水崎綾女ほか)鑑賞、中々の力作である。
午後、諸連絡。ファミリー(妻の「七の九三日」)、恒治、淳志、田中弘道氏(旧等妙寺遺跡)、戒田淳氏(一遍会正月懇親会)等。孫(史晃)の声を聞く(シンガポール修学旅行)。
「フジ」にて食料、靴下調達。「椿の湯」。
【メモ】
愛媛の最南端は愛南町だが合併前の町の中心は「御荘」。延暦寺の「荘園」である。村役場が在った「平城」は観自在寺の門前町として成立。
中世等妙寺の世界観では、「胎蔵世界」の広がりである。
12月13日(木)
エデンシアターで「ブランカとギター弾き」(イタリア映画2015 監督 長谷井宏紀)。
フィリピンの首都マニラのスラム街が舞台、身寄りのない少女と盲目のギター奏者の交流を描く。ハッピーエンドとはいえないが、「父?と娘」の交流はドキュメンタリータッチである。観客5名。
午後は書斎で月間の日程調整と等妙寺資料の整理。東雲女子大講座の担当について佐伯健、平岡英氏と調整。
TV「プレバト」。
12月12日(水)
鬼北町の旧等妙寺遺跡等の調査。
8時に道後公園前を田中さんの車に同乗して出立、松山道内子から肱川沿いに走る。「かなはい屋しろかわ」と「日吉夢団地」で休憩。明星ヶ丘にある①町立歴史民俗資料館 ②武左衛門一揆記念館 ③大野作太郎地質館 ④井谷家住宅<国登録文化財> ⑤明星草庵<国登録文化財>を見学する。
メインは①で開催中の「国史跡等妙寺旧境内と奈良山霊場遺跡~山寺から山岳霊場へ」の見学。「展示解説パンフ」に詳細掲載している。
松野町正善寺が一遍所縁の寺であり、南予の一遍遊行についても再検討すべきか。
武左衛門一揆で農民9千人~1万人が終結した事実は、等妙寺を支えた農村の経済力を再検討すべきか。学芸員の女性のおもてなしと素直な説明に感謝したい。10:30~11:30)
鬼北町教委で関連資料入手。
昼食は「森の三角ぼうし」(12:20~50)。
奈良山に点在する等妙寺旧境内に向かう。旧境内遺跡が見える地点で下車。山道を歩き「平場」に出る。
ここに本堂、本坊があり、庭園もあった。たまたまラッキーなことに10人ほどのメンバーが「庭園跡」を発掘中であった。
この遺跡の全容が明らかになるのは10~20年位先のことか。80才を越す三好・田中組であるが、10年後に現地を再訪しようと約す。
帰途、旧境内の突端にある現・等妙寺に参り、境内の建物と説明版を見て回る。(13:30~16:30)
宇和島に出て「きさいや広場」に立ち寄り、一路松山・道後。18時過ぎ、ひめぎんホール前で田中さんと別れる。
充実した実地見学となった。中世における四国の修験道について大きな刺激を受けた。
12月11日(火)
今冬最低気温である。
「愛媛の三好姓」(三好長慶の会)、「子規と道後」(東雲女子大)、「子規と遊里遊郭」(子規会)の3論文は、「道後」がベースにあるので、思い切って書斎の資料を集中管理することにした。歳末でもあり、不要な資料は思い切って処分することにした。
東雲女子大の担当は第10講座で表題は「子規が歩いた松山②」で要旨は「道後湯之町の成り立ちとその文化について」である。
大学から学生の集中力は45分、画像が入れば60分は可能との説明あり。大学の授業は90分が「常識」と思ったが、高校生並みである。
日中、家の中を動き回りながら、東雲女子大講座の「子規と道後」についての骨子を断片的に取りまとめる。子規『散策集』の中身は既に発表済みであり、女子大生が興味を引く「設問」を考える。
①「道後温泉」は日本最古の温泉か。・・・「伊予風土記」
②「道後温泉」の古代・中世・近世・近代・現代・将来のイメージ
③「道後」は「松山」より大きいか。
④「温泉」は固有名詞(地名)か普通名詞(hot spring)か.
⑤ 子規は道後温泉に入浴したか。漱石は? 小説『坊つちゃん』
⑥「ブラタモリ」での「道後温泉」 日本&伊予国の「三古湯」
設問の理由が分かれば相当の「道後温泉」通と判断したい。いやはや。
12月10日(月)
冬晴れ、気温は5~10度で、師走の寒さである。
一遍会12月度定期便を発送、一件落着である。
ファミリーに「毎週メール」と「毎朝メール」を送る。次男の風邪も治ったようだ。受験期にある孫にうつらなくて良かった。
午後、伊予銀年末挨拶。
「愛媛の三好姓」の執筆開始、なんとか週末までに完了したいのだが・・・・・
年末の片付けが進まない。紙類だけでも屑屋に電話して早期に処分したい。
「エデン」の夜は静か過ぎて、入浴後なんとなく眠くなる。健康管理には良いのだが、いやはや。
12月9日(日)
伊予史談会12月例会出席(県生活文化会館9:30~12:00)。
1)伊津見孝明氏(今治城)「今治藩における家臣団の形成過程と構造」
2)首藤久士氏(県埋蔵文化財センター)「伊予国府を探す―今治平野の調査成果から―」
1)伊津見孝明氏の発表で意外に思ったのは、この研究内容について先行研究が殆どないことに驚いた。今治市内の郷土史家であれは、当然に研究し「通説」があると思っていたのだが・・・・・
蒲生家、生駒家の浪人は今治藩に召抱えられていること、蒲生家(忠知松山藩主)と松平家(初代今治藩主定房)は縁戚であるなどなど、知識としての収穫は多かった。
2)首藤久士氏は考古学専攻であり、発掘成果を淡々と語られる。素人にとっては伊予国府のイメージが湧かないのが歯痒い。
柚山副会長のコメントで①考古学(発掘)と②文献史学のほかに③歴史地理学も総動員して伊予国府の所在確認に挑戦すべきではないか。
官道(南海道)、港(津)、川(蒼社川)、国分寺・国分尼寺・・・で絞り込めば「四辻」周辺になろうという仮説に賛意を表したい。勤務先の周防国衙や岐阜の美嚢国衙も上の条件に当てはまっている。最終的な確認は「考古学」(発掘)を待たなければならないが・・・
柚山さんから「奥谷」についてのコメントあり。中世、宝厳寺の地名は「奥谷」であり「道後」ではない。鎌倉期に狭義の「道後(温泉)」の地名は何かは不明(文献未詳)の旨回答する。
午後は資・史料整理。NHK大河「西郷どん」は次回が最終回。部下との最後の別れであった。「椿の湯」。
12月8日(土)
湯築城歴史塾の本年度最終講義は川岡勉氏(愛媛大学教育学部教授)「換わり行く伊予 ―戦いの時代から天下統一へ ―」。さすが参加者のレベルに会わせての講義内容だけに理解しやすい。(子規博10:00~12:00)。
1)信長政権と毛利・河野氏の対立
2)秀吉政権による四国支配
3)家康政権の確立
特に「伊予の関ヶ原」(毛利勢の伊予侵攻<三津・刈屋畑、久米の戦い>の資料は貴重)は興味あり。
午後、一遍会12月例会(道後公民館13:00~15:30)。
1)大本敬久氏(県歴博)「伊予風土記の世界 ―古代の道後温泉―」
2)田中道弘氏(一遍会理事)「奈良山等妙寺遺跡について」
理事会で1)一遍会平成31年度主要行事 2)平成31年度新年会役割分担
を確認する。
帰宅後、一遍会IT会員向けの「定期便」取りまとめ、印刷、封筒に入れる。疲れた。
夜、神戸から「お歳暮」(珈琲詰め合わせ)届く。「椿の湯」。
12月7日(金)
「エデン」7時20分発のバスで帰宅。朝ドラ「まんぷく」を見る。
8時半「30年度松山市健診」を県介護センターで受診。結果は年初に届く予定だがドクターとの問診では「特に異常はない」ということだ。
嬉しかったのはベテランの保健婦の「いい年をとっておられますね」の一言。年寄りくさくない体型や雰囲気から何気なく云ったのだろうが、妻に聞かせたかった。母さんのお蔭である。ありがとう。
県身障者センター内「友輪荘」で一遍会1月例会(正月懇親会)の日程・時間確認と献立について担当者と詰める。散会後、道後温泉の引き湯に入浴できるので喜んでもらえると思う。
正月用の「友輪荘二段重おせち」(@10,000円)を予約、正月三ヶ日の昼食用である。
午後は、バリウム検査関連で下剤を飲んだので3回トイレに行く。やれやれ。この間、コタツに入って『文芸春秋』(新年特別号)を読む。
①「日産クーデター劇 ゴーン追放全真相」
②「シリア1218日幽閉記」(安田淳平)
③特集「平成30年史全証言」などなど。
夜、5日ぶりで「椿の湯」。
12月6日(木)
終日雨。
「エデン」園長との面談。制度として年一回の個人面談を実施とのこと。大垣&防府工場時代の「舎監・寮生面談」を思い出す。
「花楽里」で昼食(中華そば)。
午後、「友隣サミット」(友輪荘)。
夜、「プレバト」。
「愛媛の三好姓」についての基礎資料の取りまとめに入る。
①全国 約72,200人 301位 但し県別では愛媛県が第1位約10,800人。
②愛媛県下の姓名 第18位三好 (4位越智 17位河野)
③市町村別 第1位 松山約3,400人 2位高松市 約2,400人 3位西予市約2,100人 など
トポス topos ・・・ 時と場の記憶
12月5日(水)
『一遍会報』第406号最終校正。「ダイキ」で『一遍会報』第406号、第304号、「一遍会12月度ニュース」印刷。12月例会準備完了。やれやれ。
「ジパング倶楽部(平成31年度)」送金。昼食「花楽里」(カツカレー)。
午後は快晴でもあり、年末片付けに注力。
年末締め切りの「愛媛の三好氏」(徳島・三好長慶の会)の執筆開始。
12月4日(火)
12月の予定表をまとめる。昨年は障子の張替えに挑戦したのだが今年はその意欲がない。確実に1歳年を取ったと実感する。
悩んだ末に『一遍会報』第406号を12月例会で配布することにした。2頁で①青山淳平氏「秋山好古と新田長次郎」②一遍会例会報告(6月~11月)のみ。
「12月度一遍会ニュース」のトピックスは「「等妙寺旧境内国史跡指定10周年記念シンポジウム 中世等妙寺の具体像に迫る」。伊予国の中世仏教の展開について世論に呼び掛けたいと思う。
70年前、拙宅に寄留していた県教委のU先生の長男が大阪を整理して帰郷したので挨拶に来られた。3歳以上離れているので、御幸中学、松山東高校の後輩にあたるが面識はない。
なんとなく馬が合いそうである。それにしても親しく話ができるということは素晴らしい「老人力」と云えよう。いやはや。
夜、青山淳平著『明治の空 至誠の人 新田長次郎』読了。
12月3日(月)
終日雨模様。
一遍会2月度例会会場予約(道後公民館)。「一遍会12月度ニュース」をインターネットで流す。『一遍会報』406号割付再検討。年賀状(案)執筆などなど。
【年賀状(案)】
謹んで新年をお慶び申し上げます
今春、妻の三回忌法要を迎えます。独居生活が出来るのかとご心配していただき、またご支援も賜りましたが、なんとか平常心で「日日是好日」として過ごしておりますのでご休心ください。ご厚誼に感謝いたしております。
干支は亥年、七度目の「年男」を迎えました。「人生百年」の時流ではまだ「初年兵」ですが、予定された人生を全うしたいと願っております。
一遍会、松山子規会、伊予史談会をメインに、相変わらず郷土史を中心に学び、発表し、執筆活動を続けております。縁あって今年は東雲女子大、東雲短大で、孫娘の世代との授業が持てますのでわくわくしております。又「伊予三好会」は息子の世代にバトンタッチしたいと考えております。
身体、特に足は弱くなりましたが、なんとか「一日1万歩」に挑戦中で、歯は「80才22本」を保持しております。上京・上洛は年1~2回といったところですが、ご無沙汰を重ね申し訳ありません。
四国遍路などで道後温泉にお立ち寄りの節はご一報ください。ご家族皆々様のご多幸とご健勝を心からお祈り申し上げます。
平成31年己亥 元旦
〒790-0843 松山市道後町2-11-3
三 好 恭 治
12月2日(日)
朝一番に洗濯、リビングの掃除とコタツを設置。「冬籠もり」の環境駕できた。やれやれ。
月初業務の集中作業。明日道後公民館で2月度例会会場の予約が出来れば一安心である。
「HP一遍会」の12月度改定作業。
「子規博12月度子規さん俳句」鑑賞エッセイ執筆。
「一遍会12月度例会案内」メール連絡。
NHK大河「西郷どん」を見て「椿の湯」。室温17度のセットして安眠す。
【→一遍会】
一遍会の皆さん お寒くなりました。東北地方にお住まいの会員の方は初雪を体験されたことと思います。南国伊予も結構寒く、朝夕震え上がっています。
12月の例会は12月8日(土)・・・ラジオで真珠湾攻撃の放送を聞かれたかたも多数いらっしゃることかと思います。
昨日(12月1日)田中弘道理事の車に同乗して土佐・伊予の国境に当たる鬼北町に出かけ「等妙寺旧境内国史跡指定10周年記念シンポジウム 中世等妙寺の具体像に迫る」を聴講しました。今秋の河川の大氾濫の傷跡も深く3時間かかりました。
ご報告したい内容も多いのですが下記2点のみ記します。
1)叡山学院教授の寺井良宣師の「天台の戒律復興と等妙寺―円頓戒思想による戒律と修行」について宗門の権威から貴重な資料を入手でき、今後研究を進めて行きたい。
①黒谷流戒律復興は叡空、法然(源空)の「浄土宗」から始ったこと。
②旧等妙寺は比叡山に匹敵する修行地として開創されたこと。この地に法勝寺流「戒場」(戒壇)が設けられたこと。
2)伊予等妙寺に関して一遍会例会で石野弥榮氏が講演されていること。掲載論文内容は「伊予等妙寺の縁起と説話」(『一遍会報』第340号 2011年1月)。
12月例会へのご参加をお願いします。あわせて、正月例会のお申し込みをお願いします。例会欠席の方は、「メール」または「ファックス」で出・欠席の連絡をお願いします。
【→俳友】
子規記念博物館(館長 竹田美喜氏)選句の子規さんの平成30年12月の句は「漱石が来て虚子が来て大三十日
子規」です。
季語は「大三十日」(冬)です。『子規全集』第二巻 俳句二「寒山落木」巻四 352頁(明治二十八年 冬)と『子規全集』第二十一巻 草稿 ノート「病余漫吟」108頁(明治二十八年 冬)に掲載されています。
句作の過程を眺めると子規の漱石に寄せる思いが伝わってくる。
「漱石が来て虚子が来て大三十日」が決定する前の句は「虚子が来て漱石が来て大三十日」とある。虚子・漱石の訪問の順では勿論ない。虚子とのこの時期の関係は微妙なものがあった。
松山の「愚陀仏庵」での五十二日間の子規・漱石の共同生活後、子規は帰京するが、年末に漱石は将来の妻となく「中根鏡子」との見合いもあり、根岸の子規庵を訪ねて来る事になった。
子規の抑えきれないほどの喜びが、前書き「漱石来るべき約あり」として「梅活けて君待つ庵の大三十日 子規」と読んでいる。まるで恋人を待つ乙女の恋歌のようだ。
一方虚子については、同月初めに道灌山で子規から後継者に指名されたが後継者にはなれない旨をきっぱりと子規に伝え申し出を断る。その虚子が、漱石の訪問の日に会わせた様に訪ねてくる。
病臥の子規にとって、子規の家族(母、妹)にとっても、迎春に相応しい大晦日となった。まるで映画の、いや活動写真のハッピーエンドのシーンでもある。この三人は、なに語り合ったのだろうか。あえて俳句論議は避けて、女性論、結婚観を述べ合ったのだろうか。
背景が分かればこの俳句のよさも理解出来ようが、独立句としては「漱石が来て虚子が来て○○○○○」は佳句には程遠い。○○○○○には何でも入れられる、座りの悪い一句でもある。
「医師が来て葬儀屋が来て大三十日」にならぬように、独居老人は日日を自重して過ごす必要もあろう。いやはや。
子規さんにあやかって一句
「兄が来て弟が来て除夜の鐘 子規もどき」
12月1日(土)
高知件との県境に接する南予の鬼北町近永に田中さんの車に同乗して朝7時半に出発。肱川の大氾濫の影響で一部道路が閉鎖されており、予定より小一時間送れて10時半に近永公民館に到着する。
「等妙寺旧境内国史跡指定10周年記念シンポジウム 中世等妙寺の具体像に迫る」参加の為駆けつけたのだが、松山からの参加者は我ら2名のみらしい。ショック!!!
基調報告 奈良山等妙寺の調査研究における現状と課題 幡上敬一(鬼北町教委)
報告① 等妙寺旧境内の発掘調査成果について 織田誠司(鬼北町教委)
報告② 等妙寺旧境内の構築された石積みについて 高瀬哲郎(石垣技術研究機構代表)
講 演 天台の戒律復興と等妙寺―円頓戒思想による戒律と修行 寺井良宣(叡山学院教授)
記念講演 近年の文化財政策と現代の地域社会 坂井秀弥(奈良大学文学部文化財学科教授)
報告③ 歯石と植生景観と史跡の利活用 江崎次夫(愛媛大学名誉教授)
報告④ 史跡整備と利活用 秋山邦雄(歴史環境計画研究所所長)
シンポジウム コ―ディネーター 下條信行
(愛媛大学名誉教授)
叡山学院の寺井教授の「天台の戒律復興と等妙寺―円頓戒思想による戒律と修行」は最大の関心をもって学習した。「天台の戒律」について宗門の権威から貴重な資料を入手でき、今後研究を進めて行きたい。
「旧等妙寺は比叡山に匹敵する修行地として開創された」なる一文は実に重々しい。
昼食は公民館近くの「道の駅」で「キジ(雉)カレーライス」を初めて食べる。美味ではなかった。
午後17時前に会場を後にして、帰途は「松山道」を利用し20時前に帰宅する。途中「伊予灘SA」で珈琲ブレイク。 |
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