平成16年4月 「人を見ん桜は酒の肴なり  子規」平成16年4月 「人を見ん桜は酒の肴なり  子規」
子規記念博物館(名誉館長 天野祐吉氏)選句の平成16年4月の子規さんの句は「人を見ん桜は酒の肴なり  子規」です。明治29年3月の作品で、季語は桜(春)です。『子規全集』A巻「寒山落木 巻五 明治二十九年 春」(438頁)とN「俳句会稿 明治二十九年」(432頁)に掲載されています。
明治29年3月10日に子規が庵主で牛伴、馬風、紅緑、酒竹の五名の運座(表題「不期会」)が開かれました。この句は残念ながら無票でした。天位を獲得した子規さんの句は次の二句でした。
「三尺の幅とこそ見れ天の川   子規」
「陣笠に雫散る也山桜      子規」
明治29年3月の根岸の子規庵での句会は6回も開かれました。
 2日(月)(表題「偶然」)    紅緑、鳴雪、碧梧桐、子規
 8日(日)(表題「又来たり」)  紅緑、杷栗、墨水、瓢亭、子規
 9日(月)(表題「只三人」)   紅緑、碧梧桐、子規
10日(火)(表題「不期会」)   牛伴、馬風、紅緑、酒竹、子規
13日(金)(表題「三人上戸」) 牛伴、紅緑、子規
16日(月) 句会         鳴雪、碧梧桐、紅緑、子規
那須の宗匠のお好きな句である「いくたびも雪の深さを尋ねけり   子規」は、3月12日午後2時には12センチの積雪があり、病床の子規さんが家人に「雪の深さ」を尋ねたことになっていますが、句会のスケジュールからみると子規さんは意気軒昂として俳句をつくっていると思うのですが・・・いやはや。
ところで、この句からは花見の宴を連想します。ふるさと松山なのか、東京の上野の丘か飛鳥山かそれとも・・・・・   場所を特定することはありますまい。日本人にとって桜は万葉の時代から「花の代名詞」であり、花の宴の光景は昔も今も変わることありますまい。
平成23年の花の季節は晴天に恵まれ、行く所はどこも、昼夕を問わず、桜も人も満開・満員で、四国松山では東日本大地震の影響がなかったような宴が続きました。東日本の皆さん、申し訳ありませんでした。
子規さんにしては、ありふれた句なのかなの感じました。いかがでしょうか。
そこで子規さんにあやかって一句
「酒あれば桜を見ずに人を見ん  子規もどき」 
お断わり
「今月の子規さん俳句」について、各地からご照会いただき有難うございました。事情が分からなかったので、子規記念博物館を訪問して関係者にも尋ねましたが要領を得ない回答しかいただけませんでした。確実なことは、当分の間は懸垂幕に「今月の子規さん俳句」を掲示することはないということでした。
老生の「子規博俳句エッセイ」は、平成17年1月から執筆しましたが、子規博俳句は平成15年1月から始まっています。そんなこんなで、この間は未紹介の「子規さん俳句」(平成15年〜平成16年)の句をご披露させていただきます。ご了承とご理解をお願い申し上げます。 道後関所番
平成16年5月「心よき青葉の風や旅姿  子規
子規記念博物館(名誉館長 天野祐吉氏)選句の平成16年5月の子規さんの句は「心よき青葉の風や旅姿  子規」です。明治28年の作品で、季語は青葉(夏)です。『子規全集』A巻「寒山落木 巻四 明治二十八年 夏」(249頁)と(21)巻「病後漫吟 明治二十八年」(72頁)に掲載されています。
「病後漫吟」は、明治28年3月から12月末までの俳句草稿です。具体的には、日清戦争の従軍記者として清国に渡り、帰国途中に喀血、須磨病院で入院後、郷里松山に帰省の上療養、愚陀仏庵での漱石との同居、漸次回復し帰京という、まさに「疾風怒濤」の、且つ又「生死の境をさまよった」子規さんの人生を暗示するような数ヶ月の期間に対応しています。
旅姿といえば、明治24年子規さんが脳病に罹り、菅笠、蓑、脚絆姿で房総地方に行脚に出掛ける写真を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。もっとも出立が3月25日ですから「青葉の風」には早過ぎますなあ。いやはや。「心よき青葉の風や」の上・中句を借用すれば、下の句は何をつけても、句会では票が入るのではないかと思うのですが、明治28年夏にこだわると、喀血して生死の境をさまよい、須磨病院で静養中に生まれた句ではあるまいか。
病室の窓を通して、須磨山や須磨寺から流れてくる青葉の風、南には瀬戸内海が広がり遠く石鎚が、松山のご城下が目に浮かんでくる。途切れ途切れ聞こえてくる笛の音は、須磨の浦で源氏の武将斉藤直実に討ち取られた平敦盛の残せし笛の音か・・・
「一の谷の 軍破れ  討たれし平家の 公達あはれ
暁寒き 須磨の嵐に   聞えしは これか 青葉の笛
 (『青葉の笛』 大和田建樹 作詞 宇和島出身)」
松山に帰りたい、先に行っている金之助君に会いたい、青葉の中にそそり立つ金亀城を仰ぎたい・・・心は、すでに旅姿である。
切々とした気持ちで、今月の子規さんの句を観賞しました。皆さんには、ゆったりした気分で青葉の句をご観賞ください。
そこで子規さんにあやかって一句

「ここちよき青葉の風や愚陀仏庵    子規もどき」