講話 『一遍聖絵』の周辺の絵画事情』 (要旨)
|
|
(注) 本講話は貴重な画像資料を用いている。画像については、著作権問題を避けるため一切削除した。特にご養母があれば、是非一遍会会員に登録していただきたい。ご一緒に一遍に関して勉強したいと要望します。(事務局 三好) |
|
『一遍聖絵』は、各種模本がある中で、神奈川・清浄光寺本十二巻(第七巻は東京国立博物館蔵)は、原本として最も重要である。『一遍聖絵』(以下「聖絵」とする)は、一遍の高弟聖戒が、円伊に命じて制作させたもので、正安元年(1299)に完成した。これは、一遍没後十年にあたり、この絵巻が、一遍の生涯をたどる上で、重要な資料となるのは、疑いもないことであるが、それのみではなく、当時の様子を知る上での貴重な史料でもあることは、周知の事実である。寺社の伽藍の配置とか、人々の生活の様子など、第一級の史料として尊重されている。 |
絹本であることから、通常なものではなく、特別なものとして制作されたものであり、絵も書も大変に優れたものである。絵巻物の形式は、古くは奈良時代から、奈良絵と呼ばれる、『絵因果経』がある。経文の上に絵が描いてあるものが、残っている。しかし、いわゆる絵巻物が、盛んになったのは十二世紀ころからで、かな物語の発展に伴いつくられた物語絵が基になっている。 |
現存する絵巻は、全て十二世紀に入ってからのもので、主なものとしては、「源氏物語絵巻」、「信貴山縁起絵巻」、「伴大納言絵巻」などがある。物語の内容に沿った、それぞれの工夫がみられ、宮中の貴族趣味を余すところなく描いた「源氏物語絵巻」は、感覚的で、耽美的である。後者二者は、説話物語は、長大な画面に出来事の推移を連続的に描き、大変に動きのある作品に仕上がっている。【図 同伴大納言絵巻】いずれも、個人の楽しみに作られたもので、物語というフィクションを扱っているだけに、人物に重きがおかれ、主観的な趣が強い。 |
十三、四世紀になって、絵巻物は多数多種に渡って制作される。物語絵、歌合絵、社寺縁起絵、高僧伝絵なども絵巻物として現われている。「聖絵」は、高僧伝絵ではあるが、旅を多く描いているため、各地の風景が描かれていることが特徴としてあげられる。一遍と言う人物が描かれながら、寺社などの楼閣、橋、山水などが多く描かれているのである。人物については、写実的であるといことがいえよう。これは、写実的なものが、中国から伝わって来たことからの影響であると考えられている。 |
中国では、宋王朝の時代である。 仏教では、禅宗が伝わって来たが、禅宗には、師匠の肖像を描いた頂相(ちんぞう)【図 頂相 大覚大師】というものがある。頂相は、師に似せなければならなかったので、当然、写実的であることが要求されるものであり、髯の一本一本まで丁寧に描いている。一遍聖が、絵伝の中で少しずつ風貌をかえていくことや、人々の表情がよく出ているところに、その時代の風潮があらわれているように思われる。また、絵巻の最後に、一遍の墓所に肖像が祀られている様子が描いてあるのも、禅宗の高僧の肖像がたくさん作られていたこととは無縁ではないだろう。 当時、遣唐使などの積極的な外交は、なかったが、文物の交流は、貿易、仏教を通じて、途絶えることなく続いていた。「聖絵」の山水及び町中の風景には、宋の絵画の影響が指摘されている。残念ながら、宋時代の絵画は、伝来するものが数少なく、正確にこれと結びつくものはないが、例えば、『清明上河図卷』などがそれに近いものではないかといわれている。 |
『清明上河図卷』【図 清明上河図卷2葉)は十一世紀末から十二世紀初め頃に描かれた図巻で、北宋の首都抃京(今の開封)の清明節(春分後の十五日目)の情景を描いたもので、宮廷画家張択端が描いたとされるが、定かではない。一本の河に沿って、町の楼閣や、橋、船、店及び八百人を超える人々が、描かれており、その正確な描写力と、美しさで、世界の人々を唸らせている作品である。西洋とは異なった遠近法があるといわれ、多定点からの遠近の表現、空気遠近法に近いものが見られる。 |
これと同じものが伝わったわけではないが、類似したものが伝わったことは、十分に考えられる。例えば、巻七の空也上人遺跡市場 の念仏踊りの場面【図 「聖絵」巻七 念仏踊り】などの群衆の遠近法などは、俯瞰的部分と、正面から見た部分が混在しているし、卷七の五条の橋の場面【図 「聖絵」巻七 五条の橋 )などは霧の効果で、空気遠近法に近いものがある。また、山水を描いた場面では、宋の山水画の影響が指摘されている。例えば、巻二の岩屋寺の場面である。【図 「聖絵」巻二 岩屋寺】 富士山が描かれたのもたいへん珍しいことで、最も古い富士山の絵である。【図 「聖絵」巻六 富士山】巻六の鰺坂入道の入水の場面では、空気遠近法を用いたような三次元的な広がりがあり、同時代の山水を描いたものの中では、優れて美しいと言うべきであろう。 |
以上、簡単に、「聖絵」を取り巻く絵画事情をみてきたが、この他にも、仏画との接点もあり、まだまだ、いわなくてはならないことがあるが、今回は、ここまでとしたい。 |