3月度第409回例会
 
  講 師 小沼 大八 氏 (一遍会代表 愛媛大学名誉教授) 
  講 話 日本文化の基層 
一、中江兆民(一八四七〜一九〇一).
  一九〇一年四月、五十五才、喉頭癌、余命一年半の宣告を受ける。六月初め「一年半」執筆開始。八月三日脱稿、九月二日刊行。大評判となり九月二十九日までに二十三版、二十余万部を売り尽くす。「続一年有半」は九月十二日から執筆、一〇日間で脱稿、十月十五日発行。発行から一カ月で十二版、二万七部を売る。十二月十三日死去。
二、「わが日本古より今に至るまで哲学し」という。「一年有半」における中江兆民の指摘は、〈わが日本に哲学ありやなしや〉の論争を巻きおこした。
三、古代ギリシャにおいて哲学が誕生した時、同時に論理学が誕生した。爾来、哲学と論理学は常に相即関係にあるといえよう。
四、論理学は対象認識のための思考の法則・真偽の基準を明らかにする学である。だからアリストテレスは論理学を学の学・第一の学と名付けた。
五、日本文化史にみられる論理学の自覚の欠如→日本文化にみられる草化現象。
六、日本語にみられる非論理性。
七、なぜ日本人はかくも論理を厭い、論理を骨抜きにするのか。
八、日本列島の地理的・風土的条件はわが日本を比類なき血縁社会に仕立てた。
 1) 日本は島国であり、日本列島を囲む海はあまりに荒い荒海である。
 2) 日本の風土はモンスーン的であり、これほど水田稲作農業に適した風土はない.
 3) われらが祖先はこの島国に土着し、代々水田稲作農業を営んだ。そのことは日本人を典型的な農耕民族に仕立て上げ、比類なき血縁社会を実現することになった。
九、水田稲作農業
 1) アッサム・雲南の照葉樹林帯が稲作の起源地である。
 2) 水田稲作農業は縄文晩期、北部九州に突如現われた。金属器の使用を伴う先端生産技術として、それは大陸から持ち込まれ
た〈長身・高顔の弥生人の出現)。
 3) 稲の長所・・・@味が良い。A大粒で籾殻が取れやすく脱穀しやすい。B水田栽培のため、無肥料で連作が可能。C収穫が安定し収量が高い。
 4) 北部九州に始まった水稲栽培は超スピードで西日本一帯に拡大。百年も経ぬうちに伊勢湾近くまで東上。弥生中期(紀元前後)には関東・東北地方にまで達した。
十、モンスーン的風土の特色
 1) 湿潤、雨が多い。
 2) 春〜夏が雨期。
 3) 夏の極暑。
 4) 秋〜冬が乾期。
十一、水田稲作農業は水田の造成、灌漑、水利等に共同労働を必要とする。水田稲作→水利・潅概→共同労働→共同体→水利・血縁社会。
十二、血縁社会では人間関係を壊さぬ配慮がなによりも求められる。ところで論理の世界は普遍妥当的な公理をすべてに優先させるから、いちばん人間関係を壊しやすい。日本の伝統社会が論理に拒否反応を示したゆえんである。
  特別行事 
  第768回  一遍生誕会法要
開式の辞 理 事 宇和 宣
法   要 導 師 長岡 隆祥師 宝厳寺御住持
長岡 義尚師 願成寺御住持
献句披露 理 事 今村 威
鶯の朝より来鳴く生誕会 太吾
生誕会南無阿弥陀仏桃の花 克之
ももの芽の今ほぐれんと生誕会 綾子
生誕会大地ゆさぶり蕗の薹 あや子
伊佐爾波の丘のおぼろや生誕会 一子
生誕会今年花々咲き揃ふ 宏子
春光あまねく一遍像影やわらか 良子
一遍の南無六文字や山笑ふ 悦子
桜舞ふ湯築城址や生誕会 弘子
黄沙降る一遍生まれし温泉の街に 好美
(注)「生誕会」を春の季語とする。
献 吟詠 理 事 松本 松吉
吟道明教館関係者《伴奏尺八 桐間 龍芳)
吟者 返脚 玉鳳 十一不二頌
吟者 武田 峰松 六十万人頌
吟者 仁尾 錦洲 市屋道場御化益の頃詠じ給ひける御歌
朗詠 松本 松陽 別願和讃
献 歌唱 会 友 阿部 春子
揺り籠の歌 北原白秋作詞
叱られて 清水かつら作詞
竹田の子守唄
献詩朗読 理 事 太田 美智子 「捨聖」(別欄に掲載)
焼   香 関係者
宝厳寺檀信徒代表 島崎雄三 様
一遍会代表 小沼 大八
遠隔地参列代表 山川 浩一郎 梅錦山川且ミ長
閉式の辞 理 事 宇和 宣
(別掲) 捨  聖 太田 美智子
                   
伊予に生まれし
武人(いくさびと)の子は
なぜ
厳つき益荒男に
武士(もののふ)の
誇りと意地をすてさせたものは
なに
果てし無き戦い
月の光の刃
溢れ出づるとめど無き血潮
それを眺める
慈悲の涙なのか
薄く響く鐘の音
巌に張り付く
一片の花びらに見てしまった
人のこころの澱みを
人々の見果てぬ夢を
留めることのない
時の移り変わりを
願わくば人のみにあらず
全ての命のつながりをと
足の血のにじみをそのままに
脆きものを
ひとつひとつ 手に包み込む
確かに
あなたは知っていた
時の流れと
そして
時の果て行く先を
県外からは東京在住の小島裕康さんが参加された。ご遠路ご苦労様でした。
第18回  松壽丸湯浴み式   (一遍幼名)
司会 理 事 三好 恭治
読経 導 師 長岡 隆祥師 宝厳寺御住持
長岡 義尚師 願成寺御住持
湯浴み式 参列者一同 50名