2002年 「今日の風」




  文旦を添へて句集の返さるる

   やはらかに光あつめてふきのたう

 冴返り大観覧車点灯す

   藍染めの襷きりりと春淡し



   トラクタの耕す一直線の春

   アルバムにとびきりの笑顔卒業す

   春塵や天安門を覆ひけり

   薬屋に貰ふ六角紙風船

   春寒し子の抜け殻のパジャマ干す

    囀りやミートソースが美味く煮え



   単線の列車桜を抜けて来る

   間口狭き味噌屋繁盛桜咲く
  
 単線の駅舎燕の巣を抱へ





























鯉幟おろして今日の風たたむ 



灯を消して籠の蛍を放ちけり

青簾ゆれて観光バス停まる

   ワイシャツの皺確かめて夏を着る

   花合歓や赤き自転車ぽっつんと

   短夜や救命センターあかあかと

   霊峰の水まろやかに雲の峰  


少年の手足長くて青林檎

 音立てて雨粒太く青田にも

   丸刈りのつむじ一気に麦茶干す

   浴衣帯きゅつと締め上げ下駄の音

   向日葵の声が上から落ちてくる

  丸ごとの元気貰ひてトマト食む

  四隅まで風鈴の音の届く朝


  遠雷や甘味一匙足す珈琲

   カーテンのゆらりともせぬ大暑かな








真砂女閉ぢ信子を開く夜の秋


   夕凪や路地に魚干す漁師町

   引き出しに貝殻しまひ夏終る

   墓までの道さやさやと稲の花

   ひたすらに沖まっすぐな終戦日



   野仏に握り飯具す野分晴れ

   片手には余る重さや新豆腐

   観覧車四方八方いわし雲

   太りゆく芋虫憎し畑黒し

   単線の豊かなる風稲実る


   爽涼や息の揃ひしカヌー行く

   訪れし客は猫のみ獺祭忌


   故郷は山また山の青蜜柑

   じゃんけんで登る石段秋うらら

   小鳥来てシフォンケーキの軽く焼け


   悪妻と言ふほどで無し栗を剥く

   山里の水車軋みて野菊かな

   鍵穴のガチャリと回り十三夜

   朝寒や喉にからみし粉薬








  唇にオカリナゆるり小鳥来る

   土大根下げし農夫の白軍手

   大正の蒼きグラスや銀杏散る

   濃き緑しつかり冬のほうれん草



   逞しき白菜の尻をポンと打つ

   白菜の白も青きも浅漬けに


   夕焼けをささへ切れずに山眠る

   雑念を深く沈めて冬至の湯

   片思いポンと渡して冬林檎

   句集読む余白やさしき十二月

   漱石忌赤き手帳の走り書き