平成24年7月 「雷をさそふ昼寝の鼾哉 子規」 |
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子規記念博物館(名誉館長 天野祐吉氏)選句の子規さん7月の句は「雷をさそふ昼寝の鼾哉 子規」です。明治31年(1898)の作品で、季語は「雷」「昼寝」(夏)です。『子規全集』第三巻「俳句稿 明治三十一年夏」(157頁)と第十五巻「俳句会稿 明治三十一年(648頁)に掲載されています。
新聞「日本」の明治32年8月4日付にも掲載されています。 |
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俳句会(運座)の日付は不明ですが、墨水、一五坊、左衛門、宏策、白浜、子規、碧梧桐の7名です。第1回運座では「蚊」、第2回は「雑」、第3回は「昼寝」でした。子規のこの句には残念ながら点が入りませんでした。 |
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自分の鼾に驚いて跳び起きたという猛者の話をよく聞きますが、突然の雷鳴を誘うほどの大きな鼾をかいて昼寝している人を詠んだ滑稽句です。平凡な、平易な句でしょうか。雷、昼寝と季重ねですが、子規さんだけに、気にしない気にしないで鑑賞したいものです。 |
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ところで鼾の主は誰かと詮索したくなります。ひと夏を漱石と共に過ごした愚陀仏庵時代の思い出があるのかもしれません。 |
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明治23年に帰省中の子規さんが東京の漱石に「当地のあつさハ実ニきびしく昼間ハ読書どころのさわぎでハない、小生ハただ午睡と読経とに日をくらしをり候。消夏の良方ハ実ニこの二者に出でずと信じ候。君は昼寝の隊長故その味ハ先刻御承知ならん。」(7月15日付)と書き送っている。 |
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漱石の返信では「午睡の利益今知るとは愚か愚か 小生などは朝一度昼過一度、二十四時間中都合三度の睡眠也。昼寝して夢に美人に邂逅したる時の興味などは言語につくされたものにあらず。昼寝もこの境に達背ざればその極点に至らず。貴殿己に昼寝の堂に?る。よろしく、その室に入るの工夫を用ゆべし」(7月20日付)と書き送っている。 |
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二人ともに昼寝の天才だったようだが、子規さんが漱石を「昼寝の隊長」と奉っているので、昼寝では漱石の方が一枚上手であったらしい。もしかしたら、ふたりともに昼寝の鼾は雷を誘うほどのすごい鼾だったとすると、愚陀仏庵の昼下がりは鼾の競演であったかもしれない。いやはや。 |
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この運座での子規さんの句をご紹介します。 |
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筆を手に夏書の人の昼寝哉 |
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昼寝する人も見えけり須磨の里 |
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雷をさそふ昼寝の鼾哉 |
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酒臭き車夫の昼ねや蝿の中 |
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昼寝さめて湖畔の森に遊ひけり |
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茶屋女蘆生のひるね起しけり |
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寺しんと昼寝の鼾きこえけり |
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竹娑婆と昼寝の床を動きけり |
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昼寝さめて腕さするや畳の目 |
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地震して昼寝覚めたり蒸暑き |
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そこで子規さんにあやかって一句
「犬と吾昼寝の鼾凄まじき 子規もどき」 道後関所番 |
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平成24年8月 「忍ぶれど夏痩にけり我恋は 子規」 |
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子規記念博物館(名誉館長 天野祐吉氏)選句の子規さん8月の句は「忍ぶれど夏痩にけり我恋は 子規」です。明治29年(1897)の作品で、季語は「夏痩」(夏)です。『子規全集』第二巻「寒山落木 巻五 明治二十九年夏」(468頁)と「早稲田文学」明治二十九年三月十五日「恋」十二・6に掲載されています。
「早稲田文学」には目を通していません。 |
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「拾遺和歌集」の平兼盛の和歌「忍ぶれど色は出にけれわが恋は 物や思ふと人のとふまで」を本歌としていることは明白です。この句は、高校時代に口ずさんだ方も多いのではないかなと愚考しています。 |
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NHK大河ドラマ「平清盛」が放映中ですが、兼盛は清盛とは直接の関係はありません。生年は不明ですが没年は
正暦元年(991年)です。父は光孝天皇の曾孫にあたる大宰大弐・篤行王で、兼盛は臣籍臣籍降下前は兼盛王と名乗り官位は従五位上・駿河守でした。清盛は平安末期の武士で生誕は、元永元年(1118年)、没年は治承5年(1181年)、享年64歳でした。 |
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兼盛は三十六歌仙の一人で、この歌(忍ぶれど色は出にけれわが恋は・・・)は、「天徳内裏歌合」における壬生忠見との対決の歌で、百人一首にもとられています。兼盛が妻と離婚した際、妻は既に妊娠しており赤染時用と再婚した後に娘を出産しましたが、その娘が女流歌人として著名な赤染衛門です。
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閑話休題。 |
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兼盛の歌には、苦しい恋に耐えても人から問われると表面に出てきてしまうという切ない忍ぶ恋が?にじみ出ています。一方、子規さんの句は、苦しい恋を耐えているうちに、ついに夏痩してしまったと滑稽句に仕立てています。
子規さんとて男ですから、二十九歳ともなれば、恋のひとつやふたつは経験していますし、吉原にも遊びに行っていますから、男の照れ隠しの句ではなさそうです。 |
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明治二十九年に作った夏痩の句は五句です。 |
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「忍ぶれど夏痩にけり我恋は」 |
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「夏痩や風吹き入るゝ老の膝」 |
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「 仏国にて写されたる叔父君の写真を見るにいたく肥え給ひければ
ふらんすに夏痩なんどなかるべし」 |
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「 女の写真に
夏痩やつゝみかねたる指の尖」 |
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「 死恋
夏痩の思ひつめたる命かな」 |
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老生は子規さんが迫り来る死を予感した「死恋」の句に惹かれます。 |
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そこで子規さんにあやかって一句
「忍ぶれど夏痩にけり友見舞ふ 子規もどき」 |
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