松山市文化協会長賞
久保中 伸雄 (松山南高等学校1年) |
| 「認め合う心」 |
心の中の平和─そう一言で言ってしまっても、一体どのようなことが心の中の平和なのか見当もつかないかもしれない。その中で僕が自分なりに考えた─心の中の平和─について僕なりの考えを書いていきたいと思う。
「心の中の平和」という言葉を聞いて最初に思い浮かぶのは、人権問題。いわゆる差別や偏見についてである。人はやはり自分が最も良いと思っている。だからこそ個々の能力などを比較したり、人を嫌ったりもする。しかしこれからはあくまでも個人の話で、人を嫌ったりしてもそれを態度や表情に表したりはしないだろう。しかし、人権問題についてはどうだろうか。たくさんの人々が一人に向かっていじめ的な行為をする。もちろん、態度や表情に表して、なぜ人はこんなことをするのだろうと考えた結果、人の心にその原因はあるのではないかと僕は考えた。人のこころにはだれにでも必ず二つの心がある。それは他人を認める心と、逆に他人を認めない心だ。差別や偏見をしている人の心の中はおそらく他人を認めない心が他人を認める心を飲み込んでしまっているのだろう。そしてそれに支配されている。人の心というものはとても簡単で、一つの意識に心を支配されるとその支配からは、なかなか逃れにくい。心にそういった意識を刻まれてしまうからだ。
では、どのようにたら他人を認める心が他人を認めない心を支配するようになるのだろう。僕は考えた。すると答えはすぐに見つかった。簡単なことだ。他人を認めれば良いのだ。すると心は次第に他人を認める心になってくる。しかし、いきなり他人を認めろと言われても、どのようにしたら良いか分かるわけもなく、できないだろう。それを可能にするためにはまず僕が思ったことは、いろいろな人と話したり、何らかの関わりを持ち、人間を知ることだ。人を知ることによってそれぞれの違いが分かり、差別や偏見などということが馬鹿らしく思えてくるのだと思う。そして次に、自分の意志を強く心に持つことだ。他人の意見に流されてしまうようではこの問題は一生解決しない。前者の考えを持ち、意志を持ち、それを維持していくための心が必要なのだ。
心の中に平和を訪れさせるためには、さまざまな条件がある。僕はお互いを認めあうことだと言ったが、他にも条件はあるかもしれない。いや、あるだろう。そのたくさんの条件の中で今自分ができることに精一杯取り組んでいくことが、最も大切であり、人類をより良いものにするのではないだろうか。
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