平成21年7月度例会講話
病気を考える
小沼 大八
新型インフルエンザが世界的に流行している。こうしたパンデミックをわれわれはどう受けとめたらよいのか。そうしたことを含めて、今回は人間の病気について哲学してみよう。

1、人間の生物学的特長

・生物分類学によれば、人間は脊椎動物門・哺乳動物綱・霊長目・ヒト科に所属する。

・ヒト科動物の誕生。それは二本足で直立歩行する、二足動物の出現を意味した。

 二足動物の歩み・・・猿人→原人→旧人→新人〈現生人類=ホモ・サピエンス)。

 二足動物の誕生には、からだ全体の大改造が必要であった。

・内蔵を脊骨にぶらさがった状態から、背骨に沿って積み重ねた状態に改造。

・頭骨と背骨がつながる穴を頭骨の後端から下部にもってゆく改造。(四つ足状態では頭骨の後端に穴があり、そこで脳髄が脊髄につながっている。直立するとそれでは顔面が上を向くから、額面を前にもってゆくには、頭骨の後端にある穴を下部に移動させる必要がある.それには頭骨の内部の変更が伴う。

・関節への負担の増大。腰痛・関節痛は人間宿痾の病いである。

2、現生人類(ホモ・サピエンス)の特長

・現生人類はいまから二五〜二〇万年前、北アフリカで誕生した。約五万年前から大移動を開始(出アフリカ)、世界中に分布するに至った。

・現生人類がもつ最大の特長・・・言語運用能力と本能退化の出来事。

・言語運用能力(FOXP2というDNA)の獲得.それは現生人類に社会性と内面性をもたらした。

・本能は自然環境に対する先天的な適応能力である。してみれは、本能退化の出来事は人間を自然環境にもっとも不適応な動物に仕立て上げたのである。その結果、人間は絶えず自然環境に改変の手を加えて、それを自分が適応できる文化的環境に仕立て直さねばならぬという課題を背負うことになった。だから人間は本質的に文化的動物である。すべての動物は本能に従って生きてゆく。けれども人間は文化なしに、一瞬も生きてゆくことができない。

3、人間の病気を考える

・F・ニーチェは語った・・・「文化は病気である」。「人間は病める動物である」

・自然界にはさまざまな病原菌が存在する。そして人間も他の動物同様、それらの病原菌に冒されて病む(Disease)。さらに人間は文化自体が原因である病気(Illness〉にも罹患する。してみれば人間はDiseaseとIllnessという二つの病気を背負う動物なのだ。

・自然はDiseaseに病む動物に対して二つの態度を取る。癒すか。淘汰するか。そのようにして自然はDiseaseを処置する。だから自然界では、死もまた自然の一部なのだ。けれども文化自体が病因であるIllnessには自然の治癒力が届かない。自然の淘汰力が働かない。だから治りにくい。死ににくい。病苦はここにおいて極まるといえよう。

4、残された課題

・さてわたしはいま、病気は自然のなかに原因がある病気(Disease)と文化のなかに原因がある病気(Illness)に分類できることを論じた。問題はこの先である。われわれはいまや、自然環境を未曾有の規模で文化的環境に改変することに成功した時代を生きているのだ。当然ながらそれに呼応して、文化的病い(Illness)がつぎつぎにわれわれの心身に押し寄せてくる。そしてその波はついに、人間精神のもっとも深い活動である宗教の領域にまで押し寄せているのではないか。現代は宗教すらIllnessに病んでいる時代ではないのか。最近の世俗化した宗教界の現状をみるにつけ、つくづくそう思う。けれども今回はそこまで論ずるに至らなかった。次回の課題としよう。