講話 「能山踊り」と時衆 要旨 |
|
南宇和郡愛南町久良に、愛媛県指定無形民俗文化財の「能山踊り」がある。天正十二年(一五八四)長宗我部元親に破れて、この地に落ち延びた御荘の豪族勧修寺権大夫基賢を慰霊する芸能である。毎年八月一日に始まり、八月十四日に終わる。「能山踊り」の名は、基賢の法名「顕徳院殿能山祐賢大居士」にちなむものである。場所は、能山公を祭る古木庵前で、円輪になった着流し姿の男子が、扇をもち、太鼓にあわせて、裸足で踊る。扇の所作が、能に似ているので、以前から注目されていた。 |
踊りは「ろくじゆう踊り」「梅の踊り」「恵美須踊り」「網引踊り」「四節踊り」「駿河踊り」「まり踊り」「買物船踊り」の八庭ある。昔は十二庭、もっと以前には四八庭あったとも伝えられている。「ろくじゆう踊り」のほかは、中世から近世初期以前の歌謡にあわせた踊りである。「能山踊り」が、近世初期以前の歌謡によっているという理由は、近世に都会で発生し流行した義太夫、長唄などにみられる「都節音階」を、含まないからである。 |
十四日には、古木庵での踊りに先立ち、海岸で海難者を供養して「ろくじゆう踊り」ほか二庭が踊られる。「ろくじゆう踊り」の歌詞を見ると、他の踊りと違って、阿弥陀信仰が色濃く感じられる。 |
南無阿弥陀 仏の御名を 称うれば これも極楽 浄土なりけり |
二つなき この世は仮の 宿なれば 只一すじに 願いの身の世 |
みな人が 法をたのみて 極楽へ まゐる姿は みな仏なる |
と和讃が歌われる。それぞれの歌詞の前後に、「南無阿弥陀」が二度繰り返される。 |
これらの和讃は、一遍の和歌 |
南無阿弥陀 仏の御名の いづる息 いらば蓮の 身とぞなるべき |
ひとりただ ほとけの御名や たどるらん をのをのかへる 法の場の人 |
阿弥陀仏は まよひ悟りの 道たへて ただ名にかなふ いき仏なり |
などに通っており、時衆芸能集団の踊り念仏の歌と見ることはできないであろうか。また「ろくじゆう」の名も、「南無阿弥陀仏」の「六字」の転訛と言われているが、あるいは「時衆」の古い呼び方である「六時衆」の転訛とも考えられる。旋律も、主として律音階(一部呂音階)によっており近世以前のものである。 |
このことは、扇の所作が、能と似ているということとも、合わせて考えなければならない。喜多流能楽職分、重要無形文化財総合指定の金子匡一師に「能山踊り」のビデオを見ていただいたところ、「『能』成立以前の舞いの所作を残していると思われる」との所見をいただいた。能の大成者世阿(世阿弥)の名が、阿弥号であることからも分かるように、時衆の中から生じた阿弥衆、同朋衆と言われたプロ集団から、能が発生したことを考えると、注目しなければならないことがらである。 |
金井清光氏は『時衆文芸研究』(風間書房)のなかで、次のように述べておられる。 |
一遍が説教にしばしば和歌を用いているのは、神託が和歌によって示される事実と結びつく。すなわち一遍は仏教の阿弥陀仏であると同時に、原始神道の神でもあった。神仏兼修の時宗教団は、修験道に酷似し、遊行聖と山伏とは親戚関係にある。世阿・世阿弥陀仏という名前は、人間であると同時に即身成仏して神仏になっていることを示す時衆の法名であり、それが猿楽能を演ずる芸能者として不可欠の資格であった(二七九ページ)。わ
が国古来の宗教観念にもとづく神祇崇拝や御霊信仰や融通念仏や踊り念仏などを行っていた念仏者の総体が、中世における時衆の実体なのである(二八〇ページ)。以上の金井氏の視点から、「能山踊り」を見てみると、 |
@「ろくじゆう踊り」の歌詞が、時衆の和讃とみられる。 |
A踊りの所作が、「能」成立以前の芸体を残している。 |
B悲劇の領主能山公を弔うという御霊信仰の要素がある。 |
C近くに篠山という修験道の霊場がある。 |
などの特色の重要さが注目されてくる。「能山踊り」の芸態は、戦国時代より古いと思われる。当地には戦国時代以前に、中世時衆教団の芸能が存在し、それが後に、今日の能山公慰霊の芸能に、まとまっていったと考えられる。 |
|
【補足】一遍会六月度例会では「能山踊りと久良」のテーマで今村威当会理事と中岡修也氏(当会会員・元南宇和郡文化財審議会連絡協議会会長)の共同発表の予定であった。同氏には体調不良にて当日出席が不能となった。 |
当日配布された資料を列挙し、同氏の「能山踊り」保存に尽力された功績に心から謝意を表したい。 |
@ 公立学校設立願(明治八年)と能山踊り |
A 東外海村郷土史(明治四十四年) |
B 南宇和郡史(永山源雄 昭和十二年) |
C 郷土史雑稿(菅菊太郎 昭和十三年) |
D 能山さま踊り「うるわしの郷土・久良」 |
E 久良の能山踊り(調査員中岡修也)ほか |
ご指導を頂いている時宗 西蓮寺(京都市下京区西七条)の梅谷繁樹師(春秋社版『一遍上人全集』訳者)から「(前略)お便りありがとうございます。特に『踊り念仏』の資料、学問の世界でどのように扱われているか不案内ですが、楽しみに読ませてもらいます。(中略)一遍上人の戯曲を書きました。対話風にはならず独白劇です。」とのお便りを頂いた。一遍会を通して「能山踊り」を全国に発信したいものである。 |