11月度第417回例会
講師 小沼 大八
講演記録】 人類の教師たち
一、ひとぴとにその生きる指針を提起する.それが思想の果たすもっとも重要な役割かもしれない。だから偉大な思想はひとを動かし、時には時代を動かし、そしてひとつの精神世界を形成する原動力にもなる。

 四聖という言葉がある。釈尊・キリスト・孔子・ソクラテス、この4人の人物を指していう。いずれもわれわれが生きる指針とすべき大きな思想の生みの親である。それゆえ和辻哲郎はこの4人を名付けて、「人類の教師」と呼んだ。しからばこの4人に共通するものはなにか。考えてみよう。

二、この4人に共通するもの

@この4人はそれぞれに謎が多い。多様な伝説や伝承に彩られているが.その割にかれらの研究に欠かせぬ第一級の史料に乏しい。いうまでもなく本人が書き残したもの、これに勝る第一級の史料はないのだ。

Aこの4人は自分の思想を全霊を傾けて語った。そして語ることには聴くことが対応する。いってみればかれらは、語るー聴くのルートを通して自分の思想を伝えたのである。けれども語られた言葉はたちまち消えてしまう。かれらに第一級の史料が乏しいゆえんである.

 それではかれらが語った言葉はなにも残さなかったか。語ることによってのみ残るものがひとつある。弟子の存在がそれである。かれらはなにも書かなかったから、自分で自分の史料を残すことはなかった。けれどもそれに代わって、かれらは第一級の弟子を残した。釈尊の十大弟子、キリストの十二使徒、孔子の十哲、ソクラテスのプラトン。

B思想伝達の二つの道

・書くー読む・・・文字が媒介(出合いが間接的)・・・目を通路とする。

・語るー聴く・・・言葉が媒介〈出合い   が直接的・・・耳を通路とする。

・耳(聴くこと)の働き

 耳は五官のなかでもっとも鈍感な器官である。だからといって耳を馬鹿にしてはなるまい。子弟の出合いのような真の出合いは、耳を通路とする語るー聞くの関係においてもっともよく成り立つのだ。

Cだから残された弟子たちは、師の思想をどうしたら後世に伝えることができるかに苦慮した。師はひたすら語ったひとである。安易にそれを文字にすることは許されない。さりとて書き残さなけれは、口伝が絶えて消滅する恐れがある。かれらの生きた時代はけっして平穏ではなかったのだ。

D書くべきではない。さりとて書き残さなければ消滅する恐れがある。この二律背反はどうしたら解消できるのか。話言葉で書くこと。これがかれら弟子たちが達した究極の智慧だったのである。だから釈尊の説法を録した仏典の数々。イエスの言行を記した福音書。孔子の言葉を集めた「論語」。そしてプラトンの対話篇。いずれも師と弟子の問答という形式で綴られ、その主文は話し言葉で書かれている。